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             月刊 海外ミステリ通信
          第7号 2002年3月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        クッキング・ミステリ
〈翻訳家インタビュー〉 匝瑳玲子さん
〈注目の邦訳新刊〉   『雨の牙』
〈ミステリ雑学〉    アメリカ公民権運動の落とし子
〈スタンダードな1冊〉 『納骨堂の奥に』
〈速報〉        アガサ賞ノミネート作品発表

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 ■特集 ―― クッキング・ミステリ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 さまざまな食のプロたちが登場するクッキング・ミステリは、次々に新作が紹介さ
れる人気ジャンルです。日本でもダイアン・デヴィッドソン、キャサリン・H・ペイ
ジのシリーズなどが紹介され好評を博していますが、このジャンルには日本未紹介の
作品が数多く眠っています。今回の特集では、そうした作品からレシピつきの3点を
取りあげました。著作権の関係でレシピをそのまま載せることはできませんが、どう
ぞこの雰囲気を味わってくださいませ。
                                (三角和代)

                  前 菜
                   ̄ ̄ ̄
        ルー・ジェーン・テンプル~ユニークな無国籍料理

 "DEATH BY RHUBARB" by Lou Jane Temple
  St. Martin's Paperbacks/1996.08/ISBN: 0312958919

 ミズーリ州カンザス・シティの中心街に、トレンディなレストラン〈カフェ・ヘヴ
ン〉がある。既成概念にとらわれず、さまざまな国の料理をうまくミックスしたオリ
ジナリティあふれるメニューが評判の店だ。"DEATH BY RHUBARB" は〈カフェ・ヘヴ
ン〉のオーナー・シェフ、ヘヴン・リーを主人公に据えたシリーズの第1作である。

 5月の月曜日、〈カフェ・ヘヴン〉で食事客が急死した。死んだのは弁護士のター
シャ。ヘヴンの最初の夫サンディが最近つきあっている相手だ。ターシャの体内から
大量のニコチンが検出され、警察は殺人事件として捜査を開始する。そこへ、〈カフ
ェ・ヘヴン〉に納入されたサラダ用野菜に、毒性のある野菜が混入する事件も起こり、
店は閉店の危機に追いこまれる。ヘヴンは窮地を打開すべくみずから犯人探しに乗り
出す。
 しろうと探偵というと、やみくもにつつきまわって警察の捜査を台無しにし、あげ
くの果てはみずからを危険にさらして周囲に迷惑をかけるものと思われがちだが、ヘ
ヴン・リーはひと味ちがう。元弁護士という経歴を生かし、関係者からじっくり話を
聞き、冷静に調査を進めていく。従業員や隣人や友人など周囲の人々が、ヘヴンをけ
んめいに支え、もりたてようとする姿にも好感が持てる。
 ヘヴンは5回の結婚と離婚をへていまは独身。若いころのちょっとした過ちで法曹
界を追われ、一時はストリッパーをしていたという過去を持つ。大学生になる娘がい
るといえば、おおよその年齢は察しがつくだろう。現在は20歳以上も年下の医者の卵、
ハンクとつきあっている。第三者から見ればなんともうらやましいかぎりだが、真剣
に相手を思うがゆえに、ふたりの年齢差に引っかかりを感じているようだ。

 さて、「クッキング・ミステリ」と銘打つからには、紹介される料理も魅力的でな
ければ読者は満足しない。さすがにレストランのオーナー・シェフが主役だけあって、
前菜、サラダ、スープにメイン料理、おまけにデザートまで、おいしそうなレシピが
ずらりと並んでいる。その中から前菜がわりの3品をご紹介しよう。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|           ◆◆ブルー・ヘヴン・サラダ◆◆
|ちぎったレタスを皿に盛り、細かく刻んだブルーチーズ、オリーブオイルで軽く
|揚げたペカンナッツを飾る。ラズベリー、ラズベリー・ビネガー、蜂蜜、オリー
|ブオイルを合わせたドレッシングをかけて供する。

|            ◆◆クズイモのサラダ◆◆
|クズイモはすりおろすかスライスし、セロリの茎の薄切り、ペカンナッツ、種を
|とったぶどう、皮を剥いてカットしたオレンジと合わせる。蜂蜜とライム・ジュ
|ースで味つけしたプレーン・ヨーグルトで和える。

|          ◆◆アーティチョークのホムス◆◆
|ホムスとは中東の料理のひとつで、豆で作ったディップといった感じ。アーティ
|チョークをくわえたところが〈カフェ・ヘヴン〉ふう。ガルバンゾー豆とアーテ
|ィーティチョークの中心部を茹で、にんにく、レモン汁、パプリカ、クミン、塩
|こしょうとともにフードプロセッサーにかける。ここにオリーブオイルを少しず
|つたらしていき、クリーム状にする。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

