忍者ブログ
 フーダニット翻訳倶楽部のブログです。倶楽部からのお知らせ、新刊情報などを紹介します。  トラックバックとコメントは今のところできません。ご了承ください。  ご連絡は trans_whod☆yahoo(メール送信の際に☆の部分を@に変更してください)まで。お返事遅くなるかもしれませんが、あしからずご了承ください。お急ぎの方はTwitter @usagido まで。
[45]  [44]  [43]  [42]  [41]  [40]  [39]  [38]  [37]  [1
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
             月刊 海外ミステリ通信
          第3号 2001年11月号(毎月15日配信)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

★今月号の内容★
〈特集〉        「ミステリと街」シリーズ 第1弾 《ボルチモア》
〈翻訳家インタビュー〉 上野元美さん
〈注目の邦訳新刊〉   『凍りつく心臓』『墜落のある風景』
〈ミステリ雑学〉    フェルメールを巡る旅(前編)
〈スタンダードな1冊〉 『ダウンタウン・シスター』
〈速報〉        アンソニー賞・マカヴィティ賞・バリー賞受賞作

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■特集 ――「ミステリと街」シリーズ 第1弾 《ボルチモア》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 メリーランド州ボルチモア――“チャーム・シティ”という愛称で親しまれるこの
都市は、ワシントンDCから北東約64キロに位置する全米で15番目に大きな都市だ。
アメリカ有数の港町として、また工業の町、そしてスポーツの町として知られている。
 そんなボルチモアを舞台に、ミステリ・ファンならぜひとも知っておきたい魅力的
な女性私立探偵が活躍している。ローラ・リップマンが生み出したテス・モナハンだ。
相棒にグレイハウンド犬を従え、ウェイトリフティング、ボート漕ぎ、そしてジョギ
ングといういささかタフなエクササイズを趣味とし、ボルチモア名物カニ料理にはア
レルギー反応をおこしてしまうこのテスのシリーズは、アメリカで好評をもって迎え
られ、これまでにアンソニー賞、シェイマス賞、アメリカ探偵作家クラブ賞など数々
の賞に輝いている。今月の特集ではそんなテスとともに、ボルチモアを(1)インナ
ーハーバー、(2)ダウンタウン、(3)フェルズ・ポイント――この3地域に分け
て探索してみよう。

(1)インナーハーバー
 チェサピーク湾に面した港、インナーハーバー――ここを抜きにして“港町ボルチ
モア”を語ることはできない。テス・シリーズも、早朝にボートでチェサピーク湾に
漕ぎ出るテスの描写から物語の幕が開く。全米でもトップクラスの美しい港に数えら
れるこのインナーハーバーは、ボルチモア最大の観光名所だ。皆の憩いの場、ハーバ
ープレイスの円形劇場前では、天気のいい日に曲芸師や火食い奇術師らがパフォーマ
ンスをして賑わい、フェスティバルのような雰囲気を醸しだしている。ここにある2
つのヨーロッパ風建物と〈ザ・ギャラリー〉をあわせた3棟は、レストランや高級ブ
ランド品、工芸品店など200店舗以上が入居する一大ショッピングモールで、テスが
初めて尾行した女性が〈ヴィクトリア・シークレット〉でランジェリーを万引きして
いたのがここだ。そのほかにもボルチモアっ子が自慢する全米有数の国立水族館があ
り、南北戦争時代に造られて現代も唯一海に浮く〈コンステレーション号〉も展示さ
れ、観光の楽しみは尽きない。港の反対側には風変わりで個性的な作品を集めたアメ
リカン・ビジョナリー美術館がある。ここの最上階の〈ジョイ・アメリカ・カフェ〉
はエキゾチックな料理が売りで、ボルチモア一、クリエイティブなシェフがいること
で名高く、テスの友人が名づけていわく“異種混合料理”。ただし、あまりテスの好
みではない。ここからのインナーハーバーの眺めは絶景だ。

