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月刊 海外ミステリ通信
第2号 2001年10月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉 デニス・レヘインの魅力をさぐる
〈翻訳家インタビュー〉 林 啓恵さん
〈未訳書レビュー〉 "GUNS AND ROSES" by Taffy Cannon
〈ミステリ雑学〉 被疑者の権利(ミランダ警告)
〈スタンダードな一冊〉 『さらば甘き口づけ』
〈速報〉 シェイマス賞受賞作/CWA賞ノミネート作
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■特集 ―― デニス・レヘインの魅力をさぐる
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デニス・レヘイン――ノワールやクライム・ノヴェルに押されつつあるハードボイ
ルドの世界で、いまもっとも期待される若手作家のひとりである。
レヘインは、マサチューセッツ州ボストン郊外のドーチェスターに生まれ育った。
低所得者層が多く住むというこの界隈は、ドラッグがあふれ、暴力がうずまく町でも
ある。高校卒業後、“あたたかいところに行きたかった”という理由で、フロリダ州
にある大学に入学し創作を学んだ。在学中に“はじめて”書いた小説『スコッチに涙
を託して』で、1995年シェイマス賞最優秀処女長篇賞を受賞するという快挙をなしと
げたが、これが単なるビギナーズ・ラックでないことは、その後の作品もおもなミス
テリ賞の候補に名を連ねていることからじゅうぶんうかがえる。
デビューしてから一貫してひとつのシリーズを書き続けてきたレヘインだが、2001
年2月、はじめてノン・シリーズの小説『ミスティック・リバー』を発表し、新境地
をひらいた。2002年にもノン・シリーズの小説 "MISSING DELORES" を発表する予定。
奇しくも日本では、この9月に『ミスティック・リバー』と『愛しき者はすべて去
りゆく』の2冊が、立て続けに翻訳出版された。本特集では、なぜデニス・レヘイン
が現代を代表する作家なのかを考察してみたい。
●大好評のパトリック&アンジー・シリーズ
1994年発表の『スコッチに涙を託して』から1999年の "PRAYERS FOR RAIN"(未訳)
まで、レヘインはパトリック・ケンジーとアンジェラ・ジェナーロという幼なじみの
男女探偵コンビを主人公にした作品を書き続けてきた。幼なじみでありながら、お互
いに友情や信頼以上の感情をいだくふたりは、パートナーと親友と恋人のあいだを揺
れ動くという、微妙なスタンスを保ち続けている。物語の語り手はパトリックだが、
アンジーもけっして添え物ではない。パトリックと同様に、いや、それ以上にたのも
しく思えることもしばしばだ。
もうひとり、出番こそ少ないが忘れてはならない登場人物がいる。パトリックとア
ンジーの大切な仲間、“人間凶器”の異名をとるブッバ・ロゴウスキーだ。武器の違
法取引に携わり、なんのためらいもなく人を殺し、防犯装置がわりに自宅に地雷を仕
掛けている、世界一危険な男。まともな人間ならとても係わり合いになりたくない相
手だが、パトリックたちにとっては、ここぞというときに頼れるたのもしい存在だ。
3作目の『穢れしものに祝福を』では、ブッバは“おつとめ”中で、がっかりしたフ
ァンも多いことだろう。
パトリックとアンジーが活躍するおもな舞台は、レヘインが生まれ育ったボストン
だ。ボストンというと、近くにハーヴァード大学とマサチューセッツ工科大学という、
アメリカでも指折りの名門校があるせいか、どこかアカデミックで洗練されたイメー
ジがある。また、日本の京都にたとえられるこの町は、高層ビルと歴史のある建物と
が渾然一体となって不思議な調和を醸し出しており、由緒正しいとか伝統という言葉
が似つかわしい。だが、レヘインが描くボストンは、わたしたち日本人が抱いている
イメージとはおよそかけ離れたものだ。アイリッシュ・マフィアが暗躍し、幼い少年
がなんのためらいもなく銃を手にする。パトリックたちが直面する事件も、じつに悲
惨で胸をえぐられるようなものばかりだ。だが、そのどれもが本の中だけのことでは
ない。レヘインの描くボストンは現代社会そのものだ。
パトリック&アンジー・シリーズは、本国アメリカではすでに5作目までが出版さ
れている。ふたりの今後の活躍が楽しみなところだが、レヘイン本人の弁によれば、
もともと5作で終わりにする予定だったが、評判がいいのでもう1作書いて6作で完
結させるつもりだという。先達のハードボイルド作家たちが、長きにわたってシリー
ズものを書き連ねているのにくらべ、なんともあっさりしたものだが、果たしてファ
ンがそう簡単に許してくれるだろうか。
(山本さやか)
●レヘインの描く探偵像
最近のミステリでは、探偵役の主人公が苦しむ。むかしのミステリは、強烈な個性
を持つ探偵があざやかな推理で事件を解決するというものが多かった。読者は予想も
しなかった結末に驚きながらも、その意外性を楽しみ、勧善懲悪の結果にすっきりと
した読後感を味わったものだ。
だが現実の事件は、“結果にすっきり”するものばかりではない。単にニュースで
捜査の経緯を追っているだけのわたしたちですら、犯行のむごたらしさや動機の無意
味さ、被害者の運命の切なさにやりきれない思いをすることがある。だが捜査に関わ
るものたちは、犯行現場を訪れ、被害者の生前の人生を追い、遺族の悲しみに触れ、
犯人のねじれた心にまで踏み込んでいかなければならない。それは彼らにとって、魂
をすり減らすような日々にちがいない。だからこそ、昨今のミステリのなかでも、探
偵は以前のように“一件落着。めでたし、めでたし”と晴れやかに退場するわけには
いかなくなったのだろう。たとえ事件を解決に導いても、彼らの心には癒しようのな
い傷が残り、それを背負って生きていくのが宿命となる。そんな現代のミステリにお
いて、登場人物を生き生きと描き出すことで名高いデニス・レヘインは、その独特な
筆致で多くのファンの心を捕えている。
レヘインの小説は人間の心の奥底を描き出す。パトリックもアンジーも格別強烈な
個性を持つわけでもなく、言ってみればどこにでもいそうな人物だ。わたしたちと同
じように悪を憎み正義を求める彼らだが、たまたま探偵という仕事に就いたがために、
人間の心が持つ醜さや切なさ、運命の皮肉さに深く関わらざるをえなくなる。彼らが
仕事を引き受ける理由は、被害者の無念を晴らしたいとか悪を正したいというような
崇高な動機ばかりではなく、依頼人への同情や、ときには報酬に心が動かされるとい
うこともあるだろう。それでも彼らの魂は深い傷を負い、その傷は決して癒えること
はない。回を追うごとにさらに新しい傷を負っていくふたりには、今後どのような展
開が待っているのだろうか。順調にこのシリーズを書きつづけてきたレヘインが、昨
年初のシリーズ外作品『ミスティック・リバー』(レビュー参照)を書いたのは、心
身ともに疲弊しきった彼らを少し休ませたいという理由もあったようだ。
『ミスティック・リバー』を書いた動機として、レヘインはさらに、シリーズものと
いう制約に縛られないストーリーを書きたかったとも述べている。パトリック&アン
ジー・シリーズは確固たる人気を博しているが、だからこそメインとなるキャラクタ
ーの誰かが命を落とすような設定は難しい。またシリーズ作品につきものの特徴とし
て、毎回新しい人物が登場し、新たな事件が起こる。その結果、主人公を中心とした
世界がどんどん広がっていくことは避けられない。だがノン・シリーズなら、必要と
あれば主人公が命を落とすことも可能だし、小さな世界に集結したストーリーを書く
こともできる。『ミスティック・リバー』は、地理的にも人間関係においてもごく狭
い世界を舞台に描かれている。幼いころ、ともに遊んだ3人の人生が、25年の時を経
てある事件をきっかけに再び絡み合っていくというストーリーは、狭い地域に住む少
人数の人々の心と運命を掘り下げている。
人生のある時点まで、人間は誰しも同じスタート地点に立ち、ほぼ同じような可能
性を持っている。だがその後に起こるなにかによって、そのあとの人生が大きく変わ
っていくことになる。その枝分かれはなにが原因だったのか。運命という言葉で言い
表すにはあまりにも不充分な不可思議なめぐり合わせを、レヘインはそれぞれの人物