 クズイモ、アーティチョークなど、日本では少々手に入りにくい食材も使われてい
るが、作り方はいたってシンプル。他のレシピも見ていただければわかるが、どれも
素材のよさを生かしたあっさりした味つけがされており、日本人の口にも合いそうだ。

 ヘヴン・リーのシリーズは、この後もコンスタントに書き続けられ、現在6作まで
が刊行されている。昨年8月に発売になった最新作 "RED BEANS AND VICE" は、友人
のたっての頼みでニューオーリンズに赴いたヘヴンが、殺人事件に巻き込まれる話だ
そうだ。ニューオーリンズといえば、独特の食文化で知られる町だ。さぞかし、ユニ
ークな料理が紹介されていることだろう。
                               (山本さやか)

              メインディッシュ
               ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          タマー・マイヤーズ~素朴な家庭料理

 "EAT, DRINK, AND BE WARY" by Tamar Myers
  Signet/1998.09/ISBN: 0451192311

 メインディッシュに登場は、素朴なアメリカの味。タマー・マイヤーズの田舎のプ
チホテル〈ペンダッチ・イン〉シリーズからのエントリーだ。
 ホテル名の“ペンダッチ”とはペンシルヴァニア・ダッチ。ペンシルヴァニア州に
暮らすドイツ、スイスからの移民を祖先にもつ人々のこと。ここでつかわれるドイツ
語方言を指す場合も。その料理が素朴なのは、手ぬきでもなんでもなく、れっきとし
た理由がある。ペンダッチの宗教はメノナイトで、簡素な生活が信条だから。
 おもしろいもので、飽食のこの時代にあって、お客にも質実剛健をもとめる当ホテ
ルの姿勢はかえってうけた。商売は大繁盛。けれど、どんなに儲かろうとも、女ある
じマグダレーナは贅沢をしない。客室の清掃に掃除機は不可、モップとほうきとちり
取りをつかう。あまったお金はせっせと教会に寄付。はたからみればかなりストイッ
クな生活におもえるが、上には上が。映画《刑事ジョン・ブック 目撃者》で一躍有
名になったアーミッシュだ。じつはもともとメノナイトだったが、時代に流されず厳
格に教えを守ろうと離脱した一派なのだ。〈ペンダッチ・イン〉の料理人、フレニー
がこのアーミッシュ。長袖、ロングスカートの服装規定を忠実に守り、質素だが心づ
くしの料理を作り続けている。

 そのフレニーが参加するということで、ここが料理コンテストの会場に。これがシ
リーズ6作目にあたる本作品の設定だ。料理番組のホスト、腕自慢の主婦など、参加
者たちがぞくぞくと集まってくる。けれども“飲んで、食べて、楽しくやろう”なら
ぬ、“油断するな”というタイトルどおり、たがいに恨みつらみをもつ人物ばかりで、
雰囲気は最初から険悪。ついには殺人まで――ここで、殺意を胸に(?)参加者たち
が腕をふるう料理からメインディッシュをピックアップしよう。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|         ◆◆ カレー風味ミートローフ ◆◆
|ハンバーグの材料を準備。ひき肉はラム&ビーフをおすすめ。パン粉のかわりに
|オーツ麦をつかい、忘れずにカレー粉とクミンをくわえよう。ひとかたまりにし
|て、オーブンへ。薬味のピーチチャツネづくりにチャレンジ。刻んだ生の桃とピ
|ーマンに、ワインビネガー、カレー粉その他の調味料と水を入れ、ぐつぐつ煮込
|めばできあがり。オーツ麦の食感をたのしんで。

|        ◆◆ びっくりトルティーヤケーキ ◆◆
|ブラックビーンズ、玉ねぎなどトルティーヤに合うお好みの材料をチョイスして
|炒め、水分をとばす。タコスの調味料をかけた鶏肉をよく炒める。パイ皿にトル
|ティーヤ、炒めた豆類、チーズの順に重ねたら、トルティーヤ、炒めた鶏肉、サ
|ルサと続ける。その手順をくりかえし、いちばん上にはトルティーヤを。オーブ
|ンでこんがり焼こう。サルサとサワークリームをかけて熱々をどうぞ。

