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             月刊 海外ミステリ通信
          第13号 2002年9月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        イギリス若手の注目作家たち
〈インタビュー〉    リーバス警部シリーズの訳者、延原泰子さんに聞く
〈注目の邦訳新刊〉   『ストーン・ベイビー』
〈ミステリ雑学〉    ジェイムズ・ハドリー・チェイス
〈スタンダードな1冊〉 『黒と青』
〈おしらせ〉      フーダニット翻訳倶楽部からのお知らせ


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 ■特集 ―― イギリス若手の注目作家たち

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 このところ雑誌でロンドンの新名所レストランへの言及が増えてきたことから、か
の地の料理が美味しくなったという話は、どうやら本当らしいと感じている。食事が
美味しいロンドンなんて、どうもロンドンらしくないとちょっぴり思ったりして、そ
んなところに街の特色を求めてどうする、とひとり突っ込んでみたり。
 しかし、普遍化が進むのは食の世界だけでなく、ミステリの世界も同様のようだ。
いわば伝統食のような古典的英国を描くアメリカ人やフランス人がいれば、その逆も
然り。とくに80年代後半からのイギリスでは、重厚な作風の作品やパズラーではなく、
エルロイやエルモア・レナードなどに影響され、アメリカ風の作品を書く作家たちが
続々と現れた。こうした作家たちはニューウェイヴと称されている。度が過ぎた普遍
化はつまらないが、そこに美味しいものがあるならばぜひ味見をしてみたい。
 イギリスの若手で日本において頭ひとつ突き出た感があるのは、イアン・ランキン
だろう。そのランキンに続けとばかりに、警察小説の分野に登場したのはマーク・ビ
リンガム。ロンドンのソーン警部が活躍する "SLEEPYHEAD"(2001)、"SCAREDY CAT"
(2002)の2冊を発表しており、ランキンと同じくアメリカン・ミステリの影響を強
く受けた作風で、デビュー作は国内で高い評価を受けベストセラーとなった。著者は
テレビ脚本家、コメディアンの経歴をもつ人物だそうだ。
 コメディアンといえばこの人も同業者である。コメディのパフォーマー、ステラ・
ダフィだ。今年『世にも不幸なおとぎ話』(アーティストハウス)で日本に紹介され
た作家であり、"WAVEWALKER"(1996)などのレズビアン探偵サズ・マーティンのシリ
ーズをもつ。このほど作家仲間のローレン・ヘンダーソンと "TART NOIR"(2002)な
るアンソロジーを編纂し、女性ばかりの参加作家たちには、ふだん編集者が書かせな
いような過激なものをと呼びかけた。「テキサス州で発禁になればいい宣伝になるけ
どね」と期待しているそうだから、破天荒ぶりに期待の作品だ。ヘンダーソンは元ジ
ャーナリスト。"THE BLACK RUBBER DRESS"(1997)などの、女彫刻家サム・ジョーン
ズが主人公の素人探偵シリーズを発表している。ダフィもヘンダーソンも描くのは自
由奔放なロンドンの現代女性。ミス・マープルなら腰を抜かす? いやいや、動じな
い英国女性の先輩であるミス・マープルは、きっとほほえんでみせるにちがいない。
 そう、もし本の中の人物と言葉をかわすことができたら――。境界線があいまいに
なりつつあるのは、国同士の間よりも、ジャンル間で顕著かもしれない。エリック・
ガルシア(こちらはアメリカ作家だが)の『さらば、愛しき鉤爪』(ヴィレッジブッ
クス)で、「厳密にはミステリとは――」などと固いことはいいっこなし、おもしろ
ければいいのだという想いをあらたにしたのなら、ジャスパー・フォードに注目を。
"THE EYRE AFFAIR"(2001)は文学ミステリ+歴史改変SF+コメディとでも評せば
適切だろうか、あのジェイン・エアが本の中から誘拐されてしまうという、とんでも
ない設定の楽しい作品である。ジェインの行方を追うのは、特別諜報組織のサーズデ
イ・ネクスト、ドードー鳥をペットにする文学捜査員だ。映画業界に長くいたという
著者が、構想十数年をかけて発表したこのデビュー作は絶賛され、続いてこの7月に
はシリーズ2作目 "LOST IN A GOOD BOOK"(2002)が出版となり、前作に劣らぬと早
くも評判を呼んでいる。
 映画業界に身を置くニューウェイヴの作家なら、ほかにアンソニー・フルーインが
いる。20年以上にわたり故スタンリー・キューブリック監督のアシスタントを務めて
いたフルーインは "LONDON BLUES"(1997)において、ポルノ映画業界を背景に60年
代のソーホーの光と影をしっとりと描いた。意識的にジャンルを定義されるような作
品を書かなかったというフルーインだが、"SCORPION RISING"(1999)ではケント州
の海岸を舞台にしてノワールに挑戦している。
 ほかに気になるところでは、BBCに勤務していたフィオナ・マウンテンの "PALE
AS THE DEAD"(2002)に始まる新シリーズがある。主人公は実の親捜し専門の“先祖
探偵”で、そこに失踪事件などミステリ的要素がからんでくるらしい。現代の世相を
反映した職業で興味は尽きない。また若手の作品を集中して読みたければ、マイク・
リプリーとマキシム・ジャクボヴスキーが現在3冊まで編纂しているアンソロジー、
"FRESH BLOOD" のシリーズを手にするのもいい。
 チェックしたい作家はまだ何人もいるが、つぎは当編集部でとくに注目している作
家2名にしぼって紹介しよう。1965年生まれと奇しくも同い年、独特な作風が印象的
なジェレミー・ドロンフィールドと、ジャンルの枠を超えた才能を発揮するマイケル
・マーシャル・スミスだ。
                                (三角和代)
----------------------------------------------------------------------------
●ジェレミー・ドロンフィールド~構成の妙、イメージの幻惑