(2)ダウンタウン
 ダウンタウンの目抜き通りチャールズ・ストリートは、インナーハーバーの西を南
北に走っている。この付近一帯にはギャラリーやレストラン、古い家並みが続き、テ
スお気に入りのレストランやバーがある。さらにこの通りを北上すると中央分離帯に
高さ54メートルの白亜の塔、ワシントン・モニュメントが建っている。地元で「首都
にある記念碑より古い」ことが自慢のこのモニュメント、頂上まで続く階段は228段。
だがこれを登りきるのは、かなり鍛えているテスでも途中で目眩がするようだ。それ
でも頂上から一望できるボルチモアの景色はすばらしく、それだけ苦労して登った甲
斐ありというものだろう。この古いエレガントな家が集まった地区はマウント・バー
ノンと呼ばれ、史跡として国の指定を受けている。またここから数ブロック下ったと
ころにある聖母昇天寺院バシリカ聖堂や、以前は世界最大規模を誇ったイーノック・
プラット・フリー図書館近辺の落ち着いた雰囲気もテスが大切に思っているところだ。
 建国直後から続くアメリカ7大公営マーケットのひとつ、レキシントン・マーケッ
トもダウンタウンの名所だ。ボルチモアっ子で賑わうこの“庶民のマーケット”には
生活に密着した品物が並び、130を超える露天商がひしめき合って、売り子の客引き
の声が賑やかだ。新鮮な野菜や果物、魚介類を食べさせる店もたくさんあり、テスも
ランチをよくここで取る。ただ、ボルチモアもほかの大都市の例に漏れず近年犯罪率
が急上昇し、現在のダウンタウンはいたるところにホームレスがたむろする。テスが
幼い頃ホームレスの男に追いかけられたのも、ここレキシントン・マーケットだった。
 テスたちが物語中でよく話題にする作家がいる。ハードボイルド作家のジェイムズ
・M・ケインだ。ケインはテスが卒業したワシントン・カレッジの総長の息子として
このボルチモアに生を受け、テスの生みの親であるリップマン同様《ボルチモア・サ
ン》紙の記者だった。そしてこの街にはもうひとり、忘れてはならない所縁のあるミ
ステリ作家がいる――エドガー・アラン・ポーだ。レキシントン・マーケットの南、
ウェストミンスター教会の敷地内に、エドガー・アラン・ポーの墓がある。ただし、
有名作家の墓所だというのに、この辺は治安が極端に悪く周囲の環境も劣悪だ。
 ところでボルチモアのスポーツといえば、真っ先に野球を思い浮かべる人は多いの
ではなかろうか。ダウンタウン南西地区には野球の神様、ベーブ・ルースの生家と大
リーグ、ボルチモア・オリオールズの本拠地カムデン・ヤードがあり、銅像のベーブ・
ルースが観戦客を出迎えてくれる。オリオールズは地元メリーランド州だけでなく、
ワシントンDCなど近隣地域にも多くのファンを抱える伝統的なチームだ。オリオー
ルズ一筋の野球人生を送り、今季限りで引退したカル・リプケン選手は、大リーグ最
高の連続出場記録を持つ“鉄人”として、大人から子供まで絶大な人気を誇っていた
ことは記憶に新しい。

(3)フェルズ・ポイント
 テスは最新作でダウンタウン北部に移り住むが、それまではインナーハーバー東部
に位置するフェルズ・ポイントでくらしている。フェルズ・ポイントはインナーハー
バーからウォータータクシーに乗るか、テスのように市バスに乗って15分ほどで行け
る距離にある。メインストリートのブロードウェイ沿いには、テスが過去2年間週5
回朝食に通った馴染みのダイナー〈ジミーズ〉など、地元でも人気のある店が並ぶ。
 東部らしい町並みが魅力的なフェルズ・ポイントだが、この街を一躍有名にしたも
のがある。シリーズ3作目『スタンド・アローン』で、テスの相手役刑事に「(近所
で撮影が行われていると)道路が閉鎖されたりなんだりして、大騒ぎになるからね」
といわしめた、ボルチモア市警殺人課刑事たちの活躍と、その人間模様を描いたテレ
ビ番組『ホミサイド~殺人捜査課』だ。日本でもテレビ放映され人気の高いこの番組
は、その撮影ロケの大半が実際にここフェルズ・ポイントで行われており、ウォータ
ータクシーで接岸するや警察本部の大掛かりなセットが訪れる人々の目を引く。この
番組の認知度の高さについて、テスは「一度などある強盗が間違って俳優たちに自首
してしまったほどだ」と語っている。