|        ◆◆ おふくろの味ベイクドビーンズ ◆◆
|乾燥白インゲンマメを一晩水につけてもどす。砂糖、ジンジャーなどの調味料を
|混ぜ、鍋に豆、ベーコン、玉ねぎの層を作っていく。最後にりんごのスライスを
|重ねたら、ひたひたの水を注ぎ5時間ほど煮込む。必要に応じて水をたす。これ
|は豆の水煮缶などで代用すると手軽につくれそう。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

 ごらんのように、コンテストといっても格式張らず、メノナイト/アーミッシュの
宿で味わうにはぴったりの料理がならぶ。日本の家庭でも気軽に作れそうな品ばかり。

〈ペンダッチ・イン〉シリーズは、順調に書きつがれ、最新作の9作目が発表された
ところ。なんせ、顧客リストにはセレブリティが名をつらね、3年先まで予約がうま
っている人気ホテル。文でたのしむ温かい家庭料理と、マグダレーナとフレニーの丁
々発止のやりとりというごちそうは、これからもまだまだ堪能できるはず。
                                (三角和代)

                デザート
                 ̄ ̄ ̄ ̄
       ジョアン・フルーク~焼き立てのクッキーを召し上がれ

 "STRAWBERRY SHORTCAKE MURDER" by Joanne Fluke
  Kensington Publishing Corp./2001.03/ISBN: 1575666448

〈クッキー・ジャー〉はミネソタ州の小さな町レイク・エデンのベーカリーショップ。
前日に作ったクッキーは決して出さないというこだわりをもつこの店では、オーナー
のハンナと店員のリサが作る、おいしいコーヒーとできたてのクッキーが味わえる。

 シリーズ2作目となる本作では、レイク・エデンでデザート・コンテストが開かれ
ることになり、ハンナは審査委員長に選ばれた。初日に審査員のひとりが急病で欠席
したため、高校のバスケットボールチームのコーチが代理に選ばれたが、帰宅後、コ
ーチは何者かに殺される。その妻ダニエルは夫からたびたび暴力をふるわれており、
犯人と目される条件が揃っていたが、友人ダニエルの無実を信じるハンナは、自ら犯
人をつきとめようと調査を開始した。
 郡保安官チーフのマイクはハンナの恋人だが、ハンナが事件に首を突っ込むことを
当然のごとく嫌っている。しかし町の人々は、保安官でかつ地元の人間ではないマイ
クには話しづらいようなことでも、ハンナには気軽に打ち明ける。そういった会話の
断片から解決の糸口をつかんでいくハンナの調査力には、マイクも脱帽せざるをえな
い。今回はハンナの妹アンドレアも加わり、姉妹で事件に取り組んでいく。小柄な美
人で、口がうまいアンドレアと、背が高く、美人とはいいがたいが頭の回転は早いハ
ンナの、凸凹コンビが絶妙だ。

 さて、謎解きとともにもうひとつの目玉であるクッキングについて、本作には7つ
もレシピが収められている。そのなかから〈クッキー・ジャー〉のレシピと、コンテ
ストのゲストに供されたデザート、ハワイアン・フランのレシピをご紹介しよう。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|         ◆◆ ココア味の薄焼きクッキー ◆◆
|ココアパウダーに溶かしたバターを混ぜ入れ、砂糖を加える。これに溶き卵を混
|ぜ合わせ、ベーキングソーダ、塩、バニラ、小麦粉を加えてよく混ぜる。生地を
|冷蔵庫で冷やしてから胡桃大に丸めて砂糖をまぶす。クッキーシートに並べてス
|パチュラで平らにし、オーブンで焼く。アンドレアの娘が言うには、チョコレー
|ト味のアニマル・クラッカーの味がするとのこと。

|       ◆◆ オートミールとレーズン入りクッキー ◆◆
|溶かしたバターに砂糖を混ぜ、さらにバニラ、塩、ベーキングソーダを加える。
|そこに卵を混ぜ合わせてから小麦粉を加えてよく混ぜ、レーズンを加える。オー
|トミールをフード・プロセッサーで細かくし、生地と混ぜ合わせる。胡桃大に丸
|めてクッキーシートに並べ、フォークで十字に押しつぶし、オーブンで焼く。レ
|ーズン嫌いのアンドレアも大好きな、かりっと歯ごたえのいいクッキー。