 2002年3月、ある謎めいた本が書店に現れた。余白の目につく装丁、たった3人の
登場人物表、詳細が判然としない内容紹介。通常ならば本を選ぶ手がかりになるはず
の情報は、すべて漠としている。これはジェレミー・ドロンフィールドのデビュー作
『飛蝗の農場』(越前敏弥訳/創元推理文庫)。英国推理作家協会(CWA)賞最優
秀処女長篇賞にノミネートされた。著者は英国のウェールズ出身、ケンブリッジ大学
で考古学研究に携わった経歴の持ち主である。

 この本を手にして読み始めると、まず凝りに凝った構成にとまどう。大筋では農場
を営む女キャロルとそこへ転がり込んだ男スティーヴンの行動を追っていくが、その
合間にまったく関連がないと思われるエピソードがきれぎれに登場する。これらのエ
ピソードと大筋の物語とがどう関連しているのか、ページを繰っていっても、いっこ
うに明かされない。さらに大筋の物語ですらキャロルとスティーヴンの両者について
の基本事項が欠けており、ふたりの素性もはっきりしないままに物語が進行していく。
読み進むにつれて、しだいに不安がこみあげてくる。
 この手法は一歩間違えれば作者の独りよがりになりかねないが、ドロンフィールド
の場合、イメージと描写力の非凡さで読者の興味をつなぎとめる。やわらかな泥炭層
に足をとられてのみこまれかける男、巨木に吊るされた無数のギネスの缶など、つぎ
つぎに繰り出される場面のイメージが実に強烈かつ非現実的で、思わず目を奪われて
しまう。また、特異な語り口も特徴的だ。目にするものをすべて書き込まずにいられ
ないような緻密で執拗な描写のなかに、憑かれたような熱気が感じられる。随所に現
われる〈汚水溝の渉猟者〉の手紙や、冒頭をはじめとする第三者の声が聞こえてきそ
うな語り口がその例だ。こうした要素があいまって、ストーリーテリングの巧みさで
読者をひきつけるサスペンスやスリラーとはまったく異なる、一種異様な雰囲気をつ
くりあげている。それに驚いているうちにばらばらだった各エピソードのつながり方
がとつぜん見え、あとは結末まで一気に読まされてしまうというわけだ。

