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講談社文庫
芸術家の奇館』デイヴィッド・ハンドラー著/北沢あかね訳


早川書房
赤と黒の肖像』ジョナサン・サントロファー著/三浦玲子訳


ハヤカワ・ミステリ文庫
ストリップ』ブライアン・フリーマン著/長野きよみ訳


ソフトバンク文庫
名探偵モンク モンク、消防署に行く』リー・ゴールドバーグ著/高橋知子訳


ヴィレッジブックス
子守歌に背を向けて』アニー・ソロモン著/大倉貴子訳

戦慄(上)』コーディ・マクファディン著/長島水際訳
戦慄(下)』コーディ・マクファディン著/長島水際訳

PR
早川書房
正当なる狂気』ジェイムズ・クラムリー著/小鷹信光訳


創元推理文庫
古時計の秘密』キャロリン・キーン著/渡辺庸子訳


論創海外ミステリ
パーフェクト・アリバイ』A・A・ミルン著/青柳伸子訳


ハヤカワ・ミステリ
北東の大地、逃亡の西』スコット・ウォルヴン著/七搦理美子訳


文春文庫
【文庫化】
石の猿(上)』ジェフリー・ディーヴァー著/池田真紀子訳

石の猿(下)』ジェフリー・ディーヴァー著/池田真紀子訳


ハヤカワ・ミステリ文庫
【文庫化】
真相』ロバート・B・パーカー著/菊池光訳

【新訳】
チャンドラー短編全集3 レイディ・イン・ザ・レイク』レイモンド・チャンドラー著/小林宏明、他訳
小学館文庫
恥辱』カーリン・アルヴテーゲン著/柳沢由実子訳

ランダムハウス講談社文庫
ゴーストダンサー(上)』ジョン・ケース著/佐藤耕士訳
ゴーストダンサー(下)』ジョン・ケース著/佐藤耕士訳

エンジェル・メイカー』ジェシカ・グレグソン著/子安亜弥訳
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             月刊 海外ミステリ通信
          第16号 2002年12月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        好き好き ステファニー・プラム
〈インタビュー〉    細美遙子さん
〈注目の邦訳新刊〉   『夜の音楽』『天球の調べ』
〈ミステリ雑学〉    マーサ・スチュワート
〈スタンダードな1冊〉 『エジプト十字架の秘密』


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 ■特集 ―― 好き好き ステファニー・プラム
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 ステファニー・プラム。30歳、バツイチ。元下着バイヤーで、史上最悪のバウンティ・ハンター。このヒロインが活躍する人気シリーズは、現在長編が本国で8作目、日本では6作目まで発表されていて、その魅力にとりつかれてしまったファンのことをプラム・クレイジーという。彼らがどのくらい熱狂的かというと、まずはこちら(http://www.evanovich.com/)の作者のWebサイトを見て欲しい。映画化時の配役予想コーナーもあれば、タイトル・コンテストもある。(このシリーズのタイトルは、ファンが応募したなかから選ばれることになっている。ちなみに来年6月発表予定の9作目は "TO THE NINES" に決まったそうだ)ついには、年1作ペースの新作が待ちきれないファンのために、今年はクリスマスブックも登場。また、作者ジャネット・イヴァノヴィッチがこのシリーズを書く前に執筆した12作のロマンス小説のなかから"FULL HOUSE" が加筆のうえ今年再発売され、それがまた好評だったために、書き下ろしの続編 "FULL TILT" が来年2月に発表されるらしい――と、その人気は留まることを知らないようだ。(注:この2作はロマンス作家シャーロット・ヒューズとの共作)
 なにがそれほどファンを惹きつけるのか、当フーダニット翻訳倶楽部でも筋金入りのプラム・クレイジーたちから、それぞれ思いの丈を熱く語ってもらうことにした。また、翻訳が待ちきれないかたのために、未訳作品の全レビューもお届けする。ただし、いっそう待ちきれなくなっても編集部では責任をもてませんので、あしからず。


(ステファニー・プラム・シリーズ作品リスト)
【長編】
 『私が愛したリボルバー』("ONE FOR THE MONEY")
 『あたしにしかできない職業』("TWO FOR THE DOUGH")
 『モーおじさんの失踪』("THREE TO GET DEADLY")
 『サリーは謎解き名人』("FOUR TO SCORE")
 『けちんぼフレッドを探せ!』("HIGH FIVE")
 『わしの息子はろくでなし』("HOT SIX")
(すべて細美遙子訳/扶桑社ミステリー)
 "SEVEN UP" St. Martin's Press(未訳)
 "HARD EIGHT" St. Martin's Press(未訳)

【短・中編】
 「消えた死体」(中井京子訳/ジャーロ2001年春号)
 "VISIONS OF SUGAR PLUMS" St. Martin's Press(未訳)
(松本依子)
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●ステファニー・プラム・シリーズに魅せられて

 今から4年ほど前のこと――。洋書店のバーゲン・コーナーで、ふと1冊のペーパーバックを手にとった。タイトルは "THREE TO GET DEADLY"。「あっ、それ、すっごくおもしろいよ!」いっしょにいた友人にも勧められ、わたしはレジに直行した。そして「シリーズものだから、できれば1作目と2作目を先に読んだほうがいい」というアドバイスに従い、まず『私が愛したリボルバー』から読みはじめた。
 運命の出会い……というとおおげさだが、このとき以来、ステファニー・プラム・シリーズにすっかりハマッている。1作目を読んだあと、すぐに2作目の『あたしにしかできない職業』を読んだ。それから3作目のペーパーバックを夢中になって読み、邦訳の『モーおじさんの失踪』まで読んだ。その後は訳書を待ち切れず、4作目は洋書バーゲンに出ていたハードカバーを買い、5作目からはアマゾンに新刊予約を入れるようになった。5作目のラストには「ええっ、なんでそこで終わるんだあぁっ」と絶叫し、1年間悶々としながら6作目の刊行を待ったクチだ。
 どうしてここまでのめりこんでしまうのか。ひとつには、作品のノリが抜群にいいからだろう。下着バイヤーの仕事をクビになり半年前から失業中のステファニーは、生活に困りはて、とうとう「いけ好かない」いとこが経営する保釈保証会社に職を求める。ついた仕事は、保釈中の逃亡者を捕まえるバウンティ・ハンター。雨でずぶ濡れになろうと、生ゴミまみれになろうと、車を爆破されようと、ステファニーは度胸ひとつ、体当たりで犯罪者たちに立ち向かっていく。その奮闘ぶりが明るくコミカルに描かれ、こちらの気分をスカッと爽快にしてくれる。
 ステファニーの、自分に正直なところも好きだ。5作目の『けちんぼフレッドを探せ!』に、深夜、あることでショックを受けて大量のチョコ・バーをやけ食いし、そのあとでわっと泣き出すというエピソードがあるが、そのときの心情がせつないほどよくわかる。ステファニーはかわいい女性なのだ。決してスーパー・ウーマンではない、等身大のヒロイン像に、共感する女性読者も多いと思う。
 また、脇を固める人物の強烈な個性にも触れないわけにはいかない。行動も思考もぶっ飛んでいるメイザおばあちゃんや、元売春婦で現在は保釈保証会社のファイル整理係、ときにはステファニーの助手も務めるルーラのほか、シリーズ途中から登場して準レギュラー化しているユニークな面々も、それぞれいい味を出している。
 そしてもうひとつ。どういうわけか、このシリーズでは、肝心の事件のゆくえよりステファニーの男性関係のほうが気になってしまう。幼いころから因縁があり、高校時代に「処女を奪われた」相手でもあるジョーゼフ・モレリは、現在トレントン市警の警官で、1作目では殺人の罪に問われ、ステファニーの初仕事のターゲットだった。最初は敵対していたふたりだが、途中からその関係が微妙に変化しはじめ、2作目以後、進展したりしなかったりと、いい感じで読者をじらしてくれる。さらに、腕利きバウンティ・ハンターでステファニーの指導役だったレンジャーも、男性として急浮上。ステファニーは、だれと、どうなるのか――今後の展開がますます楽しみだ。
 笑えて、元気が出て、ちょっぴりロマンチックな(エッチな?)気分も味わえる、ステファニー・プラム・シリーズ。どれを読んでも楽しめるが、あえてマイ・ベストを選ぶとすれば、スラップスティック度が絶妙な、3作目の『モーおじさんの失踪』を挙げたい。この作品は1997年のCWA賞シルバーダガー賞を受賞している。
(生方頼子)
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●愛しのカップケーキ、ステファニー・プラム

 ぼくが初めてステファニー・プラムに出会ったのは今から4年前、シリーズ4作目の "FOUR TO SCORE" だった。アメリカにいる友人が一時帰国するというので、何でもいいから新刊ミステリのペーパーバックを買ってきてくれと頼んでおいたところ、「なんかようわからんけど、空港の書店でようけ積んであったやつや。おれはこういうのはぜんぜん知らんから適当やで」といって渡された。
 つまり、おもろいかどうかは知らんで、ということである。初期の探偵小説や冒険小説、軍事スリラーなど“男の子向け”の小説しか読んでいなかったぼくにとって、こんなことでもなければこの手の“女の子向け”ミステリを手に取ることはなかっただろう。
 がしかし、夢中になった。シリーズ1作目から読み直した。同時に女性を中心に多くのファンがいることも知った。主人公のステファニーと脇役のモレリ、レンジャーのちょっとしたセクシーな関係が女性に受けるのはよくわかる。一人称で語られるから、ステファニーに感情移入すればモレリの世界一のお尻や、レンジャーのがっしりした筋肉にゾクゾクって気持ちも疑似体験できるのだろう。だが、男のぼくにはそんなことはどうでもよろしい。
 ステファニー・プラムは、ハンガリー・イタリア系の家庭に予定日より1か月はやく生まれた。少女時代には空飛ぶトナカイになりたかった。その次がピーターパン。つづいてワンダーウーマン。このときは実際に高いところから飛び降りて怪我をしている。かわいいではないか。しだいに現実に目を向け始め、ロックスターを目指すが歌が下手ときた。大学を卒業して安売り下着のバイヤーをしていたところ、リストラにあいバウンティ・ハンターとなる。彼女の外見はといえば、茶色の髪に目はブルー。身長170センチ、体重だいたい56~59キロ、バストは90のBサイズ。一度結婚に失敗しており、現在30歳。
 モレリは、バウンティ・ハンターが免許制になればステファニーは試験に通らないというが、ぼくはそうは思わない。モレリは独占欲が強いので、ステファニーにこの道から足を洗わせて自分の嫁さんにしたくてそういうことをいう。そうはいくかい。その点、レンジャーは少し違う。きちんとバウンティ・ハンターとして教育し、成長を見守っている。この点でぼくはレンジャーを買っている。たしかに彼女はおっちょこちょいではあるが根性はあるし、トラブルに巻き込まれはしても、致命的な危機は免れる運の良さも持ち合わせている。そしてなによりも作品ごとに経験を積み、成長を遂げているではないか。
 ぼくは一緒に暮らしているハムスターのレックス(2歳)を可愛がっているステファニーが好きだ。1作目で彼女が生命の危機にさらされたときのこと――。
『すぐ横で、レックスがケージの中を走っていた。“彼”を見るのはこれが最後だと思うと、目を向けることができなかった。こんなちっぽけな生き物にこれほどの愛着をもつことができるなんて、おかしいくらいだった。レックスがみなし児になると思うと、喉にかたまりがつかえ、さっきのメッセージがふたたびよみがえってきた。何かしなきゃ! 何かしなきゃ!』(『私が愛したリボルバー』p.349)
 この手のシーンにはぐっとくる。かっこいい女だけがイイ女ではないのだ。女だって優しくなければ生きていく資格はないのである。
(板村英樹)
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"SEVEN UP" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2001.06/ISBN:0312265840

《逃亡人は白いキャデラックに乗って》

「あー、おもしろかった!」と本を閉じてハタと気づく。そういや今回の事件はなんだったっけ? ステファニー・プラム・シリーズを読むといつもこうだ。本筋の事件がどうでもいいというのではない。それ以上に、脇のエピソードや各キャラクターの行動がおかしくて、ついついそっちばかりが印象に残ってしまうのだ。しかし、そんなことではレビューにならないので、今度は気合いを入れて読んだ。じっくり読んだ。それでも何度、本筋の事件を忘れそうになったことか。
 ステファニーの今回の仕事は、煙草密輸業者のエディ・デクーチを裁判所に出頭させること。すっかり年老いて白内障を患っているとはいえ、デクーチはマフィアだ。本来なら有能なバウンティ・ハンターであるレンジャーの仕事だが、あいにく彼は海外出張中。ステファニーはしぶしぶデクーチ宅におもむくが、白内障の老人をあっさり取り逃がしてしまう。そのうえ、胸に5発の銃弾を受けた老婦人の死体を発見するというおまけまでつく始末。警察もステファニーも必死に追うが、白いキャデラックで逃走するデクーチはいっこうに捕まる気配がない。さらにはステファニーの元同級生、ダギーとムーン(前作『わしの息子はろくでなし』で登場した憎めない不良コンビ)が失踪し、謎の悪党がデクーチの居所を探ろうとステファニーの部屋に出入りし……と、たったひとりの保釈中逃亡人のために、ステファニーの周囲は大騒ぎ。
 とまあ、本筋だけでもじゅうぶん複雑なのに、ここにステファニーの結婚問題(相手が誰かはナイショ)やら、ステファニーの姉でプラム家自慢の娘ヴァレリーの里帰り(里帰りの理由はナイショ)やらで、事態はさらにぐちゃぐちゃに。これだけの話をハードカバー300ページちょっとでまとめてしまうのがイヴァノヴィッチのすごいところ。いや、まとまっていると思わされているだけなのだろうが、ダギー宅のポットローストが盗まれた事件まできっちりオチをつけているのだから、お見事というしかない。
 本作最高のもうけ役は、とぼけた味が魅力のムーンだ。正義の味方よろしく、スパンデックスの衣装に身をつつみ、マント代わりにバスタオルをはためかせる場面には思いっきり笑わせてもらった。今後の活躍がもっとも期待されるキャラクターといえよう。今後といえば、あいかわらずの思わせぶりなラストに思わず一言。お願い、そこでやめないで!
(山本さやか)
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"HARD EIGHT" by Janet Evanovich
St.Martin's Press/2002.06/ISBN:0312265859

《隣人を助けようとしただけなのに、なんでそうなっちゃうの、ステファニー?》

 アメリカでは、年間80万人以上の子供が行方不明になっている。そしてその多くは、離婚調停で定められた監護権の条件に不満を抱いたどちらかの親によって連れ去られた子供だという。そんな危険から子供を守るために生まれたのが、監護保証金制度だ。判事は子供を連れ去る可能性がある夫や妻に監護保証金を課し、万が一子供が行方不明になった場合、保証金は子供を探すために使われる。
 ステファニーの実家の隣りに住むメイベルは、孫娘のイブリンが離婚するとき自宅を担保にしてイブリンの娘アニーの監護保証金を用立てた。イブリンが離婚の条件を守って定期的に元夫にアニーを会わせているかぎり、問題はないはずだった。ところが、突然イブリンがアニーを連れて行方不明になってしまったのだ。3週間以内にふたりを見つけなければメイベルは家を没収されてしまう。住民の結束がかたいバーグでは、困っている隣人を放っておくことなど許されない。ステファニーはバウンティ・ハンターの仕事をするかたわら、イブリンとアニーの行方を探すことにした。
 しかし、毎回必要ない所に鼻を突っ込み、踏む必要のないヤブヘビを踏みまくるステファニーのこと。今回も軽い気持ちで引き受けた人探しが思いもよらない展開を見せ、気がついたときにはとんでもないことに巻き込まれている。両親の家には依然として姉ヴァレリーが娘をふたり連れて泊まりこんでいるし、メイザおばあちゃんはあいかわらずタガがはずれているしで、家族のことだけでもトラブル続出なのに、モレリやレンジャーとの関係は、あっと驚く新たな進展(!)を見せてプライベートも大忙しのステファニー。ついには母さんやヴァレリーまでが大活躍するはめに……!
 いや、まったくこのシリーズは期待を裏切らない。そのうえ、いとこのヴィニーが経営する保釈保証会社の隣りには、意外な人物が店を出すことになった。次作以降、この伏線はぜったい新たなドタバタを巻き起こすにちがいない。ああ、待ちきれないぞ!
(中西和美)
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"VISIONS OF SUGAR PLUMS" by Janet Evanovich
St. Martin's Press/2002.11/0312306326

《クリスマスにはイヴァノヴィッチを》

 あたしの台所に見知らぬ男がいる。これまでにもあたしの部屋には何人もの男が勝手に入り込んできたけど、今回ばかりはいつもと違う。何が違うって、男はどこからともなく、突然あたしの目の前に現れたのだ! 茫然自失状態から立ち直り、男を部屋から追い出してみても、どうやってか易々と玄関の鍵を開け、ふたたび部屋に戻ってくる。あんた、いったい何者? もしかして宇宙人? なんであたしの部屋に? ディーゼルと名のる男は、矢継ぎ早のステファニーの質問をのらりくらりとかわし、なぜかステファニーの部屋に居座ってしまう。どうやらなんらかの使命を帯びているらしいのだが……。
 と、いきなりステファニーがパニックに襲われてはじまるこの作品は、作者からファンへのクリスマスプレゼントだ。表紙は真っ赤な地色に金色の文字、そしてバイクに跨るサンタのイラストが描かれている。もちろん中身もクリスマス・テイスト満載で、今回ステファニーが追う逃亡者は、その名もサンディ・クロース! クリスマスまであと4日だというのに、部屋にツリーがないことをディーゼルに責められるステファニーは、ツリーどころかプレゼントさえまともに用意できていない。一刻も早くサンディを捕らえ、プレゼントを買いに走らなくては!
 セクシーな謎の男ディーゼルに加えて、新しい「彼」をクリスマスディナーに連れてくると爆弾発言をするメイザおばあちゃんや、突然トイレに籠城する姉のヴァレリー、サンタなんて信じないという自称「馬」の姪っ子メアリー・アリスなど、いつものメンバーももちろん登場。ステファニーのぶっ飛んだ家族が織りなすリアルな(?)アメリカのクリスマス風景も併せてお楽しみあれ。
(松本依子)