|           ◆◆ ハワイアン・フラン ◆◆
|泡立てた卵にコンデンスミルクと砂糖、塩、パイナップルジュースを加えてよく
|混ぜ、カラメルソースをひいた焼き型に流し入れる。ひとまわり大きな天板に焼
|き型を置き、天板にお湯をはってオーブンで焼く。皿に切り分け、刻んだパイナ
|ップルやホイップクリームを添えて出来上がり。プリンのようなカスタードのデ
|ザートで、ハンナは温かいまま、ハンナの母親は冷やして、アンドレアは室温に
|して食べるのが好みだそうだ。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

 ご覧のとおり、特に凝った材料は使われていないが、作者が実際に何度も繰り返し
作ってできたという、ハンナ曰く「完璧なレシピ」だ。幼い頃、おばあちゃんが作っ
てくれたような懐かしい味がするハンナのクッキーに、レイク・エデンの人々は大人
も子供も目がないようだ。

 シリーズ3作目の "BLUEBERRY MUFFIN MURDER" はこの3月に発売される予定で、
4作目もタイトルは "LEMON MERINGUE PIE MURDER" に決まっているという。1作目
の"CHOCOLATE CHIP COOKIE MURDER" から続いてなんともおいしそうなタイトルばか
りで、お腹が減っているときにこのシリーズを読むのは危険かもしれない。
                                (松本依子)

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 ■翻訳家インタビュー ―― 匝瑳玲子さん

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 今月は、ハヤカワ文庫より昨年12月に『監禁治療』を出された、匝瑳玲子さんにお
話をうかがいます。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《匝瑳玲子(そうされいこ)さん》 1960年静岡県生まれ。青山学院大学文学部
|卒。98年、医学ドキュメンタリー『緊急救命室』(イーサン・ケイニン他/朝日
|新聞社)を玉木享氏らと共訳し、翻訳家としてデビューする。99年には古代史ノ
|ンフィクション『消されたファラオ』(グレアム・フィリップス/朝日新聞社)
|の翻訳を手掛ける。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
――匝瑳さんが翻訳に出会ったのは、どんなことがきっかけですか。
「米国在住の知人が東京にいる私に、ビジネス関係の翻訳を一緒にやらないかと誘っ
てくれたのがきっかけです。その頃はまだ景気もよく、仕事もいろいろありました。
ジョージ・ルーカスの仕事をしたこともありましたよ。その知人は、打ち合わせとい
うことでルーカスの広大な牧場に招待され、ランチをご馳走になったそうです。東京
にいた私は、ちょっと羨ましかったですね」

――その後もそのお仕事が順調にいったわけではないのですね。
「はい。不況とともに仕事も減って、最後には無期休業という残念な結果になりまし
た。でもこの仕事のおかげで、もともと“ことば”に強く惹かれていた自分を思い出
したんですね。中学、高校と谷川俊太郎や八木重吉の詩が大好きでした。私の思う
“ことばの魅力”とは、たとえば“たった一言で人を殺せるほどの力を持っている”
ところでしょうか。それで本格的に勉強してみたくなり、翻訳学校に通い始めました。
実は今でも通っていますが、ことばというのは関われば関わるほど奥深いものだと実
感しています。先生に教えていただきながら、とにかく書いてみる、訳してみること
の大切さがよくわかりました」

――『ハンニバル』の戦慄と『24人のビリー・ミリガン』の迫力をあわせもつサイコ
・サスペンス、と評判の高い『監禁治療』を訳されていかがでしたか。
「この物語の中心人物は、解離性同一性障害(多重人格)の連続殺人犯マックスです。
彼を追うFBI捜査官と、彼に誘拐されセラピーを施すことになる精神科医との絡み
の中で、マックスの半生が明らかになっていきます。その過程が本書の読みどころで
すが、著者が実際にこの障害を持つ人たちの手記に触発されたといっているだけあっ
て、かなりリアルな描写が続きます。私も何度となく心をえぐられる思いをしました。
難しかったのはマックスの9つの人格をどう訳し分けるかということです。思いっき
り感情移入しながらも、それをあまり前面に出さないよう意識しました。また精神医
学用語が頻出するので、訳注を入れることで読者の皆さんの気をそいでしまわないか
とかなり心配しました」