を深く描き出すことによって表現しようとしているのかもしれない。
現在レヘインは新作と脚本を執筆中とのことだが、次の作品ではどのような人間の
心の奥底を暴き出してくれるのか、大いに期待したいところだ。
(中西和美)
●レビュー
『愛しき者はすべて去りゆく』 "GONE, BABY, GONE"
デニス・レヘイン/鎌田三平訳
角川文庫/2001.09.25発行 952円(税別)
ISBN: 4-04-279104-2
《シリーズ最高傑作との呼び声も高い、幼児失踪をあつかった力作》
4歳の少女アマンダが何者かに自宅から連れ去られた。事件は大々的に報道され、
ボストン市警も多くの人員を投入して捜索するが、捜査のひとつの目安となる3日を
すぎても行方はわからない。すなわち、これまでのセオリーから、生存の可能性は低
く、命があったとしても悲惨な状態で発見されると考えられた。それはパトリックと
アンジーもわかっていた。自分たちには荷が重すぎる事件だとも思った。人の、それ
もおさない子どもの死や傷ついた姿を、もう見たくないとも思った。しかしアマンダ
を心配する伯母の熱意に負け、ふたりは捜索依頼を引き受けることにする。
聞き込みにまわる先々で知らされるのは、幼児らしからぬ無表情なアマンダの横顔
と、無関心という虐待を続けていた母親の素顔だった。この麻薬中毒の母親は行方不
明のわが子を心配するそぶりも見せず、子どもの父親もはっきりしないという。いっ
そうアマンダを哀れむ気持ちをつのらせたパトリックたちは新情報をつかんだとき、
少女を見つけだせると信じ、事件の担当刑事たちと協力して大胆な行動に出る。
現実の社会の出来事までも脳裏に呼び覚まし、二重につらくこたえる内容だ。レヘ
イン作品のなかでいちばん好き、という表現が適切かどうか、とにかく一生忘れられ
ない1冊。パトリックたちは紆余曲折を経てふたりで暮らし始めており、しあわせに
見える。ところが仕事で暴力に接してきた負担は大きく、忍耐も限界に達しようとし
ている。ふたりの悲鳴は危険が増すばかりの社会の悲鳴のようだ。パトリックたちは
問いかける。なぜ平気で人を傷つけることのできる人間がいるのだろう――しかし答
えは得られない。善悪の基準にすら正解があるのかどうかわからない世界で、心をす
り減らしながら戦い続ける探偵たちの姿に希望と絶望の両方を感じながら、ひとりで
も多くの子どもが健やかに過ごせることを願わずにいられなかった。
(三角和代)
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"PRAYERS FOR RAIN" by Dennis Lehane
HarperTorch paperback/2000.05.02/ISBN: 0380730367
(hardcover/1999.03.01)
《無垢な女性をぼろぼろにし自殺に追いやったのは誰? 追うパトリックにも魔手が》
カスタム・ハウス・ビルから全裸で投身自殺した女性がカレン・ニコルズだと聞き、
パトリックは耳を疑う。半年前、ストーカーの被害にあっていると相談にきたカレン
は、無邪気で純粋で、恋人との未来を信じていたのに。事件はうまく処理した。だが
その2か月後、留守電に残されたカレンの伝言に電話をかえすのを、迂闊にもパトリ
ックは怠ってしまった。あのときカレンが助けを求めていたとしたら……。罪の意識
にかられ、パトリックは彼女になにが起こったのか調べようと決心する。
カレンは最愛の恋人を亡くし、ショックから立ち直れないまま転がるように身を持
ち崩してしまったように見えた。だがパトリックは、立て続けにカレンに降りかかっ
た不幸に不自然なものを感じる。誰かの悪魔的な意図が隠されてはいないだろうか。
ほころびをつつき、潜んだ人物を突き止めようとするパトリックに警告と脅しが来る。
姿を見え隠れさせながら、犯人はパトリックや周囲に攻撃を加え、口を割りそうな自
分の仲間を始末していく。なぜカレンの死が望まれたのか? 行方不明のカレンの義
兄との関連は?
意表をつく仕掛けがいくつもあり、最後までストーリーの行方から目が離せない。
このシリーズで気になるのが、パトリックとアンジーの仲。前作の事件の影響でア
ンジーはアパートを出ていっており、ふたりは別々に仕事をしている。今回の事件で、
パトリックはアンジーに助力を請い、また一緒に捜査を始めるのだが、さてアンジー
に心境の変化は訪れるのだろうか。
そして今回、活躍するのはブッバだ。武器調達と銃撃戦の助っ人にとどまらず、情
報集めに推理にとおおいに貢献する。そのうえ素敵な恋人もでき、最後の銃撃戦に出
るときには、なんと、トレードマークのトレンチコートも脱ぎ捨てるのだ。
(小佐田愛子)
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『ミスティック・リバー』 "MYSTIC RIVER"
デニス・ルヘイン/加賀山卓朗訳
早川書房/2001.09.15発行 1900円(税別)
ISBN: 4-15-208366-2
《初めてのノン・シリーズ作品は、超豪華キャストで映画化の話が進行中》
11歳のころ、ショーンとジミーとデイヴは友達だった。だがある日、彼らのひとり
が恐ろしい事件に巻き込まれる。実際に被害者になったのはひとりだが、事件はほか
のふたりの少年の心にも忘れがたい傷を残した。25年後にジミーの娘が殺されたとき、
3人は被害者の父と刑事、容疑者という立場で再び出会う。そして彼らは、少年時代
に負った心の傷が、これほどの年月を経ても未だ癒えず、それどころか自分たちの運
命を大きく左右するほどのものだったことを悟ることになる。
公式ホームページによると、この作品のタイトルと舞台となる街、主要な登場人物
は何年も前から著者の頭のなかにあったそうだ。それが数年前のある日、ひとつの文
章が浮かんだのをきっかけに、その文章をそれまで暖めてきたイメージとつなぎ合わ
せてこの作品を書いたという。また、幼いころ友人同士だった者が、別々の人生を歩
んだあとに再会するというプロットも、著者が長いあいだ書きたいと思っていたもの
らしい。そういう意味で、本書は充分な熟成期間を経て、生まれるべくして生まれた
作品と言える。
運命の分岐点は誰にでもある。大事件のこともあれば、そのときは本人すら気づか
ずにやり過ごしてしまうような些細な出来事のこともあるだろう。だが、いずれの場
合もあとになって気づくのは同じだ。あのときのあれがなければ、いまの自分はこう
ではなかった、と。そして、たとえそれがリセットして忘れてしまいたいような過去
であっても、現在の自分に繋がる長い運命の糸の出発点として認め、なんとか折り合
いをつけて生きていかなければならない。そんな折り合いをつけようともがく人間の
心を、著者は淡々と描き出している。
レヘインの小説はどれもそうだが、これも切なく哀しいストーリーだ。その哀しさ
が胸を突くのは、誰もが自分の心にも同じようなものが潜んでいることを知っている
からかもしれない。この作品は、クリント・イーストウッドの監督により、豪華なキ
ャスティングでの映画化の話が進んでいるようだが、そちらも公開が待ち望まれる。
(中西和美)
●デニス・レヘイン既刊情報
〈パトリック・ケンジー&アンジェラ・ジェナーロ・シリーズ〉
『スコッチに涙を託して』 鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279101-8
『闇よ、我が手を取りたまえ』鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279102-6
『穢れしものに祝福を』 鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279103-4
『愛しき者はすべて去りゆく』鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279104-2
"PRAYERS FOR RAIN"(未訳) HarperTorch/ISBN: 0-380-73036-7
〈その他〉
『ミスティック・リバー』 加賀山卓朗訳/早川書房/ISBN: 4-15-208366-2
●デニス・レヘイン・オフィシャル・サイト
最後にレヘインのオフィシャル・サイトをご紹介しておこう。インタビューの他に
1行クイズなどもある。われこそはと思う向きはぜひチャレンジしてほしい。