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/feature.html


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 ■インタビュー ―― 細美遙子さん
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 ステファニー・プラムのシリーズを訳されている細美遙子さん。『私が愛したリボルバー』(1996)以来、『わしの息子はろくでなし』(2002)まで6冊のシリーズ本が扶桑社から出ている。気になるシリーズ次作の予定もうかがった。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《細美遙子さん》高知県出身。高知大学人文学部卒業。訳書に『真夜中へ
|の鍵』(ディーン・クーンツ著/創元推理文庫)、『氷の収穫』(スコッ
|ト・フィリップス著/ハヤカワ文庫)、『人生におけるいくつかの過ちと
|・選択』(ウォーリーラム著/講談社文庫)、『12月の扉』(ディーン・
|R・クーンツ著/創元ノヴェルズ)他多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――ステファニー・プラムのシリーズとの出会いと感想を教えてください。
「実は最初からこの本をと頼まれたわけではないのです。別に扶桑社から頼まれた本があったのですが、版権取得に時間がかかりそうだということで、その間に『私が愛したリボルバー』をやってみてほしいという話がきました。その時はシリーズ化するとは思っていませんでした。ちょうど阪神大震災のあとで、暗い仮設住宅暮らし(注・お住まいは神戸)、しかも難解なアン・マキャフリイの本を訳したあととあって、この仕事をするのは楽しかったですね」

――シリーズの中で一番好きな作品はどれですか?
「メイザおばあちゃんが大活躍した2作目の『あたしにしかできない職業』ですね。葬儀社を焼失させてしまったり、とことん派手なところが気にいってます。『モーおじさんの失踪』でロケットランチャーがでてきたときも、おおっと思いましたね」

――ステファニー・プラムの魅力はどんなところだと思われますか。
「ステファニーは能天気すぎてね。(「ファンの人に恨まれますよ」の声)いやいや、脳みそがからっぽでも体力があっていいですよね。風邪でもなんでもぶっとばしそうだし。でも、正直なところ、訳者には2タイプあって、登場人物に感情移入する人と、あくまで客観的に見る人がいます。わたしは後者のほうで、登場人物は突き放して見てます」

――ステファニーのシリーズでお気に入りのキャラクターはありますか。
「メイザおばあちゃんです。好奇心旺盛で、行動力があって、なかなかあれだけの高齢者キャラクターはないです」

――ではモレリとレンジャー、女性としてどちらに惹かれますか。
「おもしろそうなのはレンジャーですかね。どちらも有能なのでしょうね。モレリに関しては、不良少年が更生して警官になるところが読んだときに印象深かったです」

――映画化されるという話もありますが、演じてほしい役者さんはいますか?
「あまり役者の名前は知らないので。とにかく売れる映画を作ってもらって、ヒットしてくれるとありがたいです(笑)。映画化権が売れてからずいぶんになりますね」

――長くシリーズを訳されていて、なにか困ったこととかありますか? いつまでた
ってもステファニーは歳をとらないようですが。
「ステファニーのシリーズはアメリカで年に1冊のペースで出ていますが、実はよく注意して読むと、作品と作品のあいだの時間はせいぜい2、3か月しかあいていないのです。でも初めに出てきたときになにげなく訳してしまって、あとでしまったと思うことはあります。たとえば、coffee cake をコーヒーケーキと訳してしまって、あとで調べてみるとコーヒーと一緒に食べるシナモンロールのようなものだとわかり、これからはちょっと変えてみようと思っています。それから meat market を肉市場にしたら、あとで普通の精肉店だと判明し、困りましたね」

――今後の予定をお聞かせください。
「イヴァノヴィッチ関係では、来年2月に "SEVEN UP" の邦訳がでます。遅くなってごめんなさい。予定じゃなくて予言になりますが、"HARD EIGHT" も来年中には出ると思います。アメリカでは今年から3年連続で、10月末に“ホリデイブック”と名づけられたステファニー・シリーズのクリスマスブックが刊行される予定です。日本でも1年遅れで、まず来年のクリスマスに "VISIONS OF SUGAR PLUMS" を出す予定です。イヴァノヴィッチが昔書いたロマンス小説に加筆した "FULL HOUSE" も出るかもしれません。来年はイヴァノヴィッチ年になりそうです」
(取材・文/小佐田愛子、かげやまみほ)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『夜の音楽』『天球の調べ』
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『夜の音楽』 "MUSIQUE DE NUIT"
 ベルトラン・ピュアール/東野純子訳
 集英社/2002.10.25発行 571円(税別)
 ISBN: 4087604284

《音楽ファン期待のミステリ 2001年コニャック推理小説大賞受賞》

 洋楽が好きだ。だから、音楽がらみのミステリ、それも青春の思い出がいっぱいの60~80年代のロック、ポップスが登場する作品に出逢うと、嬉しくなる。思わず手にとって読みたくなる。本書はそんな音楽ファンにはこたえられないミステリだ。
 クリスマスイブの夜、ロンドン市内の小さな宝石店の女店主が殺された。まばゆいダイアモンドで飾られた死体には奇妙な「演出」がされていた。眼球がくりぬかれ、豆電球がはめこまれた両眼。傍らに置かれた楽器のトライアングル。
 折しも2日前、教会で、額に名前を刻まれ、ギターの弦が指に巻かれた老女の死体が発見されたばかりだった。2人の死体に共通する異常な演出、そして残された楽器は、いったい何を意味するのか? 捜査を始めたニュー・ヤードのポール・カイト警部と研修生クレマンは、音楽にまつわる驚くべき真相を発見する……。

 勘のいい読者ならわりと早く気づくだろうか。そう、殺しにあの有名なポップグループの歌詞が関係していることに。気づいた後、その後の謎解きは俄然、愉しくなるだろう。ページを繰るのももどかしく、読み耽ってしまうにちがいない。
 もちろん、ミステリとしての面白さはそれだけではない。たとえば、冒頭から読者を犯行につきあわせておきながら、「男」としてだけ語られる犯人は一体誰なのか?たとえば、犯人の家の地下室でうごめく不気味な物体の正体は? そしてじつにさりげなく、ある時点で不意に明かされる犯人の名前。その意外性にあっと驚き、それまでの巧妙な伏線に思い至って感嘆するという仕掛け。
 この作品は、ぜひ一篇の映画を観るように愉しんでもらいたい、と思う。オープニングからクライマックスまでの計算されつくした構成、映画を思わせる描写、印象的なラストの余韻を愉しみ、ピュアールの甘美な謎解きの世界を堪能してほしい。全編にたっぷりと登場するロックやポップス、シャンソンのメロディーに贅沢に身を浸しながら。
(山田亜樹子)
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『天球の調べ』 "THE MUSIC OF THE SPHERES"
 エリザベス・レッドファーン/山本やよい訳
 新潮社/2002.10.30発行 2500円(税別)
 ISBN: 4105424017

《殺人、陰謀、戦争……いくつもの謎のあいだを惑星はめぐる》

 フランス革命勃発の直後、イギリスとフランスが不穏な関係にあった18世紀末のロンドンを舞台に、政治、文化、社会の状況を織り込んだ作品だ。
 物語はふたりの人物を中心に展開する。内務省官吏でフランス側のスパイ摘発を職務とするジョナサン・アブシーは、かつて娘が惨殺されたさい、犯人を捕まえられなかったことに苦渋の思いを抱いている。その異父兄で天文学に通じるアレグザンダー・ウィルモットは、不自由な身体と臆病な性格ゆえに人と交われずにいる。
 ロンドン市中で赤毛の娼婦が絞殺される事件があいついだ。ジョナサンはそれらの手口が娘の殺害時のものと似ていることに気づくと、異様な情熱を燃やして捜査にのめりこむ。一方、フランス亡命貴族の姉弟が中心となっている天体観測サークルにスパイが出入りしているとの情報をつかんだジョナサンは、探りを入れるためにアレグザンダーをむりやりサークルに送り込む。当初気がすすまなかったアレグザンダーだが、姉弟にすぐれた才能を認められたことから、ふたりに魅了されていく。
 本作でひとつの大きな鍵となっているのが天文学だ。連続殺人、スパイ活動、暗号文などといった作品の要所で、ある天体がかかわってくる。当時は火星と木星の軌道のあいだに広がる空間に、まだだれも見つけていない惑星があるはずだと信じられていた。作中でセレネと名づけられたその未知の惑星を、幾人もが探しもとめる。ある者は情熱的な恋愛をした女の投影として、ある者は純粋な学問的探求の対象として。
 歴史ミステリでは読者にその時代を体感させるような描写力が不可欠だが、この作品でもパブにたむろする人々の喧騒や暗く薄汚れた横丁の路地裏といった背景が十二分に活写されている。そのうえで著者は、風変わりな姉弟と周囲の人々の思惑、英仏2国間の陰謀のなかでジョナサンとアレグザンダーの兄弟が流されていくさまを、過剰な知識を盛り込みすぎず、ストレートに語っていく。数々の事件をたくみに組み合わせる手腕も達者だが、著者の澄んだ視線を感じられるところがいい。無理解や暴力といった苦しみをつかのま忘れ、アレグザンダーは夜の天空へ望遠鏡を向ける。それはこの時代においては、救いを求めるひとつの手段であったのかもしれない。
(影谷 陽)

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 ■ミステリ雑学 ―― 家事の達人マーサの光と影
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……松の小枝に和紙をあしらった飾り物は、玄関脇の松と竹と梅のみごとな生け花を生けたのと同じ人物の作品らしい。伯母のノリエは、さしずめ横浜のマーサ・スチュアートといったところだ。
   (『雪 殺人事件』スジャータ・マッシー/矢沢聖子訳/講談社文庫 p.148)
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 マーサ・スチュワートという名前を聞いたことがあるだろうか? 料理、リフォーム、ガーデニング、DIY、おもてなしといった家事全般のエキスパートで、あまり金をかけずに生活を楽しむことを提案する「ライフスタイル」の専門家である。アメリカでは「家事を芸術の域にまで高めた女性」とか「ライフスタイル産業の創始者」などと評価され、経済誌『フォーチュン』の「最もパワフルな女性50人」や、『タイム』誌の「アメリカで最も影響のある25人」にも選ばれた。
 マーサ・スチュワートはポーランド移民の子供として1941年に生まれ、モデルで学費を稼ぎながら大学に通い、卒業後数年はニューヨークのウォール街で株式のブローカーとして働いた。1970年代の中頃に始めたケータリング・サービスが人気を呼び、その経験を元にして書いた本 "ENTERTAINING" は1982年のベストセラーになった。何冊か本を書いた後、1991年には季節ごとの飾り付けや、料理のレシピなどを載せた雑誌 "MARTHA STEWART LIVING" を創刊。同誌はアメリカの1990年代を代表する雑誌と言われている。他にも新聞のコラムを執筆し、テレビで『マーサ・スチュワート・リビング』という番組を持ち、「マーサ・スチュワート・エブリデイ」というブランドで日用品をインターネットなどで通信販売を行っている。1999年に株式を上場した彼女の会社《マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア》は年間3億ドル近い収益をあげている。
 彼女の存在は日本ではまだあまり知られていないが、20代から40代の主婦層の一部には熱烈な支持者がいる。また「マーサ・スチュワート・エブリデイ」の商品を去年から大手スーパーの西友が販売し、"MARTHA STEWART LIVING" の日本語版である『マーサ・スチュワート・マーサ』も同時期に創刊された。CS放送の《LaLaTV》では『マーサ・スチュワート・リビング』が放映され、日本への進出も始まっている。
 だが今年6月、彼女を奈落の底へ突き落としかねないスキャンダルが持ち上がった。製薬会社「イムクローン」は制がん剤の開発を行っていたが、去年の12月末にその薬が認可されないと判明し株が暴落した。だがその前日、マーサは同社の株を売って23万ドルを得ていた。イムクローン社の前最高経営責任者がマーサの友人でもあったことから、事前に情報を知っていたのではないかというインサイダー取引の疑惑が浮上したのだ。今のところ決定的な証拠はなく、マーサ自身も弁護士を雇って疑惑解消に奔走しているため提訴にはいたってないが、彼女に不利な証言をするという人物も現れ、予断を許さない状況となっている。
 自分自身のアイデアと笑顔、そしてコットンシャツにジーンズという庶民的なスタイルで億万長者の仲間入りをしたマーサだが、今回のスキャンダルでイメージの低下は避けられそうにもない。実際《オムニメディア》の株は大幅に下がっているし、マーサ自身もテレビなどから姿を消している。
 はたして彼女と彼女の帝国はどうなるか、経済ニュースからは当分目が離せない。
(かげやまみほ)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 初めてミステリを読むというお友達への
                          クリスマスプレゼントに
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 ミステリを数多く読んでいる当メルマガ読者なら、ミステリ好きへの道の入り口付近で既にクイーンの作品と出会っていることだろう。ご承知のとおり、クイーンはフレデニック・ダネイとマンフレッド・B・リーのいとこ同士のペンネームで、2人の合作によるその作品は、ドルリイ・レーン4部作やエラリイ・クイーンの国名シリーズがよく知られている。そのなかから今回は、クリスマスに起きたまれにみる残虐な事件を描いた作品『エジプト十字架の秘密』(エラリイ・クイーン/青田勝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を紹介する。
 クリスマスの日の早朝、ウェスト・ヴァージニアの片田舎の町で、小学校の校長が首を切り落とされて、T字路の道標にはりつけにされていた。掌は腕木の両端に釘で打ちつけられ、両足はそろえてくるぶしのところを釘で突き刺されていた。T字路のT字型の道標で、首のない死体は大きなTの字になっていた。被害者の家の扉にはTの字が血で描かれ、被害者の召使も行方不明になる。事件に興味をもったエラリイは、Tの字が宗教的意味をもつエジプト十字架であることに気づく。エラリイの指摘により謎はふかまるが捜査は進展せず、新聞から事件についての記事は消え、迷宮入りした。しかし半年後今度はロングアイランドで、大富豪が首を切り落とされ、トーテムポールに両手を広げてはりつけにされるという事件が発生する。クリスマスの日の事件で参考人として呼ばれた新興宗教の教祖がロングアイランドの現場にも出没し、2つの事件の関連が調査される。
 ミステリを数多く読んだ今、あらためて再読すると、死体の状況から怪しい人間は推測できるし、エラリイの軽薄さも気になる。しかしこの作品を初めて読んだとき、首のない死体が十字架にはりつけにされるという残虐さに怯え、古代宗教の狂信者やヌーディストの村、また中部ヨーロッパを舞台にした復讐者の登場する謎めいた設定にぞくぞくしたし、ラスト近くでの列車や飛行機を乗り継いでの派手な犯人追跡劇に興奮した。また、エラリイが地道に証拠を集め論理的に事件の真相にせまり、そしてついに「読者への挑戦」という文字がでてきたときは心躍ったものだ。とくに本作の「青いガラス瓶のヨードチンキ」という手がかりは、以後のミステリへも大きな影響を与えている。ミステリを読んだ経験がほとんどないという方なら、意外な真犯人に素直に驚き、エラリイの推理に感動するはず。ミステリ初心者にお薦めしたい1冊だ。
 なお、今年3月に『スペイン岬の秘密』(エラリイ・クイーン/大庭忠男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が、8月に『犯罪カレンダー』(1月~6月)(7月~12月)(エラリイ・クイーン/宇野利泰訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されていて、相変わらずの華麗な謎解きが楽しめる。
(清野 泉)

◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html

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■編集後記■
 今年みなさんがお読みになったベスト・ミステリはどの作品ですか? フーダニット翻訳倶楽部では、毎年恒例のミステリ・ベスト10投票を行いました。1月号ではその投票結果を発表します。当倶楽部サイトのベスト10特設掲示板もご覧ください。
 特設掲示板 (http://www.litrans.net/whodunit/wforum/wforum.cgi)  (片)


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 海外ミステリ通信 第16号 2002年12月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、
     清野 泉、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか
 協 力:出版翻訳ネットワーク
     小野仙内
     生方頼子
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 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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             月刊 海外ミステリ通信
          第15号 2002年11月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第2弾
〈インタビュー〉    鎌田三平さん
〈注目の邦訳新刊〉   『家蠅とカナリア』『サイレント・ジョー』
〈ミステリ雑学〉    ハードボイルドを生んだパルプ・マガジン
〈スタンダードな1冊〉 『薔薇の名前』


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 ■特集 ――「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第2弾

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 何か面白い本はないかと探すときに、新刊書の中から見つけだすよりも既刊書の中
から探すほうががはるかに簡単だ。時代を超えて読み継がれるにふさわしい作品の評
価は、時間とともに確立していくもの。だが、そんな作品のなかにも品切れなどで入
手困難なものが多くある。今月の特集は当編集部が復刊を望む3作品をご紹介する。

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●『ごみ溜めの犬』~古きよき時代を彷彿とさせるハードボイルド

 ロバート・キャンベルの小説のほとんどは新刊書店で買えない。ためしに、アマゾ
ンなどのオンライン書店で検索してみてほしい。1998年に出版された『贖い』(東江
一紀訳/原書房)しかヒットしないはずだ。大傑作の『鮫とジュース』(東江一紀訳
/文春文庫)にしても絶版扱いとはなっていないが、見つけるのがかなり困難という
状況だ。そんなわけだから、全部まとめて復刊してほしいというのが本音だが、まず
は『ごみ溜めの犬』からお願いしたい。本国アメリカで1986年に発表され、1987年の
MWA賞とアンソニー賞で最優秀ペーパーバック賞を受賞したハードボイルドの佳作
である。

『ごみ溜めの犬』 "THE JUNKYARD DOG"
 ロバート・キャンベル/東江一紀訳
 二見文庫/1988.04.25発行
 ISBN: 4576880373

