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月刊 海外ミステリ通信
第16号 2002年12月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉 好き好き ステファニー・プラム
〈インタビュー〉 細美遙子さん
〈注目の邦訳新刊〉 『夜の音楽』『天球の調べ』
〈ミステリ雑学〉 マーサ・スチュワート
〈スタンダードな1冊〉 『エジプト十字架の秘密』
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■特集 ―― 好き好き ステファニー・プラム
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ステファニー・プラム。30歳、バツイチ。元下着バイヤーで、史上最悪のバウンティ・ハンター。このヒロインが活躍する人気シリーズは、現在長編が本国で8作目、日本では6作目まで発表されていて、その魅力にとりつかれてしまったファンのことをプラム・クレイジーという。彼らがどのくらい熱狂的かというと、まずはこちら(http://www.evanovich.com/)の作者のWebサイトを見て欲しい。映画化時の配役予想コーナーもあれば、タイトル・コンテストもある。(このシリーズのタイトルは、ファンが応募したなかから選ばれることになっている。ちなみに来年6月発表予定の9作目は "TO THE NINES" に決まったそうだ)ついには、年1作ペースの新作が待ちきれないファンのために、今年はクリスマスブックも登場。また、作者ジャネット・イヴァノヴィッチがこのシリーズを書く前に執筆した12作のロマンス小説のなかから"FULL HOUSE" が加筆のうえ今年再発売され、それがまた好評だったために、書き下ろしの続編 "FULL TILT" が来年2月に発表されるらしい――と、その人気は留まることを知らないようだ。(注:この2作はロマンス作家シャーロット・ヒューズとの共作)
なにがそれほどファンを惹きつけるのか、当フーダニット翻訳倶楽部でも筋金入りのプラム・クレイジーたちから、それぞれ思いの丈を熱く語ってもらうことにした。また、翻訳が待ちきれないかたのために、未訳作品の全レビューもお届けする。ただし、いっそう待ちきれなくなっても編集部では責任をもてませんので、あしからず。
(ステファニー・プラム・シリーズ作品リスト)
【長編】
『私が愛したリボルバー』("ONE FOR THE MONEY")
『あたしにしかできない職業』("TWO FOR THE DOUGH")
『モーおじさんの失踪』("THREE TO GET DEADLY")
『サリーは謎解き名人』("FOUR TO SCORE")
『けちんぼフレッドを探せ!』("HIGH FIVE")
『わしの息子はろくでなし』("HOT SIX")
"HARD EIGHT" St. Martin's Press(未訳)
【短・中編】
「消えた死体」(中井京子訳/ジャーロ2001年春号)
"VISIONS OF SUGAR PLUMS" St. Martin's Press(未訳)
●ステファニー・プラム・シリーズに魅せられて
今から4年ほど前のこと――。洋書店のバーゲン・コーナーで、ふと1冊のペーパーバックを手にとった。タイトルは "THREE TO GET DEADLY"。「あっ、それ、すっごくおもしろいよ!」いっしょにいた友人にも勧められ、わたしはレジに直行した。そして「シリーズものだから、できれば1作目と2作目を先に読んだほうがいい」というアドバイスに従い、まず『私が愛したリボルバー』から読みはじめた。
運命の出会い……というとおおげさだが、このとき以来、ステファニー・プラム・シリーズにすっかりハマッている。1作目を読んだあと、すぐに2作目の『あたしにしかできない職業』を読んだ。それから3作目のペーパーバックを夢中になって読み、邦訳の『モーおじさんの失踪』まで読んだ。その後は訳書を待ち切れず、4作目は洋書バーゲンに出ていたハードカバーを買い、5作目からはアマゾンに新刊予約を入れるようになった。5作目のラストには「ええっ、なんでそこで終わるんだあぁっ」と絶叫し、1年間悶々としながら6作目の刊行を待ったクチだ。
どうしてここまでのめりこんでしまうのか。ひとつには、作品のノリが抜群にいいからだろう。下着バイヤーの仕事をクビになり半年前から失業中のステファニーは、生活に困りはて、とうとう「いけ好かない」いとこが経営する保釈保証会社に職を求める。ついた仕事は、保釈中の逃亡者を捕まえるバウンティ・ハンター。雨でずぶ濡れになろうと、生ゴミまみれになろうと、車を爆破されようと、ステファニーは度胸ひとつ、体当たりで犯罪者たちに立ち向かっていく。その奮闘ぶりが明るくコミカルに描かれ、こちらの気分をスカッと爽快にしてくれる。
ステファニーの、自分に正直なところも好きだ。5作目の『けちんぼフレッドを探せ!』に、深夜、あることでショックを受けて大量のチョコ・バーをやけ食いし、そのあとでわっと泣き出すというエピソードがあるが、そのときの心情がせつないほどよくわかる。ステファニーはかわいい女性なのだ。決してスーパー・ウーマンではない、等身大のヒロイン像に、共感する女性読者も多いと思う。
また、脇を固める人物の強烈な個性にも触れないわけにはいかない。行動も思考もぶっ飛んでいるメイザおばあちゃんや、元売春婦で現在は保釈保証会社のファイル整理係、ときにはステファニーの助手も務めるルーラのほか、シリーズ途中から登場して準レギュラー化しているユニークな面々も、それぞれいい味を出している。
そしてもうひとつ。どういうわけか、このシリーズでは、肝心の事件のゆくえよりステファニーの男性関係のほうが気になってしまう。幼いころから因縁があり、高校時代に「処女を奪われた」相手でもあるジョーゼフ・モレリは、現在トレントン市警の警官で、1作目では殺人の罪に問われ、ステファニーの初仕事のターゲットだった。最初は敵対していたふたりだが、途中からその関係が微妙に変化しはじめ、2作目以後、進展したりしなかったりと、いい感じで読者をじらしてくれる。さらに、腕利きバウンティ・ハンターでステファニーの指導役だったレンジャーも、男性として急浮上。ステファニーは、だれと、どうなるのか――今後の展開がますます楽しみだ。
笑えて、元気が出て、ちょっぴりロマンチックな(エッチな?)気分も味わえる、ステファニー・プラム・シリーズ。どれを読んでも楽しめるが、あえてマイ・ベストを選ぶとすれば、スラップスティック度が絶妙な、3作目の『モーおじさんの失踪』を挙げたい。この作品は1997年のCWA賞シルバーダガー賞を受賞している。
●愛しのカップケーキ、ステファニー・プラム
ぼくが初めてステファニー・プラムに出会ったのは今から4年前、シリーズ4作目の "FOUR TO SCORE" だった。アメリカにいる友人が一時帰国するというので、何でもいいから新刊ミステリのペーパーバックを買ってきてくれと頼んでおいたところ、「なんかようわからんけど、空港の書店でようけ積んであったやつや。おれはこういうのはぜんぜん知らんから適当やで」といって渡された。
つまり、おもろいかどうかは知らんで、ということである。初期の探偵小説や冒険小説、軍事スリラーなど“男の子向け”の小説しか読んでいなかったぼくにとって、こんなことでもなければこの手の“女の子向け”ミステリを手に取ることはなかっただろう。
がしかし、夢中になった。シリーズ1作目から読み直した。同時に女性を中心に多くのファンがいることも知った。主人公のステファニーと脇役のモレリ、レンジャーのちょっとしたセクシーな関係が女性に受けるのはよくわかる。一人称で語られるから、ステファニーに感情移入すればモレリの世界一のお尻や、レンジャーのがっしりした筋肉にゾクゾクって気持ちも疑似体験できるのだろう。だが、男のぼくにはそんなことはどうでもよろしい。