――今後のご予定は?
「3月下旬か4月上旬に『死海文書の謎を解く』(ロバート・フェザー/講談社)が
出る予定です。50年前に死海のほとりで発見されたいわゆる『死海文書』の中に、
「銅の巻物」という、宝物のリストではないかといわれている一風変わった巻物があ
ります。本書は英国の冶金学者がその「銅の巻物」の謎に迫り、ユダヤ教とエジプト
の関係を明らかにしていく歴史ノンフィクションです。正統派の研究書ではありませ
んが、古代史ならではの“想像力を働かせる愉しみ”を満喫させてくれます。古代史
は完全に解明されていないぶん夢とロマンがいっぱい詰まっている、まさしくミステ
リーの世界ですね。興味が尽きません。本書の翻訳にはおととしから丸2年かけて取
り組んできました。著者とも何度もメールでやり取りをしましたし、訳者としてとて
も思い入れのある本です。今は調べものに愉しみを見出しているのでノンフィクショ
ン好きに拍車がかかっていますが、『監禁治療』でフィクション翻訳のおもしろさを
体験させていただいたので、少しずつ守備範囲を広げていけたらなと思っています」
                         (取材・構成 宇野百合枝)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『雨の牙』

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『雨の牙』"RAIN FALL"
 バリー・アイスラー/池田真紀子訳
 ヴィレッジブックス(ソニー・マガジンズ)/2002.01.20発行 760円(税別)
 ISBN:4-7897-1802-6

《国際都市・東京を舞台に、今戦いの幕が上がる――暗殺者レイン初登場》

 人口1200万の国際都市、東京。そこに一人の男がひっそり暮らしていた。その名は
ジョン・レイン。日米ハーフで日本語を楽々と操り、殺しで生計を立てている。彼へ
の依頼が途切れない理由は、自然死に見せかける技術に長けているからだ。今回のタ
ーゲットは国土交通省のキャリア官僚、川村。尾行の末、山手線の車内で殺害。計画
どおりに仕事は済んだが、現場で不審な白人を見かける。
 気晴らしにジャズを聴こうとクラブ〈アルフィー〉へ立ち寄った彼に、ママがデビ
ューを控えたジャズピアニスト、みどりを紹介する。ママからみどりが川村の娘であ
ることを聞いたジョンは愕然とする。時遅く、彼はすでにみどりに惹かれはじめてい
た。さらに、川村殺害についての気がかりな点を洗っていたジョンに、みどり殺害の
依頼が舞い込んだ。心に迷いを感じながらも、ジョンはあちこちから命を狙われてい
るみどりを助ける側につく。みながそこまでして狙うものは、1枚のディスクだった。
それは、日本の行く末を大きく左右するダイナマイトのような代物だった。
 最初この小説に目が止まったのは、日本を舞台に殺し屋が暗躍するというあまりな
いプロットだったためだ。著者は、過去日本に3年在住し、現在は日系企業の顧問弁
護士で、日米を往復している。柔道は黒帯の腕前で、講道館での稽古の描写や格闘シ
ーンがリアルなのは、そのためであろう。この作品は、出版が決定している他の十数
か国に先駆けて日本で刊行された。これは本国アメリカよりも先である。
 住んでいても東京が異国のように見えた時期が、わたしにもある。下町に代表され
る古き良き東京、それに六本木や渋谷に代表される時代の先端を行く東京。そのギャ
ップが不可解でもあり魅力でもある。そのアンバランスな魅力を、著者はうまく捉え
ている。それがこの作品をお薦めする第1の理由。
 第2に、義兄弟とまで誓い合った親友ジミーとのベトナム従軍時代のエピソードが
ある。話の底辺に流れている哀しみは、実はこのエピソードに端を発しており、読み
進むうちに強さを増してゆく。さらに、何も言わずに協力してくれる天才ハッカーで
あるハリーこと晴義、それに警察庁捜査課のキャリアであるタツこと石倉達彦など、
脇役もいい味を出している。次回作が楽しみな新人が、また誕生した。
                                (大越博子)