 主人公のジミー・フラナリーはシカゴの下水道部で検針係として働くかたわら、民
主党シカゴ27区の地区班長をつとめている。公職の選挙で民主党候補に投票してもら
えるよう、日頃から担当区域の住民にいろいろ便宜をはかってやるのが仕事だ。たと
えば、本来ならもらえる資格のない金を、うまく根回しして受け取れるようにしてや
ったりするわけだ。だから、地区の住民が勤める堕胎診療所が中絶反対運動家にいや
がらせをされていると聞けば、当然ひと肌脱ぐことになる。ましてや、診療所が爆破
され、その住民が死んだとなればなおさらだ。というわけで、思いがけず探偵業に足
を突っ込んでしまうフラナリーだが、真相に近づくにつれ、手を引くようにと圧力を
かけられる。さらに恋人の命がねらわれ、フラナリー自身も廃品置き場でドーベルマ
ンの夕食にされかかる。
 とまあ、あらすじだけでも、ハードボイルドの王道を行く作品であることがおわか
りいただけると思う。じっさい読んでみると、これがまた涙が出るほどかっこいい。
全編を1人称の現在形でとおした文体はクールだけれど乾いてはおらず、会話はテン
ポよく進んで小気味良い。主人公はいまどきの探偵のように、過去にとらわれて悩ん
だりしない。あくまで前向きなのがすがすがしい。結末もきっちりしていて後味さわ
やか。ちょっぴりテイストが古くさいかもしれないが、かっこよさのエッセンスがぎ
ゅっと詰まった良質のエンタテインメント小説であることは保証する。
 ジミー・フラナリーのシリーズはこの後も『六百ポンドのゴリラ』、『鰐のひと噛
み』(いずれも東江一紀訳/二見文庫)と続き、また、日本未紹介ではあるが、
"THINNING THE TURKEY HERD" (1988)、"THE CAT'S MEOW" (1988) と順調に続編が書
かれ、もっとも新しいものでは "PIGEON PIE" (1998) がある。お気づきだろうが、
タイトルに必ず動物の名が使われている。もちろん、どの動物も作品に登場する。ゴ
リラや鰐がいったいどうかかわってくるのか? それは読んでのお楽しみなのだが、
こちらも残念ながら絶版状態。こまめに古本屋をのぞいて捜していただくしかない。

 さて、最後にロバート・キャンベルについて簡単にご紹介しておこう。キャンベル
は1927年にニュージャージー州で生まれた。1950年代から映画やテレビドラマの脚本
を書き、アカデミー賞脚本賞にノミネートされたこともある。会話のうまさや人物造
型のたくみさはこのあたりに起因するのかもしれない。その後、脚本業界から足を洗
い、R・ライト・キャンベル名義で小説を書きはじめた。ブレイクするのはロバート
・キャンベル名義で書くようになってから。『ごみ溜めの犬』を皮切りに書いて書い
て書きまくるようになる。1988年には5作も発表している。なにしろこの時期、ジミ
ー・フラナリーのシリーズの他、ロスの探偵ホイスラーのシリーズとオマハを舞台に
した鉄道探偵ハッチのシリーズまで書いていたのだから恐れ入る。しかもそれぞれが
まったくべつの味わいを持った高水準の作品で、キャンベルという作家の多才さをつ
くづく思い知らされる。
 そして『贖い』で新境地を切り開き、今後の活躍を楽しみにしていたのだが、2000
年9月、キャンベルは他界した。もう新しい作品が発表されることはない。ならばせ
めて、これからミステリファンになる人たちにも、キャンベルの作品に触れるチャン
スを与えてほしいと切に思う。
                               (山本さやか)
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●『反逆者に死を』~現代史に翻弄された警察小説の佳品

 スチュアート・カミンスキーといえば、ハリウッドを舞台に実在の俳優や女優が登
場する探偵もののトビー・ピータース・シリーズや、シカゴの老刑事エイブ・リーバ
ーマンを主人公としたシリーズを思い出す読者が多いことだろう。それでは、カミン
スキーによる旧ソ連時代の警察小説、ロストニコフ・シリーズを覚えている人はどれ
くらいいるのだろうか。10年ほど前に3冊が刊行されたきりで店頭から姿を消したも
のだから、知られていないかもしれない。なんとももったいない話だ。

『反逆者に死を』 "DEATH OF A DISSIDENT"
 スチュアート・M・カミンスキー/田村義進訳
 新潮文庫/1990.07.25発行
 ISBN: 4102310029

 1981年、アメリカでシリーズ第1作『反逆者に死を』が発表された。このなかでお
目見えした主人公は、ポルフィーリ・ペトロヴィッチ・ロストニコフ、モスクワ検事
局に勤めるベテラン捜査官である。10代で第二次大戦に従軍したさいの負傷がもとで、
歩くときには片脚をひきずらなければならないが、それを補うために重量挙げで日々
体を鍛えているので体格はがっしりとしており、腕力も人並み以上。ユダヤ人の妻と
のあいだに成人した息子がひとりいる。このロストニコフが、信頼を置く部下のカル
ポやトカッチらとともに事件にのぞむというのが、シリーズに共通した設定だ。
『反逆者に死を』は、冬のモスクワの一室で、反体制派の元教授が謎の訪問者に鎌で
殺される場面からはじまる。捜査を命じられたロストニコフたちは被害者の知人から
証言を得ようとするが、いずれも口は堅い。そのあいまにタクシー運転手殺し、ウォ
ッカの窃盗団の出没、サーカス団員あがりの詐欺犯の逃亡などがつぎつぎに起きる。
どの局面でもロストニコフたちは法に定められた手順にのっとって捜査をすすめる。
短い台詞のやりとりを通して上司や部下との人間模様も描かれる。警察小説の定石を
踏まえた構成は、このジャンルの定番であるエド・マクベインの〈87分署シリーズ〉
を思わせる。実はロストニコフには闇で買い求めた〈87分署〉のペーパーバックをひ
そかに読むのが趣味という変わった一面もあるのだが、これは著者の遊び心であると
同時に、先輩シリーズへの敬意も込められているのだろう。
 といってもロストニコフ・シリーズは、たんに舞台をアイソラからモスクワへ移し
ただけの〈87分署〉のコピーというわけではない。シリーズに大きな影を落としてい
るのが、KGBの存在だ。「国家の要請は殺人事件に優先する」というロストニコフ
の上司の言葉がすべてを象徴するように、KGBの圧力をうけると検事局の捜査方針
はしばしばあっけなくひっくりかえる。まして軍隊に勤務している息子が危険な戦地
アフガニスタンへ送られ、その生殺与奪の権が握られていることを暗に告げられては、
一介の捜査官であるロストニコフに抗弁の余地はない。職務遂行への忠実さと正義感
を持ち合わせたひとりの警官が国家の意志の前に妥協をせまられたとき、組織のなか
に身を置く者としてなにを思うのか――社会主義体制が絶大な権力を振るっていた80
年代当時のソビエト連邦を舞台にしたことで、このシリーズは警察小説として他に類
をみない葛藤を描くことになった。ここからKGBとの確執がはじまったようで、後
年MWA賞を受賞した第5作『ツンドラの殺意』では、ロストニコフに対するKGB
の目がそうとうに冷たくなっているらしいことがうかがえる。
 だが、第1作から10年後、ソビエト連邦が崩壊し、共産党による一党支配体制も崩
れたことで、現実のモスクワの社会情勢は一変した。時々刻々と移りかわる現実を目
の当たりにしている読者にしてみれば、10年も前の社会主義体制時代を描いた小説は
いかにも古くさく、遅れてみえるものだ。おそらくそのせいもあったのだろう、92年
に『血塗られた映画祭』が刊行されたのを最後に、ロストニコフ・シリーズの日本で
の紹介は途絶えてしまった。
 ではいま読み返してみるとどうか。これが古いなりにも発見がある。モスクワの街
に生きる老若男女の庶民の描き方はとても生き生きとしていて味わいがあるし、なに
よりも反骨の魂と鋭い人間観察眼をもち、部下にも犯罪者にも温かみを失わずに接す
るロストニコフの魅力は大きい。こういう渋さのあるシリーズが読めないのは、くり
かえすが、実にもったいないと思うのだ。なんとか読めるようにならないものか。
 ちなみにカミンスキーはこのシリーズを現在でも書きつづけていて、2001年には14
作目となる "MURDER ON THE TRANS-SIBERIAN EXPRESS" が出版されている。
                                (影谷 陽)
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●『顔を返せ』~この作品を読まずして、ハイアセンは語れない

『顔を返せ』上・下 "SKIN TIGHT"
 カール・ハイアセン/汀一弘訳
 角川文庫/1992.11.25発行
 ISBN: 4042655017,4042655025
・………………………………………………………………………………………・
: フロリダには驚くべきことがいくつもあるが、そのなかのひとつは――ルディ
:・グレイヴラインはジャンボ・シュリンプをしゃぶりつつ、考えた――買収行為
:が恥ずべきものではないという風土だ。金さえあれば、逃れられないトラブルな
:どただのひとつもない。(上巻 p.171)
・………………………………………………………………………………………・
 フロリダを舞台につぎつぎと奇想天外な物語を紡ぎ出すカール・ハイアセン。本メ
ルマガ読者なら、よもや名前を聞いたことがない人はいないだろう。だが、いざ読ん
でみようと思っても旧作に品切れが多くて図書館や古書店のお世話になるほかないと
いう状況は、ハイアセンマニアとしてはいささか無念ではある。
 初めてハイアセンを読んだときの印象は“ハイアセンはフロリダの筒井康隆だ”で
あった。ハイアセンは読者の頭の中に「よくもまあこんなことを考えつくな」という、
超現実的な映像を浮かび上がらせる。これはもうブラックユーモアなどというレベル
を遙かに超えている。そしてこれがある種の人間を中毒症状に陥れる。
 たとえばこの作品の冒頭、主人公の自室に飾ってあったアオマカジキの剥製のとん
がった上顎で、差し向けられた殺し屋を刺し殺すシーン。続けて送り込まれた別の殺
し屋の手首から先を、今度は全長5フィートの猛魚グレート・バラクーダに食いちぎ
らせたりするあたり。さらに手首を食いちぎられたこのケモという殺し屋は、なんと
義手代わりにバッテリー駆動の雑草刈り取り機を取りつけてしつこく主人公を追いか
け回す――とシュールなネタを駆使して笑わせてくれる。
 こんな調子なので、ものごとを真面目に考える傾向のある人や、結果に対してきち
んとした理由を求めるタイプの人々にハイアセンはあまりおすすめできない。ハイア
センの面白さは理屈では説明できないのだ。じゃあ、おまえはハイアセンの作品でど
れが一番面白いんだと訊かれると、それはそれで困ってしまう。掛け値なくどれも面
白いから。ただ、一番好きなものはと言われればこの作品が一番である。では、どこ
がそんなにいいのか。ひとことでいえば、この作品の主人公がタフで非常に頭が切れ
る魅力的な男だということにつきる。少々いかれた主人公の多いハイアセンのほかの
作品とは若干、毛色が違うといえるかもしれない。
 ハイアセンの作品では、“自然への冒涜的行為”に対して徹底的にハイアセン式の
“イジメ”技の数々が披露される。この作品でのハイアセンの標的は「美容整形術」
だ。冒頭の引用のごとく、いかさま美容外科医ルディ・グレイヴラインの拝金主義的
なところが、ハイアセン得意のブラックな笑いの餌食となりズタズタにされる。
 一方、主人公は元フロリダ州検察局の捜査官ミック・ストラナハン。長身で軽い身
のこなし。スティング(http://www.sting.com/photogallery/fans/off25.html)の
目と、ニック・ノルティ(http://ww4.tiki.ne.jp/~s-ishii/nicknolte.html)の鼻
を持ち、さまざまな事情で5回の殺人と5回の離婚経験を有している。いまは海の上、
ケープ・フロリダの先端からおよそ1マイル、ビスケーン湾内に建つ古い舟屋式の家
(http://www.stiltsville.org/pages/baychat.html)で一人、悠々自適の隠遁生活
を送っているが、これは捜査中に受けた怪我でたっぷりと障害年金がもらえる身分だ
からだ。
 こうして誰にも邪魔されずに静かに暮らしているのに、捜査官時代に扱った未解決
の女子大生失踪事件をテレビ局が取り上げることになり、レポーターを送り込んでく
るわ、殺し屋はやってくるわでまったく落ち着かないことはなはだしい。ええい、う
っとうしいとばかりに、しぶしぶ腰をあげるストラナハンの機略に富んだ反撃策の数
々が読みどころになっている。ぜひご賞味あれ。
 ちなみにハイアセンの顔(http://www.janmag.com/profiles/hiaasen.html)って
ご存じだろうか? 男盛りの48歳。なかなかハンサムなのだが、妙に整っているのが
なんだかTV番組の司会者風ではある。このサイトでは最新作や近況について語った
インタビューも読めるので、興味のあるむきはどうぞ。
                                (板村英樹)

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 ■インタビュー ―― 鎌田三平さん

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 先月、ボストンの私立探偵パトリックとアンジーのシリーズ最新作『雨に祈りを』
(デニス・レヘイン著/角川文庫)が出版された。しかしファンにとって残念なこと
に、作者はこのあとしばらくシリーズの休止を宣言したという。訳者の鎌田三平さん
に、最新作についてお話をうかがった。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《鎌田三平さん》1947年生まれ。千葉県出身。明治大学卒。『愛しき者はすべて
|去りゆく』(デニス・レヘイン著/角川文庫)、『人にはススメられない仕事』
|(ジョー・R・ランズデール著/角川文庫)など、翻訳書多数。著書には『影の
|艦隊』『テロリストの遺産』(学研)などがある。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――『雨に祈りを』についてお聞かせください。
「編集者によると、当初レヘインはこの作品でシリーズを終わりにすると言っていた
そうですが、最近のインタビューでは『ミスティック・リバー』(加賀山卓朗訳/早
川書房)と、もう1作単独作品を書いたあと、またこのシリーズを1、2作は書くつ
もりだと答えています。もう少し書きたいことがあるのでしょう。ただ、パトリック
とアンジーはもう探偵という仕事を辞めたがっているようですよね。この作品では誰
かに雇われたわけではなく、自分たちの意志で無報酬で調査している。その意味では、
ふたりはもはやプロの探偵ではないでしょう。あの解決法もプロのものじゃないし。
こうしたことから、探偵としてのふたりが終焉に向かっていることは推測できます。
ただし、最後に主人公が死ぬとか、そういうハリウッド的な終わり方はしないでしょ
う。レヘインはシリーズ全体の起承転結というイメージは持っていないと思うので。
こういう人物を描きたいという気持ちがまずあって、その人物を描き終わったとき、
シリーズも終わるという考え方じゃないかな」

――シリーズでこれまでに一番印象に残っているシーンは?
「このシリーズは、小説でありながら映画を観たように、すべてのシーンがはっきり
とした映像となって頭に残っています。レヘインが、そのまま絵コンテになるような
描写をする作家だからかもしれませんね。強いて挙げれば、映像としてだけなら『穢
れしものに祝福を』の自動車が落下するシーンです。車がすうっと落ちていくところ
は、自分も一緒に引き込まれていくような気分になりました。小説としては『愛しき
者はすべて去りゆく』で、ある刑事が組立工場の屋上で死ぬところです」

――銃についてお詳しいとのことですが、パトリックとアンジーの所持している銃の
特徴など教えていただけますか。
「パトリックの銃は45口径のコルト・コマンダー。普通の人間にはかえって使いづら
い部類の大きな銃です。装弾数も少ないし。パトリックは射撃が下手だとからかわれ
ることもあるくらいなので、実際に使うためというよりも見せて威嚇するだけのため
のものでしょう。アンジーは38口径のリボルバーで、いわゆる普通の銃。ふたりとも
銃が好きなわけでも特別な思い入れがあるわけでもなく、護身用にやむを得ず持って
いるんじゃないですか」

――ランズデールのハップ&レナード・シリーズの翻訳もされていますが、両極端と
も言える2つのシリーズを手がけられることになったいきさつは?
「どちらが先だったかは覚えていませんが、ほぼ同時期に角川から話がきました。ど
ちらも映画化が予定されているということでしたが、いまだにされません(笑)。レ
ヘインを続けて翻訳すると暗い気分になってしまうので、ランズデールと交互にやる
のはちょうどいいですね。この2つのシリーズは相似点があるんですよ。主人公は常
識人で、つねに逡巡している。その横には極端かもしれないけど明快な思考の人物が
いて、強い友情で結ばれています。主人公は事件に深く関わる傾向があり、暴力的に
ならざるをえない状況がありますが、主人公にすべてをさせてしまうとスーパーマン
かただの暴れん坊になってしまうので、その要素を具現する脇役が必要なのかもしれ
ませんね」

――今後のご予定をお聞かせください。
「ランズデールのハップ&レナード・シリーズの新作が近々出版されます。このシリ
ーズは最低でもあと1作は書かれる予定だそうです。そのほかに翻訳で軍事もののシ
リーズなどがあります」
                      (取材・文/松本依子、中西和美)

◇インタビューのロングバージョンがこちらで読めます
http://litrans.net/whodunit/int/kama2.htm

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『家蠅とカナリア』『サイレント・ジョー』

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『家蠅とカナリア』 "CUE FOR MURDER"
 ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳
 創元推理文庫/2002.09.27発行 780円(税別)
 ISBN: 4488168043

《冒頭の一文から読者を引きつける巧みな描写、マクロイ初期の傑作》

 翻訳された作品にサスペンス物が多かったため日本では「サスペンスの女王」とし
て知られているマクロイだが、謎解きミステリも多数残している。1942年に発表した
本作は、本格ミステリの王道をいく作品だ。
 第二次世界大戦下のニューヨークの劇場で、公演中の舞台上で死体役のエキストラ
が殺害された。ところが死んだ男が何者なのか、共演者も、舞台関係者も知らないと
いう。容疑者は、死体役の被害者と同時に一緒の舞台に立っていた俳優3人。ニュー
ヨーク地区検事事務所の捜査官で、精神分析学者のベイジル・ウィリング博士は、た
またま殺人が行われたその舞台を客席で観ていた。舞台の進行を妨げることなく、絶
妙のタイミングで行われた殺人、その謎を解く鍵となるのは、家蠅とカナリア。「被
害者、凶器、犯罪の心理学──犯罪のあとに残される微妙なキャラクターの痕跡」を
捜査の出発点として、ベイジルは犯人にせまっていく。
 巧い。描写に無駄がないのだ。綿密にはりめぐらされた伏線、巧みに造形された個
性豊かな登場人物たち、物語がすすむにつれて少しずつ明らかにされる彼らの隠され
た人間関係。そして各人の心理状況がベイジルによって分析され、そこから事件につ
いてのさまざまな推理を彼が披露し、少しずつ真相に近づいていく。
 物語の冒頭の一文、事件の鍵となる家蠅とカナリアについての記述から、読者は物
語にひきこまれる。また物語ラストにある、夜中の劇場内での犯人追跡の場面は、マ
クロイ中期のサスペンスの雰囲気もうかがえる。
 今月国書刊行会から『割れたひづめ』が、来年早々には晶文社から短編集『歌うダ
イアモンド』が出版される予定。引き続きマクロイ作品を読めるというのは本格ミス
テリファンにとっては至福である。
                                (清野 泉)
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『サイレント・ジョー』 "SILENT JOE"
 T・ジェファーソン・パーカー/七搦理美子訳
 早川書房/2002.10.15発行 1900円(税別)
 ISBN: 4152084472