ステファニー・プラムは、ハンガリー・イタリア系の家庭に予定日より1か月はやく生まれた。少女時代には空飛ぶトナカイになりたかった。その次がピーターパン。つづいてワンダーウーマン。このときは実際に高いところから飛び降りて怪我をしている。かわいいではないか。しだいに現実に目を向け始め、ロックスターを目指すが歌が下手ときた。大学を卒業して安売り下着のバイヤーをしていたところ、リストラにあいバウンティ・ハンターとなる。彼女の外見はといえば、茶色の髪に目はブルー。身長170センチ、体重だいたい56~59キロ、バストは90のBサイズ。一度結婚に失敗しており、現在30歳。
モレリは、バウンティ・ハンターが免許制になればステファニーは試験に通らないというが、ぼくはそうは思わない。モレリは独占欲が強いので、ステファニーにこの道から足を洗わせて自分の嫁さんにしたくてそういうことをいう。そうはいくかい。その点、レンジャーは少し違う。きちんとバウンティ・ハンターとして教育し、成長を見守っている。この点でぼくはレンジャーを買っている。たしかに彼女はおっちょこちょいではあるが根性はあるし、トラブルに巻き込まれはしても、致命的な危機は免れる運の良さも持ち合わせている。そしてなによりも作品ごとに経験を積み、成長を遂げているではないか。
ぼくは一緒に暮らしているハムスターのレックス(2歳)を可愛がっているステファニーが好きだ。1作目で彼女が生命の危機にさらされたときのこと――。
『すぐ横で、レックスがケージの中を走っていた。“彼”を見るのはこれが最後だと思うと、目を向けることができなかった。こんなちっぽけな生き物にこれほどの愛着をもつことができるなんて、おかしいくらいだった。レックスがみなし児になると思うと、喉にかたまりがつかえ、さっきのメッセージがふたたびよみがえってきた。何かしなきゃ! 何かしなきゃ!』(『私が愛したリボルバー』p.349)
この手のシーンにはぐっとくる。かっこいい女だけがイイ女ではないのだ。女だって優しくなければ生きていく資格はないのである。
"SEVEN UP" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2001.06/ISBN:0312265840
《逃亡人は白いキャデラックに乗って》
「あー、おもしろかった!」と本を閉じてハタと気づく。そういや今回の事件はなんだったっけ? ステファニー・プラム・シリーズを読むといつもこうだ。本筋の事件がどうでもいいというのではない。それ以上に、脇のエピソードや各キャラクターの行動がおかしくて、ついついそっちばかりが印象に残ってしまうのだ。しかし、そんなことではレビューにならないので、今度は気合いを入れて読んだ。じっくり読んだ。それでも何度、本筋の事件を忘れそうになったことか。
ステファニーの今回の仕事は、煙草密輸業者のエディ・デクーチを裁判所に出頭させること。すっかり年老いて白内障を患っているとはいえ、デクーチはマフィアだ。本来なら有能なバウンティ・ハンターであるレンジャーの仕事だが、あいにく彼は海外出張中。ステファニーはしぶしぶデクーチ宅におもむくが、白内障の老人をあっさり取り逃がしてしまう。そのうえ、胸に5発の銃弾を受けた老婦人の死体を発見するというおまけまでつく始末。警察もステファニーも必死に追うが、白いキャデラックで逃走するデクーチはいっこうに捕まる気配がない。さらにはステファニーの元同級生、ダギーとムーン(前作『わしの息子はろくでなし』で登場した憎めない不良コンビ)が失踪し、謎の悪党がデクーチの居所を探ろうとステファニーの部屋に出入りし……と、たったひとりの保釈中逃亡人のために、ステファニーの周囲は大騒ぎ。
とまあ、本筋だけでもじゅうぶん複雑なのに、ここにステファニーの結婚問題(相手が誰かはナイショ)やら、ステファニーの姉でプラム家自慢の娘ヴァレリーの里帰り(里帰りの理由はナイショ)やらで、事態はさらにぐちゃぐちゃに。これだけの話をハードカバー300ページちょっとでまとめてしまうのがイヴァノヴィッチのすごいところ。いや、まとまっていると思わされているだけなのだろうが、ダギー宅のポットローストが盗まれた事件まできっちりオチをつけているのだから、お見事というしかない。
本作最高のもうけ役は、とぼけた味が魅力のムーンだ。正義の味方よろしく、スパンデックスの衣装に身をつつみ、マント代わりにバスタオルをはためかせる場面には思いっきり笑わせてもらった。今後の活躍がもっとも期待されるキャラクターといえよう。今後といえば、あいかわらずの思わせぶりなラストに思わず一言。お願い、そこでやめないで!
"HARD EIGHT" by Janet Evanovich
St.Martin's Press/2002.06/ISBN:0312265859
《隣人を助けようとしただけなのに、なんでそうなっちゃうの、ステファニー?》
アメリカでは、年間80万人以上の子供が行方不明になっている。そしてその多くは、離婚調停で定められた監護権の条件に不満を抱いたどちらかの親によって連れ去られた子供だという。そんな危険から子供を守るために生まれたのが、監護保証金制度だ。判事は子供を連れ去る可能性がある夫や妻に監護保証金を課し、万が一子供が行方不明になった場合、保証金は子供を探すために使われる。
ステファニーの実家の隣りに住むメイベルは、孫娘のイブリンが離婚するとき自宅を担保にしてイブリンの娘アニーの監護保証金を用立てた。イブリンが離婚の条件を守って定期的に元夫にアニーを会わせているかぎり、問題はないはずだった。ところが、突然イブリンがアニーを連れて行方不明になってしまったのだ。3週間以内にふたりを見つけなければメイベルは家を没収されてしまう。住民の結束がかたいバーグでは、困っている隣人を放っておくことなど許されない。ステファニーはバウンティ・ハンターの仕事をするかたわら、イブリンとアニーの行方を探すことにした。
しかし、毎回必要ない所に鼻を突っ込み、踏む必要のないヤブヘビを踏みまくるステファニーのこと。今回も軽い気持ちで引き受けた人探しが思いもよらない展開を見せ、気がついたときにはとんでもないことに巻き込まれている。両親の家には依然として姉ヴァレリーが娘をふたり連れて泊まりこんでいるし、メイザおばあちゃんはあいかわらずタガがはずれているしで、家族のことだけでもトラブル続出なのに、モレリやレンジャーとの関係は、あっと驚く新たな進展(!)を見せてプライベートも大忙しのステファニー。ついには母さんやヴァレリーまでが大活躍するはめに……!
いや、まったくこのシリーズは期待を裏切らない。そのうえ、いとこのヴィニーが経営する保釈保証会社の隣りには、意外な人物が店を出すことになった。次作以降、この伏線はぜったい新たなドタバタを巻き起こすにちがいない。ああ、待ちきれないぞ!
"VISIONS OF SUGAR PLUMS" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2002.11/0312306326
《クリスマスにはイヴァノヴィッチを》
あたしの台所に見知らぬ男がいる。これまでにもあたしの部屋には何人もの男が勝手に入り込んできたけど、今回ばかりはいつもと違う。何が違うって、男はどこからともなく、突然あたしの目の前に現れたのだ! 茫然自失状態から立ち直り、男を部屋から追い出してみても、どうやってか易々と玄関の鍵を開け、ふたたび部屋に戻ってくる。あんた、いったい何者? もしかして宇宙人? なんであたしの部屋に? ディーゼルと名のる男は、矢継ぎ早のステファニーの質問をのらりくらりとかわし、なぜかステファニーの部屋に居座ってしまう。どうやらなんらかの使命を帯びているらしいのだが……。
と、いきなりステファニーがパニックに襲われてはじまるこの作品は、作者からファンへのクリスマスプレゼントだ。表紙は真っ赤な地色に金色の文字、そしてバイクに跨るサンタのイラストが描かれている。もちろん中身もクリスマス・テイスト満載で、今回ステファニーが追う逃亡者は、その名もサンディ・クロース! クリスマスまであと4日だというのに、部屋にツリーがないことをディーゼルに責められるステファニーは、ツリーどころかプレゼントさえまともに用意できていない。一刻も早くサンディを捕らえ、プレゼントを買いに走らなくては!