 こんな作品を読んでしまうと、どうしても次作が気になる。現在までに発表されて
いる未訳の3作品を見てみると、2作目の "RESURRECTING SALVADOR" では、古城と
そこに住む一族の謎をさぐるというゴシックホラー風。3作目 "BURNING BLUE" では
大学内での事件に第二次大戦時の秘密がからんでくる。4作目の "THE ALCHEMIST'S
APPRENTICE" になると、もはやミステリという言葉ではくくれない(後述)。
 デビュー作にあったジャンル小説としてのミステリ的な色合いはしだいに薄らぎ、
かわりにホラーや幻想小説といった虚構性の強い物語へと作風が変化しているように
思える。そういうと、『飛蝗の農場』の暗く緊迫感あふれるクライマックスに魅了さ
れたミステリファンは、いささか残念に感じるかもしれない。
 しかし、『飛蝗の農場』を読んだあなたに、もう一度思い出してほしい。ストーリ
ーのなかばを過ぎ、展開が一気にわかった快感のあと、「ああ、この物語はいわゆる
スリラーとして決着してしまうのか」という落胆をかすかに感じなかっただろうか。
そして、すべての物語が終わったかに思えたそのあと、最後の1ページでふたたび混
乱へ突き落とされたときに、言い知れない興奮を感じたのではないだろうか。
 ドロンフィールドには型にはまったありきたりの小説ではなく、これまでどこにも
なかったような作品を書いてほしい。その期待はおそらく裏切られることなく、次作
が書店に現れるときにも、この作家はわたしたちを予想もつかぬ物語の中へと連れて
いってくれるはずだ。

"THE ALCHEMIST'S APPRENTICE" by Jeremy Dronfield
Review/2001/ISBN:074726483X

《ひとりの女と出会ってから、作家と小説は変化しはじめる》

 ジェレミー・ドロンフィールドは1冊の古書を手に入れた。その題名は "THE
ALCHEMIST'S APPRENTICE"。かつて親友ドリックがペンネームで発表し、世界中でベ
ストセラーになった小説だが、いまではまったく見かけなくなった。後日ドリックか
ら電話があり、久しぶりに会いたいという。しかし訪ねていっても本人はおらず、か
わりに大きな荷物を渡される。その中には章ごとに小分けにされた原稿と、ドリック
からの手紙が入っていた。「僕はこのままいなくなる。きみは僕を記憶するただひと
りの人間になるだろう」――。
 原稿の中には、ドリックの風変わりな体験がつづられている。大学の講座で小説の
書き方を教えながら自分でも創作をつづけていたころ、ドリックはたまたま遠出をし
た先でキスメットと名乗る白いドレスの女と出会い、忘れがたい印象をうけた。しか
し地元の婦人によれば、かつて土地の名家に同じ名前の幼い娘がいたが、川で溺死し
たという。一方、めでたく自作が出版社に売れて契約をかわした日、偶然に手に入れ
たノートパッドには、書き留めたことがすべて現実化するという不思議な力があった。
ドリックはそれをキスメットと再会するために使う。
 のっけから作中作として表題と同じ作品が登場して驚かされるが、それは序の口で、
あとにいくほど目を疑うような仕掛けがほどこされているメタフィクションである。
ひとつの小説のなりたち、ベストセラーが生まれるまでの過程、不思議なノートパッ
ドなど、作中のエピソードの多くが「書くという行為」と結びついており、物語を書
くことによって世界は変容するというメッセージが垣間見える。そしてキスメットの
正体がわかってからは、世界そのものの存在の確かさすら揺らぐ幻想小説の様相をお
びてくる。『飛蝗の農場』にはみられなかった美しい場面もあるが、手の込んだ構成
と読者を幻惑する奇抜な発想はたしかにドロンフィールドのものだ。
                                (影谷 陽)
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●マイケル・マーシャル・スミス~SF界の注目作家がミステリへ進出