http://www.dennislehanebooks.com/
(山本さやか)
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■翻訳家インタビュー ―― 林 啓恵さん
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2回目の今月は、ロマンティック・サスペンスの翻訳を手がける林啓恵さんにお話
をうかがいます。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
《林 啓恵さん》1961年生まれ。愛知県出身。国際基督教大学社会科学科卒業。
デビュー作『心閉ざされて』のほか、『夢のなかの騎士』、『夜を忘れたい』(いずれも
リンダ・ハワード著/二見文庫)などの訳書がある。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
【Q】翻訳の道に進まれたきっかけをお聞かせください。
【A】もともと本が好きで、書くことを仕事にできればという憧れはありました。で
も、こと翻訳に関していうと、翻訳物は読んでいたのに、原書のまま読まなければそ
の本のメッセージは充分に伝わらないのではないかとの思いもあって……そのハード
ルを乗り越えさせてくれたのが、スティーヴン・キングの "IT" です。原書で読み、
“子どもの不幸”に共感するあまり、この作品のメインとなる感覚やアイデアは日本
語に移しかえても充分に伝わる、と感じました。その手応えと、東京を離れて仕事探
しに苦労したという体験が重なって、翻訳学校へ。通いはじめて8年ほどたった頃、
姉弟子にあたる翻訳家の方からリンダ・ハワードの下訳をやってみないかというお話
をいただき、それが今の仕事に結びつきました。デビュー作を訳すときは頭に血が昇
り、訳しているあいだずっとドキドキでしたね。
【Q】リンダ・ハワードはニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにもたびた
び登場し、米国では女性読者から圧倒的な支持を得ている作家ですが、訳にあたって
はどのようなことを念頭におかれていますか。
【A】登場人物については自分なりにイメージが作れるよう、毎回キャスティングし
ています。たとえば今夏に出版された『夜を忘れたい』(原題 "DREAM MAN"/二見文
庫)では、殺人事件に巻き込まれた超能力者のヒロインに大人になったナタリー・ポ
ートマン(映画『レオン』の少女役)を、犯人を追いかけヒロインにぞっこん惚れ込
むヒーロー刑事には大きくて包容力がありそうなリーアム・ニーソン(『シンドラー
のリスト』の主演男優)をイメージしました。『夜を~』はこのヒロインとヒーロー
の内面の葛藤――たがいに相手を思いながら、心に隠しもっているものがある――が
面白く書けている作品です。そのあたりを丁寧に追い、あとは物語のスピード感を損
なわないことでしょうか。
【Q】ハワードの作品にはかなり刺激的なラブ・シーンが頻繁に登場しますね。
【A】きわどいシーンの訳には気を使います。時間にすると通常の倍はかけているで
しょうか。気をつけているのは、あまり清々しくならないようにすること。それと読
者に感情移入してもらえるよう、視点を整理することですね。最初のうちは慣れない
こともあって照れてしまい、時間ばかりかかって。こういうことは訳すより実行する
方が簡単だなあ、なんて溜息が出たものです。読者に理屈抜きに楽しんでもらえたら、
訳者としては幸せです。
【Q】これからのご予定をお聞かせください。
【A】11月には、またリンダ・ハワードの "AFTER THE NIGHT" が二見書房から出ま
す。これは家族に恵まれなかった美貌のヒロインと、ハンサムな大富豪の因縁もの。
また同じく11月に、日本では初登場となるミシェル・ファイバーの『アンダー・ザ・
スキン』が出ます。これはスコットランドが舞台のSF・ホラー的な作品で映像が目
に浮かびやすく、不気味でいて切ない物語。乗って訳せるリンダ・ハワードとはまた
違う楽しさを味わいました。今後もチャンスがいただける限りいろいろなタイプのも
のにチャレンジしたいですが、もともとは怖いもの、不気味なもの好き。いつかはパ
トリック・マグラアやジョナサン・キャロルなど、自分が好んで読んできた類の雰囲
気のある作品を訳してみたいですね。
(取材・構成 宇野百合枝)
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■未訳書レビュー ―― 添乗員は楽じゃない
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"GUNS AND ROSES" by Taffy Cannon
Perseverance Press/2000.03.01/ISBN: 1880284340
ロクサーヌ・プレスコットは途方に暮れていた。〈ヴァージニアの歴史と庭園を鑑
賞するツアー〉、別名〈大砲と薔薇ツアー〉の新米添乗員としてバスに乗りこんだは
いいが、ツアー初日からトラブル続き。ツアー客のひとりが転んで足首を折ったのを
皮切りに、荷物に犬の糞を入れられた、砂糖入れに塩が入っていた、真夜中に不気味
ないたずら電話がかかってきた、入れ歯を盗まれたなどなど、次から次へと苦情が寄
せられてくるのだ。客のいたずらか? それともライバル会社のいやがらせか?
だが、その程度ですんでいるうちはまだよかった。ツアーのいちばんの目玉である
ウィリアムズバーグの町へとやってきた一行は、いたずらではすまされない事態に直
面することになる。地元警察の捜査に協力するうち、ロクサーヌの中に流れる元警官
の血が騒ぎ出し……。
団体旅行を舞台に事件が起こり、参加者や主催者が謎解きをする……これはまさに、
日本のテレビや小説が得意とするトラベル・ミステリだ。同じツアーに参加していて
も思いはさまざま。なにを見ても感動する人、やたらと蘊蓄をかたむけたがる人、家
族に無理やり連れてこられむくれている人と、各人各様の反応にくすりとさせられる。
だからといって、けっしてドタバタに終始しているわけではなく、元警官という経歴
を持つ主人公が、要所要所できちんと締めていて好感が持てる。またトラベル・ミス
テリならではの、訪れる先々の描写にも心躍らされる。なかでもウィリアムズバーグ
は、18世紀の建物が復元され、当時の服装そのままの人々が町の中を行き来するとい
う、いわば町全体が「歴史テーマパーク」ともいえる場所。キャノンの生き生きとし
た描写に、歴史好きならずとも興味をそそられることまちがいない。
タフィ・キャノンはこれまでに、ヤング・アダルト向けの小説や弁護士を主人公に
したシリーズもののミステリなど5作を書いている。元警官の添乗員ロクサーヌ・プ
レスコットはキャノンがあらたに作り出したキャラクターだが、今後のシリーズ化に
期待がかかる。捜査のおもしろさに目覚めてしまったロクサーヌのこと、ひょっとし
たら、次作では探偵になっているかもしれない。
(山本さやか)
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■ミステリ雑学 ―― 被疑者の権利(ミランダ警告)
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アメリカの映画やテレビドラマで、犯人を取りおさえた警官が決まって口にする台
詞がある。これは被疑者の権利、またはミランダ警告(Miranda warnings)と呼ばれ
るもので、黙秘権や弁護士立ち会いの権利などからなる。実際に、警察が被疑者を尋
問する前には、必ずこの権利を聞かせなければならないとされている。
以下がその文章だ。(細部の表現はケースにより異なることもある)
1. You have the right to remain silent.
2. Anything you say can be used against you in a court of law.
3. You have the right to consult an attorney before questioning.
4. You have the right to have your attorney present with you during
questioning.