《本年度MWA賞最優秀長篇賞受賞作は、「物静かな」ジョーの静かな物語》

 施設で育ったジョーは5歳のときに裕福なトロナ夫妻に引き取られ、その後はふた
りから惜しみない愛情を注がれて成長した。養父のウィルは正義感が強く慈愛に満ち
た人物で、ジョーにとって深い敬愛と憧れの対象となっている。現在ジョーは保安官
補をするかたわら、非番の時にはカリフォルニア州オレンジ郡で郡政委員をしている
ウィルに同行して運転手兼ボディガードを務めるという多忙な日々を送っているが、
養父と一緒に過ごし、彼の期待に応えることはジョーの大きな喜びだった。
 ところがある晩、彼の目の前でウィルが何者かに射殺される。誰よりも大切に思っ
ていた人間を助けられなかった無念から、ジョーは真相究明に突き進んでいく――。

 ここまで読んで、愛する養父の復讐に燃える息子が悪事をあばいてめでたしめでた
し、という単なるヒーロー・ストーリーを思い描いてはいけない。もちろん殺人事件
の謎が解けていく過程もじゅうぶん読みごたえがあるが、本書の最大の読みどころは、
捜査を進めながら成長していく主人公の姿にある。最愛の養父の死の謎が明らかにな
っていくうちに、数々の予想もしなかった真実が浮上し、それを苦しみながら消化し
乗り越えていく主人公の人物造形がすばらしい。
 ジョーの顔には、赤ん坊のときに実の父親に硫酸をかけられてできた醜い傷痕があ
る。その後実の母親にも見捨てられて施設に預けられた彼は、自分が愛したものはい
つか自分を裏切って去っていくのではないかという不安を消し切れずにいる。内に秘
めたその不安と見る人をおびえさせる傷痕のせいで、人並み以上に礼儀正しい態度を
取る主人公の穏やかで物静かなキャラクターは、《静》でありながら強烈な存在感が
あり、殺人事件やそれにからむ毒々しい要素を中和して作品全体に淡々とした独特な
雰囲気を与えている。本書はスピード感あふれるアクション・シーンに満ちたミステ
リではない。信頼と裏切り、真実と嘘、愛と赦しのストーリーを秋の夜長にじっくり
堪能してもらいたい。
                                (中西和美)

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 ■ミステリ雑学 ―― ハードボイルドを生んだパルプ・マガジン

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「昔のパルプ・マガジンですよ」
「けばけばしいやつだろ。マンガ本みたいな」
「マンガじゃない。短編探偵小説だ」
         (『迷路』B・プロンジーニ/小鷹信光訳/徳間文庫 p.204)
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 パルプ・マガジンとは、粗悪な紙に印刷された安価な通俗小説専門雑誌の総称であ
る。誕生したのは19世紀末で、1940年代ペーパーバックとコミック雑誌にその地位を
譲るまでのほぼ半世紀、一般大衆の読み物としてアメリカで広く親しまれた。反面、
文章や内容が粗く表紙もけばけばしい扇情的なものも多かったため、インテリ層など
からは蔑視されていた。最盛期は1920年代から1930年代で、その間にアメリカ国内で
流通していたパルプ・マガジンは200種類もあったという。
 初期のパルプ・マガジンは、様々なジャンルの小説をひとつの雑誌に掲載した総合
小説誌だった。しかし人気が出るにしたがって細分化し、ウエスタン、冒険、ロマン
スといったジャンルごとの専門誌が出版されるようになっていく。また現在日本でも
人気のあるSF、ホラー、ハードボイルドといったジャンルは、『アメージング・ス
トーリーズ』、『ウィアード・テイルズ』、『ブラック・マスク』のようなパルプ・
マガジンによって確立されたのである。
 ジャンルごとに枝分かれしていく中で、探偵小説専門のパルプ・マガジンも誕生し
た。初の探偵小説専門誌として登場したのは、大手パルプ・マガジン出版社のストリ
ート&スミス社が1915年に創刊した『ディテクティブ・ストーリー・マガジン』だっ
た。だがミステリ小説史上もっとも重要なパルプ・マガジンといえば、前述した『ブ
ラック・マスク』(創刊当時は『ザ・ブラック・マスク』)である。1920年の創刊か
ら1951年の廃刊にいたるまでの約30年間に、ダシール・ハメット、レイモンド・チャ
ンドラー、E・S・ガードナーなどの作家を輩出した。
『ブラック・マスク』は、探偵小説に新風を巻き起こそうと創刊されたわけではない。
偶然2人の新人作家が、1923年に新しい形の探偵小説を同誌に発表したのだ。1人は
ハードボイルド型私立探偵第1号のレイス・ウィリアムズを登場させたキャロル・ジ
ョン・デイリー、もう1人はその後の私立探偵小説のモデルとなるコンチネンタル・
オプを送り出したダシール・ハメットだ。この2人に編集長として1926年に就任した
ジョゼフ・T・ショーが加わり、ハードボイルドの歴史が動き出す。文章を簡潔な文
体で表現することを執筆者に求めたショーは、その後10年間編集長の椅子に座り、2
人の作家も1930年代初頭まで寄稿する。デイリーはドル箱作家として名をはせた時期
もあったが、文章や人物造形が粗かったためにその後忘れ去られた。一方ハメットは
『マルタの鷹』などの名作を残し、ハードボイルドの始祖としていまだに多くのファ
ンを魅了している。3人が同じ時期に同じ雑誌で活躍していたのは単なる偶然だが、
その偶然が探偵小説に新しいジャンルを誕生させることになったのは確かである。
                              (かげやまみほ)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 夢の迷宮に魅せられて

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 印刷技術が発達する以前、書物は手書きで複写するしかなかった。数時間もすれば
手はけいれんを起こす過酷な作業である。現存する写本を見ると、人間業とは思えな
いほどの細かな字が並んでいる。このような苦労を顧みず書物を残したいと、人々を
突き動かしたものはなんだったのだろう。その答えは『薔薇の名前』(ウンベルト・
エーコ/河島英昭訳/東京創元社)にある。

「わたしたちは書物のために生きているのです」(上巻 p.178)

 これは日々写本にいそしむ修道士の言葉だが、誇張でもなんでもない。本書は知へ
の渇きから書物に魅了され、そのために生きる人々の物語である。
 時は1327年。皇帝と教皇は対立し、教会内部も清貧の定義をめぐる論争で荒れてい
た。ここに登場するのは本書の語り手である若き見習修道士アドソだ。アドソの師匠
は叡智の人として誉れ高いフランチェスコ会のウィリアム。皇帝じきじきの特命を帯
び、ふたりはイタリアの大修道院へ赴く。そこにはキリスト教世界で随一と謳われる
文書館が存在した。現在の図書館と印刷所と翻訳工房の役割をあわせもち、古今東西
の文献を収めた研究者たち垂涎の的である。だが、一般の修道士が使用できるのは写
本室のみ。文書庫は館長と補佐役しか足を踏みいれることを許されない砦であった。
 ここで悲劇が起きた。修道士の身投げらしき死体発見を皮切りに、次々と事件が続
く。真相を調査することになったウィリアムらは、事件の謎を解く鍵が文書庫にある
と考え、禁断の書庫へ侵入しなければと計略をめぐらすことになる。ようやく内部に
足を踏みいれたふたりの目の前に広がるのは、噂に違わぬまさに文書の迷宮だった。
 圧倒的な感動を呼び起こし、縦横無尽に語られる著者の博識、書物への愛情に奥行
きの深さを感じさせる書である。ショーン・コネリー主演の映画でおなじみの方もあ
るだろうが、原作はさすがに才人エーコの手によるもので複雑、一筋縄ではいかない。
でも、だいじょうぶ。今回(こわごわ)読み返してみたが、与しやすい部分も多い。
中世修道院の特殊な日課、薬草類や当時めずらしかった眼鏡などのエピソードに好奇
心を刺激され、文書庫のしかけや見立て殺人の真相と謎解き部分ではおおいに盛りあ
がり、主役のまじめな師弟に滑稽な面があることに気づいて笑みがもれる。なにより、
修道士たちの書物に対する情熱に共感でき、現実も時間も忘れることができる。なぜ
本はここまで人を魅了するのか。その問いにウィリアムが答えてくれている。

「一場の夢は一巻の書物なのだ。そして書物の多くは夢にほかならない」
                         (下巻 p.289)
                                (三角和代)

◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
■編集後記■
 優れた作品が必ずしも書店に並び続けるとは限らず、そのうちに買おうと思ってい
た本なのに、気づいたときには新刊書店ではもう手に入らないことも少なくありませ
ん。「復刊してほしいミステリ」シリーズはそんな本の中から、ぜひ多くのかたに読
んでいただきたい作品を紹介する企画です。このシリーズで取りあげてほしい作品が
ありましたら、whodmag@office-ono.comまでお知らせください。12月号では、ジャネ
ット・イヴァノヴィッチのステファニー・プラム・シリーズを特集します。 (片)


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 海外ミステリ通信 第15号 2002年11月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、清野 泉、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
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 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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             月刊 海外ミステリ通信
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★速報
 ハメット賞受賞作品発表
 CWA賞ノミネート作品発表

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 ■速報 ―― ハメット賞にアラン・ファーストの "KINGDOM OF SHADOWS"

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 9月27~29日、フィラデルフィアで開催された "Mid-Atlantic Mistery 2002" で今
年度のハメット賞が発表され、アラン・ファーストの "KINGDOM OF SHADOWS" が選ば
れた。ハメット賞(Hammett Prize)は国際推理作家協会北アメリカ支部が主催する
ミステリ賞。その名の通りダシール・ハメット(1894~1961)にちなんで名付けられ
たもので、カナダおよびアメリカで書かれた英語による犯罪文学を対象とする。今回
のノミネート作品は以下の5作品だった。

 "KINGDOM OF SHADOWS"          Alan Furst
 『ミスティック・リバー』(早川書房)  デニス・ルへイン
 『サイレント・ジョー』(早川書房)   T・ジェファーソン・パーカー
 『曇りなき正義』(ハヤカワ文庫)    ジョージ・P・ペレケーノス
 "HOLLOWPOINT"              Rob Reuland

 ルヘイン(レヘイン)やペレケーノスを押さえての受賞となったアラン・ファース
トはニューヨーク、マンハッタン生まれ。パリに長期間住んでいたこともあるが、現
在では妻とともにロング・アイランド在住。これまでに "NIGHT SOLDIERS"(1988)、
"DARK STAR"(1991)、"THE POLISH OFFICER"(1995)、"THE WORLD AT NIGHT"(1996)、
"RED GOLD"(1999)を上梓。6作目となる受賞作の "KINGDOM OF SHADOWS" は、1933年
から1944年にかけての東欧とパリを舞台に当時の史実を織り込んだスパイスリラー。
 この8月には、やはり第二次世界大戦下のヨーロッパを舞台にした最新作、"BLOOD
VICTORY" を発表している。

【参考サイト】

★下記 "Crime Time" でアラン・ファーストのインタビューと受賞作品のレビューが
読める。

・インタビュー(http://www.crimetime.co.uk/interviews/alanfurst.html)
・レビュー(http://www.crimetime.co.uk/bookreviews/kingdomofshadows.html)
                                (板村英樹)

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 ■速報 ―― CWA賞ノミネート作品発表

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 英国推理作家協会(CWA)が主催する、CWA賞のノミネート作品が発表になっ
た。受賞作品は現地時間10月5日より順次発表される。メインとなるゴールド・ダガ
ーは、11月7日の授賞式で発表の予定。なお当メールマガジンでは主要なフィクショ
ンの部門だけを取り上げる。
〈007シリーズ〉の生みの親、イアン・フレミングの名を冠したイアン・フレミン
グ・スティール・ダガーは今年新設された賞で、対象となる作品はスパイ小説や冒険
小説などである。

●ゴールド・ダガー(最優秀長篇小説賞)
 "SCAREDY CAT"            by Mark Billingham
 "JOLIE BLON'S BOUNCE"        ジェイムズ・リー・バーク
"CITY OF BONES"           マイクル・コナリー
 "THE FINAL COUNTRY"         ジェイムズ・クラムリー
 "THE ATHENIAN MURDERS"       by Jose Carlos Samoza
 "ACID ROW"             ミネット・ウォルターズ

 ジェイムズ・リー・バーク、マイクル・コナリー、ミネット・ウォルターズといっ
た、日本でおなじみの作家が入った。ジェイムズ・クラムリーの作品は、ミロ・ミロ
ドラゴヴィッチ・シリーズの最新作。

●ジョン・クリーシー賞(最優秀処女長篇賞)
受賞作品
 "THE CUTTING ROOM"          by Louise Welsh
ノミネート作品
 『25時』(新潮文庫)         デイヴィッド・ベニオフ
 "THE EMPEROR OF OCEAN PARK"     by Stephen L. Carter
 "THE DARK FIELDS"          by Alan Glynn
 "THE WATER CLOCK"          by Jim Kelly

●ショート・ストーリー・ダガー(最優秀短編小説賞)
 "Marbles"              by Marion Arnott (in "CRIMEWAVE 6")
 "The Plater"             by Ann Cleeves (in "MURDER SQUAD")
 "A Kick in the Lunchbucket"     by Sean Doolittle (in "CRIMEWAVE 5")
 "Martha Grace"            ステラ・ダフィ(in "TART NOIR")

 女性作家によるアンソロジー "TART NOIR" から、編者のステラ・ダフィの短篇が
ノミネートされた。"TART NOIR" については、「海外ミステリ通信」の先月号で触れ
ている。

●イアン・フレミング・スティール・ダガー(スパイ、冒険、スリラー部門)
 "THE MASTER OF RAIN"         トム・ブラッドビー
 "WITHOUT FAIL"            リー・チャイルド
 "HOSTAGE"              ロバート・クレイス
"THE SIRIUS CROSSING"        by John Creed
 "LIME'S PHOTOGRAPH"         by Leif Davidsen
 "THE FRENCH EXECUTIONER"       by CC Humphreys
 "TANGO ONE"             スティーヴン・レザー

 ロバート・クレイスの "HOSTAGE" は、ノン・シリーズの最新作。デビュー作『キ
リング・フロアー』が翻訳されているリー・チャイルドの名もあがっている。

●エリス・ピーターズ賞(歴史小説部門)
 "THE JUPITER MYTH"         リンゼイ・デイヴィス
 "THE PALE COMPANION"        by Philip Gooden
 "DEAD MAN RIDING"          by Gillian Linscott
 "THE ATHENIAN MURDERS"       by Jose Carlos Samoza
 "THE DESPERATE REMEDY"       by Martin Stephen
 "FINGERSMITH"            by Sarah Waters

 この賞の常連であるリンゼイ・デイヴィスのノミネート作品は、ファルコ・シリー
ズの最新作。
                              (かげやまみほ)


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★今月号の内容★
〈特集〉        バウチャーコン関連新人賞ノミネート作品レビュー
〈注目の邦訳新刊〉   『最後の審判』
〈ミステリ雑学〉    アントニイ・バウチャー
〈スタンダードな1冊〉 『ホロー荘の殺人』


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 ■特集 ―― バウチャーコン関連新人賞ノミネート作品レビュー

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 ミステリ作家、関係者、世界中のミステリファンが集う年に1度のお祭り、バウチ
ャーコンの開催が近づいてきた。
 今年のバウチャーコンは10月17日から20日までテキサス州オースティンで開かれる。
ゲスト・オブ・オナーは〈ワシントン・サーガ4部作〉のジョージ・P・ペレケーノ
スと、『神の名のもとに』などのメアリ・ウィリス・ウォーカー。トースト・ミスト
レスはカナダ人作家のスパークル・ヘイター。このほか、多数の作家が出席する。
 開催期間中には、アンソニー賞、マカヴィティ賞の受賞作が発表され、シェイマス
賞も同時期に別の会場で発表される。今月は昨年の創刊号と同じく、シェイマス賞、
アンソニー賞、マカヴィティ賞の各新人賞部門にノミネートされた作品を一挙に紹介
する。はたしてどの作品が最優秀賞を獲得するか、予想しながらお読みいただきたい。
受賞作は後日、本誌でお知らせする予定。             (影谷 陽)

▼バウチャーコン オフィシャルサイト
 http://www.bouchercon2002.org/

※各ミステリ賞の概要については本誌創刊号を参照。
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/bn/0109.txt


●ノミネート作品レビュー
 ※【】内はノミネートされた賞を表す。
  S=シェイマス賞、A=アンソニー賞、M=マカヴィティ賞
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"RAT CITY" by Curt Colbert【S】
UglyTown/2001/ISBN:0966347358

《タフな男と可愛い相棒―― 40's シアトル探偵物語》

 男が事務所に飛び込んでくるなり、散弾銃をぶっ放す。弾は朝食中だった探偵の顔
を掠め、椅子の背もたれに穴を空ける。反射的に拳銃を抜いた探偵は引き金を引き、
男は床にくずおれる。おまえは誰だ、と訊ねる探偵。グロリア、と女の名前を呟やき
絶命する男。探偵は男の上着からグロリアとおぼしき写真を見つける。警察がやって
きたとき、探偵は冷えてしまった朝食を食べ終えている。顔見知りの警官が言う。男
を一人撃ち殺しておきながら、よくゆったりと朝飯を食っていられるな――。
 この作品のファーストシーンである。そしてこの探偵がこの物語の主人公、ジェイ
ク・ロシターだ。ハメットのスペードは'30年代のサンフランシスコを、チャンドラ
ーのマーロウは、'40~'50年代のロサンジェルスを舞台に活躍した。一方、この作品
の時代設定は1947年。作者のコルバート自身がハメットやチャンドラーたちへのオマ
ージュとしてこの作品を書いたと述べているとおり、彼は私立探偵がもっとも私立探
偵らしく振る舞うことができた時代を選んだ。
 舞台になる街は作者の生まれ育ったシアトルだ。この物語で描かれる時代のシアト
ルは、鼠が駆け廻りゴミの悪臭が漂う、貧しくみすぼらしい街だ。主人公は自分の命
がなぜ狙われたのかを探るため、女の写真と自分が射殺した男“ビッグ・エド”の住
所を手掛かりに街に出る。オーバーコートに帽子を被り、ピカピカの新車、インディ
ゴ・ブルーのビュイック・ロードマスターに乗って。
 黄金時代の探偵小説の味わいがこの作品の読みどころであるのは間違いない。だが、
ロシターの秘書ミス・ジェンキンズの活躍を抜きにしてこの作品を語ることはできな
い。ボスに内緒で私立探偵を目指す彼女、後半以降大活躍するのだ。タフな探偵と可
愛い相棒。旧くて新しい探偵小説の登場である。この作品はシリーズものとして2作
目の出版が予定されているとのこと。いやぁ、まったく楽しみである。
                                (板村英樹)
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"THIRD PERSON SINGULAR" by KJ Erickson【A】
St.Martin's Press/2002.3/ISBN: 0312982135