 ミステリ・ファンにとってその知名度はまだ今ひとつかもしれないが、マイケル・
マーシャル・スミスはSF界ではすでに実力を高く評価されている作家だ。これまで
に近未来を描いた長編を3作発表しており、1994年のデビュー作『オンリー・フォワ
ード』(嶋田洋一訳/ソニー・マガジンズ)はフィリップ・K・ディック賞等を受賞
した。また、2作目『スペアーズ』(嶋田洋一訳/ヴィレッジブックス)、3作目
『ワン・オヴ・アス』(嶋田洋一訳/ソニー・マガジンズ)ともに、映画化権が売れ
ているところからも、人気のほどがうかがえるだろう。スミスが影響を受けた作家に
はジム・トンプスンや、ジェイムズ・リー・バーク、エルロイの名も挙がっており、
特に『スペアーズ』はノワールの影響が濃く現れている。そのスミスが本国でこの8
月に、初めて現代に舞台を移したノワール・スリラー、"THE STRAW MEN" を発表した。
異なるジャンルの作品を書いたことについて、連続殺人や家族とその過去といったこ
れまでと違うテーマに取り組んでみたかったからと作者はインタビューで語っている。

 これまでの作品を簡単に紹介すると、『オンリー・フォワード』は、ある特殊な能
力をもった男が主人公。人捜しの依頼を請け、外部のものは一切立ち入り禁止の地区
に潜り込むが、やっと見つけだした失踪人ともども命を狙われるはめになるという、
SFとハードボイルドとファンタジーが融合したような作品だ。
『スペアーズ』は、今から1世紀以上先のバージニア州が舞台。元警官の主人公が、
ある事件をきっかけに“スペア”であるクローン人間を飼育する農場で働くことにな
る。その悲惨な状況に愕然とし、ついにそのうちの数人を連れて逃げ出すが、逃げ込
んだ先で何者かにスペアたちをさらわれてしまう。物語はクローンネタだけで終わら
ず、次第に悪夢のような展開をみせてゆく。
『ワン・オヴ・アス』では、「記憶の一時預かり」を請け負う主人公が、依頼人の女
性から殺人を犯す瞬間の記憶を預かったことから、正体の知れない男たちや警察から
追われるはめになる。21世紀初めのアメリカ西海岸を舞台にしたハードボイルド――
と、スミスの作風はユニークで、いろんなアイデアと小道具をこれでもかと詰め込ん
でいき、それらは一見まとまりがなさそうに見えながら最後にはきちんと収まるべき
ところに収まって読者を唖然とさせる。ユーモアも随所に埋め込まれ、なかでも主人
公につきまとう“しゃべる目覚まし時計”(『ワン・オヴ・アス』)といった“がら
くた”たちは魅力に溢れている。

 最新作 "THE STRAW MEN" は、ラストネームのスミスを省いたマイケル・マーシャ
ル名義で出版された。まったくの偶然だが、昨年アメリカでマーティン・J・スミス
という作家による "STRAW MEN" というミステリが出版されており、読者の混乱を危
惧したことと、特定のジャンルのみを好むファンが戸惑うことのないよう配慮したこ
とが、その理由だそうだ。次作はふたたびマイケル・マーシャル名義のミステリ、そ
のあとはマイケル・マーシャル・スミスの名でSFを執筆予定とのこと。