セクシーな謎の男ディーゼルに加えて、新しい「彼」をクリスマスディナーに連れてくると爆弾発言をするメイザおばあちゃんや、突然トイレに籠城する姉のヴァレリー、サンタなんて信じないという自称「馬」の姪っ子メアリー・アリスなど、いつものメンバーももちろん登場。ステファニーのぶっ飛んだ家族が織りなすリアルな(?)アメリカのクリスマス風景も併せてお楽しみあれ。
◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/feature.html
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■インタビュー ―― 細美遙子さん
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ステファニー・プラムのシリーズを訳されている細美遙子さん。『私が愛したリボルバー』(1996)以来、『わしの息子はろくでなし』(2002)まで6冊のシリーズ本が扶桑社から出ている。気になるシリーズ次作の予定もうかがった。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《細美遙子さん》高知県出身。高知大学人文学部卒業。訳書に『真夜中へ
|の鍵』(ディーン・クーンツ著/創元推理文庫)、『氷の収穫』(スコッ
|ト・フィリップス著/ハヤカワ文庫)、『人生におけるいくつかの過ちと
|・選択』(ウォーリーラム著/講談社文庫)、『12月の扉』(ディーン・
|R・クーンツ著/創元ノヴェルズ)他多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
――ステファニー・プラムのシリーズとの出会いと感想を教えてください。
「実は最初からこの本をと頼まれたわけではないのです。別に扶桑社から頼まれた本があったのですが、版権取得に時間がかかりそうだということで、その間に『私が愛したリボルバー』をやってみてほしいという話がきました。その時はシリーズ化するとは思っていませんでした。ちょうど阪神大震災のあとで、暗い仮設住宅暮らし(注・お住まいは神戸)、しかも難解なアン・マキャフリイの本を訳したあととあって、この仕事をするのは楽しかったですね」
――シリーズの中で一番好きな作品はどれですか?
「メイザおばあちゃんが大活躍した2作目の『あたしにしかできない職業』ですね。葬儀社を焼失させてしまったり、とことん派手なところが気にいってます。『モーおじさんの失踪』でロケットランチャーがでてきたときも、おおっと思いましたね」
――ステファニー・プラムの魅力はどんなところだと思われますか。
「ステファニーは能天気すぎてね。(「ファンの人に恨まれますよ」の声)いやいや、脳みそがからっぽでも体力があっていいですよね。風邪でもなんでもぶっとばしそうだし。でも、正直なところ、訳者には2タイプあって、登場人物に感情移入する人と、あくまで客観的に見る人がいます。わたしは後者のほうで、登場人物は突き放して見てます」
――ステファニーのシリーズでお気に入りのキャラクターはありますか。
「メイザおばあちゃんです。好奇心旺盛で、行動力があって、なかなかあれだけの高齢者キャラクターはないです」
――ではモレリとレンジャー、女性としてどちらに惹かれますか。
「おもしろそうなのはレンジャーですかね。どちらも有能なのでしょうね。モレリに関しては、不良少年が更生して警官になるところが読んだときに印象深かったです」
――映画化されるという話もありますが、演じてほしい役者さんはいますか?
「あまり役者の名前は知らないので。とにかく売れる映画を作ってもらって、ヒットしてくれるとありがたいです(笑)。映画化権が売れてからずいぶんになりますね」
――長くシリーズを訳されていて、なにか困ったこととかありますか? いつまでた
ってもステファニーは歳をとらないようですが。
「ステファニーのシリーズはアメリカで年に1冊のペースで出ていますが、実はよく注意して読むと、作品と作品のあいだの時間はせいぜい2、3か月しかあいていないのです。でも初めに出てきたときになにげなく訳してしまって、あとでしまったと思うことはあります。たとえば、coffee cake をコーヒーケーキと訳してしまって、あとで調べてみるとコーヒーと一緒に食べるシナモンロールのようなものだとわかり、これからはちょっと変えてみようと思っています。それから meat market を肉市場にしたら、あとで普通の精肉店だと判明し、困りましたね」
――今後の予定をお聞かせください。
「イヴァノヴィッチ関係では、来年2月に "SEVEN UP" の邦訳がでます。遅くなってごめんなさい。予定じゃなくて予言になりますが、"HARD EIGHT" も来年中には出ると思います。アメリカでは今年から3年連続で、10月末に“ホリデイブック”と名づけられたステファニー・シリーズのクリスマスブックが刊行される予定です。日本でも1年遅れで、まず来年のクリスマスに "VISIONS OF SUGAR PLUMS" を出す予定です。イヴァノヴィッチが昔書いたロマンス小説に加筆した "FULL HOUSE" も出るかもしれません。来年はイヴァノヴィッチ年になりそうです」
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■注目の邦訳新刊レビュー ――『夜の音楽』『天球の調べ』
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『夜の音楽』 "MUSIQUE DE NUIT"
ベルトラン・ピュアール/東野純子訳
集英社/2002.10.25発行 571円(税別)
ISBN: 4087604284
《音楽ファン期待のミステリ 2001年コニャック推理小説大賞受賞》
洋楽が好きだ。だから、音楽がらみのミステリ、それも青春の思い出がいっぱいの60~80年代のロック、ポップスが登場する作品に出逢うと、嬉しくなる。思わず手にとって読みたくなる。本書はそんな音楽ファンにはこたえられないミステリだ。
クリスマスイブの夜、ロンドン市内の小さな宝石店の女店主が殺された。まばゆいダイアモンドで飾られた死体には奇妙な「演出」がされていた。眼球がくりぬかれ、豆電球がはめこまれた両眼。傍らに置かれた楽器のトライアングル。
折しも2日前、教会で、額に名前を刻まれ、ギターの弦が指に巻かれた老女の死体が発見されたばかりだった。2人の死体に共通する異常な演出、そして残された楽器は、いったい何を意味するのか? 捜査を始めたニュー・ヤードのポール・カイト警部と研修生クレマンは、音楽にまつわる驚くべき真相を発見する……。
勘のいい読者ならわりと早く気づくだろうか。そう、殺しにあの有名なポップグループの歌詞が関係していることに。気づいた後、その後の謎解きは俄然、愉しくなるだろう。ページを繰るのももどかしく、読み耽ってしまうにちがいない。
もちろん、ミステリとしての面白さはそれだけではない。たとえば、冒頭から読者を犯行につきあわせておきながら、「男」としてだけ語られる犯人は一体誰なのか?たとえば、犯人の家の地下室でうごめく不気味な物体の正体は? そしてじつにさりげなく、ある時点で不意に明かされる犯人の名前。その意外性にあっと驚き、それまでの巧妙な伏線に思い至って感嘆するという仕掛け。
この作品は、ぜひ一篇の映画を観るように愉しんでもらいたい、と思う。オープニングからクライマックスまでの計算されつくした構成、映画を思わせる描写、印象的なラストの余韻を愉しみ、ピュアールの甘美な謎解きの世界を堪能してほしい。全編にたっぷりと登場するロックやポップス、シャンソンのメロディーに贅沢に身を浸しながら。
『天球の調べ』 "THE MUSIC OF THE SPHERES"
エリザベス・レッドファーン/山本やよい訳
新潮社/2002.10.30発行 2500円(税別)
ISBN: 4105424017
《殺人、陰謀、戦争……いくつもの謎のあいだを惑星はめぐる》
フランス革命勃発の直後、イギリスとフランスが不穏な関係にあった18世紀末のロンドンを舞台に、政治、文化、社会の状況を織り込んだ作品だ。
物語はふたりの人物を中心に展開する。内務省官吏でフランス側のスパイ摘発を職務とするジョナサン・アブシーは、かつて娘が惨殺されたさい、犯人を捕まえられなかったことに苦渋の思いを抱いている。その異父兄で天文学に通じるアレグザンダー・ウィルモットは、不自由な身体と臆病な性格ゆえに人と交われずにいる。
ロンドン市中で赤毛の娼婦が絞殺される事件があいついだ。ジョナサンはそれらの手口が娘の殺害時のものと似ていることに気づくと、異様な情熱を燃やして捜査にのめりこむ。一方、フランス亡命貴族の姉弟が中心となっている天体観測サークルにスパイが出入りしているとの情報をつかんだジョナサンは、探りを入れるためにアレグザンダーをむりやりサークルに送り込む。当初気がすすまなかったアレグザンダーだが、姉弟にすぐれた才能を認められたことから、ふたりに魅了されていく。