《美少女殺人に隠された意外な動機とは? 刑事マーズ・バー・シリーズ登場》

 ミネアポリス市警に勤めるマーズ・バーは勤続12年のベテラン刑事。最近、特別捜
査官の任務に抜擢されたばかりだ。離婚で別居中の息子とは週末にしか逢えないが、
毎週必ず朝食をともにし、ガレージセール巡りにくりだすのを楽しみにしている。
 肌寒い4月の朝、事件は起きた。郊外のミシシッピ河岸でティーンエイジャーの少
女が殺されたのだ。ブラウスがはだけ、ズボンのジッパーがおろされた無惨な姿で。
被害者は地元の高校でも評判の美少女。なぜか性的暴行のあとはなく、所持品も残さ
れていた。これといった手がかりなし。目撃者もなし。少女のBFをはじめ容疑者の
アリバイも完璧だ。ゆきずりの変質者の犯行か? 犯人の動機は一体何なのか? マ
ーズの懸命の捜査もむなしく、事件は暗礁にのりあげる。
 一方、休暇で英国の友人の家を訪れた少女の兄ボビーは、滞在客の1人の女性から
思いがけない話を聞かされる。数か月前、事件の現場から遠く離れたボストンで、彼
女の姉がまったく同じ手口で殺されたというのだ――。
 アンソニー賞候補作。よくあるサイコパスものかと思いきや、意外な犯人と動機が
犯行の陰に隠されていて、あっと驚く。サスペンスとしてもじゅうぶん愉しめるが、
なんといってもマーズが仕事のパートナーでコンピュータの達人ネッティに支えられ
ながら犯人を追いつめてゆく姿が読みどころだ。仕事にかける彼の情熱とプロフェッ
ショナリズムがすがすがしい。また、8歳の息子クリスとの心あたたまる関係も読ま
せる。父親業と仕事のはざまで奮闘するマーズの姿には思わず共感してしまうだろう。
 プロットにもうひとひねりほしい感もあるが、昨今のサスペンスには珍しく爽やか
な読後感が残る作品。作者はミネアポリス在住だけあり、舞台のミシシッピ川と河岸
周辺の描写もうまい。すでに米国では第2作も出版中、今後のシリーズ化が楽しみだ。
 物語後半、有力な容疑者が現れ、目撃者の女性にマーズが何枚かの顔写真を見せる
場面がある。1枚、また1枚と写真を見つめる目撃者。背後で息をつめて見守るマー
ズ。ついに彼女が犯人の写真をさしたとき、こみあげる涙を必死でこらえるマーズの
姿に胸が熱くなった。さりげない、だが、本書で最も心に残るワンシーンだ。
                               (山田亜樹子)
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"CHASING THE DEVIL'S TAIL" by David Fulmer【S】
Poisoned Pen Press/2001.11/ISBN:1890208841

《ジャズ・ファン必読! 伝説のミュージシャンの正体は……》

 1907年のニューオーリンズ38番街、通称“ストーリーヴィル”。当時ここは赤線地
帯で、何軒もの娼家がひしめき、路上には売春婦があふれ、アヘンやコカインが堂々
と取り引きされていた。バーやダンスホールでは黒人やクレオールによるラグタイム
・バンドが人気を博していた。
 そんなストーリーヴィルで、売春婦ばかりをねらった連続殺人事件が起こる。枕を
押しつけての窒息死、キモノの帯による絞殺、ナイフによる刺殺など、凶器も殺害方
法もまちまちながら、どの現場にも1輪の黒薔薇が残されていることから、警察は同
一犯人のしわざと考える。クレオールの私立探偵、ヴァレンティン・セイント・サイ
アは、ストーリーヴィルを牛耳る権力者トム・アンダースンの命により、警察とは別
に独自の捜査を開始する。そして、ヴァレンティンの親友で人気コルネット奏者のバ
ディ・ボールデンを犯人と決めつける警察とことごとく対立することに。やがて、犯
人の魔の手がヴァレンティンの恋人ジャスティンに伸びるにおよび……。
 うまい、じつにうまい。赤線地帯の猥雑さ、あやしげな雰囲気、にぎにぎしい街の
喧噪が活字を追うだけで生き生きと伝わってくる。謎解きにやや難があるのと、私立
探偵もののわりには主人公の個性が弱い点が気になるが、設定の妙と語りのうまさで
一気に読ませるものを持っている。
 謎の鍵を握る人物として描かれるバディ・ボールデンは実在の人物だ。“キング・
オブ・ジャズ”の異名をとるこのミュージシャンは、女性にたいへんもて、娼婦たち
は金も取らずに彼の相手をしたという。そんな彼も、人気絶頂のさなかに精神に異常
をきたして精神病院に収容され、やがてひっそりと死んでいく。このあたりのエピソ
ードがうまくストーリーに盛りこまれ、音楽ファンをにやりとさせる。聞けば、作者
のフルマーは、雑誌に音楽関係の記事を書いているのだとか。ニューオーリンズの独
特の雰囲気や黎明期のジャズに関心のある方には、こたえられない1冊といえよう。
                               (山本さやか)
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"AUSTIN CITY BLUE" by Jan Grape【A】
Five Star/2001.10/ISBN:0786230142

《新しいヒロインの誕生か? シリーズ化が期待される一作》

 人質をとって発砲してくる犯人を警官が射殺したとしても、それは警官としての職
務を遂行したにすぎない。その犯人がすでにふたりの人間を撃っており、度重なる警
告も無視して引き金を引こうとしたとなればなおさらだ。テキサス州オースティン市
警の警官、ゾウ・バロウが犯人を射殺したのはまさにそういう状況であり、彼女の行
動は合法的なもののはずだった。だが、犯人の身元が明らかになったとき、事態は一
変する。犯人は、8か月前にゾウの夫のバイロンを撃って逃亡した人物だったのだ。
頭部を撃たれたバイロンは、それ以降植物状態となり、回復の可能性がないまま療養
所のベッドで虚空を見つめている。市警のなかにはゾウが犯人の正体を承知のうえで
復讐したのではないかと疑う者があらわれ、内部調査が行なわれることになる。そし
て、調査が終了するまでゾウはデスクワークにまわされることになった。
 そんなとき、バイロンの友人のエイブリーが、妻が愛人と共謀して自分を殺そうと
しているので助けてほしいと相談をもちかけてくる。市警の不当な処遇に怒りと失望
を感じていたゾウは、妄想とも思えるエイブリーの主張を真剣に受けとめることがで
きずにいた。だが、まもなくゾウの情報提供者だった娼婦が何者かに殺害されたこと
をきっかけに、すべては新たな局面を見せはじめる……。
 短編小説ですでに定評のある著者だが、はじめて上梓した長編本書でもストーリー
テリングの能力はいかんなく発揮され、無関係と思われる事実と錯綜する情報が複雑
にからみあいながら、いつのまにか謎が解けていく過程が読みどころになっている。
いまだ女性差別が残る南部の警察が持つ体質と、愛する夫を永遠に失ってしまったと
いう辛い現実と戦いつづけるゾウは、これからどんな活躍を見せてくれるのだろうか。
今後の彼女を描いた続編を是非読んでみたいと思わせる作品だ。
                                (中西和美)
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"PERHAPS SHE'LL DIE" by M. K. Preston【M】
Worldwide Mystery/2001/ISBN: 0373264305

《父の復讐に燃える娘が故郷で見いだしたものとは》

 父母と娘の3人で暮らすある家族は、父親がレイプの嫌疑で裁判にかけられたこと
で苦しんでいた。その家族に悪夢のような事件が起きる。深夜、覆面姿の4人が忍び
込んで父親に襲いかかり、自殺にみせかけて殺したのだ。襲撃者たちの目を盗んで逃
げ出した母親は幼い娘を隣人にあずけて去り、二度と姿を現すことはなかった。
 それから12年後、成長した娘のシャンタリーンは、父の容疑は無実だったというシ
ョッキングな知らせを知人から受けとり、故郷にもどってきた。父を手にかけた4人
は誰なのか。シャンタリーンは町民すべてを敵にまわしても、犯人を明らかにするこ
とを誓う。その彼女のもとに「真実を知りたければ、あす訪ねてこい」と電話をかけ
てきた男がいた。翌日訪れてみると、男は額を撃ちぬかれて死んでおり、第一発見者
であるシャンタリーンは殺害犯ではないかと疑われる。
 町民たちに公然と敵対し、ときに育ての親すらも恐れさせる激しい気性と、周囲を
頼らず、みずから危険のなかに飛び込んでゆく独立心。24歳という若さながら、シャ
ンタリーンはなんとも強烈な個性の持ち主だ。この性格は両親を失い、毎夜悪夢にう
なされてきたという過酷な生い立ちのせいか。物語の舞台となるオクラホマ州の町は
周辺から隔絶した小社会で、住民はすべて顔見知り。当然、いまわしい過去を掘り起
こそうとする行為は歓迎されない。この特殊な状況下で過去と現在の両方に隠された
事実、姿を消した母親の消息など、プロット面で幾重にも興味をひく工夫が凝らされ
ているのが読みどころだ。愛馬と愛犬だけを友としていたシャンタリーンが協力者と
なる男性に対して少しずつ心を開いていくあたりには、ロマンスの香りも感じられる。
本作はバリー賞、メアリ・ヒギンズ・クラーク賞にもノミネートされた。
                                (影谷 陽)
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"EPITAPH" by James Siegel【S】
Mysterious Press/2001.06/ISBN:0892967129

《「カバーで中身を判断しないように」本にも人にも当てはまる言葉だ》

 70歳をとうにこえたウィリアム・ラスキンは、ニューヨークのクイーンズ地区で暮
らしている。探偵だった彼が早くに引退したのは、仕事中に流れ弾で死なせてしまっ
た少女への贖罪の気持ちからだった。ある日、ウィリアムはかつての同僚ジャンの死
亡記事を見つける。ナチス占領下のフランスでユダヤ人を逃がしていたジャンは戦下
の英雄で、探偵事務所の看板だった。ウィリアムは彼の葬式に出向き、ジャンの隣人
から、ジャンいわく「人生最大の事件」のファイルを託される。80歳にもなるジャン
が現役だったとは。ウィリアムはかすかに嫉妬とあせりを感じ、事件を引き継ごうと
決め、ファイルにある名前と住所を追ってマイアミへ飛ぶ。自分の葬式用の貯金を引
き出し、10年前に失効している免許証で、つんのめりそうな運転をしながら。
 ゆったりしたペースで、高齢者の生活が描かれる前半。中ほどまできても、ジャン
が何の事件を追っていたのかさえ明らかにならない。だが、ジャンがこの事件に執着
した理由を解き明かそうと、彼の過去に狙いを絞って探求をはじめる後半から、急展
開を見せる。やがてウィリアムは50年以上前、フランスであった大量殺人事件を掘り
起こす。その犯人は行方知れず。今姿を現しはじめた失踪事件に奇妙に一致する点が
ある。戦慄すべき殺人鬼の姿が浮かびあがったとき、ウィリアムの身に危険が迫る。
 前半と後半のギャップがすごい。ウィリアムに感情移入して読んできた人は、クラ
イマックスで手に汗握る思いをするだろう。そして最後の最後まで、息の抜けない展
開。著者のジェイムス・シーガルはニューヨークのやりての広告マンらしい。すでに
2作目を執筆中とか。次作が楽しみだ。
                               (小佐田愛子)
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"BLINDSIGHTED" by Karin Slaughter【M】
William Morrow & Company/2001.09/ISBN:0688174574

《盲目の女性を無惨に殺した犯人。その本当の狙いとは?》

 アメリカ南部のジョージア州ハーツデールは、主な収入源といえば大学のみという
小さな町だった。小児科医のサラは、ある昼下がりにダイナーのトイレで、腹部を切
り裂かれて瀕死の状態にある盲目の女性シビルを発見する。シビルはすでに手の施し
ようがなく、サラの腕のなかで息絶えた。郡の検死官を兼務するサラが解剖を行った
結果、シビルは薬物を飲まされ、また、レイプされていたことが判明。事件は、誰も
がお互いの顔を知っている小さな町の住民たちを疑心暗鬼に陥れ、次第に人々が普段
押し隠している人種偏見という闇の部分を浮き彫りにしてゆく。
 シビルの双子の姉妹である刑事のレナや、サラの元夫である警察署長のジェフリー
らの懸命の捜索にもかかわらず、解決の糸口もつかめないまま、2日後、今度は女子
大生が行方不明になる。そんななか、ジェフリーは何者かに撃たれ、サラは自分の車
のボンネットに行方不明の女子大生が裸で置き去りにされているのを発見する。
 サイコ・キラーと対決する女性検死官というと、パトリシア・コーンウェルと比較
されることは避けられず、また、勘のいい読者なら割と早くから犯人がわかってしま
うという謎解き面での弱点もあるが、サスペンスフルで力強い筆致は新人とは思えな
いほど。本作がマカヴィティ賞のみならず、バリー賞、CWA賞の最優秀処女長篇賞
にもノミネートされたのは、この点が評価されたからに違いない。
 本書はシリーズ化を念頭に書き始められ、シリーズ2作目の "KISSCUT" は先月発
表されている。1作目である本作でそれぞれ心身ともに負った傷を、主要人物らがど
のように乗り越えていくのか、今後を見守っていきたいと思わせる作品だ。
                                (松本依子)
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"A WITNESS ABOVE" by Andy Straka【S・A】
Signet/2001.05.08/ISBN: 0451202945

《鷹は舞い、探偵は走る……娘のために》

 ニューヨーク市警殺人課の刑事だったフランクは、武器を持っていなかった少年を
捜査中に射殺した一件で、その場にいた2人の同僚と共に辞職した。13年後の現在、
彼は私立探偵としてバージニア州のシャーロッツビルで暮らし、仕事の合間に小型の
猛禽類アカオノスリを使って鷹狩りをしている。事件のことは別の時間の別世界での
出来事と割り切っているつもりではあったが、釈然としない気持ちも残っていた。
 そんなフランクがある日鷹狩りの最中に見つけたものは、獲物の兎ではなく少年の
射殺死体だった。少年は麻薬の売人として警察から目をつけられていた。数日後、フ
ランクの娘ニコルが麻薬所持で逮捕される。彼女は1か月ほど前、殺された少年と言
い争っていた。警察の考えは明らかだ。麻薬に手を出したことはないと訴えるニコル
だが、少年との口論に関しての答えはあいまいだった。娘を信じて独自の捜査をはじ
めたフランク。やがて今回の事件の背後に13年前の事件が浮かび上がってくる。
 舞台をニューヨークなどの都会ではなく、バージニア州の小さな田舎町にしたこと
が新鮮である。主人公が私立探偵なので死体発見から捜査開始までの過程に無理がな
く、想像の範囲内ではあったが、最後の犯人との対決も鷹匠であることが生かされて
いた。本筋とは関係のない鷹狩りなどのシーンや伏線なども適度に配置され、よくま
とまった佳作といえる。ただストーリー自体は平凡だし、登場人物もステレオタイプ
で魅力に欠ける。今年4月に続編の "A KILLING SKY" が出版されたそうだが、登場
人物にもう少し個性があれば、期待の持てるシリーズになるかもしれない。
 なおこの作品はシェイマス賞とアンソニー賞にノミネートされた他、5月に結果が
発表されたアガサ賞にもノミネートされていた。
                              (かげやまみほ)
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"PILIKIA IS MY BUSINESS" by Mark Troy【S】
LTDBooks/2001/ISBN:1553165330

《ワイキキビーチ版ステファニー・プラム登場?!》

 ハワイのミステリには〈ハワイ5-O〉や〈私立探偵マグナム〉、チャーリー・チ
ャン登場の作品があるが、ここにセクシーな女探偵がその仲間入りを果たした。ピリ
キア(ハワイ語でトラブルの意)こそわが職業だと語るヴァル・ライアンだ。
 ヴァルの経歴は変わっている。サンフランシスコ出身で、得意のバスケのおかげで
大学の奨学金を手にし、イタリアの女子プロリーグでプレイもした。しかし、現地で
離婚した傷心のヴァルは故郷にもどって、市警に10年間勤務。ところが無実の罪で服
役することに。のちにえん罪だと証明されたのだが、経歴に疵がついたヴァルにでき
る仕事は限られている。そこで市警時代にひそかに尊敬していた私立探偵レオに、自
分を脚として使ってくれと売り込んだ。ハワイへの引っ越しを考えていたレオはヴァ
ルの話を承諾。ヒロインにはこうした事情があった。
 現在手がける仕事は、親権をめぐるいざこざで公判中の女性の警護。裁判にホノル
ル中の注目が集まったために、弁護士が念のために手配した警護だったが、事態は予
想をはるかに超える危険なレベルへ進展していく。ヴァルは怒ると無意識にでてくる
イタリア語で悪態をつきながら、行く手に立ちはだかる強大な力に臆せず突き進む。
 ユーモアあり、アクションあり、ロマンスありで、なるほど“ステファニー・プラ
ムのファンにおすすめ”との評がでていることにもうなずける。フェミニズムを始め
とするさまざまな社会問題を取りあげており、そのあたりはステファニーだけでなく、
女性探偵の先達たちの影響が色濃く現れた意欲作となっている。興味深いのは、作者
が男性である点だ。著者マーク・トロイはセントルイス生まれ。タイの平和部隊で英
語を教え、ハワイ大学で大学院過程を修めたのち、移り住んだテキサスで転機が訪れ
た。創作ワークショップで作家ランズデールに出会い、創作を続けるよう強く勧めら
れたのだ。もともと e-book として世にでたこの作品だが、版元の紙媒体への新規参
入でめでたくシェイマス候補となった。
                                (三角和代)