 本シリーズの魅力はそのプロットもさることながら、なんといっても等身大の女性
として今を生きるテスの暖かみあるキャラクターだろう。だが、ボルチモアの地図を
傍らに本シリーズを読んでいくと、実存する通りや店名などがいかに多く描かれてい
るかに驚かされるに違いない。まるで“生きているような”と評されるこのボルチモ
アの活写があるからこそ、テスをはじめとする登場人物たちも血の通ったキャラクタ
ーとして活き活きと読者に迫ってくるのではなかろうか。

 最後にマーガレット・マロンの言葉を引用して終わりたい――「ローラ・リップマ
ンのようなクロニクラーを得たボルチモアはなんという幸せな街だろう」

【ローラ・リップマン既刊情報】
〈テス・モナハン・シリーズ〉
『ボルチモア・ブルース』   岩瀬孝雄訳/ISBN: 4-15-171652-1
『チャーム・シティ』     岩瀬孝雄訳/ISBN: 4-15-171651-3
『スタンド・アローン』    吉澤康子訳/ISBN: 4-15-171653-X
『ビッグ・トラブル』     吉澤康子訳/ISBN: 4-15-171654-8
               (いずれもハヤカワ・ミステリ文庫刊)
"THE SUGAR HOUSE"(未訳)   William Morrow/ISBN: 0380978172
"IN A STRANGE CITY"(未訳)  William Morrow/ISBN: 0380978180
                (文/宇野百合枝 協力/松本依子、水島和美)

●リップマンが描くボルチモア――未訳書から

 "THE SUGAR HOUSE" by Laura Lippman
 William Morrow/2000.09/ISBN: 0380978172

《お菓子の家と囚われのこどもたち》

「テスは東のほうの眺めが好きだった。煙突や〈ドミノ・シュガー〉の赤いネオンが
並んでいる」(『ボルチモア・ブルース』p.39より)

 テスが父の古い友人ルーシーから依頼された仕事は奇妙なものだった。ルーシーの
弟が身元不明の女性を殺した罪で服役してすぐ刑務所内で何者かに殺されたのは、被
害者の女性に関係があるのではないか、その真相をつきとめて欲しいというのだ。警
察はすでに女性の身元捜しを打ち切っていたが、テスが独自に調べ始めると、ひょん
なところから、女性は〈シュガー・ハウス〉と呼ばれる場所にいたらしいという情報
をつかむ。〈ドミノ〉か〈シュガー・ハウス〉、またはそれに近い名で呼ばれる、怪
しげなバーや、摂食障害がある資産家の娘たちを治療する施設などを調べるうちに、
ある上院議員に近いロビイストや、市のアルコール検閲官であるテスの父の同僚とい
った意外な人物が、関係者として浮かび上がってくる。

〈ドミノ・シュガー〉は全米有数の精糖会社だが、現在は外国企業に買収され、また
今年7月にある投資グループへ売却される契約が交わされた。幸いにして、地元の人
々が〈シュガー・ハウス〉と呼ぶボルチモアの精糖工場と、そのネオンサインは、そ
のまま残される予定とのことで、人々は胸をなでおろしているようだ。工場はローカ
スト・ポイントのチェサピーク湾に面したところにあり、赤く眩いネオンは対岸のど
こからでも目にすることができる。街がめまぐるしい変貌を遂げるなかにあってもな
お、約半世紀にわたって変わらないその光景を、人々はほろ苦い思いで眺めながら、
深く記憶に刻みつづけるのだろう。テスは幼い頃、その赤いネオンのうしろには、神
様が隠れているのではないかと想っていたという。ボルチモアを一望できる砂糖の山
の頂は、天国にふさわしい場所に感じられたから……。
                                (松本依子)
----------------------------------------------------------------------------
 "IN A STRANGE CITY" by Laura Lippman
 William Morrow/2001.09.08/ISBN: 0380978180