5. If you cannot afford an attorney, one will be appointed for you at
no expense to you.
この権利項目は、今から30年ほど前、1966年のアメリカ連邦最高裁での「ミランダ
対アリゾナ州」裁判の際に示された。一連の事件は、エルネスト・ミランダという男
が窃盗の容疑でフェニックスの警察に逮捕されたことに始まる。ミランダは尋問のの
ち、別の少女暴行と誘拐についても自白して調書にサインをしたが、黙秘権があるこ
とは知らされていなかった。黙秘権そのものは、合衆国憲法修正第5条の「何人も刑
事事件において、自己に不利な供述を強制されない」という規定により、すべての国
民に保証されている。だがミランダのように、自分にそうした権利があることを知ら
ないまま自白をして、法廷に臨むケースも多かったことだろう。
いったんは20年の刑が決まったミランダだったが、弁護側による訴えが認められ、
被疑者のもつ権利についてあらかじめ知らされなかった場合の自白は無効との最高裁
の判断にもとづいて再審が開かれた。ただし、2度目の法廷ではミランダの自白は証
拠にはならなかったものの、友人の証言があらたに証拠として採用され、結局はふた
たび有罪の宣告を受けた。自分に不利なことを黙っていても、客観的証拠が集まれば
有罪となる。一方、どんな犯罪を犯したものであっても自分のもつ権利は侵されては
ならない。どちらも法に基づくフェアネスの精神であり、その両方を身をもって体験
したミランダの名前が、代名詞としていまもなお残っているというわけだ。
この権利、警官が暗唱することもあれば、カードを手にして読み上げることもある。
このカードを販売しているサイト(*)もあるので、興味のある向きはごらんを。
* http://lawenforcementsystems.com/miranda.htm
今年話題のクライムノベルの中に、この権利項目がひとひねりした形で登場する。
しゃべっているのは警官ではなく銃器密売人。ちなみに作者は法廷弁護士である。
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「金銭的余裕がなくても、希望すれば、尋問を受けるまえに弁護士を依頼することが
できる。おまえにはこれらの権利がある。警官が教えてくれるのはここまでだが、ほ
かにもいくつかあるだろう。だがな、おまえには、おれを虚仮(こけ)にする権利は
ないんだ」
そうまくしたてるなり、もう一発殴った。
(『撃て、そして叫べ』ダグラス・E・ウィンター著/金子浩訳/
講談社文庫 p.14より)
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(影谷 陽、松本依子)
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■スタンダードな一冊 ―― レヘインが惚れたネオ・ハードボイルド
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デニス・レヘインはあるインタビューの中で、影響を受けたミステリ小説として3
つの作品を挙げた。ジェイムズ・リー・バークの『ブラック・チェリー・ブルース』、
ジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』、そしてもう1冊が、今回取りあげる
ジェイムズ・クラムリーの『さらば甘き口づけ』だ。
クラムリーは寡作な作家で、1969年のデビュー以来、今月発売となる最新作をあわ
せても出版された本は10作しかない。1978年に出版された『さらば甘き口づけ』は長
篇3作目で、酔いどれ探偵C・W・スルーがデビューした作品でもある。
別件で訪れた酒場の女主人から、10年前に失踪した娘を探すよう依頼されたスルー。
最初は気乗りしなかったが、次第に事件にのめりこんでいく。そして、事件は小説半
ばで解決されたようにみえた――が、もちろん話はここで終わるはずはなかった。
『さらば甘き口づけ』は、クラムリーの代表作であると同時に、70年代を代表するハ
ードボイルドとも言われている。それは意外な展開を見せ、ほろ苦いラストへと続い
ていくストーリーが面白いからだけではない。スルーをはじめ主要な登場人物を、過
去も含めて丹念に書き込み、等身大の人間として描き出したことにもよる。そのため
物語に奥行きや深みが出て、人間ドラマとしても読み応えのある作品となっている。
【今月のスタンダードな一冊】
『さらば甘き口づけ』ジェイムズ・クラムリー著/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫
"THE LAST GOOD KISS" by James Crumley
【ミニ情報】
『さらば甘き口づけ』の続編『友よ、戦いの果てに』(小鷹信光訳/ハヤカワ文庫)
が今夏、文庫化された。また10月23日には本国アメリカで、クラムリーのもうひとり
の酔いどれ探偵、ミロが主人公となる最新作 "THE FINAL COUNTRY" が、発売の予定
である。
(かげやまみほ)
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■速報 ―― シェイマス賞受賞作/CWA賞ノミネート作
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●シェイマス賞受賞作
アメリカ私立探偵作家クラブ(PWA)から発表。11月開催のバウチャーコンで発
表予定だったが、9月に発生したテロ事件の影響で不参加となったため繰り上げた。
▼最優秀長篇賞 "HAVANA HEAT" C・ガルシア=アギレーラ
フロリダ州に住むキューバ系の「お嬢さま探偵」ことループ・ソラーノが主人公。
シリーズ邦訳は『5万ドルの赤ちゃん』『マイアミの探偵は休暇がほしい』(と
もに加藤洋子訳/新潮文庫)が刊行されている。
▼最優秀処女長篇賞 "STREET LEVEL" by Bob Truluck
作品内容、および他のノミネート作については、創刊号を参照。
●CWA賞ノミネート作
英国推理作家協会(CWA)から発表。他の部門については以下のサイトで。
http://www.thecwa.co.uk/cgi-bin/frame.pl?awards.html
▼最優秀長篇賞(ゴールドダガー・シルバーダガー)発表=11月16日
"FORTY WORDS FOR SORROW" ジャイルズ・ブラント
"DANCING WITH VIRGINS" by Stephen Booth
"BABY LOVE" by Denise Danks
"SIDETRACKED" ヘニング・マンケル
"RIGHT AS RAIN" ジョージ・P・ペレケーノス
『氷の収穫』 スコット・フィリップス
(細美遙子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)
▼ジョン・クリーシー記念賞(最優秀新人賞)発表=10月20日
"PARADISE SALVAGE" by John Fusco
"THE EARTHQUAKE BIRD" by Susanna Jones
『氷の収穫』 スコット・フィリップス
"BLINDSIGHTED" by Karin Slaughter
"GOOD BAD WOMAN" by Elizabeth Woodcraft
(影谷 陽)
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■編集後記■
創刊号には、多くのかたからご意見・ご感想をいただきました。ありがとうござい
ました。来月号の特集は、「ミステリと街」シリーズ第一弾《ボルチモア》をお届け
します。こうご期待! (片)
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海外ミステリ通信 第2号 2001年10月号
発 行:フーダニット翻訳倶楽部
発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
編集人:片山奈緒美
企 画:宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、中西和美、
松本依子、水島和美、三角和代、山本さやか
協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
小野仙内