本作でひとつの大きな鍵となっているのが天文学だ。連続殺人、スパイ活動、暗号文などといった作品の要所で、ある天体がかかわってくる。当時は火星と木星の軌道のあいだに広がる空間に、まだだれも見つけていない惑星があるはずだと信じられていた。作中でセレネと名づけられたその未知の惑星を、幾人もが探しもとめる。ある者は情熱的な恋愛をした女の投影として、ある者は純粋な学問的探求の対象として。
歴史ミステリでは読者にその時代を体感させるような描写力が不可欠だが、この作品でもパブにたむろする人々の喧騒や暗く薄汚れた横丁の路地裏といった背景が十二分に活写されている。そのうえで著者は、風変わりな姉弟と周囲の人々の思惑、英仏2国間の陰謀のなかでジョナサンとアレグザンダーの兄弟が流されていくさまを、過剰な知識を盛り込みすぎず、ストレートに語っていく。数々の事件をたくみに組み合わせる手腕も達者だが、著者の澄んだ視線を感じられるところがいい。無理解や暴力といった苦しみをつかのま忘れ、アレグザンダーは夜の天空へ望遠鏡を向ける。それはこの時代においては、救いを求めるひとつの手段であったのかもしれない。
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■ミステリ雑学 ―― 家事の達人マーサの光と影
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……松の小枝に和紙をあしらった飾り物は、玄関脇の松と竹と梅のみごとな生け花を生けたのと同じ人物の作品らしい。伯母のノリエは、さしずめ横浜のマーサ・スチュアートといったところだ。
(『雪 殺人事件』スジャータ・マッシー/矢沢聖子訳/講談社文庫 p.148)
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マーサ・スチュワートという名前を聞いたことがあるだろうか? 料理、リフォーム、ガーデニング、DIY、おもてなしといった家事全般のエキスパートで、あまり金をかけずに生活を楽しむことを提案する「ライフスタイル」の専門家である。アメリカでは「家事を芸術の域にまで高めた女性」とか「ライフスタイル産業の創始者」などと評価され、経済誌『フォーチュン』の「最もパワフルな女性50人」や、『タイム』誌の「アメリカで最も影響のある25人」にも選ばれた。
マーサ・スチュワートはポーランド移民の子供として1941年に生まれ、モデルで学費を稼ぎながら大学に通い、卒業後数年はニューヨークのウォール街で株式のブローカーとして働いた。1970年代の中頃に始めたケータリング・サービスが人気を呼び、その経験を元にして書いた本 "ENTERTAINING" は1982年のベストセラーになった。何冊か本を書いた後、1991年には季節ごとの飾り付けや、料理のレシピなどを載せた雑誌 "MARTHA STEWART LIVING" を創刊。同誌はアメリカの1990年代を代表する雑誌と言われている。他にも新聞のコラムを執筆し、テレビで『マーサ・スチュワート・リビング』という番組を持ち、「マーサ・スチュワート・エブリデイ」というブランドで日用品をインターネットなどで通信販売を行っている。1999年に株式を上場した彼女の会社《マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア》は年間3億ドル近い収益をあげている。
彼女の存在は日本ではまだあまり知られていないが、20代から40代の主婦層の一部には熱烈な支持者がいる。また「マーサ・スチュワート・エブリデイ」の商品を去年から大手スーパーの西友が販売し、"MARTHA STEWART LIVING" の日本語版である『マーサ・スチュワート・マーサ』も同時期に創刊された。CS放送の《LaLaTV》では『マーサ・スチュワート・リビング』が放映され、日本への進出も始まっている。
だが今年6月、彼女を奈落の底へ突き落としかねないスキャンダルが持ち上がった。製薬会社「イムクローン」は制がん剤の開発を行っていたが、去年の12月末にその薬が認可されないと判明し株が暴落した。だがその前日、マーサは同社の株を売って23万ドルを得ていた。イムクローン社の前最高経営責任者がマーサの友人でもあったことから、事前に情報を知っていたのではないかというインサイダー取引の疑惑が浮上したのだ。今のところ決定的な証拠はなく、マーサ自身も弁護士を雇って疑惑解消に奔走しているため提訴にはいたってないが、彼女に不利な証言をするという人物も現れ、予断を許さない状況となっている。
自分自身のアイデアと笑顔、そしてコットンシャツにジーンズという庶民的なスタイルで億万長者の仲間入りをしたマーサだが、今回のスキャンダルでイメージの低下は避けられそうにもない。実際《オムニメディア》の株は大幅に下がっているし、マーサ自身もテレビなどから姿を消している。
はたして彼女と彼女の帝国はどうなるか、経済ニュースからは当分目が離せない。
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■スタンダードな1冊 ―― 初めてミステリを読むというお友達への
クリスマスプレゼントに
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ミステリを数多く読んでいる当メルマガ読者なら、ミステリ好きへの道の入り口付近で既にクイーンの作品と出会っていることだろう。ご承知のとおり、クイーンはフレデニック・ダネイとマンフレッド・B・リーのいとこ同士のペンネームで、2人の合作によるその作品は、ドルリイ・レーン4部作やエラリイ・クイーンの国名シリーズがよく知られている。そのなかから今回は、クリスマスに起きたまれにみる残虐な事件を描いた作品『エジプト十字架の秘密』(エラリイ・クイーン/青田勝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を紹介する。
クリスマスの日の早朝、ウェスト・ヴァージニアの片田舎の町で、小学校の校長が首を切り落とされて、T字路の道標にはりつけにされていた。掌は腕木の両端に釘で打ちつけられ、両足はそろえてくるぶしのところを釘で突き刺されていた。T字路のT字型の道標で、首のない死体は大きなTの字になっていた。被害者の家の扉にはTの字が血で描かれ、被害者の召使も行方不明になる。事件に興味をもったエラリイは、Tの字が宗教的意味をもつエジプト十字架であることに気づく。エラリイの指摘により謎はふかまるが捜査は進展せず、新聞から事件についての記事は消え、迷宮入りした。しかし半年後今度はロングアイランドで、大富豪が首を切り落とされ、トーテムポールに両手を広げてはりつけにされるという事件が発生する。クリスマスの日の事件で参考人として呼ばれた新興宗教の教祖がロングアイランドの現場にも出没し、2つの事件の関連が調査される。
ミステリを数多く読んだ今、あらためて再読すると、死体の状況から怪しい人間は推測できるし、エラリイの軽薄さも気になる。しかしこの作品を初めて読んだとき、首のない死体が十字架にはりつけにされるという残虐さに怯え、古代宗教の狂信者やヌーディストの村、また中部ヨーロッパを舞台にした復讐者の登場する謎めいた設定にぞくぞくしたし、ラスト近くでの列車や飛行機を乗り継いでの派手な犯人追跡劇に興奮した。また、エラリイが地道に証拠を集め論理的に事件の真相にせまり、そしてついに「読者への挑戦」という文字がでてきたときは心躍ったものだ。とくに本作の「青いガラス瓶のヨードチンキ」という手がかりは、以後のミステリへも大きな影響を与えている。ミステリを読んだ経験がほとんどないという方なら、意外な真犯人に素直に驚き、エラリイの推理に感動するはず。ミステリ初心者にお薦めしたい1冊だ。
なお、今年3月に『スペイン岬の秘密』(エラリイ・クイーン/大庭忠男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が、8月に『犯罪カレンダー』(1月~6月)(7月~12月)(エラリイ・クイーン/宇野利泰訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されていて、相変わらずの華麗な謎解きが楽しめる。
◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html
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■編集後記■
今年みなさんがお読みになったベスト・ミステリはどの作品ですか? フーダニット翻訳倶楽部では、毎年恒例のミステリ・ベスト10投票を行いました。1月号ではその投票結果を発表します。当倶楽部サイトのベスト10特設掲示板もご覧ください。
特設掲示板 (http://www.litrans.net/whodunit/wforum/wforum.cgi) (片)
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海外ミステリ通信 第16号 2002年12月号
発 行:フーダニット翻訳倶楽部