《ポーに乾杯――バラとコニャックを供え続けて50年》

〈訪問者〉、それはボルチモアの住民ならば誰でも知っているが、正体は謎である人
物。1月19日のE・A・ポーの誕生日に、1949年以来かかさず墓前に供え物を続ける
彼/彼女は、愛すべき伝説として市民からそっと見守られている存在だ。ところが、
よりによってその正体を暴いてほしいという依頼人が事務所にやってきたから、テス
は眉をひそめる。アンティーク・バイヤーをなのる依頼人は偽物をつかまされたのだ
が、雲隠れした取引相手が〈訪問者〉ではないかとうたがっているらしい。2日後の
ポーの誕生日に首根っこをおさえ、正体をばらさないかわりにそれなりの償いをしろ!
と迫る腹づもりのようだが、テスはなにもかもがうさんくさい依頼人を本気で相手に
する気にはなれず、脅迫の片棒はかつげませんと、けんもほろろに追い返す。しかし
〈訪問者〉を守らねばとの使命感にかられた恋人に説得され、けっきょくテスは当日
ポーの眠る墓地に出向くのだが……。

 世の中には愉しい謎が残っているものだ。〈訪問者〉、別名ポー・トースター(乾
杯する人)は実在している。1990年に『ライフ』誌が墓前にたたずむ姿を写真におさ
めることに成功しており(意図してのことだろう、遠くから撮ったぼやけた写真であ
るが)、そこには年齢も性別も判断できない、すっぽりマントにくるまった人影があ
る。この人物が墓前に捧げるのは3本の赤いバラとボトル半分になったコニャック。
3本はポーと義母と幼妻ヴァージニアをさしているだとか、〈訪問者〉の正体はポー
の熱烈なファンなのか、はたまた親戚かだとか、50年以上も続いている儀式に、ひょ
っとしたら〈訪問者〉は2代目、3代目ではだとか、さまざまな憶測がとびかってい
るそうだ。墓ちかくにあるポーの家にはコニャックのボトルが展示されており、市民
の思い入れがうかがえるというもの。推理小説の父ポーがはからずも遺した粋な謎を
共有できるとは、ボルチモアの住民がなんともうらやましいかぎりである。
                                (三角和代)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■翻訳家インタビュー ―― 上野元美さん
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 今月は、はじめての訳書『テロリズム』がふたたび脚光を浴びている、上野元美さ
んにお話をうかがいます。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《上野元美さん》1960年生まれ。三重県出身。静岡女子大学文学部卒。1999年に|
|『テロリズム』(ブルース・ホフマン著/原書房)で翻訳家デビュー。その他の|
|訳書に『細菌戦争の世紀』(トム・マンゴールド&ジェフ・ゴールドバーグ著/|
|原書房)がある。二階堂黎人・森英俊共編によるアンソロジー『密室殺人コレク|
|ション』(原書房)では、ロバート・アーサーの短篇「ガラスの橋」を翻訳。 |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

【Q】翻訳の道に進まれたきっかけをお聞かせください。
【A】もともと本が好きで、少女時代から外国文学に親しんでいましたが、最初から
翻訳家だけをめざしていたわけではありません。ひとりでできる仕事をしたいと思っ
ていて、その選択肢のひとつが翻訳でした。ある翻訳家のかたの下訳をしたりして経
験を積むうちに、原書房から『テロリズム』の仕事をいただくことができました。苦
労はいろいろしたのでしょうが、記憶に残っている苦労は英文に苦しめられたことく
らい。それはいまも変わりませんが。

【Q】『テロリズム』、『細菌戦争の世紀』と、硬い感じのノンフィクションを続け
て訳されていますが、こういったテーマに関心がおありだったのですか?
【A】軍事ものの下訳が多かった関係で、たまたまいただいた仕事なんですよ。自分
では単なる偶然と思っていましたが、ご質問をいただいてあらためて考えてみると、
学生時代から国際関係には興味があり、この方面の本をずいぶん読んでいました。冒
険ものに親しんでいたこともあり、楽しくやれた仕事です。