※以下の2作品はMWA賞にもノミネートされた。レビューは今年4月号に掲載。
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/bn/0204.txt

"OPEN SEASON" by C. J. Box【A・M】
Putnam/2001.07.05/ISBN: 0399147489

"THE JASMINE TRADE" by Denise Hamilton【A・M】
Scribner/2001/ISBN: 074321269X

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/feature.html

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『最後の審判』

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『最後の審判』 "THE FINAL JUDGMENT"
 リチャード・ノース・パタースン/東江一紀訳
 新潮社/2002.09.25発行 2500円(税別)
 ISBN: 4105316036

《キャリア・ウーマン、キャロラインの秘められた過去》

 リチャード・ノース・パタースンの最新作『最後の審判』は、過去に紹介された6
作とはややおもむきを異にしており、読者によって評価のわかれる作品かもしれない。
本作の主役はキャロライン・マスターズ。そう、『罪の段階』(東江一紀訳/新潮文
庫)ではキャレリ事件の判事として名をあげ、『子供の眼』(東江一紀訳/新潮社)
では、主役であるクリス・パジェットの被告側弁護人として活躍した、あのキャロラ
イン・マスターズである。
 キャロライン・マスターズは長年の夢を実現させようとしていた。連邦最高裁判所
判事の指名を受けたのだ。あとは議会の承認を得るだけだ。そんなおり、故郷の父か
ら連絡が入る。姉夫婦の22歳になる娘、すなわちキャロラインの姪ブレットに恋人殺
害の容疑がかかっているというのだ。知らせを聞いたキャロラインは、ロースクール
入学以来23年間、一度として足を踏み入れることのなかった故郷、ニュー・ハンプシ
ャー州リザルヴの町に駆けつける。ブレットは無実を訴えるが逮捕され、予審がひら
かれることに。身内の弁護はお互いのためにならないと及び腰だったキャロラインは、
長年の夢をあきらめる覚悟で裁判にのぞむ。
 なんだ、だったら、ここからいつものパタースン節全開じゃないかと思われるかも
しれない。もちろん、予備審問とはいえ、キャロラインが検察側の証人を追いつめて
いくシーンは迫力満点で、読み手をぐいぐい惹きつける。だが、本作の主題は、姪の
事件の真相を暴くことだけではない。キャロラインに故郷を捨てさせたものはなんだ
ったのか、将来を誓い合った恋人の前から姿を消したのはなぜなのか、父や姉との確
執の原因はなんなのか。それらがキャロラインの追想という形で、しだいに明らかに
されていく。そしてそれがまた、姪の事件と密接に結びついていくのである。野心の
塊のようなキャロラインの意外な一面を描いたこの作品、どうかじっくりと味わって
いただきたい。
                               (山本さやか)

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 ■ミステリ雑学 ―― シャーロキアン、アントニイ・バウチャー

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 ミステリ・SF作家バウチャーは書評家としても活躍し、的確でしかも温かみのあ
る批評は作家そして読者に高く評価されていた。56歳の若さで亡くなった彼をしのぶ
ためにひらかれたのが、バウチャーコンだ。
 またバウチャーは、名探偵シャーロック・ホームズを愛する筋金入りのシャーロキ
アンで、1934年に米国で発足した、シャーロキアン団体の草分け的存在〈ベイカー・
ストリート・イレギュラーズ〉に所属していた。この団体名はロンドンのベイカー・
ストリート221Bに住むホームズが、助手として使っていた浮浪児の集団の名称に由
来する。とにかく〈ベイカー・ストリート・イレギュラーズ〉のメンバーがすごいの
だ。クリストファー・モーリー、ハワード・ヘイクラフト、アイザック・アシモフ、
レックス・スタウト、フランクリン・D・ルーズベルトなど、当時の知識人がその名
を連ねていた。ホームズ研究も盛んで「ホームズ、ワトソン、モリアーティなどすべ
ての登場人物は実在していたものとし、ワトソンが記した聖典(ホームズ物語)を研
究する」ことが行われ、バウチャーも「後期のホームズは替え玉か?」というエッセ
イを機関紙に書いている。
 そんなバウチャーが、ホームズのパロディや、シャーロキアン達を登場させた作品
を残しているので、ここでいくつか紹介する。
 まずは、バウチャーの作品の中でもっとも有名な『シャーロキアン殺人事件』(仁
賀克雄訳/現代教養文庫)である。「まだらの紐」を映画化するにあたり、脚本家と
して大のホームズ嫌いで知られる男を採用したため、〈ベイカー・ストリート・イレ
ギュラーズ〉のメンバーたちから抗議が殺到する。映画会社はホームズファンの彼ら
を映画のアドバイザーとして招くが、その歓迎パーティーの夜、会場に現れた脚本家
がメンバーの面前で殺され死体が消えてしまうという事件が発生する。実在するシャ
ーロキアン団体を登場させて、全編ホームズ物語からの引用にあふれ、ダイイング・
メッセージ、暗号解読、死体消失など本格ミステリの要素も盛りだくさんの作品だ。
シャーロキアンはもちろん、そうでない人も十分楽しめる。
 ホームズ物のパロディでは、短編集『シャーロック・ホームズの災難』(エラリイ
・クイーン編/中川裕朗・乾信一郎訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)の中に、「高名な
ペテン師の冒険」が収められている。探偵業を引退後、イングランド南部サセックス
で養蜂場を営んでいるホームズとワトソンの会話で物語はすすむ。ホームズが新聞の
記事だけをもとに推理を働かせ、英国に来たナチスの副総統ルドルフ・ヘスが実は影
武者であることを見抜き、戦争の長期化を憂える姿が描かれている。
 同じくパロディ『ホームズ贋作展覧会』(各務三郎編/講談社文庫)の「テルト最
大の偉人」はSFだ。テルト(地球)を征服した種族が、テルト内で崇拝されていた
人物(ホームズ)について考察するというもの。
 どの作品も名探偵への愛情と遊び心にあふれ、シャーロキアンならではの豊富な知
識に基づく描写が楽しい。
                                (清野 泉)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 女王の隠れた名作

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 今回取りあげるのはミステリの女王、クリスティーだ。海外小説の読者ならば、一
度はその作品を手にした経験があるだろう有名作家。わたしもかつて読みふけったこ
とがある。ただいま活躍中の作家にお気に入りは何人もいるが、ひとり選べといわれ
たら無人島のお供にはクリスティー。冊数が多いからだろう? たしかにそれはある。
けれどもそれは再読でも色褪せない魅力があるゆえの選択だ。同様の想いを共有する
仲間はどうやら少なくないらしい。2000年のアンソニー賞では特別に〈20世紀を代表
するミステリ作家〉、〈20世紀を代表するミステリ・シリーズ〉という賞が設けられ
たが、受賞の栄誉に輝いたのがクリスティー、そして私立探偵ポワロのシリーズだっ
た。『オリエント急行の殺人』や『アクロイド殺し』などが代表作に挙げられること
が多いが、個人的にはこれ、心理トリックの傑作『ホロー荘の殺人』がおすすめだ。
 イングランド南西部にある美しい屋敷ホロー荘に客人たちがやってくる。親戚や友
人が集い週末を過ごすことが目的だが、誰もが一様に悩みごとを抱えていた。自分の
愚鈍な性格を気に病む女、そんな妻にいらだつ医師、作品のインスピレーションに取
り憑かれた彫刻家、上流の出自ながら身を粉にして働く女、経済的な悩みはないが恋
に悩む男と、立場はさまざまだ。こうした登場人物たちの間には、つかみどころがな
く、それでいてたしかに存在する不穏ななにかがあった。「なにか」が一気に形とな
った時が、屋敷の主人に招待を受けたポワロの訪問と重なった。プールサイドで血を
流す死体があり、近くでは虚ろな目をした人物が銃を握りしめていたのだ。いっしゅ
ん自分のための演出かとポワロが勘違いしたほどの、絵に描いたような殺害現場。だ
が死体は本物だった。犯人逮捕はごく簡単だと考えられたが、捜査は思いがけない方
向へ。
 人情の機微を描き、ひいてはそれが謎解きにも絡んでくる展開はクリスティーが得
意としたところ。その特徴がいかんなく発揮されている。久々に読み返したが泣けて
くるほどうまい! また、登場人物のカラーがはっきり異なるためにわかりやすく、
雰囲気と謎解きに没頭することができた。物語の純粋な楽しみかたを思い出させてく
れる1冊。描かれる季節もちょうど秋だ。ひんやりする夜に暖かくしてページを繰り、
イングランドの風景に想いを馳せるのもいい。ホロー(hollow)が意味するほろ苦い
後味をかみしめながら。

今月のスタンダードな1冊
『ホロー荘の殺人』アガサ・クリスティー/中村能三訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
"THE HOLLOW" by Agatha Christie 1946
                                (三角和代)


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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html

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■編集後記■
 今年もバウチャーコン関連の新人賞ノミネート作品を特集しました。老探偵、鷹狩
りをする探偵、セクシー女性探偵……どの主人公が気になりますか? 11月号では、
「復刊してほしいミステリ特集」第2弾をお届けします。         (片)


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 海外ミステリ通信 第14号 2002年10月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、清野 泉、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
 http://www.litrans.net/whodunit/
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/index.htm

 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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             月刊 海外ミステリ通信
          第13号 2002年9月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        イギリス若手の注目作家たち
〈インタビュー〉    リーバス警部シリーズの訳者、延原泰子さんに聞く
〈注目の邦訳新刊〉   『ストーン・ベイビー』
〈ミステリ雑学〉    ジェイムズ・ハドリー・チェイス
〈スタンダードな1冊〉 『黒と青』
〈おしらせ〉      フーダニット翻訳倶楽部からのお知らせ


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 ■特集 ―― イギリス若手の注目作家たち

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 このところ雑誌でロンドンの新名所レストランへの言及が増えてきたことから、か
の地の料理が美味しくなったという話は、どうやら本当らしいと感じている。食事が
美味しいロンドンなんて、どうもロンドンらしくないとちょっぴり思ったりして、そ
んなところに街の特色を求めてどうする、とひとり突っ込んでみたり。
 しかし、普遍化が進むのは食の世界だけでなく、ミステリの世界も同様のようだ。
いわば伝統食のような古典的英国を描くアメリカ人やフランス人がいれば、その逆も
然り。とくに80年代後半からのイギリスでは、重厚な作風の作品やパズラーではなく、
エルロイやエルモア・レナードなどに影響され、アメリカ風の作品を書く作家たちが
続々と現れた。こうした作家たちはニューウェイヴと称されている。度が過ぎた普遍
化はつまらないが、そこに美味しいものがあるならばぜひ味見をしてみたい。
 イギリスの若手で日本において頭ひとつ突き出た感があるのは、イアン・ランキン
だろう。そのランキンに続けとばかりに、警察小説の分野に登場したのはマーク・ビ
リンガム。ロンドンのソーン警部が活躍する "SLEEPYHEAD"(2001)、"SCAREDY CAT"
(2002)の2冊を発表しており、ランキンと同じくアメリカン・ミステリの影響を強
く受けた作風で、デビュー作は国内で高い評価を受けベストセラーとなった。著者は
テレビ脚本家、コメディアンの経歴をもつ人物だそうだ。
 コメディアンといえばこの人も同業者である。コメディのパフォーマー、ステラ・
ダフィだ。今年『世にも不幸なおとぎ話』(アーティストハウス)で日本に紹介され
た作家であり、"WAVEWALKER"(1996)などのレズビアン探偵サズ・マーティンのシリ
ーズをもつ。このほど作家仲間のローレン・ヘンダーソンと "TART NOIR"(2002)な
るアンソロジーを編纂し、女性ばかりの参加作家たちには、ふだん編集者が書かせな
いような過激なものをと呼びかけた。「テキサス州で発禁になればいい宣伝になるけ
どね」と期待しているそうだから、破天荒ぶりに期待の作品だ。ヘンダーソンは元ジ
ャーナリスト。"THE BLACK RUBBER DRESS"(1997)などの、女彫刻家サム・ジョーン
ズが主人公の素人探偵シリーズを発表している。ダフィもヘンダーソンも描くのは自
由奔放なロンドンの現代女性。ミス・マープルなら腰を抜かす? いやいや、動じな
い英国女性の先輩であるミス・マープルは、きっとほほえんでみせるにちがいない。
 そう、もし本の中の人物と言葉をかわすことができたら――。境界線があいまいに
なりつつあるのは、国同士の間よりも、ジャンル間で顕著かもしれない。エリック・
ガルシア(こちらはアメリカ作家だが)の『さらば、愛しき鉤爪』(ヴィレッジブッ
クス)で、「厳密にはミステリとは――」などと固いことはいいっこなし、おもしろ
ければいいのだという想いをあらたにしたのなら、ジャスパー・フォードに注目を。
"THE EYRE AFFAIR"(2001)は文学ミステリ+歴史改変SF+コメディとでも評せば
適切だろうか、あのジェイン・エアが本の中から誘拐されてしまうという、とんでも
ない設定の楽しい作品である。ジェインの行方を追うのは、特別諜報組織のサーズデ
イ・ネクスト、ドードー鳥をペットにする文学捜査員だ。映画業界に長くいたという
著者が、構想十数年をかけて発表したこのデビュー作は絶賛され、続いてこの7月に
はシリーズ2作目 "LOST IN A GOOD BOOK"(2002)が出版となり、前作に劣らぬと早
くも評判を呼んでいる。
 映画業界に身を置くニューウェイヴの作家なら、ほかにアンソニー・フルーインが
いる。20年以上にわたり故スタンリー・キューブリック監督のアシスタントを務めて
いたフルーインは "LONDON BLUES"(1997)において、ポルノ映画業界を背景に60年
代のソーホーの光と影をしっとりと描いた。意識的にジャンルを定義されるような作
品を書かなかったというフルーインだが、"SCORPION RISING"(1999)ではケント州
の海岸を舞台にしてノワールに挑戦している。
 ほかに気になるところでは、BBCに勤務していたフィオナ・マウンテンの "PALE
AS THE DEAD"(2002)に始まる新シリーズがある。主人公は実の親捜し専門の“先祖
探偵”で、そこに失踪事件などミステリ的要素がからんでくるらしい。現代の世相を
反映した職業で興味は尽きない。また若手の作品を集中して読みたければ、マイク・
リプリーとマキシム・ジャクボヴスキーが現在3冊まで編纂しているアンソロジー、
"FRESH BLOOD" のシリーズを手にするのもいい。
 チェックしたい作家はまだ何人もいるが、つぎは当編集部でとくに注目している作
家2名にしぼって紹介しよう。1965年生まれと奇しくも同い年、独特な作風が印象的
なジェレミー・ドロンフィールドと、ジャンルの枠を超えた才能を発揮するマイケル
・マーシャル・スミスだ。
                                (三角和代)
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●ジェレミー・ドロンフィールド~構成の妙、イメージの幻惑

 2002年3月、ある謎めいた本が書店に現れた。余白の目につく装丁、たった3人の
登場人物表、詳細が判然としない内容紹介。通常ならば本を選ぶ手がかりになるはず
の情報は、すべて漠としている。これはジェレミー・ドロンフィールドのデビュー作
『飛蝗の農場』(越前敏弥訳/創元推理文庫)。英国推理作家協会(CWA)賞最優
秀処女長篇賞にノミネートされた。著者は英国のウェールズ出身、ケンブリッジ大学
で考古学研究に携わった経歴の持ち主である。

 この本を手にして読み始めると、まず凝りに凝った構成にとまどう。大筋では農場
を営む女キャロルとそこへ転がり込んだ男スティーヴンの行動を追っていくが、その
合間にまったく関連がないと思われるエピソードがきれぎれに登場する。これらのエ
ピソードと大筋の物語とがどう関連しているのか、ページを繰っていっても、いっこ
うに明かされない。さらに大筋の物語ですらキャロルとスティーヴンの両者について
の基本事項が欠けており、ふたりの素性もはっきりしないままに物語が進行していく。
読み進むにつれて、しだいに不安がこみあげてくる。
 この手法は一歩間違えれば作者の独りよがりになりかねないが、ドロンフィールド
の場合、イメージと描写力の非凡さで読者の興味をつなぎとめる。やわらかな泥炭層
に足をとられてのみこまれかける男、巨木に吊るされた無数のギネスの缶など、つぎ
つぎに繰り出される場面のイメージが実に強烈かつ非現実的で、思わず目を奪われて
しまう。また、特異な語り口も特徴的だ。目にするものをすべて書き込まずにいられ
ないような緻密で執拗な描写のなかに、憑かれたような熱気が感じられる。随所に現
われる〈汚水溝の渉猟者〉の手紙や、冒頭をはじめとする第三者の声が聞こえてきそ
うな語り口がその例だ。こうした要素があいまって、ストーリーテリングの巧みさで
読者をひきつけるサスペンスやスリラーとはまったく異なる、一種異様な雰囲気をつ
くりあげている。それに驚いているうちにばらばらだった各エピソードのつながり方
がとつぜん見え、あとは結末まで一気に読まされてしまうというわけだ。

 こんな作品を読んでしまうと、どうしても次作が気になる。現在までに発表されて
いる未訳の3作品を見てみると、2作目の "RESURRECTING SALVADOR" では、古城と
そこに住む一族の謎をさぐるというゴシックホラー風。3作目 "BURNING BLUE" では
大学内での事件に第二次大戦時の秘密がからんでくる。4作目の "THE ALCHEMIST'S
APPRENTICE" になると、もはやミステリという言葉ではくくれない(後述)。
 デビュー作にあったジャンル小説としてのミステリ的な色合いはしだいに薄らぎ、
かわりにホラーや幻想小説といった虚構性の強い物語へと作風が変化しているように
思える。そういうと、『飛蝗の農場』の暗く緊迫感あふれるクライマックスに魅了さ
れたミステリファンは、いささか残念に感じるかもしれない。
 しかし、『飛蝗の農場』を読んだあなたに、もう一度思い出してほしい。ストーリ
ーのなかばを過ぎ、展開が一気にわかった快感のあと、「ああ、この物語はいわゆる
スリラーとして決着してしまうのか」という落胆をかすかに感じなかっただろうか。
そして、すべての物語が終わったかに思えたそのあと、最後の1ページでふたたび混
乱へ突き落とされたときに、言い知れない興奮を感じたのではないだろうか。
 ドロンフィールドには型にはまったありきたりの小説ではなく、これまでどこにも
なかったような作品を書いてほしい。その期待はおそらく裏切られることなく、次作
が書店に現れるときにも、この作家はわたしたちを予想もつかぬ物語の中へと連れて
いってくれるはずだ。