発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
編集人:片山奈緒美
企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、
清野 泉、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
山本さやか
協 力:出版翻訳ネットワーク
小野仙内
生方頼子
本メルマガへのご意見・ご感想: whodmag@office-ono.com
フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
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■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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月刊 海外ミステリ通信
第16号 2002年12月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉 好き好き ステファニー・プラム
〈インタビュー〉 細美遙子さん
〈注目の邦訳新刊〉 『夜の音楽』『天球の調べ』
〈ミステリ雑学〉 マーサ・スチュワート
〈スタンダードな1冊〉 『エジプト十字架の秘密』
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■特集 ―― 好き好き ステファニー・プラム
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ステファニー・プラム。30歳、バツイチ。元下着バイヤーで、史上最悪のバウンティ・ハンター。このヒロインが活躍する人気シリーズは、現在長編が本国で8作目、日本では6作目まで発表されていて、その魅力にとりつかれてしまったファンのことをプラム・クレイジーという。彼らがどのくらい熱狂的かというと、まずはこちら(http://www.evanovich.com/)の作者のWebサイトを見て欲しい。映画化時の配役予想コーナーもあれば、タイトル・コンテストもある。(このシリーズのタイトルは、ファンが応募したなかから選ばれることになっている。ちなみに来年6月発表予定の9作目は "TO THE NINES" に決まったそうだ)ついには、年1作ペースの新作が待ちきれないファンのために、今年はクリスマスブックも登場。また、作者ジャネット・イヴァノヴィッチがこのシリーズを書く前に執筆した12作のロマンス小説のなかから"FULL HOUSE" が加筆のうえ今年再発売され、それがまた好評だったために、書き下ろしの続編 "FULL TILT" が来年2月に発表されるらしい――と、その人気は留まることを知らないようだ。(注:この2作はロマンス作家シャーロット・ヒューズとの共作)
なにがそれほどファンを惹きつけるのか、当フーダニット翻訳倶楽部でも筋金入りのプラム・クレイジーたちから、それぞれ思いの丈を熱く語ってもらうことにした。また、翻訳が待ちきれないかたのために、未訳作品の全レビューもお届けする。ただし、いっそう待ちきれなくなっても編集部では責任をもてませんので、あしからず。
(ステファニー・プラム・シリーズ作品リスト)
【長編】
『私が愛したリボルバー』("ONE FOR THE MONEY")
『あたしにしかできない職業』("TWO FOR THE DOUGH")
『モーおじさんの失踪』("THREE TO GET DEADLY")
『サリーは謎解き名人』("FOUR TO SCORE")
『けちんぼフレッドを探せ!』("HIGH FIVE")
『わしの息子はろくでなし』("HOT SIX")
(すべて細美遙子訳/扶桑社ミステリー)
"SEVEN UP" St. Martin's Press(未訳)"HARD EIGHT" St. Martin's Press(未訳)
【短・中編】
「消えた死体」(中井京子訳/ジャーロ2001年春号)
"VISIONS OF SUGAR PLUMS" St. Martin's Press(未訳)
(松本依子)
----------------------------------------------------------------------------●ステファニー・プラム・シリーズに魅せられて
今から4年ほど前のこと――。洋書店のバーゲン・コーナーで、ふと1冊のペーパーバックを手にとった。タイトルは "THREE TO GET DEADLY"。「あっ、それ、すっごくおもしろいよ!」いっしょにいた友人にも勧められ、わたしはレジに直行した。そして「シリーズものだから、できれば1作目と2作目を先に読んだほうがいい」というアドバイスに従い、まず『私が愛したリボルバー』から読みはじめた。
運命の出会い……というとおおげさだが、このとき以来、ステファニー・プラム・シリーズにすっかりハマッている。1作目を読んだあと、すぐに2作目の『あたしにしかできない職業』を読んだ。それから3作目のペーパーバックを夢中になって読み、邦訳の『モーおじさんの失踪』まで読んだ。その後は訳書を待ち切れず、4作目は洋書バーゲンに出ていたハードカバーを買い、5作目からはアマゾンに新刊予約を入れるようになった。5作目のラストには「ええっ、なんでそこで終わるんだあぁっ」と絶叫し、1年間悶々としながら6作目の刊行を待ったクチだ。
どうしてここまでのめりこんでしまうのか。ひとつには、作品のノリが抜群にいいからだろう。下着バイヤーの仕事をクビになり半年前から失業中のステファニーは、生活に困りはて、とうとう「いけ好かない」いとこが経営する保釈保証会社に職を求める。ついた仕事は、保釈中の逃亡者を捕まえるバウンティ・ハンター。雨でずぶ濡れになろうと、生ゴミまみれになろうと、車を爆破されようと、ステファニーは度胸ひとつ、体当たりで犯罪者たちに立ち向かっていく。その奮闘ぶりが明るくコミカルに描かれ、こちらの気分をスカッと爽快にしてくれる。
ステファニーの、自分に正直なところも好きだ。5作目の『けちんぼフレッドを探せ!』に、深夜、あることでショックを受けて大量のチョコ・バーをやけ食いし、そのあとでわっと泣き出すというエピソードがあるが、そのときの心情がせつないほどよくわかる。ステファニーはかわいい女性なのだ。決してスーパー・ウーマンではない、等身大のヒロイン像に、共感する女性読者も多いと思う。
また、脇を固める人物の強烈な個性にも触れないわけにはいかない。行動も思考もぶっ飛んでいるメイザおばあちゃんや、元売春婦で現在は保釈保証会社のファイル整理係、ときにはステファニーの助手も務めるルーラのほか、シリーズ途中から登場して準レギュラー化しているユニークな面々も、それぞれいい味を出している。
そしてもうひとつ。どういうわけか、このシリーズでは、肝心の事件のゆくえよりステファニーの男性関係のほうが気になってしまう。幼いころから因縁があり、高校時代に「処女を奪われた」相手でもあるジョーゼフ・モレリは、現在トレントン市警の警官で、1作目では殺人の罪に問われ、ステファニーの初仕事のターゲットだった。最初は敵対していたふたりだが、途中からその関係が微妙に変化しはじめ、2作目以後、進展したりしなかったりと、いい感じで読者をじらしてくれる。さらに、腕利きバウンティ・ハンターでステファニーの指導役だったレンジャーも、男性として急浮上。ステファニーは、だれと、どうなるのか――今後の展開がますます楽しみだ。
笑えて、元気が出て、ちょっぴりロマンチックな(エッチな?)気分も味わえる、ステファニー・プラム・シリーズ。どれを読んでも楽しめるが、あえてマイ・ベストを選ぶとすれば、スラップスティック度が絶妙な、3作目の『モーおじさんの失踪』を挙げたい。この作品は1997年のCWA賞シルバーダガー賞を受賞している。
(生方頼子)
----------------------------------------------------------------------------●愛しのカップケーキ、ステファニー・プラム
ぼくが初めてステファニー・プラムに出会ったのは今から4年前、シリーズ4作目の "FOUR TO SCORE" だった。アメリカにいる友人が一時帰国するというので、何でもいいから新刊ミステリのペーパーバックを買ってきてくれと頼んでおいたところ、「なんかようわからんけど、空港の書店でようけ積んであったやつや。おれはこういうのはぜんぜん知らんから適当やで」といって渡された。
つまり、おもろいかどうかは知らんで、ということである。初期の探偵小説や冒険小説、軍事スリラーなど“男の子向け”の小説しか読んでいなかったぼくにとって、こんなことでもなければこの手の“女の子向け”ミステリを手に取ることはなかっただろう。