"THE STRAW MEN" by Michael Marshall
HarperCollins/2002.08/ISBN:0002256010

《父が息子に遺したものとは?》

 今から10年前、ペンシルベニア州の小さな町で大量殺人が起こった。昼食時で賑わ
うハンバーガー店で銃を乱射した犯人は、88人を殺害して忽然と姿を消す。
 カリフォルニア州サンタモニカでは、14歳の少女サラが誘拐された。事件を担当す
るFBI捜査官ニーナは引退した元警官ザントを訪ね、捜査に加わって欲しいと頼む。
数年前、世間を騒がした連続殺人犯〈アップライト・マン〉が、今回の事件にも関与
しているらしいことがわかったからだ。当時、地元の殺人課刑事だったザントは、ニ
ーナとともにアップライト・マンを追っていたが、アップライト・マンはザントの娘
カレンを誘拐したあと消息を絶った。カレンの遺体はいまだ見つかっていない。ザン
トはニーナに手を貸すことを決意し、サラの行方を追う。
 モンタナ州では、ウォード・ホプキンスが交通事故で命を落とした両親の葬儀のた
め、実家へ戻っていた。葬儀のあと、家の中をうろついていたウォードは、父の椅子
の背に本が隠されているのに気づく。本には父親の筆跡によるメモがはさまれていた。
「ウォード、わたしたちは生きている」
 ウォードが他にも父が残したものがあるかもしれないと家中を捜索すると、1本の
ビデオテープが父親の部屋で見つかる。そのテープには〈ストロー・メン〉という謎
のことばと、両親の秘められた過去が収められていた。そしてウォードは、謎の集団
の存在と、両親の死は事故ではなかったことを知り――。
 本作は、SF的要素がなくなったぶん謎解きが増え、よりスリラー色の濃い作品と
なっている。まるで無関係に見えた3つの事件に加えて、誘拐された少女サラが恐れ
る〈ノッコン・ウッド〉や、世界各地で起こる大量殺人など、さまざまな断片がいつ
のまにか絡みあってその繋がりが明らかになる手法は、いかにもスミスらしい。一筋
縄ではいかない作家スミスの独特の世界は、一風変わった作品を読んでみたいという
読者なら病みつきになること請け合いだ。

 イギリス人でありながらアメリカを舞台にした作品を書き、SFからミステリへジ
ャンルを越えて活躍するボーダーレスな作家スミスから、ミステリ・ファンも今後目
が離せそうにない。
                                (松本依子)

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/feature.html

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 ■インタビュー ―― リーバス警部シリーズの訳者、延原泰子さんに聞く

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 今月のインタビューは、「スタンダードな1冊」でも取り上げたリーバス警部シリ
ーズの訳者、延原泰子さんにお話を伺った。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《延原泰子さん》大阪大学大学院英文学修士課程修了。『採用できない証拠』
|(フィリップ・フリードマン著/ハヤカワ文庫NV)、『ケネディ家の女たち』
|(ローレンス・リーマー著/早川書房)、『シンプルな豊かさ 1月―6月~癒
|しと喜びのデイブック』(サラ・バン・ブラナック著/早川書房)等訳書多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――翻訳を志されたきっかけを教えていただけますか。
「15年以上前、英米女性作家のドリス・レッシングやケイト・ショパンを読んでいま
した。その頃はいい作品でも翻訳されることがめったにありませんでした。それで自
分がとても感動した小説を、ぜひともほかの女の人たちにも読んでもらいたいなどと
考えているときに大阪でサイマル・アカデミーが開校されたので、第1期生になりま
した。菊池光先生の教えを受け、ミステリの翻訳の仕事をいただくようになりました」

――リーバス警部シリーズを訳されたいきさつをお聞かせください。
「早川書房の千田さんから、力のある作家なのでとお誘いを受けました。ゴールド・
ダガー賞を取れそうなんです、というお話でした。まず『血の流れるままに』を翻訳
し始めたのですが、『黒と青』が受賞したのでこちらから紹介しました」

――リーバスの魅力はどんなところだと思われますか。
「単純なタフガイでないところです。しょぼくれた頑固な中年男で、屈折していて内
省的で、やさしさと乱暴さが同居しているという複雑な性格に描かれています。自立
心旺盛な娘がいる、という設定が利いていますね。エジンバラに対する深い思い入れ
がいいです」

――リーバス警部シリーズでお好きな登場人物は?
「シボーン刑事です。爽やかな性格がリーバスと対照的ですね。訳していて嬉しくな
ります。せりふはきびきびした感じにして、好感を持たれるように心がけています」

――スコットランドの地名や固有名詞が出てきますが、苦労話などはありますか。
「カタカナ表記が難しいですね。失敗もあります。最初の頃、Cockburn(コウバーン)
という通りを、コックバーンと書いてしまったり。作品中にスコットランド語がさら
っと混ぜられているのですが、ぜったい残したい箇所以外は、残念ながらふつうに訳
してしまっています。訳者だけが楽しんでいるわけで、申し訳ないです。レファレン
スは、Fodor's の "Exploring Scotland" という観光案内書がお薦めです。とても美
しい本です」