本メルマガへのご意見・ご感想:whodmag@office-ono.com
フーダニット翻訳倶楽部の連絡先:whodunit@mba.nifty.ne.jp
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■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2001 Whodunit Honyaku-Club
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月刊 海外ミステリ通信
第2号 2001年10月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉 デニス・レヘインの魅力をさぐる
〈翻訳家インタビュー〉 林 啓恵さん
〈未訳書レビュー〉 "GUNS AND ROSES" by Taffy Cannon
〈ミステリ雑学〉 被疑者の権利(ミランダ警告)
〈スタンダードな一冊〉 『さらば甘き口づけ』
〈速報〉 シェイマス賞受賞作/CWA賞ノミネート作
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■特集 ―― デニス・レヘインの魅力をさぐる
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デニス・レヘイン――ノワールやクライム・ノヴェルに押されつつあるハードボイ
ルドの世界で、いまもっとも期待される若手作家のひとりである。
レヘインは、マサチューセッツ州ボストン郊外のドーチェスターに生まれ育った。
低所得者層が多く住むというこの界隈は、ドラッグがあふれ、暴力がうずまく町でも
ある。高校卒業後、“あたたかいところに行きたかった”という理由で、フロリダ州
にある大学に入学し創作を学んだ。在学中に“はじめて”書いた小説『スコッチに涙
を託して』で、1995年シェイマス賞最優秀処女長篇賞を受賞するという快挙をなしと
げたが、これが単なるビギナーズ・ラックでないことは、その後の作品もおもなミス
テリ賞の候補に名を連ねていることからじゅうぶんうかがえる。
デビューしてから一貫してひとつのシリーズを書き続けてきたレヘインだが、2001
年2月、はじめてノン・シリーズの小説『ミスティック・リバー』を発表し、新境地
をひらいた。2002年にもノン・シリーズの小説 "MISSING DELORES" を発表する予定。
奇しくも日本では、この9月に『ミスティック・リバー』と『愛しき者はすべて去
りゆく』の2冊が、立て続けに翻訳出版された。本特集では、なぜデニス・レヘイン
が現代を代表する作家なのかを考察してみたい。
●大好評のパトリック&アンジー・シリーズ
1994年発表の『スコッチに涙を託して』から1999年の "PRAYERS FOR RAIN"(未訳)
まで、レヘインはパトリック・ケンジーとアンジェラ・ジェナーロという幼なじみの
男女探偵コンビを主人公にした作品を書き続けてきた。幼なじみでありながら、お互
いに友情や信頼以上の感情をいだくふたりは、パートナーと親友と恋人のあいだを揺
れ動くという、微妙なスタンスを保ち続けている。物語の語り手はパトリックだが、
アンジーもけっして添え物ではない。パトリックと同様に、いや、それ以上にたのも
しく思えることもしばしばだ。
もうひとり、出番こそ少ないが忘れてはならない登場人物がいる。パトリックとア
ンジーの大切な仲間、“人間凶器”の異名をとるブッバ・ロゴウスキーだ。武器の違
法取引に携わり、なんのためらいもなく人を殺し、防犯装置がわりに自宅に地雷を仕
掛けている、世界一危険な男。まともな人間ならとても係わり合いになりたくない相
手だが、パトリックたちにとっては、ここぞというときに頼れるたのもしい存在だ。
3作目の『穢れしものに祝福を』では、ブッバは“おつとめ”中で、がっかりしたフ
ァンも多いことだろう。
パトリックとアンジーが活躍するおもな舞台は、レヘインが生まれ育ったボストン
だ。ボストンというと、近くにハーヴァード大学とマサチューセッツ工科大学という、
アメリカでも指折りの名門校があるせいか、どこかアカデミックで洗練されたイメー
ジがある。また、日本の京都にたとえられるこの町は、高層ビルと歴史のある建物と
が渾然一体となって不思議な調和を醸し出しており、由緒正しいとか伝統という言葉
が似つかわしい。だが、レヘインが描くボストンは、わたしたち日本人が抱いている
イメージとはおよそかけ離れたものだ。アイリッシュ・マフィアが暗躍し、幼い少年
がなんのためらいもなく銃を手にする。パトリックたちが直面する事件も、じつに悲
惨で胸をえぐられるようなものばかりだ。だが、そのどれもが本の中だけのことでは
ない。レヘインの描くボストンは現代社会そのものだ。
パトリック&アンジー・シリーズは、本国アメリカではすでに5作目までが出版さ
れている。ふたりの今後の活躍が楽しみなところだが、レヘイン本人の弁によれば、
もともと5作で終わりにする予定だったが、評判がいいのでもう1作書いて6作で完
結させるつもりだという。先達のハードボイルド作家たちが、長きにわたってシリー
ズものを書き連ねているのにくらべ、なんともあっさりしたものだが、果たしてファ
ンがそう簡単に許してくれるだろうか。
(山本さやか)
●レヘインの描く探偵像
最近のミステリでは、探偵役の主人公が苦しむ。むかしのミステリは、強烈な個性
を持つ探偵があざやかな推理で事件を解決するというものが多かった。読者は予想も
しなかった結末に驚きながらも、その意外性を楽しみ、勧善懲悪の結果にすっきりと
した読後感を味わったものだ。
だが現実の事件は、“結果にすっきり”するものばかりではない。単にニュースで
捜査の経緯を追っているだけのわたしたちですら、犯行のむごたらしさや動機の無意
味さ、被害者の運命の切なさにやりきれない思いをすることがある。だが捜査に関わ
るものたちは、犯行現場を訪れ、被害者の生前の人生を追い、遺族の悲しみに触れ、
犯人のねじれた心にまで踏み込んでいかなければならない。それは彼らにとって、魂
をすり減らすような日々にちがいない。だからこそ、昨今のミステリのなかでも、探
偵は以前のように“一件落着。めでたし、めでたし”と晴れやかに退場するわけには
いかなくなったのだろう。たとえ事件を解決に導いても、彼らの心には癒しようのな
い傷が残り、それを背負って生きていくのが宿命となる。そんな現代のミステリにお
いて、登場人物を生き生きと描き出すことで名高いデニス・レヘインは、その独特な
筆致で多くのファンの心を捕えている。
レヘインの小説は人間の心の奥底を描き出す。パトリックもアンジーも格別強烈な
個性を持つわけでもなく、言ってみればどこにでもいそうな人物だ。わたしたちと同
じように悪を憎み正義を求める彼らだが、たまたま探偵という仕事に就いたがために、
人間の心が持つ醜さや切なさ、運命の皮肉さに深く関わらざるをえなくなる。彼らが
仕事を引き受ける理由は、被害者の無念を晴らしたいとか悪を正したいというような
崇高な動機ばかりではなく、依頼人への同情や、ときには報酬に心が動かされるとい
うこともあるだろう。それでも彼らの魂は深い傷を負い、その傷は決して癒えること
はない。回を追うごとにさらに新しい傷を負っていくふたりには、今後どのような展
開が待っているのだろうか。順調にこのシリーズを書きつづけてきたレヘインが、昨
年初のシリーズ外作品『ミスティック・リバー』(レビュー参照)を書いたのは、心
身ともに疲弊しきった彼らを少し休ませたいという理由もあったようだ。
『ミスティック・リバー』を書いた動機として、レヘインはさらに、シリーズものと
いう制約に縛られないストーリーを書きたかったとも述べている。パトリック&アン
ジー・シリーズは確固たる人気を博しているが、だからこそメインとなるキャラクタ
ーの誰かが命を落とすような設定は難しい。またシリーズ作品につきものの特徴とし
て、毎回新しい人物が登場し、新たな事件が起こる。その結果、主人公を中心とした
世界がどんどん広がっていくことは避けられない。だがノン・シリーズなら、必要と
あれば主人公が命を落とすことも可能だし、小さな世界に集結したストーリーを書く
こともできる。『ミスティック・リバー』は、地理的にも人間関係においてもごく狭
い世界を舞台に描かれている。幼いころ、ともに遊んだ3人の人生が、25年の時を経
てある事件をきっかけに再び絡み合っていくというストーリーは、狭い地域に住む少
人数の人々の心と運命を掘り下げている。