がしかし、夢中になった。シリーズ1作目から読み直した。同時に女性を中心に多くのファンがいることも知った。主人公のステファニーと脇役のモレリ、レンジャーのちょっとしたセクシーな関係が女性に受けるのはよくわかる。一人称で語られるから、ステファニーに感情移入すればモレリの世界一のお尻や、レンジャーのがっしりした筋肉にゾクゾクって気持ちも疑似体験できるのだろう。だが、男のぼくにはそんなことはどうでもよろしい。
ステファニー・プラムは、ハンガリー・イタリア系の家庭に予定日より1か月はやく生まれた。少女時代には空飛ぶトナカイになりたかった。その次がピーターパン。つづいてワンダーウーマン。このときは実際に高いところから飛び降りて怪我をしている。かわいいではないか。しだいに現実に目を向け始め、ロックスターを目指すが歌が下手ときた。大学を卒業して安売り下着のバイヤーをしていたところ、リストラにあいバウンティ・ハンターとなる。彼女の外見はといえば、茶色の髪に目はブルー。身長170センチ、体重だいたい56~59キロ、バストは90のBサイズ。一度結婚に失敗しており、現在30歳。
モレリは、バウンティ・ハンターが免許制になればステファニーは試験に通らないというが、ぼくはそうは思わない。モレリは独占欲が強いので、ステファニーにこの道から足を洗わせて自分の嫁さんにしたくてそういうことをいう。そうはいくかい。その点、レンジャーは少し違う。きちんとバウンティ・ハンターとして教育し、成長を見守っている。この点でぼくはレンジャーを買っている。たしかに彼女はおっちょこちょいではあるが根性はあるし、トラブルに巻き込まれはしても、致命的な危機は免れる運の良さも持ち合わせている。そしてなによりも作品ごとに経験を積み、成長を遂げているではないか。
ぼくは一緒に暮らしているハムスターのレックス(2歳)を可愛がっているステファニーが好きだ。1作目で彼女が生命の危機にさらされたときのこと――。
『すぐ横で、レックスがケージの中を走っていた。“彼”を見るのはこれが最後だと思うと、目を向けることができなかった。こんなちっぽけな生き物にこれほどの愛着をもつことができるなんて、おかしいくらいだった。レックスがみなし児になると思うと、喉にかたまりがつかえ、さっきのメッセージがふたたびよみがえってきた。何かしなきゃ! 何かしなきゃ!』(『私が愛したリボルバー』p.349)
この手のシーンにはぐっとくる。かっこいい女だけがイイ女ではないのだ。女だって優しくなければ生きていく資格はないのである。
(板村英樹)
----------------------------------------------------------------------------"SEVEN UP" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2001.06/ISBN:0312265840
《逃亡人は白いキャデラックに乗って》
「あー、おもしろかった!」と本を閉じてハタと気づく。そういや今回の事件はなんだったっけ? ステファニー・プラム・シリーズを読むといつもこうだ。本筋の事件がどうでもいいというのではない。それ以上に、脇のエピソードや各キャラクターの行動がおかしくて、ついついそっちばかりが印象に残ってしまうのだ。しかし、そんなことではレビューにならないので、今度は気合いを入れて読んだ。じっくり読んだ。それでも何度、本筋の事件を忘れそうになったことか。
ステファニーの今回の仕事は、煙草密輸業者のエディ・デクーチを裁判所に出頭させること。すっかり年老いて白内障を患っているとはいえ、デクーチはマフィアだ。本来なら有能なバウンティ・ハンターであるレンジャーの仕事だが、あいにく彼は海外出張中。ステファニーはしぶしぶデクーチ宅におもむくが、白内障の老人をあっさり取り逃がしてしまう。そのうえ、胸に5発の銃弾を受けた老婦人の死体を発見するというおまけまでつく始末。警察もステファニーも必死に追うが、白いキャデラックで逃走するデクーチはいっこうに捕まる気配がない。さらにはステファニーの元同級生、ダギーとムーン(前作『わしの息子はろくでなし』で登場した憎めない不良コンビ)が失踪し、謎の悪党がデクーチの居所を探ろうとステファニーの部屋に出入りし……と、たったひとりの保釈中逃亡人のために、ステファニーの周囲は大騒ぎ。
とまあ、本筋だけでもじゅうぶん複雑なのに、ここにステファニーの結婚問題(相手が誰かはナイショ)やら、ステファニーの姉でプラム家自慢の娘ヴァレリーの里帰り(里帰りの理由はナイショ)やらで、事態はさらにぐちゃぐちゃに。これだけの話をハードカバー300ページちょっとでまとめてしまうのがイヴァノヴィッチのすごいところ。いや、まとまっていると思わされているだけなのだろうが、ダギー宅のポットローストが盗まれた事件まできっちりオチをつけているのだから、お見事というしかない。
本作最高のもうけ役は、とぼけた味が魅力のムーンだ。正義の味方よろしく、スパンデックスの衣装に身をつつみ、マント代わりにバスタオルをはためかせる場面には思いっきり笑わせてもらった。今後の活躍がもっとも期待されるキャラクターといえよう。今後といえば、あいかわらずの思わせぶりなラストに思わず一言。お願い、そこでやめないで!
(山本さやか)
----------------------------------------------------------------------------"HARD EIGHT" by Janet Evanovich
St.Martin's Press/2002.06/ISBN:0312265859
《隣人を助けようとしただけなのに、なんでそうなっちゃうの、ステファニー?》
アメリカでは、年間80万人以上の子供が行方不明になっている。そしてその多くは、離婚調停で定められた監護権の条件に不満を抱いたどちらかの親によって連れ去られた子供だという。そんな危険から子供を守るために生まれたのが、監護保証金制度だ。判事は子供を連れ去る可能性がある夫や妻に監護保証金を課し、万が一子供が行方不明になった場合、保証金は子供を探すために使われる。
ステファニーの実家の隣りに住むメイベルは、孫娘のイブリンが離婚するとき自宅を担保にしてイブリンの娘アニーの監護保証金を用立てた。イブリンが離婚の条件を守って定期的に元夫にアニーを会わせているかぎり、問題はないはずだった。ところが、突然イブリンがアニーを連れて行方不明になってしまったのだ。3週間以内にふたりを見つけなければメイベルは家を没収されてしまう。住民の結束がかたいバーグでは、困っている隣人を放っておくことなど許されない。ステファニーはバウンティ・ハンターの仕事をするかたわら、イブリンとアニーの行方を探すことにした。
しかし、毎回必要ない所に鼻を突っ込み、踏む必要のないヤブヘビを踏みまくるステファニーのこと。今回も軽い気持ちで引き受けた人探しが思いもよらない展開を見せ、気がついたときにはとんでもないことに巻き込まれている。両親の家には依然として姉ヴァレリーが娘をふたり連れて泊まりこんでいるし、メイザおばあちゃんはあいかわらずタガがはずれているしで、家族のことだけでもトラブル続出なのに、モレリやレンジャーとの関係は、あっと驚く新たな進展(!)を見せてプライベートも大忙しのステファニー。ついには母さんやヴァレリーまでが大活躍するはめに……!
いや、まったくこのシリーズは期待を裏切らない。そのうえ、いとこのヴィニーが経営する保釈保証会社の隣りには、意外な人物が店を出すことになった。次作以降、この伏線はぜったい新たなドタバタを巻き起こすにちがいない。ああ、待ちきれないぞ!
(中西和美)
----------------------------------------------------------------------------"VISIONS OF SUGAR PLUMS" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2002.11/0312306326
《クリスマスにはイヴァノヴィッチを》
あたしの台所に見知らぬ男がいる。これまでにもあたしの部屋には何人もの男が勝手に入り込んできたけど、今回ばかりはいつもと違う。何が違うって、男はどこからともなく、突然あたしの目の前に現れたのだ! 茫然自失状態から立ち直り、男を部屋から追い出してみても、どうやってか易々と玄関の鍵を開け、ふたたび部屋に戻ってくる。あんた、いったい何者? もしかして宇宙人? なんであたしの部屋に? ディーゼルと名のる男は、矢継ぎ早のステファニーの質問をのらりくらりとかわし、なぜかステファニーの部屋に居座ってしまう。どうやらなんらかの使命を帯びているらしいのだが……。
と、いきなりステファニーがパニックに襲われてはじまるこの作品は、作者からファンへのクリスマスプレゼントだ。表紙は真っ赤な地色に金色の文字、そしてバイクに跨るサンタのイラストが描かれている。もちろん中身もクリスマス・テイスト満載で、今回ステファニーが追う逃亡者は、その名もサンディ・クロース! クリスマスまであと4日だというのに、部屋にツリーがないことをディーゼルに責められるステファニーは、ツリーどころかプレゼントさえまともに用意できていない。一刻も早くサンディを捕らえ、プレゼントを買いに走らなくては!