――スコットランドに行かれたことはありますか?
「リーバス警部シリーズより以前、2回ほど。1回目はエジンバラを振り出しに、ア
バディーン、インヴァネス、ピットロッホリー、グラスゴーと、B&Bに泊まりなが
ら回りました。2回目はエジンバラだけ。今ならエジンバラにリーバス警部ツアーも
あるそうですね」

――ランキンのほかに好きなミステリ作家を挙げるとしたら?
「ジョン・ル・カレ、ディック・フランシス、スティーヴン・ハンター、高村薫など
です。ぐっと哀感がこみ上げるような作品が好きです」

――今後の予定をお聞きしたいです。
「今は Eddie Muller の "The Distance" という小説を翻訳中です。1948年のサンフ
ランシスコが舞台で、新聞記者とボクサーの話なんです。その当時のボクシング業界
が見事に描かれています。とても濃密な雰囲気の作品で……そのあとリーバスものの
次の作品にかかる予定です」
                           (取材・文/大越博子)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『ストーン・ベイビー』

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『ストーン・ベイビー』 "STONE BABY"
 ジュールズ・デンビー/古賀弥生訳
 ハヤカワ・ミステリ/2002.08.31発行 1200円(税別)
 ISBN: 4150017204

《これは、女二人と男一人の友情と破滅、そして再生の物語だ》

 物語は、事件がすべて終わったあとの描写から始まる。女性コメディアン、ジェイ
ミーは、事件のあと再び舞台に立った。連続殺人犯と寝ていた女を見るために客は集
まり、「どうして一緒に暮らしていた男が殺人犯だと気づかなかったのか」とジェイ
ミーを罵しる。記者が連れてきた、殺された被害者の母親は泣き崩れ、ジェイミーも
加害者であるかのように責めたてる。そして、ジェイミーの親友でありマネージャー
でもあるリリーの回想が始まる。
 孤児で黒人の血が混じっているリリーは、白人の養親に育てられたが自分のおかれ
た環境に居心地の悪さを感じていた。そんなときジェイミーと出会い、舞台でのジェ
イミーと観客とのひょうきんなやりとりに才能を感じ、幼児期に性的虐待を受けたた
め心に闇の部分をもつ彼女に惹かれて、マネージャー役をかってでた。そして同性愛
者で美しい黒人男性モジョも加わった奇妙な共同生活が始まる。ジェイミーとリリー
は苦労をしながらも助け合い、ショービジネスの世界で少しずつ道を切り開いていく。
挫折を味わったり、けんかをしたり、色恋沙汰があったりして歳月は過ぎる。
 そしてそこへ、ジェイミーが一目ぼれした男ショーンが入りこんでくる。初めショ
ーンは、3人の生活のバランスを崩す、嘘つきでいけ好かない邪魔者でしかなかった。
しかし、次第に正体をあらわし始め、主人公たちは破滅へとすすんでいく。
 とにかく、登場人物が魅力的。自尊心が強く、内面に強さと弱さを持ち生命力が感
じられる。連続殺人犯からひどい仕打ちをうけ、最後には世間そしてマスコミにもず
たずたにされるが、この3人なら悲惨な過去を抱えながらもきっと生きていけると思
える。また「連続殺人犯と寝た女」という設定は物語のはじめで明らかにされている
ので、一見普通の男が連続殺人犯として正体をあらわしていく過程がスリリングだ。
 英国出身の作者は詩人で、自作の詩や散文の朗読を世界各地で行っている。本書は
彼女が初めて上梓した小説で、本国では昨年2作目の小説 "CORAZON" も出版された。
 タイトルの「ストーン・ベイビー」とは、死亡して体内で石灰化した胎児のこと。
子宮外妊娠でできた胎児の存在に気づかず、生涯その体内に石灰化した胎児を抱えて
いた女性の事例が本書の冒頭で紹介されていて、それは、事件のことを死ぬまで心の
奥底に持ち続けていくであろう主人公たちの姿と重なる。
                                (清野 泉)
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 ■ミステリ雑学 ―― ブリティッシュ・ノワールの先達、ここにあり