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 ■ミステリ雑学 ―― アメリカ公民権運動の落とし子

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 2001年のMWA新人賞にノミネートされた『危険な道』(クリス・ネルスコット/
延原泰子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、1968年2月の米国テネシー州メンフィスを舞
台にしている。米国史に明るい読者ならこの設定にぴんとくるだろう。黒人市民によ
る暴動が頻発した騒乱期のおわりにあたるのが1968年。公民権運動の指導者であった
マーチン・ルーサー・キング牧師が凶弾により命を奪われた場所がメンフィス。つま
り『危険な道』は、キング牧師が暗殺される直前の時期を背景とした物語なのだ。主
人公の私立探偵スモーキーは黒人で、キング牧師とは幼なじみという設定だ。また、
事件そのものも、この時代抜きには成立しえないものとなっている。

 非暴力という手段で黒人の公民権を求めるキング牧師らの運動は、有名な "I have
a dream..." 演説を行った1963年のワシントン大行進と、翌年の公民権法の制定によ
り一応の結実をみた。だが法律上の自由はかちえたといっても、白人のなかから黒人
差別の思想がすっかり消えたわけではなかった。とりわけ "the Deep South" と呼ば
れ、古い慣習とともに黒人蔑視がもっとも色濃く残るミシシッピ、ジョージア、アラ
バマなどの南部諸州では、その傾向が強かった。またニューヨーク、ロサンゼルス、
シカゴなどの都市部でも、黒人の貧困者階層の集まるスラムで白人が黒人を襲撃する
事件が起き、それに反発する黒人たちが暴動を起こすという事件がくりかえされるよ
うになった。この暴動の発生した1964年から68年ごろを「長く暑い夏」という。
 そんなさなか、1966年に設立されたのが「ブラック・パンサー党」(Black Panther
Party for Self-Defense)だった。もともと、黒人の住む貧民街で、住民を白人警官
などの襲撃から守るための自警組織として発生したものだった。だが、当時は黒人優
越思想や、白人と手をつなぐのではなく黒人自身で社会的独立をめざす黒人分離の思
想が、「ブラック・パワー」というスローガンとともに黒人社会で支持を獲得しつつ
あった。ブラック・パンサー党はこのブラック・パワーの思想に影響を受けてしだい
に反体制、反政府色を強めていき、最盛期には2000人ほどのメンバーを擁して、FB
Iからマークされる反社会集団となった。『危険な道』のなかでもブラック・パワー
に心酔する若者たちのようすが描写されており、平和集会に乱入し、妨害するブラッ
ク・パンサー党員がやっかいなものとして扱われている。そのとおり、60年代末期の
黒人社会は、もはやキング牧師のもとに結束しているとはいえなくなっていた。

 1970年代に入り、創設者が白人警官を殺害した容疑で投獄されると、ブラック・パ
ンサー党は各地で警官との衝突をくりかえした。だがその攻撃的な思想が黒人社会か
らも受け入れられなくなり、1980年代に解散した。現在では同じ名前ながら合法的活
動を行う団体として存続しており、インターネット上でアメリカ社会に求める10項目
を掲げている(http://www.blackpanther.org/TenPoint.htm)。ここには、「われわ
れは自由を求める」という宣言を筆頭に、黒人の雇用の確保や、搾取の禁止、十分な
住環境や教育などを要求する文章が掲げられている。
 いまでは政治的、社会的に黒人が公然と差別されることはなく、人種に配慮した政
策もとられている。だが非暴力と暴力による戦いの記憶は30数年を経てなお残ってお
り、それを忘れないために黒人社会は声を上げつづけているといえるだろう。
                                (影谷 陽)

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■スタンダードな1冊 ―― クラム・チャウダーは涙の味

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 今月の特集がクッキング・ミステリということなので、こちらでも料理上手な主婦
が活躍するミステリを紹介しよう。シャーロット・マクラウドの『納骨堂の奥に』だ。

 ボストンの旧家ケリング家に生れたセーラは、同じ一族の出身者で22歳年上の夫と、
目と耳は不自由だが気の強い姑と共に、高級住宅街のビーコン・ヒルで暮らしていた。
11月のある日、150年近く閉ざされていた一族の納骨堂の扉を開ける場に、セーラは
立ち会った。すると、中から死後100年以上経っているとは思われない女性の他殺死
体が出てくる。その場に居合わせた老人が、歯に埋め込まれたルビーを見て、その女
性が30年ほど前に行方不明となったストリッパー、ルビー・レッドであると証言する。
だが150年近く開かれていないはずの納骨堂に、なぜ彼女の死体が入っていたのか?
この死体発見以降、夫と姑の死などの悲運に見舞われ、セーラの人生は大きく変わっ
ていく。