人生のある時点まで、人間は誰しも同じスタート地点に立ち、ほぼ同じような可能
性を持っている。だがその後に起こるなにかによって、そのあとの人生が大きく変わ
っていくことになる。その枝分かれはなにが原因だったのか。運命という言葉で言い
表すにはあまりにも不充分な不可思議なめぐり合わせを、レヘインはそれぞれの人物
を深く描き出すことによって表現しようとしているのかもしれない。
現在レヘインは新作と脚本を執筆中とのことだが、次の作品ではどのような人間の
心の奥底を暴き出してくれるのか、大いに期待したいところだ。
(中西和美)
●レビュー
『愛しき者はすべて去りゆく』 "GONE, BABY, GONE"
デニス・レヘイン/鎌田三平訳
角川文庫/2001.09.25発行 952円(税別)
ISBN: 4-04-279104-2
《シリーズ最高傑作との呼び声も高い、幼児失踪をあつかった力作》
4歳の少女アマンダが何者かに自宅から連れ去られた。事件は大々的に報道され、
ボストン市警も多くの人員を投入して捜索するが、捜査のひとつの目安となる3日を
すぎても行方はわからない。すなわち、これまでのセオリーから、生存の可能性は低
く、命があったとしても悲惨な状態で発見されると考えられた。それはパトリックと
アンジーもわかっていた。自分たちには荷が重すぎる事件だとも思った。人の、それ
もおさない子どもの死や傷ついた姿を、もう見たくないとも思った。しかしアマンダ
を心配する伯母の熱意に負け、ふたりは捜索依頼を引き受けることにする。
聞き込みにまわる先々で知らされるのは、幼児らしからぬ無表情なアマンダの横顔
と、無関心という虐待を続けていた母親の素顔だった。この麻薬中毒の母親は行方不
明のわが子を心配するそぶりも見せず、子どもの父親もはっきりしないという。いっ
そうアマンダを哀れむ気持ちをつのらせたパトリックたちは新情報をつかんだとき、
少女を見つけだせると信じ、事件の担当刑事たちと協力して大胆な行動に出る。
現実の社会の出来事までも脳裏に呼び覚まし、二重につらくこたえる内容だ。レヘ
イン作品のなかでいちばん好き、という表現が適切かどうか、とにかく一生忘れられ
ない1冊。パトリックたちは紆余曲折を経てふたりで暮らし始めており、しあわせに
見える。ところが仕事で暴力に接してきた負担は大きく、忍耐も限界に達しようとし
ている。ふたりの悲鳴は危険が増すばかりの社会の悲鳴のようだ。パトリックたちは
問いかける。なぜ平気で人を傷つけることのできる人間がいるのだろう――しかし答
えは得られない。善悪の基準にすら正解があるのかどうかわからない世界で、心をす
り減らしながら戦い続ける探偵たちの姿に希望と絶望の両方を感じながら、ひとりで
も多くの子どもが健やかに過ごせることを願わずにいられなかった。
(三角和代)
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"PRAYERS FOR RAIN" by Dennis Lehane
HarperTorch paperback/2000.05.02/ISBN: 0380730367
(hardcover/1999.03.01)
《無垢な女性をぼろぼろにし自殺に追いやったのは誰? 追うパトリックにも魔手が》
カスタム・ハウス・ビルから全裸で投身自殺した女性がカレン・ニコルズだと聞き、
パトリックは耳を疑う。半年前、ストーカーの被害にあっていると相談にきたカレン
は、無邪気で純粋で、恋人との未来を信じていたのに。事件はうまく処理した。だが
その2か月後、留守電に残されたカレンの伝言に電話をかえすのを、迂闊にもパトリ
ックは怠ってしまった。あのときカレンが助けを求めていたとしたら……。罪の意識
にかられ、パトリックは彼女になにが起こったのか調べようと決心する。
カレンは最愛の恋人を亡くし、ショックから立ち直れないまま転がるように身を持
ち崩してしまったように見えた。だがパトリックは、立て続けにカレンに降りかかっ
た不幸に不自然なものを感じる。誰かの悪魔的な意図が隠されてはいないだろうか。
ほころびをつつき、潜んだ人物を突き止めようとするパトリックに警告と脅しが来る。
姿を見え隠れさせながら、犯人はパトリックや周囲に攻撃を加え、口を割りそうな自
分の仲間を始末していく。なぜカレンの死が望まれたのか? 行方不明のカレンの義
兄との関連は?
意表をつく仕掛けがいくつもあり、最後までストーリーの行方から目が離せない。
このシリーズで気になるのが、パトリックとアンジーの仲。前作の事件の影響でア
ンジーはアパートを出ていっており、ふたりは別々に仕事をしている。今回の事件で、
パトリックはアンジーに助力を請い、また一緒に捜査を始めるのだが、さてアンジー
に心境の変化は訪れるのだろうか。
そして今回、活躍するのはブッバだ。武器調達と銃撃戦の助っ人にとどまらず、情
報集めに推理にとおおいに貢献する。そのうえ素敵な恋人もでき、最後の銃撃戦に出
るときには、なんと、トレードマークのトレンチコートも脱ぎ捨てるのだ。
(小佐田愛子)
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『ミスティック・リバー』 "MYSTIC RIVER"
デニス・ルヘイン/加賀山卓朗訳
早川書房/2001.09.15発行 1900円(税別)
ISBN: 4-15-208366-2
《初めてのノン・シリーズ作品は、超豪華キャストで映画化の話が進行中》
11歳のころ、ショーンとジミーとデイヴは友達だった。だがある日、彼らのひとり
が恐ろしい事件に巻き込まれる。実際に被害者になったのはひとりだが、事件はほか
のふたりの少年の心にも忘れがたい傷を残した。25年後にジミーの娘が殺されたとき、
3人は被害者の父と刑事、容疑者という立場で再び出会う。そして彼らは、少年時代
に負った心の傷が、これほどの年月を経ても未だ癒えず、それどころか自分たちの運
命を大きく左右するほどのものだったことを悟ることになる。
公式ホームページによると、この作品のタイトルと舞台となる街、主要な登場人物
は何年も前から著者の頭のなかにあったそうだ。それが数年前のある日、ひとつの文
章が浮かんだのをきっかけに、その文章をそれまで暖めてきたイメージとつなぎ合わ
せてこの作品を書いたという。また、幼いころ友人同士だった者が、別々の人生を歩
んだあとに再会するというプロットも、著者が長いあいだ書きたいと思っていたもの
らしい。そういう意味で、本書は充分な熟成期間を経て、生まれるべくして生まれた
作品と言える。
運命の分岐点は誰にでもある。大事件のこともあれば、そのときは本人すら気づか
ずにやり過ごしてしまうような些細な出来事のこともあるだろう。だが、いずれの場
合もあとになって気づくのは同じだ。あのときのあれがなければ、いまの自分はこう
ではなかった、と。そして、たとえそれがリセットして忘れてしまいたいような過去
であっても、現在の自分に繋がる長い運命の糸の出発点として認め、なんとか折り合
いをつけて生きていかなければならない。そんな折り合いをつけようともがく人間の
心を、著者は淡々と描き出している。
レヘインの小説はどれもそうだが、これも切なく哀しいストーリーだ。その哀しさ
が胸を突くのは、誰もが自分の心にも同じようなものが潜んでいることを知っている
からかもしれない。この作品は、クリント・イーストウッドの監督により、豪華なキ
ャスティングでの映画化の話が進んでいるようだが、そちらも公開が待ち望まれる。
(中西和美)
●デニス・レヘイン既刊情報
〈パトリック・ケンジー&アンジェラ・ジェナーロ・シリーズ〉
『スコッチに涙を託して』 鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279101-8
『闇よ、我が手を取りたまえ』鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279102-6
『穢れしものに祝福を』 鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279103-4
『愛しき者はすべて去りゆく』鎌田三平訳/角川文庫/ISBN: 4-04-279104-2
"PRAYERS FOR RAIN"(未訳) HarperTorch/ISBN: 0-380-73036-7
〈その他〉
『ミスティック・リバー』 加賀山卓朗訳/早川書房/ISBN: 4-15-208366-2
●デニス・レヘイン・オフィシャル・サイト