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 現在の英国ミステリ界では、ブリティッシュ・ノワールやブリティッシュ・ニュー
ウェイヴと呼ばれるジャンルがにわかに活気づいているようだが、みなさんはジェイ
ムズ・ハドリー・チェイス(1906~1985)というイギリス人作家をご存じだろうか。
 1930年代のイギリスは本格推理小説の黄金時代で、クリスティ(1890~1976)、ク
ロフツ(1879~1957)、バークリー(1893~1971)などが隆盛を誇っていた。そんな
中、チェイスはアメリカのスラング辞典を片手に6週間で書き上げた『ミス・ブラン
ディッシの蘭』(1939)を引っ提げて登場した。
 本書は刊行と同時に大ベストセラーになったが、その内容が物議を醸した。舞台は
アメリカ。大富豪ブランディッシの令嬢がギャングに誘拐され、私立探偵が行方を捜
す、というストーリーで、現在ならばクライム・ノヴェルやノワール小説に分類され
る作品だ。だが当時のイギリスではこの作品の残虐な暴力描写や、扇情的な性描写が
批判の対象になった。そして初版発売後しばらくして発禁処分になったのである。
 今日読むことができる翻訳書は、これらの描写が削除された改訂版を底本にしたも
のだ。しかし、この小説がいまなお評価され続けているのは、人間の根底のどす黒い
部分――セックスや暴力に潜むサディズムを堂々と描いたからにほかならない。いま
から60年以上も前に、イギリス人によって書かれたミステリ史に残る優れたノワール
作品が存在したことは、記憶にとどめておきたい。
 チェイスは18歳の時から様々な出版関係の職を経て、作家になる決意をしたとされ
る。当時アメリカで流行していたハードボイルドスタイルの小説がイギリスでもては
やされているのを知り、本家を凌ぐほどの作品を次々に書き続け、生涯でおよそ90作
もの犯罪小説やサスペンス小説を上梓した。チェイス作品の特徴は、だれが読んでも
わかりやすく、サスペンスあふれる仕上がりになっているところだろう。
 日本でも多くの翻訳書が出たが、いまやそのほとんどが絶版になっている。現在で
はデビュー作の『ミス・ブランディッシの蘭』、『悪女イブ』(1945)、『ミス・ブ
ランディッシの蘭』の続編にあたる『蘭の肉体』(1948)が創元推理文庫で入手可能
だ。
 さて、絶版本をお薦めするのもなんだが、好きなものはしょうがない。イチ押し作
品は『世界をおれのポケットに』(1958)。4人の男と1人の女が現金輸送車を襲い、
100万ドルの現金を強奪するという犯罪小説だ。個性的な登場人物を配し、犯罪計画
というものがどのように破綻していくかという様を犯罪者の視点から、じわりじわり
と読者に見せていくチェイスの手腕は見事の一語に尽きる。しかも結末の演出は絶品
の味わいで、かつて大薮春彦氏が絶賛したといわれるのも頷ける名作だ。
『蘭の肉体』はミス・ブランディッシと、彼女を誘拐したギャングの一人で殺人狂の
スリムとの間に産まれた娘キャロルが主人公。母から莫大な財産を相続したキャロル
だが、父親のスリムの狂気をも受け継いでいた。成人して精神病院に入れられたキャ
ロルが、ある日病院から逃げ出して……。ストーリーテラー、チェイスの真骨頂が存
分に味わえ、これもまた結末がじつにうまい。温故知新ということばがあるが、この
機会にイギリスのノワールの先達、ジェイムズ・ハドリー・チェイスをどうかお見知
りおきいただきたい。
                                (板村英樹)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■スタンダードな1冊 ―― ブリティッシュ・ノワールの愉しみ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『黒と青』イアン・ランキン/延原泰子訳/ハヤカワ・ミステリ
"BLACK AND BLUE" by Ian Rankin

 主人公と背景の街が強い印象を残すミステリがある。今月のスタンダードでご紹介
するのはそんな作品。英国ニューウェイヴの先駆者イアン・ランキンの『黒と青』だ。
1997年度英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞を獲得した本書は、スコットランドを
舞台にハードボイルドな世界を描いた、重厚感あふれる警察小説の傑作である。