"THE ALCHEMIST'S APPRENTICE" by Jeremy Dronfield
Review/2001/ISBN:074726483X

《ひとりの女と出会ってから、作家と小説は変化しはじめる》

 ジェレミー・ドロンフィールドは1冊の古書を手に入れた。その題名は "THE
ALCHEMIST'S APPRENTICE"。かつて親友ドリックがペンネームで発表し、世界中でベ
ストセラーになった小説だが、いまではまったく見かけなくなった。後日ドリックか
ら電話があり、久しぶりに会いたいという。しかし訪ねていっても本人はおらず、か
わりに大きな荷物を渡される。その中には章ごとに小分けにされた原稿と、ドリック
からの手紙が入っていた。「僕はこのままいなくなる。きみは僕を記憶するただひと
りの人間になるだろう」――。
 原稿の中には、ドリックの風変わりな体験がつづられている。大学の講座で小説の
書き方を教えながら自分でも創作をつづけていたころ、ドリックはたまたま遠出をし
た先でキスメットと名乗る白いドレスの女と出会い、忘れがたい印象をうけた。しか
し地元の婦人によれば、かつて土地の名家に同じ名前の幼い娘がいたが、川で溺死し
たという。一方、めでたく自作が出版社に売れて契約をかわした日、偶然に手に入れ
たノートパッドには、書き留めたことがすべて現実化するという不思議な力があった。
ドリックはそれをキスメットと再会するために使う。
 のっけから作中作として表題と同じ作品が登場して驚かされるが、それは序の口で、
あとにいくほど目を疑うような仕掛けがほどこされているメタフィクションである。
ひとつの小説のなりたち、ベストセラーが生まれるまでの過程、不思議なノートパッ
ドなど、作中のエピソードの多くが「書くという行為」と結びついており、物語を書
くことによって世界は変容するというメッセージが垣間見える。そしてキスメットの
正体がわかってからは、世界そのものの存在の確かさすら揺らぐ幻想小説の様相をお
びてくる。『飛蝗の農場』にはみられなかった美しい場面もあるが、手の込んだ構成
と読者を幻惑する奇抜な発想はたしかにドロンフィールドのものだ。
                                (影谷 陽)
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●マイケル・マーシャル・スミス~SF界の注目作家がミステリへ進出

 ミステリ・ファンにとってその知名度はまだ今ひとつかもしれないが、マイケル・
マーシャル・スミスはSF界ではすでに実力を高く評価されている作家だ。これまで
に近未来を描いた長編を3作発表しており、1994年のデビュー作『オンリー・フォワ
ード』(嶋田洋一訳/ソニー・マガジンズ)はフィリップ・K・ディック賞等を受賞
した。また、2作目『スペアーズ』(嶋田洋一訳/ヴィレッジブックス)、3作目
『ワン・オヴ・アス』(嶋田洋一訳/ソニー・マガジンズ)ともに、映画化権が売れ
ているところからも、人気のほどがうかがえるだろう。スミスが影響を受けた作家に
はジム・トンプスンや、ジェイムズ・リー・バーク、エルロイの名も挙がっており、
特に『スペアーズ』はノワールの影響が濃く現れている。そのスミスが本国でこの8
月に、初めて現代に舞台を移したノワール・スリラー、"THE STRAW MEN" を発表した。
異なるジャンルの作品を書いたことについて、連続殺人や家族とその過去といったこ
れまでと違うテーマに取り組んでみたかったからと作者はインタビューで語っている。

 これまでの作品を簡単に紹介すると、『オンリー・フォワード』は、ある特殊な能
力をもった男が主人公。人捜しの依頼を請け、外部のものは一切立ち入り禁止の地区
に潜り込むが、やっと見つけだした失踪人ともども命を狙われるはめになるという、
SFとハードボイルドとファンタジーが融合したような作品だ。
『スペアーズ』は、今から1世紀以上先のバージニア州が舞台。元警官の主人公が、
ある事件をきっかけに“スペア”であるクローン人間を飼育する農場で働くことにな
る。その悲惨な状況に愕然とし、ついにそのうちの数人を連れて逃げ出すが、逃げ込
んだ先で何者かにスペアたちをさらわれてしまう。物語はクローンネタだけで終わら
ず、次第に悪夢のような展開をみせてゆく。
『ワン・オヴ・アス』では、「記憶の一時預かり」を請け負う主人公が、依頼人の女
性から殺人を犯す瞬間の記憶を預かったことから、正体の知れない男たちや警察から
追われるはめになる。21世紀初めのアメリカ西海岸を舞台にしたハードボイルド――
と、スミスの作風はユニークで、いろんなアイデアと小道具をこれでもかと詰め込ん
でいき、それらは一見まとまりがなさそうに見えながら最後にはきちんと収まるべき
ところに収まって読者を唖然とさせる。ユーモアも随所に埋め込まれ、なかでも主人
公につきまとう“しゃべる目覚まし時計”(『ワン・オヴ・アス』)といった“がら
くた”たちは魅力に溢れている。

 最新作 "THE STRAW MEN" は、ラストネームのスミスを省いたマイケル・マーシャ
ル名義で出版された。まったくの偶然だが、昨年アメリカでマーティン・J・スミス
という作家による "STRAW MEN" というミステリが出版されており、読者の混乱を危
惧したことと、特定のジャンルのみを好むファンが戸惑うことのないよう配慮したこ
とが、その理由だそうだ。次作はふたたびマイケル・マーシャル名義のミステリ、そ
のあとはマイケル・マーシャル・スミスの名でSFを執筆予定とのこと。

"THE STRAW MEN" by Michael Marshall
HarperCollins/2002.08/ISBN:0002256010

《父が息子に遺したものとは?》

 今から10年前、ペンシルベニア州の小さな町で大量殺人が起こった。昼食時で賑わ
うハンバーガー店で銃を乱射した犯人は、88人を殺害して忽然と姿を消す。
 カリフォルニア州サンタモニカでは、14歳の少女サラが誘拐された。事件を担当す
るFBI捜査官ニーナは引退した元警官ザントを訪ね、捜査に加わって欲しいと頼む。
数年前、世間を騒がした連続殺人犯〈アップライト・マン〉が、今回の事件にも関与
しているらしいことがわかったからだ。当時、地元の殺人課刑事だったザントは、ニ
ーナとともにアップライト・マンを追っていたが、アップライト・マンはザントの娘
カレンを誘拐したあと消息を絶った。カレンの遺体はいまだ見つかっていない。ザン
トはニーナに手を貸すことを決意し、サラの行方を追う。
 モンタナ州では、ウォード・ホプキンスが交通事故で命を落とした両親の葬儀のた
め、実家へ戻っていた。葬儀のあと、家の中をうろついていたウォードは、父の椅子
の背に本が隠されているのに気づく。本には父親の筆跡によるメモがはさまれていた。
「ウォード、わたしたちは生きている」
 ウォードが他にも父が残したものがあるかもしれないと家中を捜索すると、1本の
ビデオテープが父親の部屋で見つかる。そのテープには〈ストロー・メン〉という謎
のことばと、両親の秘められた過去が収められていた。そしてウォードは、謎の集団
の存在と、両親の死は事故ではなかったことを知り――。
 本作は、SF的要素がなくなったぶん謎解きが増え、よりスリラー色の濃い作品と
なっている。まるで無関係に見えた3つの事件に加えて、誘拐された少女サラが恐れ
る〈ノッコン・ウッド〉や、世界各地で起こる大量殺人など、さまざまな断片がいつ
のまにか絡みあってその繋がりが明らかになる手法は、いかにもスミスらしい。一筋
縄ではいかない作家スミスの独特の世界は、一風変わった作品を読んでみたいという
読者なら病みつきになること請け合いだ。

 イギリス人でありながらアメリカを舞台にした作品を書き、SFからミステリへジ
ャンルを越えて活躍するボーダーレスな作家スミスから、ミステリ・ファンも今後目
が離せそうにない。
                                (松本依子)

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/feature.html

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 ■インタビュー ―― リーバス警部シリーズの訳者、延原泰子さんに聞く

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 今月のインタビューは、「スタンダードな1冊」でも取り上げたリーバス警部シリ
ーズの訳者、延原泰子さんにお話を伺った。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《延原泰子さん》大阪大学大学院英文学修士課程修了。『採用できない証拠』
|(フィリップ・フリードマン著/ハヤカワ文庫NV)、『ケネディ家の女たち』
|(ローレンス・リーマー著/早川書房)、『シンプルな豊かさ 1月―6月~癒
|しと喜びのデイブック』(サラ・バン・ブラナック著/早川書房)等訳書多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――翻訳を志されたきっかけを教えていただけますか。
「15年以上前、英米女性作家のドリス・レッシングやケイト・ショパンを読んでいま
した。その頃はいい作品でも翻訳されることがめったにありませんでした。それで自
分がとても感動した小説を、ぜひともほかの女の人たちにも読んでもらいたいなどと
考えているときに大阪でサイマル・アカデミーが開校されたので、第1期生になりま
した。菊池光先生の教えを受け、ミステリの翻訳の仕事をいただくようになりました」

――リーバス警部シリーズを訳されたいきさつをお聞かせください。
「早川書房の千田さんから、力のある作家なのでとお誘いを受けました。ゴールド・
ダガー賞を取れそうなんです、というお話でした。まず『血の流れるままに』を翻訳
し始めたのですが、『黒と青』が受賞したのでこちらから紹介しました」

――リーバスの魅力はどんなところだと思われますか。
「単純なタフガイでないところです。しょぼくれた頑固な中年男で、屈折していて内
省的で、やさしさと乱暴さが同居しているという複雑な性格に描かれています。自立
心旺盛な娘がいる、という設定が利いていますね。エジンバラに対する深い思い入れ
がいいです」

――リーバス警部シリーズでお好きな登場人物は?
「シボーン刑事です。爽やかな性格がリーバスと対照的ですね。訳していて嬉しくな
ります。せりふはきびきびした感じにして、好感を持たれるように心がけています」

――スコットランドの地名や固有名詞が出てきますが、苦労話などはありますか。
「カタカナ表記が難しいですね。失敗もあります。最初の頃、Cockburn(コウバーン)
という通りを、コックバーンと書いてしまったり。作品中にスコットランド語がさら
っと混ぜられているのですが、ぜったい残したい箇所以外は、残念ながらふつうに訳
してしまっています。訳者だけが楽しんでいるわけで、申し訳ないです。レファレン
スは、Fodor's の "Exploring Scotland" という観光案内書がお薦めです。とても美
しい本です」

――スコットランドに行かれたことはありますか?
「リーバス警部シリーズより以前、2回ほど。1回目はエジンバラを振り出しに、ア
バディーン、インヴァネス、ピットロッホリー、グラスゴーと、B&Bに泊まりなが
ら回りました。2回目はエジンバラだけ。今ならエジンバラにリーバス警部ツアーも
あるそうですね」

――ランキンのほかに好きなミステリ作家を挙げるとしたら?
「ジョン・ル・カレ、ディック・フランシス、スティーヴン・ハンター、高村薫など
です。ぐっと哀感がこみ上げるような作品が好きです」

――今後の予定をお聞きしたいです。
「今は Eddie Muller の "The Distance" という小説を翻訳中です。1948年のサンフ
ランシスコが舞台で、新聞記者とボクサーの話なんです。その当時のボクシング業界
が見事に描かれています。とても濃密な雰囲気の作品で……そのあとリーバスものの
次の作品にかかる予定です」
                           (取材・文/大越博子)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『ストーン・ベイビー』

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『ストーン・ベイビー』 "STONE BABY"
 ジュールズ・デンビー/古賀弥生訳
 ハヤカワ・ミステリ/2002.08.31発行 1200円(税別)
 ISBN: 4150017204

《これは、女二人と男一人の友情と破滅、そして再生の物語だ》

 物語は、事件がすべて終わったあとの描写から始まる。女性コメディアン、ジェイ
ミーは、事件のあと再び舞台に立った。連続殺人犯と寝ていた女を見るために客は集
まり、「どうして一緒に暮らしていた男が殺人犯だと気づかなかったのか」とジェイ
ミーを罵しる。記者が連れてきた、殺された被害者の母親は泣き崩れ、ジェイミーも
加害者であるかのように責めたてる。そして、ジェイミーの親友でありマネージャー
でもあるリリーの回想が始まる。
 孤児で黒人の血が混じっているリリーは、白人の養親に育てられたが自分のおかれ
た環境に居心地の悪さを感じていた。そんなときジェイミーと出会い、舞台でのジェ
イミーと観客とのひょうきんなやりとりに才能を感じ、幼児期に性的虐待を受けたた
め心に闇の部分をもつ彼女に惹かれて、マネージャー役をかってでた。そして同性愛
者で美しい黒人男性モジョも加わった奇妙な共同生活が始まる。ジェイミーとリリー
は苦労をしながらも助け合い、ショービジネスの世界で少しずつ道を切り開いていく。
挫折を味わったり、けんかをしたり、色恋沙汰があったりして歳月は過ぎる。
 そしてそこへ、ジェイミーが一目ぼれした男ショーンが入りこんでくる。初めショ
ーンは、3人の生活のバランスを崩す、嘘つきでいけ好かない邪魔者でしかなかった。
しかし、次第に正体をあらわし始め、主人公たちは破滅へとすすんでいく。
 とにかく、登場人物が魅力的。自尊心が強く、内面に強さと弱さを持ち生命力が感
じられる。連続殺人犯からひどい仕打ちをうけ、最後には世間そしてマスコミにもず
たずたにされるが、この3人なら悲惨な過去を抱えながらもきっと生きていけると思
える。また「連続殺人犯と寝た女」という設定は物語のはじめで明らかにされている
ので、一見普通の男が連続殺人犯として正体をあらわしていく過程がスリリングだ。
 英国出身の作者は詩人で、自作の詩や散文の朗読を世界各地で行っている。本書は
彼女が初めて上梓した小説で、本国では昨年2作目の小説 "CORAZON" も出版された。
 タイトルの「ストーン・ベイビー」とは、死亡して体内で石灰化した胎児のこと。
子宮外妊娠でできた胎児の存在に気づかず、生涯その体内に石灰化した胎児を抱えて
いた女性の事例が本書の冒頭で紹介されていて、それは、事件のことを死ぬまで心の
奥底に持ち続けていくであろう主人公たちの姿と重なる。
                                (清野 泉)
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 ■ミステリ雑学 ―― ブリティッシュ・ノワールの先達、ここにあり

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 現在の英国ミステリ界では、ブリティッシュ・ノワールやブリティッシュ・ニュー
ウェイヴと呼ばれるジャンルがにわかに活気づいているようだが、みなさんはジェイ
ムズ・ハドリー・チェイス(1906~1985)というイギリス人作家をご存じだろうか。
 1930年代のイギリスは本格推理小説の黄金時代で、クリスティ(1890~1976)、ク
ロフツ(1879~1957)、バークリー(1893~1971)などが隆盛を誇っていた。そんな
中、チェイスはアメリカのスラング辞典を片手に6週間で書き上げた『ミス・ブラン
ディッシの蘭』(1939)を引っ提げて登場した。
 本書は刊行と同時に大ベストセラーになったが、その内容が物議を醸した。舞台は
アメリカ。大富豪ブランディッシの令嬢がギャングに誘拐され、私立探偵が行方を捜
す、というストーリーで、現在ならばクライム・ノヴェルやノワール小説に分類され
る作品だ。だが当時のイギリスではこの作品の残虐な暴力描写や、扇情的な性描写が
批判の対象になった。そして初版発売後しばらくして発禁処分になったのである。
 今日読むことができる翻訳書は、これらの描写が削除された改訂版を底本にしたも
のだ。しかし、この小説がいまなお評価され続けているのは、人間の根底のどす黒い
部分――セックスや暴力に潜むサディズムを堂々と描いたからにほかならない。いま
から60年以上も前に、イギリス人によって書かれたミステリ史に残る優れたノワール
作品が存在したことは、記憶にとどめておきたい。
 チェイスは18歳の時から様々な出版関係の職を経て、作家になる決意をしたとされ
る。当時アメリカで流行していたハードボイルドスタイルの小説がイギリスでもては
やされているのを知り、本家を凌ぐほどの作品を次々に書き続け、生涯でおよそ90作
もの犯罪小説やサスペンス小説を上梓した。チェイス作品の特徴は、だれが読んでも
わかりやすく、サスペンスあふれる仕上がりになっているところだろう。
 日本でも多くの翻訳書が出たが、いまやそのほとんどが絶版になっている。現在で
はデビュー作の『ミス・ブランディッシの蘭』、『悪女イブ』(1945)、『ミス・ブ
ランディッシの蘭』の続編にあたる『蘭の肉体』(1948)が創元推理文庫で入手可能
だ。
 さて、絶版本をお薦めするのもなんだが、好きなものはしょうがない。イチ押し作
品は『世界をおれのポケットに』(1958)。4人の男と1人の女が現金輸送車を襲い、
100万ドルの現金を強奪するという犯罪小説だ。個性的な登場人物を配し、犯罪計画
というものがどのように破綻していくかという様を犯罪者の視点から、じわりじわり
と読者に見せていくチェイスの手腕は見事の一語に尽きる。しかも結末の演出は絶品
の味わいで、かつて大薮春彦氏が絶賛したといわれるのも頷ける名作だ。
『蘭の肉体』はミス・ブランディッシと、彼女を誘拐したギャングの一人で殺人狂の
スリムとの間に産まれた娘キャロルが主人公。母から莫大な財産を相続したキャロル
だが、父親のスリムの狂気をも受け継いでいた。成人して精神病院に入れられたキャ
ロルが、ある日病院から逃げ出して……。ストーリーテラー、チェイスの真骨頂が存
分に味わえ、これもまた結末がじつにうまい。温故知新ということばがあるが、この
機会にイギリスのノワールの先達、ジェイムズ・ハドリー・チェイスをどうかお見知
りおきいただきたい。
                                (板村英樹)

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 ■スタンダードな1冊 ―― ブリティッシュ・ノワールの愉しみ