【Q】偶然とはいえ、2冊ともタイムリーな内容ですね。
【A】はじめての訳書『テロリズム』は、テロリズムの歴史をていねいにまとめたも
ので、いまなぜ宗教テロなのかという疑問に答えてくれます。また、『細菌戦争の世
紀』は、生物兵器に関する知識だけでなく、それを発展させ使用してきた国々の内情
などにも踏み込んだ内容になっています。いま大問題になっている炭疽菌についても、
くわしいことがわかります。見えない、聞こえないテロについて、警鐘を鳴らす書で
もあります。

【Q】アンソロジー『密室殺人コレクション』で、本格ミステリを訳されていますが。
【A】ある仕事を通じて知り合った編集者と、本格ミステリのことで話がはずんだの
がきっかけで、あの中の一編を訳すことになりました。

【Q】ミステリもそうとうお好きなんですね。
【A】ええ。海外のミステリ作家でいま好きなのは、ドロシー・L・セイヤーズ、エ
ドマンド・クリスピン、それにピーター・ラヴゼイです。ミステリの中でも、謎解き
以外のどうでもいいことが、あれやこれやと書かれているものが好きなんですよ。こ
の3人の小説はみな、そのどうでもいいドタバタの部分がおもしろくて。ほかには、
リンゼイ・デイヴィスやロバート・ファン・フーリックも好きです。時代や場所など
の舞台設定が気に入っています。

【Q】今後はどのような本を訳していきたいですか?
【A】いちばんやりたい分野は、冒険もの、軍事もの、国際情勢に関するものですが、
フィクション、ノンフィクションという枠にとらわれず、興味のあるジャンルには積
極的にチャレンジしていくつもりです。例をあげるなら、自然科学、スポーツ、歴史
関係などでしょうか。もちろんミステリや一般の小説にも興味がありますよ。英米版
の平家物語といった感じのスケールの大きな小説なんか、いいですね。とにかく、い
まはなんでもやってみたいんです。
                         (取材・構成 山本さやか)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『凍りつく心臓』『墜落のある風景』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『凍りつく心臓』 "IRON LAKE"
 ウィリアム・K・クルーガー/野口百合子訳
 講談社文庫/2001.09.15発行 990円(税別)
 ISBN: 4-06-273260-2

《1999年度、アンソニー賞およびバリー賞の最優秀処女長編賞受賞作品》

 吹雪のなかを新聞配達に出かけたまま、息子が帰ってこない――少年の母親からこ
んな相談を受けたとき、コーク・オコナーはまんざらでもない気分だった。シカゴで
警官を務めたあと、故郷の町オーロラに戻って保安官になったが、ある事件をきっか
けに職を追われ、今は夏のあいだだけ営業する小さなハンバーガー・ショップの主人
になっている。やりがいのある仕事を失って挫折感にさいなまれ、家族を顧みる余裕
を持てずにいるうちに、妻の心は次第に離れ、ティーンエイジャーの娘も反抗的な態
度を取るようになった。仕事に続いて家族も失いつつある空虚な日々のなかで、だれ
かに必要とされるのはずいぶん久しぶりだ。だからコークは、少年を探して除雪もさ
れていない夜の道をたどることを、少しもおっくうとは思わなかった。
 だが、少年の配達先である判事の家を訪れたコークは、そこで判事の死体を発見す
る。行方不明の少年は、判事の死となにか関係があるのだろうか。徐々に深く事件に
関わっていくコークに、心臓が凍るほど冷たい感情を抱かせた真実とは……?
 舞台となるのはカナダとの国境に近いミネソタ州の小さな町、オーロラ。冬になる
と、アイアン湖の上を渡ってカナダからの烈風が吹き付け、森に囲まれたこの町は深
い雪に閉ざされる。人生を立てなおそうと悩み苦しむコークの背景で、大自然は厳然
と存在しつづけている。身を切るほど冷たい、静謐な澄んだ空気をも感じられるよう
な作品だ。アメリカの有名なミステリ賞をダブル受賞という輝かしいデビューを遂げ
たクルーガーは、本書に続くコーク・オコナー・シリーズをすでに2冊発表している。
                                (中西和美)
----------------------------------------------------------------------------
『墜落のある風景』 "Headlong"
 マイケル・フレイン/山本やよい訳
 創元推理文庫/2001.09.28発行 1,100円(税別)
 ISBN: 4-488-21602-1