 自動車ごと崖から転落して死んだ夫と姑の身元確認をした後、滞在先の別荘まで連
れ帰ってくれた警官に、セーラが料理を勧める場面がある。彼女が振舞ったのは、ニ
ューイングランド地方の代表料理であり夫の好物だったクラム・チャウダー。夫と姑
がドライブに出た後、時が経つのも忘れて作っていた料理だった。チャウダーの用意
をしようとした時、それまで張りつめていた神経がぷっつりと切れ、セーラは泣き出
してしまう。その後警官を送り出すまでの間は、最愛の夫を亡くしたばかりのセーラ
の心情や彼女の気丈な一面が出ていて、印象的な場面のひとつとなっている。
 マクラウドは素人探偵が活躍するミステリの先駆者であり、彼女の作品はユーモア
やコージーに分類されることが多い。だがセーラのシリーズは、他のシリーズと比べ
てトーンがやや暗い。特に1作目である『納骨堂の奥に』はその傾向が強い。これは
セーラをめぐる家族の悲劇が描かれているためと思われる。しかしそこはマクラウド
のこと、ユーモアや、ケリング家の人々をはじめとして後にセーラと結婚するマック
スなど、個性豊かな登場人物を配することも忘れてはいない。
 1979年から始まったこのセーラ・ケリング・シリーズは、東京創元社と扶桑社から
10作目の『復活の人』までが翻訳されている。またマクラウドは架空の町バラクラヴ
ァ・ジャンクションが舞台のシャンディ教授のシリーズを発表し、アリサ・クレイグ
名義でも2つのシリーズを書いている。どのシリーズも、ほとんどの翻訳作品を新刊
書店で買うことができる。

【今月のスタンダードな1冊】
『納骨堂の奥に』シャーロット・マクラウド著/浅羽莢子訳/創元推理文庫
"THE FAMILY VAULT" by Charlotte MacLeod
                              (かげやまみほ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■速報 ―― アガサ賞ノミネート作品発表

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 マリス・ドメスティック主催によるアガサ賞のノミネート作品が発表になった。主
要部門のノミネートは以下のとおり。受賞作は5月3日(現地時間)から、ヴァージ
ニア州アーリントンで行われる、第14回マリス・ドメスティック・コンヴェンション
の参加者の投票によって決定される。

●最優秀長篇賞
 "MURPHY'S LAW"      by Rhys Bowen
 "ARKANSAS TRAVELER"    by Earlene Fowler
 "DEAD UNTIL DARK"     by Charlaine Harris
 "SHADOWS OF SIN"     ロシェル・メジャー・クリッヒ
 "THE BRIDE'S KIMONO"   スジャータ・マッシー

●最優秀処女長篇賞
 "INNKEEPING WITH MURDER" by Tim Myers
 "MUTE WITNESS"      by Charles O'Brien
 "A WITNESS ABOVE"     by Andy Straka
 "BUBBLES UNBOUND"     by Sarah Strohmeyer
 "AN AFFINITY FOR MURDER" by Anne White

●最優秀短篇賞
 "Bitter Waters"      ロシェル・メジャー・クリッヒ (CRIMINAL KABBALAH)
 "Virgo in Sapphires"   マーガレット・マロン
              (Ellery Queen's Mystery Magazine, December 2001)
 "The Peculiar Events on Riverside Drive"
              by Maan Meyers (MYSTERY STREET)
 "The Would-Be Widower"  キャサリン・ホール・ペイジ (MALICE DOMESTIC 10)
 "Juggernaut"       ナンシー・スプリンガー
              (Ellery Queen's Mystery Magazine, June 2001)

詳しい情報は、以下のサイトで見ることができる。
http://www.malicedomestic.org/
                              (かげやまみほ)

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■編集後記■
 わが編集部は食いしん坊がそろっているので、料理をうまく取り入れた「おいしそ
うな」ミステリを特集してみました。4月号では、先頃発表されたMWA賞最優秀処
女長編賞にノミネートされた5作品のレビューを一挙公開! お楽しみに。 (片)

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 海外ミステリ通信 第7号 2002年3月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、水島和美、三角和代、
     山田亜樹子、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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