最後にレヘインのオフィシャル・サイトをご紹介しておこう。インタビューの他に
1行クイズなどもある。われこそはと思う向きはぜひチャレンジしてほしい。
http://www.dennislehanebooks.com/
(山本さやか)
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■翻訳家インタビュー ―― 林 啓恵さん
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2回目の今月は、ロマンティック・サスペンスの翻訳を手がける林啓恵さんにお話
をうかがいます。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
《林 啓恵さん》1961年生まれ。愛知県出身。国際基督教大学社会科学科卒業。
デビュー作『心閉ざされて』のほか、『夢のなかの騎士』、『夜を忘れたい』(いずれも
リンダ・ハワード著/二見文庫)などの訳書がある。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
【Q】翻訳の道に進まれたきっかけをお聞かせください。
【A】もともと本が好きで、書くことを仕事にできればという憧れはありました。で
も、こと翻訳に関していうと、翻訳物は読んでいたのに、原書のまま読まなければそ
の本のメッセージは充分に伝わらないのではないかとの思いもあって……そのハード
ルを乗り越えさせてくれたのが、スティーヴン・キングの "IT" です。原書で読み、
“子どもの不幸”に共感するあまり、この作品のメインとなる感覚やアイデアは日本
語に移しかえても充分に伝わる、と感じました。その手応えと、東京を離れて仕事探
しに苦労したという体験が重なって、翻訳学校へ。通いはじめて8年ほどたった頃、
姉弟子にあたる翻訳家の方からリンダ・ハワードの下訳をやってみないかというお話
をいただき、それが今の仕事に結びつきました。デビュー作を訳すときは頭に血が昇
り、訳しているあいだずっとドキドキでしたね。
【Q】リンダ・ハワードはニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにもたびた
び登場し、米国では女性読者から圧倒的な支持を得ている作家ですが、訳にあたって
はどのようなことを念頭におかれていますか。
【A】登場人物については自分なりにイメージが作れるよう、毎回キャスティングし
ています。たとえば今夏に出版された『夜を忘れたい』(原題 "DREAM MAN"/二見文
庫)では、殺人事件に巻き込まれた超能力者のヒロインに大人になったナタリー・ポ
ートマン(映画『レオン』の少女役)を、犯人を追いかけヒロインにぞっこん惚れ込
むヒーロー刑事には大きくて包容力がありそうなリーアム・ニーソン(『シンドラー
のリスト』の主演男優)をイメージしました。『夜を~』はこのヒロインとヒーロー
の内面の葛藤――たがいに相手を思いながら、心に隠しもっているものがある――が
面白く書けている作品です。そのあたりを丁寧に追い、あとは物語のスピード感を損
なわないことでしょうか。
【Q】ハワードの作品にはかなり刺激的なラブ・シーンが頻繁に登場しますね。
【A】きわどいシーンの訳には気を使います。時間にすると通常の倍はかけているで
しょうか。気をつけているのは、あまり清々しくならないようにすること。それと読
者に感情移入してもらえるよう、視点を整理することですね。最初のうちは慣れない
こともあって照れてしまい、時間ばかりかかって。こういうことは訳すより実行する
方が簡単だなあ、なんて溜息が出たものです。読者に理屈抜きに楽しんでもらえたら、
訳者としては幸せです。
【Q】これからのご予定をお聞かせください。
【A】11月には、またリンダ・ハワードの "AFTER THE NIGHT" が二見書房から出ま
す。これは家族に恵まれなかった美貌のヒロインと、ハンサムな大富豪の因縁もの。
また同じく11月に、日本では初登場となるミシェル・ファイバーの『アンダー・ザ・
スキン』が出ます。これはスコットランドが舞台のSF・ホラー的な作品で映像が目
に浮かびやすく、不気味でいて切ない物語。乗って訳せるリンダ・ハワードとはまた
違う楽しさを味わいました。今後もチャンスがいただける限りいろいろなタイプのも
のにチャレンジしたいですが、もともとは怖いもの、不気味なもの好き。いつかはパ
トリック・マグラアやジョナサン・キャロルなど、自分が好んで読んできた類の雰囲
気のある作品を訳してみたいですね。
(取材・構成 宇野百合枝)
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■未訳書レビュー ―― 添乗員は楽じゃない
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"GUNS AND ROSES" by Taffy Cannon
Perseverance Press/2000.03.01/ISBN: 1880284340
ロクサーヌ・プレスコットは途方に暮れていた。〈ヴァージニアの歴史と庭園を鑑
賞するツアー〉、別名〈大砲と薔薇ツアー〉の新米添乗員としてバスに乗りこんだは
いいが、ツアー初日からトラブル続き。ツアー客のひとりが転んで足首を折ったのを
皮切りに、荷物に犬の糞を入れられた、砂糖入れに塩が入っていた、真夜中に不気味
ないたずら電話がかかってきた、入れ歯を盗まれたなどなど、次から次へと苦情が寄
せられてくるのだ。客のいたずらか? それともライバル会社のいやがらせか?
だが、その程度ですんでいるうちはまだよかった。ツアーのいちばんの目玉である
ウィリアムズバーグの町へとやってきた一行は、いたずらではすまされない事態に直
面することになる。地元警察の捜査に協力するうち、ロクサーヌの中に流れる元警官
の血が騒ぎ出し……。
団体旅行を舞台に事件が起こり、参加者や主催者が謎解きをする……これはまさに、
日本のテレビや小説が得意とするトラベル・ミステリだ。同じツアーに参加していて
も思いはさまざま。なにを見ても感動する人、やたらと蘊蓄をかたむけたがる人、家
族に無理やり連れてこられむくれている人と、各人各様の反応にくすりとさせられる。
だからといって、けっしてドタバタに終始しているわけではなく、元警官という経歴
を持つ主人公が、要所要所できちんと締めていて好感が持てる。またトラベル・ミス
テリならではの、訪れる先々の描写にも心躍らされる。なかでもウィリアムズバーグ
は、18世紀の建物が復元され、当時の服装そのままの人々が町の中を行き来するとい
う、いわば町全体が「歴史テーマパーク」ともいえる場所。キャノンの生き生きとし
た描写に、歴史好きならずとも興味をそそられることまちがいない。
タフィ・キャノンはこれまでに、ヤング・アダルト向けの小説や弁護士を主人公に
したシリーズもののミステリなど5作を書いている。元警官の添乗員ロクサーヌ・プ
レスコットはキャノンがあらたに作り出したキャラクターだが、今後のシリーズ化に
期待がかかる。捜査のおもしろさに目覚めてしまったロクサーヌのこと、ひょっとし
たら、次作では探偵になっているかもしれない。
(山本さやか)
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■ミステリ雑学 ―― 被疑者の権利(ミランダ警告)
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アメリカの映画やテレビドラマで、犯人を取りおさえた警官が決まって口にする台
詞がある。これは被疑者の権利、またはミランダ警告(Miranda warnings)と呼ばれ
るもので、黙秘権や弁護士立ち会いの権利などからなる。実際に、警察が被疑者を尋
問する前には、必ずこの権利を聞かせなければならないとされている。
以下がその文章だ。(細部の表現はケースにより異なることもある)
1. You have the right to remain silent.
2. Anything you say can be used against you in a court of law.
3. You have the right to consult an attorney before questioning.
4. You have the right to have your attorney present with you during
questioning.