《転がり落ちるのは誰? 絵の中の小男か、画家なのか、それともぼく?》

 16世紀、オランダ独立戦争勃発寸前の動乱期に生きた画家ブリューゲル。臨終にさ
いして家にあった作品を焼却させたことなど、その生涯には謎が多い。

 田舎で論文を仕上げることにした哲学者のマーティンは、隣人トニーから初めて屋
敷に招かれた。妻のケイトは美術史家、その影響でマーティンも図像解釈学(絵画に
描かれたモティーフの意味を推察する)に手を染めている。きっとまた家宝の鑑定で
も頼まれるんだろう。悪い予感があたり、逃げ出しかけたマーティンはとんでもない
絵を見てしまう。暖炉の煤よけにされていたのは、ブリューゲルの連作の中の1枚で
はないだろうか。その場でマーティンは決心する。無知なトニー夫妻をだまし、あの
絵を買い取ってしまおう。自分の良心と妻のケイトをごまかしながら、マーティンは
ぶきっちょな詐欺計画を練り上げる。おまけにトニーの妻ローラが、足しげく訪れる
マーティンは自分に気があるものと勘違いし、迫ってきたりするものだからますます
話がややこしくなってくる。

 もうひとつ大きな気がかりがある。あれは間違いなくブリューゲルの作品だったの
だろうか? 関心を悟られないため、汚れた絵を一瞬眺めただけだったのだ。マーテ
ィンはブリューゲルについて調べはじめる。

 著者マイケル・フレインは英国きってのユーモア作家。マーティンの一人称で、企
てた詐欺の顛末が皮肉っぽく愉快に語られる。さらに、読者はマーティンからブリュ
ーゲルの置かれた時代状況を学生さながらに詳しく講義され、ブリューゲルが絵の中
に隠したメッセージをともに推理していくことになる。邦訳版には、原書にはないブ
リューゲルの作品の図版も入っている。1999年ブッカー賞とウィットブレッド賞にノ
ミネートされた作品。
                               (小佐田愛子)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■ミステリ雑学 ―― フェルメールを巡る旅(前編)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「いったい、あなたの望みは何なの、バーニー?」
「死ぬ前に、世界中に散らばっているフェルメールの絵を残らず見ることでしょうか」
「あなたをフェルメールにのめりこませたのはだれか、訊くまでもないわね?」

    (『ハンニバル』トマス・ハリス/高見浩訳/新潮文庫 上巻p.162より)
----------------------------------------------------------------------------
 バーニーをフェルメール愛好者にしたのは、いうまでもなくハンニバル・レクター
博士だ。ボルチモア州立病院の看護人だったバーニーは、重大犯罪人として収監され
たレクターに尊敬と畏怖をもって接したことから話し相手として認められ、知識の片
鱗を伝授されるなど影響を受けた。フェルメールもそのひとつであったようだ。

 ブリューゲルから時代を下ること100年、同じオランダで生涯を過ごしたヨハネス・
フェルメール(Johannes Vermeer)は謎の多い画家である。伝記的事実は断片的にし
かわかっておらず、一生のうちに残した作品はわずかに30数点。その中にはフェルメ
ールの作か否かがいまだに明確でないものも数点含まれる。そしてこの稀少性が災い
して、贋作を発表されたり、盗難の被害に遭ったりと、現在に至るまでいくたびも犯
罪のターゲットになってきた。
 だが作品に向かい合ってみると、ミステリアスな影は感じられない。多くは窓から
やわらかな光の差し込む室内で、手紙を書いたり語らったりする庶民の日常のひとこ
まを描いており、時間が止まったような、おだやかな明るさに満ちている。
 この魅力にひかれ、全作品を見たいと願うファンは多いという。そこで本コーナー
でも、フェルメールをすべて見ることをテーマに旅行計画を練ってみた。まずは全作
品を閲覧できる下記のサイトで予習をしておこう。
http://www.ccsf.caltech.edu/~roy/vermeer/thumb.html