 1960年代、スコットランドを恐怖に陥れた連続強姦殺人鬼バイブル・ジョン。事件
から25年がすぎた今、エジンバラ市警のジョン・リーバス警部は、彼の模倣犯ジョニ
ー・バイブルを追っていた。一方、北海の油田で働く男が変死体で発見され、現場か
らギャングの指紋が検出される。麻薬がらみの殺人か? リーバスは捜査に乗りだす。
 だが、捜査に思わぬ邪魔が入った。過去に彼が逮捕した囚人が冤罪を訴え獄中で自
殺。マスコミが騒ぎだし、警察の内部調査が始まったのだ。しかし、リーバスは上司
の警告を無視し、ひとり執念の捜査を続ける。やがて、警察内の汚職、油田の環境保
護をめぐる企業疑惑が浮上するなか、一見、何の関係もないと思われた3つの事件が
意外な展開を見せ始める……。

 麻薬や売春、ギャングの抗争、警察内部の汚職や腐敗、暴力と猥雑さ、それが『黒
と青』に描かれる世界だ。警察組織内のはみだし者で一匹狼のリーバス警部は、上司
の圧力にも屈せず、闘犬のようなしつこさでひたすら事件を追い、社会の暗部に挑む。
その姿は英国ミステリというよりもむしろアメリカのハードボイルドやノワール小説
の影響を思わせる。しかしランキンは、それらの単なる模倣をこえた独自の作品世界
を私たちにみせてくれる。
『黒と青』には強烈なスコットランドの魂が息づいている。スコットランドの風土、
社会の現実や生活者の姿がしっかりと描かれ、存在感を放っている。特に第2の主人
公とさえいえるエジンバラの描写が印象的だ。観光的な表の顔とは別のエジンバラの
現実の素顔。暗く陰鬱な気候と湿った空気。作品の底に暗い水のように流れ、本書に
独特の陰影と哀しみをもたらす歴史の重み。そして、孤独なリーバスたち人間の姿。
ここにはランキン独自のノワールの世界があり、私たちをつよく魅了する。
 主人公リーバス警部の人間味あふれる姿もいい。家庭人としては落伍者の孤独な彼
だが、部下や同僚にはやさしさをみせる。犯罪や人生へのやりきれなさを酒と音楽で
まぎらわせ、捜査のたびに増えゆく死者の亡霊を背負いながら生き続ける。そんなリ
ーバスを支える親友ジャック・モートン警部、部下のシボーン刑事ら脇役たちの存在
も忘れがたい。巻を重ねるごとに変化してゆく彼らの姿も読みどころのひとつだろう。

 冷たい霧雨の降る、あるいは身を切るような寒風吹きすさぶエジンバラの街並を想
いながら、上質のモルトウイスキーのように重厚で芳醇なランキンの世界、ぜひじっ
くりと味わっていただきたい。リーバス警部シリーズは現在第7作から12作まで邦訳
されており、変わりゆくリーバスとエジンバラの姿が愉しめる。
                               (山田亜樹子)


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 ●フーダニット翻訳倶楽部からのお知らせ ―― 活動拠点の移動について

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 フーダニット翻訳倶楽部は、活動拠点としていた @nifty の会議室を10月17日に閉
鎖し、WEBサイトへ完全移行します。今後は @nifty 会員以外の方も、倶楽部に参加
可能となります。
 詳しくは(http://www.litrans.net/whodunit/oshirase.htm)をご覧ください。
                  (フーダニット翻訳倶楽部会長 うさぎ堂)


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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html

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■編集後記■
 米国の匂いが感じられる英国ノワール、英国人が米国を舞台に書いたハードボイル
ド、SF作家のミステリ参入……海外ミステリの世界も確実にボーダーレス化が進ん
でいます。おかげで新しい作家に出会う楽しみが増え、『海外ミステリ通信』で取り
あげたい作家もどんどん増えていきそうです。10月号はバウチャーコン特集。新人賞
にノミネートされている作品をご紹介します。              (片)



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 海外ミステリ通信 第13号 2002年9月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     清野 泉、小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、
     山田亜樹子、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
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 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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