セクシーな謎の男ディーゼルに加えて、新しい「彼」をクリスマスディナーに連れてくると爆弾発言をするメイザおばあちゃんや、突然トイレに籠城する姉のヴァレリー、サンタなんて信じないという自称「馬」の姪っ子メアリー・アリスなど、いつものメンバーももちろん登場。ステファニーのぶっ飛んだ家族が織りなすリアルな(?)アメリカのクリスマス風景も併せてお楽しみあれ。
(松本依子)
◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/feature.html
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■インタビュー ―― 細美遙子さん
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ステファニー・プラムのシリーズを訳されている細美遙子さん。『私が愛したリボルバー』(1996)以来、『わしの息子はろくでなし』(2002)まで6冊のシリーズ本が扶桑社から出ている。気になるシリーズ次作の予定もうかがった。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《細美遙子さん》高知県出身。高知大学人文学部卒業。訳書に『真夜中へ
|の鍵』(ディーン・クーンツ著/創元推理文庫)、『氷の収穫』(スコッ
|ト・フィリップス著/ハヤカワ文庫)、『人生におけるいくつかの過ちと
|・選択』(ウォーリーラム著/講談社文庫)、『12月の扉』(ディーン・
|R・クーンツ著/創元ノヴェルズ)他多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
――ステファニー・プラムのシリーズとの出会いと感想を教えてください。
「実は最初からこの本をと頼まれたわけではないのです。別に扶桑社から頼まれた本があったのですが、版権取得に時間がかかりそうだということで、その間に『私が愛したリボルバー』をやってみてほしいという話がきました。その時はシリーズ化するとは思っていませんでした。ちょうど阪神大震災のあとで、暗い仮設住宅暮らし(注・お住まいは神戸)、しかも難解なアン・マキャフリイの本を訳したあととあって、この仕事をするのは楽しかったですね」
――シリーズの中で一番好きな作品はどれですか?
「メイザおばあちゃんが大活躍した2作目の『あたしにしかできない職業』ですね。葬儀社を焼失させてしまったり、とことん派手なところが気にいってます。『モーおじさんの失踪』でロケットランチャーがでてきたときも、おおっと思いましたね」
――ステファニー・プラムの魅力はどんなところだと思われますか。
「ステファニーは能天気すぎてね。(「ファンの人に恨まれますよ」の声)いやいや、脳みそがからっぽでも体力があっていいですよね。風邪でもなんでもぶっとばしそうだし。でも、正直なところ、訳者には2タイプあって、登場人物に感情移入する人と、あくまで客観的に見る人がいます。わたしは後者のほうで、登場人物は突き放して見てます」
――ステファニーのシリーズでお気に入りのキャラクターはありますか。
「メイザおばあちゃんです。好奇心旺盛で、行動力があって、なかなかあれだけの高齢者キャラクターはないです」
――ではモレリとレンジャー、女性としてどちらに惹かれますか。
「おもしろそうなのはレンジャーですかね。どちらも有能なのでしょうね。モレリに関しては、不良少年が更生して警官になるところが読んだときに印象深かったです」
――映画化されるという話もありますが、演じてほしい役者さんはいますか?
「あまり役者の名前は知らないので。とにかく売れる映画を作ってもらって、ヒットしてくれるとありがたいです(笑)。映画化権が売れてからずいぶんになりますね」
――長くシリーズを訳されていて、なにか困ったこととかありますか? いつまでた
ってもステファニーは歳をとらないようですが。
「ステファニーのシリーズはアメリカで年に1冊のペースで出ていますが、実はよく注意して読むと、作品と作品のあいだの時間はせいぜい2、3か月しかあいていないのです。でも初めに出てきたときになにげなく訳してしまって、あとでしまったと思うことはあります。たとえば、coffee cake をコーヒーケーキと訳してしまって、あとで調べてみるとコーヒーと一緒に食べるシナモンロールのようなものだとわかり、これからはちょっと変えてみようと思っています。それから meat market を肉市場にしたら、あとで普通の精肉店だと判明し、困りましたね」
――今後の予定をお聞かせください。
「イヴァノヴィッチ関係では、来年2月に "SEVEN UP" の邦訳がでます。遅くなってごめんなさい。予定じゃなくて予言になりますが、"HARD EIGHT" も来年中には出ると思います。アメリカでは今年から3年連続で、10月末に“ホリデイブック”と名づけられたステファニー・シリーズのクリスマスブックが刊行される予定です。日本でも1年遅れで、まず来年のクリスマスに "VISIONS OF SUGAR PLUMS" を出す予定です。イヴァノヴィッチが昔書いたロマンス小説に加筆した "FULL HOUSE" も出るかもしれません。来年はイヴァノヴィッチ年になりそうです」
(取材・文/小佐田愛子、かげやまみほ)
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■注目の邦訳新刊レビュー ――『夜の音楽』『天球の調べ』
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『夜の音楽』 "MUSIQUE DE NUIT"
ベルトラン・ピュアール/東野純子訳
集英社/2002.10.25発行 571円(税別)
ISBN: 4087604284
《音楽ファン期待のミステリ 2001年コニャック推理小説大賞受賞》
洋楽が好きだ。だから、音楽がらみのミステリ、それも青春の思い出がいっぱいの60~80年代のロック、ポップスが登場する作品に出逢うと、嬉しくなる。思わず手にとって読みたくなる。本書はそんな音楽ファンにはこたえられないミステリだ。
クリスマスイブの夜、ロンドン市内の小さな宝石店の女店主が殺された。まばゆいダイアモンドで飾られた死体には奇妙な「演出」がされていた。眼球がくりぬかれ、豆電球がはめこまれた両眼。傍らに置かれた楽器のトライアングル。
折しも2日前、教会で、額に名前を刻まれ、ギターの弦が指に巻かれた老女の死体が発見されたばかりだった。2人の死体に共通する異常な演出、そして残された楽器は、いったい何を意味するのか? 捜査を始めたニュー・ヤードのポール・カイト警部と研修生クレマンは、音楽にまつわる驚くべき真相を発見する……。
勘のいい読者ならわりと早く気づくだろうか。そう、殺しにあの有名なポップグループの歌詞が関係していることに。気づいた後、その後の謎解きは俄然、愉しくなるだろう。ページを繰るのももどかしく、読み耽ってしまうにちがいない。
もちろん、ミステリとしての面白さはそれだけではない。たとえば、冒頭から読者を犯行につきあわせておきながら、「男」としてだけ語られる犯人は一体誰なのか?たとえば、犯人の家の地下室でうごめく不気味な物体の正体は? そしてじつにさりげなく、ある時点で不意に明かされる犯人の名前。その意外性にあっと驚き、それまでの巧妙な伏線に思い至って感嘆するという仕掛け。
この作品は、ぜひ一篇の映画を観るように愉しんでもらいたい、と思う。オープニングからクライマックスまでの計算されつくした構成、映画を思わせる描写、印象的なラストの余韻を愉しみ、ピュアールの甘美な謎解きの世界を堪能してほしい。全編にたっぷりと登場するロックやポップス、シャンソンのメロディーに贅沢に身を浸しながら。
(山田亜樹子)
----------------------------------------------------------------------------『天球の調べ』 "THE MUSIC OF THE SPHERES"
エリザベス・レッドファーン/山本やよい訳
新潮社/2002.10.30発行 2500円(税別)
ISBN: 4105424017
《殺人、陰謀、戦争……いくつもの謎のあいだを惑星はめぐる》
フランス革命勃発の直後、イギリスとフランスが不穏な関係にあった18世紀末のロンドンを舞台に、政治、文化、社会の状況を織り込んだ作品だ。
物語はふたりの人物を中心に展開する。内務省官吏でフランス側のスパイ摘発を職務とするジョナサン・アブシーは、かつて娘が惨殺されたさい、犯人を捕まえられなかったことに苦渋の思いを抱いている。その異父兄で天文学に通じるアレグザンダー・ウィルモットは、不自由な身体と臆病な性格ゆえに人と交われずにいる。
ロンドン市中で赤毛の娼婦が絞殺される事件があいついだ。ジョナサンはそれらの手口が娘の殺害時のものと似ていることに気づくと、異様な情熱を燃やして捜査にのめりこむ。一方、フランス亡命貴族の姉弟が中心となっている天体観測サークルにスパイが出入りしているとの情報をつかんだジョナサンは、探りを入れるためにアレグザンダーをむりやりサークルに送り込む。当初気がすすまなかったアレグザンダーだが、姉弟にすぐれた才能を認められたことから、ふたりに魅了されていく。