●オランダ(成田→スキポール空港・約15時間)
 最初に行きたいのはやはり画家の母国オランダだ。空港からアムステルダム中央駅
までおよそ30分。中央駅から国立美術館までは路面電車もあるが、運河をめぐる水上
バスを使うのもオランダならでは。美術館2階に上ると、代表作のひとつ《牛乳を注
ぐ召使い》のほか3点が見られる。中央駅に戻り、電車で1時間弱でハーグへ。ハー
グ中央駅から1キロほどのマウリッツハイス美術館には3点が所蔵されている。ここ
では、少女が振り返る一瞬の表情をとらえた《青いターバンの少女》、運河を描いた
風景画《デルフトの眺望》の2作をぜひゆっくりと眺めたい。ここからフェルメール
が住んでいた町デルフトへは電車で20分ほどだ。作品は展示されていないが、教会な
ど17世紀の面影があちこちに残る街並みを散策しよう。
●ドイツ→オーストリア→フランス
 ドイツ国内には作品が多数ある。ベルリンの中心部、ポツダム広場に近いベルリン
絵画館に2点。フランクフルトのシュテーデル美術研究所に1点。ドレスデンの州立
絵画館に2点。北部の町ブラウンシュヴァイクにある、ヘルツォーク・アントン・ウ
ルリヒ美術館に1点。これらを見るには、ベルリンを拠点にして2日ほどかけるのが
いいかもしれない。次にウィーンへ飛ぶ。ウィーン美術史美術館には大作《絵画芸術
の寓意》がある。パリのルーヴル美術館には2点が収蔵されている。
●イギリス→アイルランド
 ロンドンの観光名所であるトラファルガー広場に面したナショナル・ギャラリーで、
2点が見られる。さらにバッキンガム宮殿内のギャラリーをのぞくと《音楽のレッス
ン》、北部のケンウッド・ハウスには《ギターを弾く女》と、ロンドンには音楽を主
題にした作品が多いようだ。エディンバラへは飛行機か、電車で4時間半かけてのん
びりと移動するのもいい。スコットランド国立美術館で1点が見られる。
 アイルランドに渡り、ダブリンの国立美術館で《手紙を書く女と召使い》を見て、
ヨーロッパにあるフェルメールはすべて見たことになる。     (次号へ続く)
*作品の邦題は『週刊美術館8 フェルメール』(小学館)に拠った。
                           (影谷 陽、水島和美)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■スタンダードな1冊 ―― 女性探偵、颯爽と登場
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 1972年にP・D・ジェイムズがコーデリア・グレイを世に送り出した時、探偵は
「女には向かない職業」だった。しかしさまざまな女性探偵たちが活躍する現在、探
偵が「女には向かない職業」だなんて誰が言うだろう?

 ミステリの世界で女性探偵がほとんどいなかった80年代初め、サラ・パレツキーの
V・I(ヴィク)・ウォーショースキーとスー・グラフトンのキンジー・ミルホーン
は誕生した。この2人の登場で女性探偵を主人公としたミステリの地位が確立された、
と言っても過言ではないだろう。今回取りあげるのは、ヴィク・ウォーショースキー・
シリーズの5作目にあたる『ダウンタウン・シスター』だ。この作品は88年にCWA
賞のシルバー・ダガーを受賞し、パレツキーの代表作とも言われている。
 ヴィクは、子供の頃に子守りをしたこともある、妹のような存在だった幼なじみの
女性から父親探しを依頼される。何の手がかりもないまま調査をはじめたものの、事
態はしだいに思わぬ方向へと進んでいくのだった。
 事件解決後の後日談が書かれた最終章は、しみじみとした余韻があり代表作にふさ
わしい結末だ。命の危険も顧みず目標に向って突っ走っていく彼女を見守る、友人や
隣人たちの思いやりと温かさも忘れてはいけない。彼らがいなければ、このシリーズ
は成り立たないだろう。ヴィクの激しすぎる性格と強すぎる自立心に、違和感を感じ
る人もいるかもしれない。しかし女性の社会進出が本格的に始まった80年代に社会へ
出て行った女性なら、ヴィクの気持ちや行動が理解できるのではないだろうか。