5. If you cannot afford an attorney, one will be appointed for you at
no expense to you.
この権利項目は、今から30年ほど前、1966年のアメリカ連邦最高裁での「ミランダ
対アリゾナ州」裁判の際に示された。一連の事件は、エルネスト・ミランダという男
が窃盗の容疑でフェニックスの警察に逮捕されたことに始まる。ミランダは尋問のの
ち、別の少女暴行と誘拐についても自白して調書にサインをしたが、黙秘権があるこ
とは知らされていなかった。黙秘権そのものは、合衆国憲法修正第5条の「何人も刑
事事件において、自己に不利な供述を強制されない」という規定により、すべての国
民に保証されている。だがミランダのように、自分にそうした権利があることを知ら
ないまま自白をして、法廷に臨むケースも多かったことだろう。
いったんは20年の刑が決まったミランダだったが、弁護側による訴えが認められ、
被疑者のもつ権利についてあらかじめ知らされなかった場合の自白は無効との最高裁
の判断にもとづいて再審が開かれた。ただし、2度目の法廷ではミランダの自白は証
拠にはならなかったものの、友人の証言があらたに証拠として採用され、結局はふた
たび有罪の宣告を受けた。自分に不利なことを黙っていても、客観的証拠が集まれば
有罪となる。一方、どんな犯罪を犯したものであっても自分のもつ権利は侵されては
ならない。どちらも法に基づくフェアネスの精神であり、その両方を身をもって体験
したミランダの名前が、代名詞としていまもなお残っているというわけだ。
この権利、警官が暗唱することもあれば、カードを手にして読み上げることもある。
このカードを販売しているサイト(*)もあるので、興味のある向きはごらんを。
* http://lawenforcementsystems.com/miranda.htm
今年話題のクライムノベルの中に、この権利項目がひとひねりした形で登場する。
しゃべっているのは警官ではなく銃器密売人。ちなみに作者は法廷弁護士である。
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「金銭的余裕がなくても、希望すれば、尋問を受けるまえに弁護士を依頼することが
できる。おまえにはこれらの権利がある。警官が教えてくれるのはここまでだが、ほ
かにもいくつかあるだろう。だがな、おまえには、おれを虚仮(こけ)にする権利は
ないんだ」
そうまくしたてるなり、もう一発殴った。
(『撃て、そして叫べ』ダグラス・E・ウィンター著/金子浩訳/
講談社文庫 p.14より)
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(影谷 陽、松本依子)
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■スタンダードな一冊 ―― レヘインが惚れたネオ・ハードボイルド
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デニス・レヘインはあるインタビューの中で、影響を受けたミステリ小説として3
つの作品を挙げた。ジェイムズ・リー・バークの『ブラック・チェリー・ブルース』、
ジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』、そしてもう1冊が、今回取りあげる
ジェイムズ・クラムリーの『さらば甘き口づけ』だ。
クラムリーは寡作な作家で、1969年のデビュー以来、今月発売となる最新作をあわ
せても出版された本は10作しかない。1978年に出版された『さらば甘き口づけ』は長
篇3作目で、酔いどれ探偵C・W・スルーがデビューした作品でもある。
別件で訪れた酒場の女主人から、10年前に失踪した娘を探すよう依頼されたスルー。
最初は気乗りしなかったが、次第に事件にのめりこんでいく。そして、事件は小説半
ばで解決されたようにみえた――が、もちろん話はここで終わるはずはなかった。
『さらば甘き口づけ』は、クラムリーの代表作であると同時に、70年代を代表するハ
ードボイルドとも言われている。それは意外な展開を見せ、ほろ苦いラストへと続い
ていくストーリーが面白いからだけではない。スルーをはじめ主要な登場人物を、過
去も含めて丹念に書き込み、等身大の人間として描き出したことにもよる。そのため
物語に奥行きや深みが出て、人間ドラマとしても読み応えのある作品となっている。
【今月のスタンダードな一冊】
『さらば甘き口づけ』ジェイムズ・クラムリー著/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫
"THE LAST GOOD KISS" by James Crumley
【ミニ情報】
『さらば甘き口づけ』の続編『友よ、戦いの果てに』(小鷹信光訳/ハヤカワ文庫)
が今夏、文庫化された。また10月23日には本国アメリカで、クラムリーのもうひとり
の酔いどれ探偵、ミロが主人公となる最新作 "THE FINAL COUNTRY" が、発売の予定
である。
(かげやまみほ)
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■速報 ―― シェイマス賞受賞作/CWA賞ノミネート作
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●シェイマス賞受賞作
アメリカ私立探偵作家クラブ(PWA)から発表。11月開催のバウチャーコンで発
表予定だったが、9月に発生したテロ事件の影響で不参加となったため繰り上げた。
▼最優秀長篇賞 "HAVANA HEAT" C・ガルシア=アギレーラ
フロリダ州に住むキューバ系の「お嬢さま探偵」ことループ・ソラーノが主人公。
シリーズ邦訳は『5万ドルの赤ちゃん』『マイアミの探偵は休暇がほしい』(と
もに加藤洋子訳/新潮文庫)が刊行されている。
▼最優秀処女長篇賞 "STREET LEVEL" by Bob Truluck
作品内容、および他のノミネート作については、創刊号を参照。
●CWA賞ノミネート作
英国推理作家協会(CWA)から発表。他の部門については以下のサイトで。
http://www.thecwa.co.uk/cgi-bin/frame.pl?awards.html
▼最優秀長篇賞(ゴールドダガー・シルバーダガー)発表=11月16日
"FORTY WORDS FOR SORROW" ジャイルズ・ブラント
"DANCING WITH VIRGINS" by Stephen Booth
"BABY LOVE" by Denise Danks
"SIDETRACKED" ヘニング・マンケル
"RIGHT AS RAIN" ジョージ・P・ペレケーノス
『氷の収穫』 スコット・フィリップス
(細美遙子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)
▼ジョン・クリーシー記念賞(最優秀新人賞)発表=10月20日
"PARADISE SALVAGE" by John Fusco
"THE EARTHQUAKE BIRD" by Susanna Jones
『氷の収穫』 スコット・フィリップス
"BLINDSIGHTED" by Karin Slaughter
"GOOD BAD WOMAN" by Elizabeth Woodcraft
(影谷 陽)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
■編集後記■
創刊号には、多くのかたからご意見・ご感想をいただきました。ありがとうござい
ました。来月号の特集は、「ミステリと街」シリーズ第一弾《ボルチモア》をお届け
します。こうご期待! (片)
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海外ミステリ通信 第2号 2001年10月号
発 行:フーダニット翻訳倶楽部
発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
編集人:片山奈緒美
企 画:宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、中西和美、
松本依子、水島和美、三角和代、山本さやか
協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
小野仙内
本メルマガへのご意見・ご感想:whodmag@office-ono.com
フーダニット翻訳倶楽部の連絡先:whodunit@mba.nifty.ne.jp
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