本作でひとつの大きな鍵となっているのが天文学だ。連続殺人、スパイ活動、暗号文などといった作品の要所で、ある天体がかかわってくる。当時は火星と木星の軌道のあいだに広がる空間に、まだだれも見つけていない惑星があるはずだと信じられていた。作中でセレネと名づけられたその未知の惑星を、幾人もが探しもとめる。ある者は情熱的な恋愛をした女の投影として、ある者は純粋な学問的探求の対象として。
歴史ミステリでは読者にその時代を体感させるような描写力が不可欠だが、この作品でもパブにたむろする人々の喧騒や暗く薄汚れた横丁の路地裏といった背景が十二分に活写されている。そのうえで著者は、風変わりな姉弟と周囲の人々の思惑、英仏2国間の陰謀のなかでジョナサンとアレグザンダーの兄弟が流されていくさまを、過剰な知識を盛り込みすぎず、ストレートに語っていく。数々の事件をたくみに組み合わせる手腕も達者だが、著者の澄んだ視線を感じられるところがいい。無理解や暴力といった苦しみをつかのま忘れ、アレグザンダーは夜の天空へ望遠鏡を向ける。それはこの時代においては、救いを求めるひとつの手段であったのかもしれない。
(影谷 陽)
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■ミステリ雑学 ―― 家事の達人マーサの光と影
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……松の小枝に和紙をあしらった飾り物は、玄関脇の松と竹と梅のみごとな生け花を生けたのと同じ人物の作品らしい。伯母のノリエは、さしずめ横浜のマーサ・スチュアートといったところだ。
(『雪 殺人事件』スジャータ・マッシー/矢沢聖子訳/講談社文庫 p.148)
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マーサ・スチュワートという名前を聞いたことがあるだろうか? 料理、リフォーム、ガーデニング、DIY、おもてなしといった家事全般のエキスパートで、あまり金をかけずに生活を楽しむことを提案する「ライフスタイル」の専門家である。アメリカでは「家事を芸術の域にまで高めた女性」とか「ライフスタイル産業の創始者」などと評価され、経済誌『フォーチュン』の「最もパワフルな女性50人」や、『タイム』誌の「アメリカで最も影響のある25人」にも選ばれた。
マーサ・スチュワートはポーランド移民の子供として1941年に生まれ、モデルで学費を稼ぎながら大学に通い、卒業後数年はニューヨークのウォール街で株式のブローカーとして働いた。1970年代の中頃に始めたケータリング・サービスが人気を呼び、その経験を元にして書いた本 "ENTERTAINING" は1982年のベストセラーになった。何冊か本を書いた後、1991年には季節ごとの飾り付けや、料理のレシピなどを載せた雑誌 "MARTHA STEWART LIVING" を創刊。同誌はアメリカの1990年代を代表する雑誌と言われている。他にも新聞のコラムを執筆し、テレビで『マーサ・スチュワート・リビング』という番組を持ち、「マーサ・スチュワート・エブリデイ」というブランドで日用品をインターネットなどで通信販売を行っている。1999年に株式を上場した彼女の会社《マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア》は年間3億ドル近い収益をあげている。
彼女の存在は日本ではまだあまり知られていないが、20代から40代の主婦層の一部には熱烈な支持者がいる。また「マーサ・スチュワート・エブリデイ」の商品を去年から大手スーパーの西友が販売し、"MARTHA STEWART LIVING" の日本語版である『マーサ・スチュワート・マーサ』も同時期に創刊された。CS放送の《LaLaTV》では『マーサ・スチュワート・リビング』が放映され、日本への進出も始まっている。
だが今年6月、彼女を奈落の底へ突き落としかねないスキャンダルが持ち上がった。製薬会社「イムクローン」は制がん剤の開発を行っていたが、去年の12月末にその薬が認可されないと判明し株が暴落した。だがその前日、マーサは同社の株を売って23万ドルを得ていた。イムクローン社の前最高経営責任者がマーサの友人でもあったことから、事前に情報を知っていたのではないかというインサイダー取引の疑惑が浮上したのだ。今のところ決定的な証拠はなく、マーサ自身も弁護士を雇って疑惑解消に奔走しているため提訴にはいたってないが、彼女に不利な証言をするという人物も現れ、予断を許さない状況となっている。
自分自身のアイデアと笑顔、そしてコットンシャツにジーンズという庶民的なスタイルで億万長者の仲間入りをしたマーサだが、今回のスキャンダルでイメージの低下は避けられそうにもない。実際《オムニメディア》の株は大幅に下がっているし、マーサ自身もテレビなどから姿を消している。
はたして彼女と彼女の帝国はどうなるか、経済ニュースからは当分目が離せない。
(かげやまみほ)
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■スタンダードな1冊 ―― 初めてミステリを読むというお友達への
クリスマスプレゼントに
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ミステリを数多く読んでいる当メルマガ読者なら、ミステリ好きへの道の入り口付近で既にクイーンの作品と出会っていることだろう。ご承知のとおり、クイーンはフレデニック・ダネイとマンフレッド・B・リーのいとこ同士のペンネームで、2人の合作によるその作品は、ドルリイ・レーン4部作やエラリイ・クイーンの国名シリーズがよく知られている。そのなかから今回は、クリスマスに起きたまれにみる残虐な事件を描いた作品『エジプト十字架の秘密』(エラリイ・クイーン/青田勝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を紹介する。
クリスマスの日の早朝、ウェスト・ヴァージニアの片田舎の町で、小学校の校長が首を切り落とされて、T字路の道標にはりつけにされていた。掌は腕木の両端に釘で打ちつけられ、両足はそろえてくるぶしのところを釘で突き刺されていた。T字路のT字型の道標で、首のない死体は大きなTの字になっていた。被害者の家の扉にはTの字が血で描かれ、被害者の召使も行方不明になる。事件に興味をもったエラリイは、Tの字が宗教的意味をもつエジプト十字架であることに気づく。エラリイの指摘により謎はふかまるが捜査は進展せず、新聞から事件についての記事は消え、迷宮入りした。しかし半年後今度はロングアイランドで、大富豪が首を切り落とされ、トーテムポールに両手を広げてはりつけにされるという事件が発生する。クリスマスの日の事件で参考人として呼ばれた新興宗教の教祖がロングアイランドの現場にも出没し、2つの事件の関連が調査される。
ミステリを数多く読んだ今、あらためて再読すると、死体の状況から怪しい人間は推測できるし、エラリイの軽薄さも気になる。しかしこの作品を初めて読んだとき、首のない死体が十字架にはりつけにされるという残虐さに怯え、古代宗教の狂信者やヌーディストの村、また中部ヨーロッパを舞台にした復讐者の登場する謎めいた設定にぞくぞくしたし、ラスト近くでの列車や飛行機を乗り継いでの派手な犯人追跡劇に興奮した。また、エラリイが地道に証拠を集め論理的に事件の真相にせまり、そしてついに「読者への挑戦」という文字がでてきたときは心躍ったものだ。とくに本作の「青いガラス瓶のヨードチンキ」という手がかりは、以後のミステリへも大きな影響を与えている。ミステリを読んだ経験がほとんどないという方なら、意外な真犯人に素直に驚き、エラリイの推理に感動するはず。ミステリ初心者にお薦めしたい1冊だ。
なお、今年3月に『スペイン岬の秘密』(エラリイ・クイーン/大庭忠男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が、8月に『犯罪カレンダー』(1月~6月)(7月~12月)(エラリイ・クイーン/宇野利泰訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されていて、相変わらずの華麗な謎解きが楽しめる。
(清野 泉)
◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
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■編集後記■
今年みなさんがお読みになったベスト・ミステリはどの作品ですか? フーダニット翻訳倶楽部では、毎年恒例のミステリ・ベスト10投票を行いました。1月号ではその投票結果を発表します。当倶楽部サイトのベスト10特設掲示板もご覧ください。
特設掲示板 (http://www.litrans.net/whodunit/wforum/wforum.cgi) (片)
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海外ミステリ通信 第16号 2002年12月号
発 行:フーダニット翻訳倶楽部
発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
編集人:片山奈緒美
企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、
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