【今月のスタンダードな1冊】
『ダウンタウン・シスター』サラ・パレツキー著/山本やよい訳/ハヤカワ文庫
"BLOOD SHOT" by Sara Paretsky

【関連情報】
●ヴィク・シリーズの最新作 "TOTAL RECALL" が、今年9月にアメリカで発売された。
『わたしのボスはわたし』山本やよい著/廣済堂出版(2001年6月発売)
 ヴィク・シリーズの翻訳者、山本やよいさんがヴィクについて語ったエッセイ。
『女には向かない職業』P・D・ジェイムズ著/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫
スー・グラフトンは『アリバイのA』でデビュー。現在シリーズは16作目まで発表
 されている。
                              (かげやまみほ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■速報 ―― アンソニー賞・マカヴィティ賞・バリー賞受賞作決定!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 第32回バウチャーコンは当初の予定どおり、去る11月1日~4日の4日間にわたっ
て開催され、アンソニー賞、マカヴィティ賞およびバリー賞の受賞作発表と授賞式が
おこなわれた。各賞のおもな受賞作は以下のとおり。

●アンソニー賞受賞作
 ▼最優秀長篇賞 『処刑の方程式』 ヴァル・マクダーミド
  今年度のMWA賞、マカヴィティ賞、そしてこのアンソニー賞と、アメリカのお
  もだった賞すべてにノミネートされた、マクダーミドのシリーズ外作品。イギリ
  スの寒村でひとりの少女が行方不明になった。家出か、それとも事件か。700ペ
  ージ強というボリュームにもかかわらず、けっして飽きさせることなく一気に読
  ませる力量はさすがである。翻訳は森沢麻里訳で集英社文庫から出ている。

 ▼最優秀処女長篇賞 "DEATH OF A RED HEROINE" by Qiu Xiaoling
 ▼最優秀ペーパーバック賞 "DEATH DANCES TO A REGGAE BEAT" by Kate Grilley

  その他の受賞作およびノミネート作については下記を参照のこと。
   http://www.bouchercon2001.com/recipients_2001.html

●マカヴィティ賞受賞作
 ▼最優秀長篇賞 『処刑の方程式』 ヴァル・マクダーミド
  こちらでもマクダーミド強し。MWA賞は逃したものの、目の肥えたミステリ・
  ファンから絶大なる支持を受け、アンソニー賞とのダブル受賞となった。

 ▼最優秀処女長篇賞 『紙の迷宮』 デイヴィッド・リス

  その他の受賞作およびノミネート作については下記を参照のこと。
   http://www.mysteryreaders.org/Macavity.html

●バリー賞受賞作
 ▼最優秀長篇賞 "DEEP SOUTH" ネヴァダ・バー
  女性パークレンジャーのアンナ・ピジョンを主人公にしたシリーズもの。同シ 
  リーズは、『死を運ぶ風』(松井みどり訳/小学館文庫)および『極上の死』 
  (栗原百代訳/小学館文庫)が翻訳されている。

 ▼最優秀処女長篇賞 『紙の迷宮』 デイヴィッド・リス

  その他の受賞作およびノミネート作については下記を参照のこと。
   http://www.deadlypleasures.com/Barry2001.htm
                               (山本さやか)

―――――――――――――――――――――――――――――――――
■お知らせ■ 本マガジンで紹介した書籍が一覧できる Web ページを作りました。
ワンクリックでオンライン書店へも移動できます。どうぞご利用ください。
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html(連載コーナー)
―――――――――――――――――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――
■編集後記■
 シリーズ「ミステリと街」いかがでしたか。ミステリ作品のなかで街を魅力的に描
いた作家・作品を、これからもときどきご紹介します。
 そろそろ2001年のベスト・ミステリが気になる季節になりました。話題作のあれも
これもまだ読んでいない……と、ひたすら読書に励む日々です。      (片)


******************************************************************
 海外ミステリ通信 第3号 2001年11月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、中西和美、
     松本依子、水島和美、三角和代、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想 :whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先:whodunit@mba.nifty.ne.jp
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/index.htm
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/index.htm

 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2001 Whodunit Honyaku-Club
******************************************************************


PR
フリーエリア
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
カウンター
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]