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『黒と青』イアン・ランキン/延原泰子訳/ハヤカワ・ミステリ
"BLACK AND BLUE" by Ian Rankin

 主人公と背景の街が強い印象を残すミステリがある。今月のスタンダードでご紹介
するのはそんな作品。英国ニューウェイヴの先駆者イアン・ランキンの『黒と青』だ。
1997年度英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞を獲得した本書は、スコットランドを
舞台にハードボイルドな世界を描いた、重厚感あふれる警察小説の傑作である。

 1960年代、スコットランドを恐怖に陥れた連続強姦殺人鬼バイブル・ジョン。事件
から25年がすぎた今、エジンバラ市警のジョン・リーバス警部は、彼の模倣犯ジョニ
ー・バイブルを追っていた。一方、北海の油田で働く男が変死体で発見され、現場か
らギャングの指紋が検出される。麻薬がらみの殺人か? リーバスは捜査に乗りだす。
 だが、捜査に思わぬ邪魔が入った。過去に彼が逮捕した囚人が冤罪を訴え獄中で自
殺。マスコミが騒ぎだし、警察の内部調査が始まったのだ。しかし、リーバスは上司
の警告を無視し、ひとり執念の捜査を続ける。やがて、警察内の汚職、油田の環境保
護をめぐる企業疑惑が浮上するなか、一見、何の関係もないと思われた3つの事件が
意外な展開を見せ始める……。

 麻薬や売春、ギャングの抗争、警察内部の汚職や腐敗、暴力と猥雑さ、それが『黒
と青』に描かれる世界だ。警察組織内のはみだし者で一匹狼のリーバス警部は、上司
の圧力にも屈せず、闘犬のようなしつこさでひたすら事件を追い、社会の暗部に挑む。
その姿は英国ミステリというよりもむしろアメリカのハードボイルドやノワール小説
の影響を思わせる。しかしランキンは、それらの単なる模倣をこえた独自の作品世界
を私たちにみせてくれる。
『黒と青』には強烈なスコットランドの魂が息づいている。スコットランドの風土、
社会の現実や生活者の姿がしっかりと描かれ、存在感を放っている。特に第2の主人
公とさえいえるエジンバラの描写が印象的だ。観光的な表の顔とは別のエジンバラの
現実の素顔。暗く陰鬱な気候と湿った空気。作品の底に暗い水のように流れ、本書に
独特の陰影と哀しみをもたらす歴史の重み。そして、孤独なリーバスたち人間の姿。
ここにはランキン独自のノワールの世界があり、私たちをつよく魅了する。
 主人公リーバス警部の人間味あふれる姿もいい。家庭人としては落伍者の孤独な彼
だが、部下や同僚にはやさしさをみせる。犯罪や人生へのやりきれなさを酒と音楽で
まぎらわせ、捜査のたびに増えゆく死者の亡霊を背負いながら生き続ける。そんなリ
ーバスを支える親友ジャック・モートン警部、部下のシボーン刑事ら脇役たちの存在
も忘れがたい。巻を重ねるごとに変化してゆく彼らの姿も読みどころのひとつだろう。

 冷たい霧雨の降る、あるいは身を切るような寒風吹きすさぶエジンバラの街並を想
いながら、上質のモルトウイスキーのように重厚で芳醇なランキンの世界、ぜひじっ
くりと味わっていただきたい。リーバス警部シリーズは現在第7作から12作まで邦訳
されており、変わりゆくリーバスとエジンバラの姿が愉しめる。
                               (山田亜樹子)


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 ●フーダニット翻訳倶楽部からのお知らせ ―― 活動拠点の移動について

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 フーダニット翻訳倶楽部は、活動拠点としていた @nifty の会議室を10月17日に閉
鎖し、WEBサイトへ完全移行します。今後は @nifty 会員以外の方も、倶楽部に参加
可能となります。
 詳しくは(http://www.litrans.net/whodunit/oshirase.htm)をご覧ください。
                  (フーダニット翻訳倶楽部会長 うさぎ堂)


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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html

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■編集後記■
 米国の匂いが感じられる英国ノワール、英国人が米国を舞台に書いたハードボイル
ド、SF作家のミステリ参入……海外ミステリの世界も確実にボーダーレス化が進ん
でいます。おかげで新しい作家に出会う楽しみが増え、『海外ミステリ通信』で取り
あげたい作家もどんどん増えていきそうです。10月号はバウチャーコン特集。新人賞
にノミネートされている作品をご紹介します。              (片)



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 海外ミステリ通信 第13号 2002年9月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     清野 泉、小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、
     山田亜樹子、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
 http://www.litrans.net/whodunit/ (URLがかわりました)
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/index.htm

 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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             月刊 海外ミステリ通信
          第12号 2002年8月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特別インタビュー〉  『小林宏明のGUN講座』の著者に聞く
〈注目の邦訳新刊〉   『諜報指揮官ヘミングウェイ』
〈速報〉        アンソニー賞ノミネート作品発表
〈お知らせ〉      フーダニット翻訳倶楽部 新Webサイト紹介


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 ■インタビュー ―― 『小林宏明のGUN講座』の著者に聞く

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 今年6月、ミステリの翻訳にたずさわる者が長いあいだ待ち望んでいたレファレン
ス本が出版された。題して『小林宏明のGUN講座』(エクスナレッジ社)。
 警官や自衛官でないかぎり、実銃を目にする機会のないわれわれ日本人にとって、
海外ミステリに登場する銃器の描写をどう訳すかは悩みの種だった。インターネット
で外国のサイトを調べても定訳があるかどうかわからないし、日本で出版されている
ごくわずかな本はマニア向けで、基礎知識のない者が読んでもさらに疑問が増えるだ
けだった。
 そんな状況のなか、拳銃やライフル、ショットガン、マシンガン、弾薬について初
心者にもわかりやすいように系統だてて説明されているこの本は、まさに銃器レファ
レンスのバイブルと言っても過言ではないだろう。
 今回は著者の小林宏明さんにメイキング・ストーリーをうかがった。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《小林宏明さん》1946年生まれ。東京都出身。明治大学英米文学科卒。『LAコ
|ンフィデンシャル』(ジェイムズ・エルロイ著/文春文庫)、『キリング・フロ
|アー 上・下』(リー・チャイルド著/講談社文庫)、『多重人格殺人者 上・
|下』(ジェイムズ・パタースン著/新潮文庫)など、翻訳書多数。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――『GUN講座』を出版された経緯についてお聞かせください。
「2000年11月から1年間、『通訳・翻訳ジャーナル』誌に《エンターテインメントの
陰に銃がある》というエッセイを連載していました。それを読んだ翻訳家の東江一紀
さんに1冊の本にまとめるように勧められ、出版社まで紹介してもらいました。実際
に本にするにあたっては、大幅に加筆してあります」

――銃についてくわしく調べようと思われたきっかけはなんですか?
「もともと銃には関心があったのですが、翻訳家仲間のパティオ(注)に寄せられた
銃に関する質問について調べているうちに歴史や由来などの背景がわかり、さらに興
味が深まって自分なりに勉強するようになりました」
(注)認証を受けたメンバーだけが参加できるオンライン・コミュニティ

――執筆にあたって苦労された点は?
「銃というのは特殊な世界ですから、まったくの初心者にもわかりやすい内容にする
ためにはどこから説明すればいいのか、そのポイントをつかむのがむずかしかったで
すね。その点では、翻訳家仲間から寄せられた質問や、@niftyの文芸翻訳フォーラム
で翻訳を勉強中のメンバーが作ってくれた質問リストがたいへん役に立ちました。
『GUN講座』は翻訳にたずさわる人たちだけでなく、海外ミステリを読むのが好き
な人たちにも読んでいただきたい本です。銃の知識がなくても海外ミステリを読むこ
とはできますが、ウェザビー・ライフルはライフルのなかでも高価で強力なモデルだ
ということや、ライフルやサブ・マシンガンには善玉(警察や軍隊)が持つモデルと
悪玉(ギャングなどの犯罪者)が持つモデルがあるということを知っていると、もっ
とミステリを楽しむことができると思います」

――銃の初心者にとって『GUN講座』はとても役に立つレファレンスだと思います
が、この次にそろえる資料としてお薦めのものはありますか? 
「『最新ピストル図鑑』(床井雅美著/徳間文庫)などの図鑑がいいと思います。実
物の写真を見ることで具体的なイメージがわきます」

――銃の描写がうまい作家としてダシール・ハメットやドナルド・ハミルトンをあげ
ていらっしゃいますが、そのほかには?
「最近読んだなかでは『鋼(はがね)』(ダン・シモンズ著/嶋田洋一訳/早川書房)
がおもしろかったですね。また、『最も危険な場所 上・下』(スティーヴン・ハン
ター著/公手成幸訳/扶桑社ミステリー)には実在した有名なガンマンをもじった人
物がたくさん登場し、さながら活字版『荒野の7人』を思わせるストーリーでたいへ
ん楽しめました。以前に比べると、ミステリのなかに銃の細かい描写が多くなったの
は事実ですが、すべての描写が正しいとはかぎりません。銃や銃撃の場面を書いてい
る作家がみな実際に銃を所有していたり、実射の経験があるわけではなく、資料をも
とに想像力で書いている人もいるようです。逆に、もと警官や軍人という経歴を持つ
作家は生々しい銃の場面を書かないことが多いのですが、それは銃のおそろしさや被
害者の悲惨な姿をよく知っているからかもしれません」

――ハワイで実射を体験されたそうですが、感想は?
「実銃を撃ちたいと強く思っていたわけではなく、ハワイに行ったついでにためしに
ちょっと撃ってみただけですので、44マグナムの衝撃の強さが印象に残っている程度
です。ただ、最近は同じ口径のオートマティックとリボルバーの反動のちがいを実感
してみたいと思っています」

――続編の予定はありますか?
「具体的にはありませんが、もし機会があれば、次はショットガンについてもっとく
わしく書いてみたいですね。ショットガンはアメリカのミステリによく登場しますが、
もともとは狩猟用としてイギリスで生まれたもので、精巧な彫刻をほどこしたものが
貴族のあいだで珍重されていたようです。その後の発展の過程で有名人が関わった歴
史もあり、くわしく調べたらおもしろそうだと思っています。また、ケネディ大統領
暗殺事件やキング牧師暗殺事件など、アメリカで起こった実際の銃撃事件を、使用さ
れた銃の側面からとらえた本も書いてみたいと思います。最近おこったロサンゼルス
空港での事件も、日本ではそういう事件があったという報道しかされませんでしたが、
犯人はどんな銃を使ったのか、そういうことに興味があります」

『小林宏明のGUN講座』は、Books Whodunit(*)の「役に立つレファレンス集」
でくわしく紹介しています。表紙画像もご覧になれますので、ぜひ参考になさってく
ださい。(*)http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/
                     (取材・文/中西和美、山本さやか)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『諜報指揮官ヘミングウェイ』

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『諜報指揮官ヘミングウェイ』(上・下) "THE CROOK FACTORY"
 ダン・シモンズ/小林宏明訳
 扶桑社ミステリー/2002.06.30発行 各876円(税別)
 ISBN: 4594035477(上)、4594035485(下)

《ストーリーテラー、ダン・シモンズが新たなジャンルに挑戦した》

『殺戮のチェスゲーム』、『ハイペリオン』四部作、『ダーウィンの剃刀』、『鋼』
などさまざまなジャンルの小説を発表しているダン・シモンズが、1999年に上梓した
『諜報指揮官ヘミングウェイ』は、歴史サスペンスだ。

 第二次世界大戦中、熱帯のキューバ、ハバナで暮らす小説家アーネスト・へミング
ウェイが、対諜報活動組織をつくった。キューバで活動しているナチスのスパイを監
視して、カリブ海で勢力を拡大しつつあったドイツ潜水艦Uボートの情報を入手する
のが目的だ。ウェイター、売春婦、新聞記者、漁師、孤児、ハイアライの選手などか
らなるその組織は、「悪党工場(クルック・ファクトリー)」と名づけられた。
 FBIの作戦実行機関SISに所属するルーカスは、フーヴァー長官から、ヘミン
グウェイの組織に潜入し彼を監視してその行動を報告するよう命令される。長官が作
家の活動に興味を持つ理由がわからず、訝しがりながらも、ルーカスはキューバへ向
かう。
 ヘミングウェイのスパイ活動は、有名作家の気まぐれなお遊びにみえた。連日のよ
うにパーティーを開いて浴びるように酒を飲み、悪ふざけで隣家に爆竹を投げ込み、
海釣りにでかける日々。一方、ルーカスはOSSやBSCといった米英の諜報機関か
ら接触を受け、また何者かに尾行され、命まで狙われる。なぜ自分が作家の遊びに付
き合わなければならないのか? フーヴァー長官の狙いは何か? 誰が味方で敵は誰
なのか? ルーカスは疑念を抱く。ハバナの売春宿でドイツの工作員らしき男が殺害
されたことをきっかけに、物語は大きく動きだし、へミングウェイ、ルーカス、そし
てクルック・ファクトリーが歴史の波にのまれていく。
 著者シモンズが「95%事実に基づいている」と言っているとおり、実際に起きた事
件について言及され、ゲーリー・クーパー、イングリッド・バーグマン、マレーネ・
ディートリヒ、イアン・フレミングそしてジョン・F・ケネディなど実在の人物も多
数登場する。ヘミングウェイがクルック・ファクトリーという組織をつくってスパイ
活動をしていたことも、FBIがヘミングウェイの身辺を調査していたことも事実で、
シモンズはこれらを検証して、いっそうおもしろい物語に仕立てあげている。
 豊かな才能があって虚構の世界に生き、こどものようにわがままで、友人や身内に
対しては思いやりのある「パパ」ヘミングウェイの世界と、敵を陥れるためにだまし
あい、必要があれば人殺しも厭わない米英独の諜報活動の対比がおもしろい。また、
物語のなかで、ヘミングウェイの小説論も語られ、こちらも興味深い。
 熱風を感じるようなキューバのけだるい夏の描写も、いまの季節にぴったりで楽し
める。
                                (清野 泉)

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 ■速報 ―― アンソニー賞ノミネート作品発表

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 世界最大のミステリー大会バウチャーコンが主催する、アンソニー賞のノミネート
作品が発表になった。受賞作は10月に行われるバウチャーコンで発表される。以下に
ご紹介する部門のほか、ノンフィクション/評論賞、ヤングアダルト・ミステリ賞、
カバー・アート賞などがある。

●最優秀長篇賞(Best Mystery Novel)

 "THE DEVIL WENT DOWN TO AUSTIN"    Rick Riordan
 "FLIGHT"                ジャン・バーク
 『ミスティック・リバー』        デニス・ルヘイン
 "REFLECTING THE SKY"          S・J・ローザン
 "TELL NO ONE"             ハーラン・コーベン

●最優秀処女長篇賞(Best First Mystery Novel)

 "AUSTIN CITY BLUE"           Jan Grape
 "THE JASMINE TRADE"          Denise Hamilton
 "OPEN SEASON"             C. J. Box
 "THIRD PERSON SINGULAR"        K. J. Erickson
 "A WITNESS ABOVE"           Andy Straka

●最優秀ペーパーバック・オリジナル賞(BEST PAPERBACK ORIGINAL)

 "DEAD OF WINTER"            P. J. Parrish
 "DEAD UNTIL DARK"           Charlaine Harris
 "DIM SUM DEAD"             ジェリリン・ファーマー
 "THE HOUDINI SPECTER"         ダニエル・スタショア
 "A KISS GONE BAD"           ジェフ・アボット

●最優秀短篇賞(Best Mystery Short Story)

 "Bitter Waters"            ロシェル・メジャー・クリッヒ
                  (in "CRIMINAL KABBALAH")
 "Chocolate Moose"           Bill & Judy Crider
                  (in "DEATH DINES AT 8:30")
 「ペテン師ディランシー」        S・J・ローザン
                  (in "MYSTERYSTREET")
 "My Bonnie Lies"            Ted Hertel, Jr.
                  (in "THE MAMMOTH BOOK OF LEGAL
                                THRILLERS")
 「サファイアをつけた乙女座の女」    マーガレット・マロン
                  (in "EQMM", December 2001)
                              (かげやまみほ)

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 ■フーダニット翻訳倶楽部 新Webサイト紹介

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「海外ミステリ通信」を発行している「フーダニット翻訳倶楽部」では今年5月、新
しいWebサイトをオープンしました。これまでのコンテンツに加えて、読み物や資料
のコーナー、自由に書き込める掲示板を新設。そのおもな内容をご紹介します。
 各コーナーと掲示板には、すべて下のURLからアクセスできます。
 フーダニット翻訳倶楽部トップページ http://www.litrans.net/whodunit/

●ミステリ賞リスト
 http://www.litrans.net/whodunit/awards/
 これまでにメールマガジンで紹介したMWA、アガサ、シェイマス、アンソニー、
マカヴィティ、CWAの主要6賞について、1998年以降の受賞作、ノミネート作をリ
ストアップ。邦訳情報も加えています。そのほかの賞も最新の情報を掲載。

●EQMM作家紹介
 http://www.litrans.net/whodunit/eqmm/mainlist.htm
 米国のミステリ専門誌 "Ellery Queen's Mystery Magazine" の1999年1月号から
2001年12月号までに掲載された短篇と作者のリスト。邦訳情報も。

●ミステリと街
 http://www.litrans.net/whodunit/city/
「海外ミステリ通信」2001年11月号の特集「ミステリと街・ボルチモア」の関連コー
ナー。ボルチモアにまつわる観光地、実在する店、人物名などのリンク集です。

●ミステリな食卓
 http://www.litrans.net/whodunit/shoku/
 ミステリ小説のなかに登場するおいしそうな料理をさがし、実際に料理を作れるよ
うにレシピにしました。おかずやおやつに一品いかがですか?

●リンク集
 http://www.litrans.net/whodunit/links/
 ミステリ関係のニュースサイトや作家のオフィシャルサイト、出版社のサイトなど、
最新の情報を得られる便利なサイトを集めました。

●掲示板「黒猫亭」
 http://www.litrans.net/whodunit/bbs/wdlight01/light.cgi
 フリートーク掲示板です。「海外ミステリ通信」やWebサイトの感想はこちらへど
うぞ。倶楽部への入会希望もこちらで受け付けています。

●掲示板「PRIME CRIME RHYME」
 http://www.litrans.net/whodunit/bbs/wdlight02/light.cgi
 海外ミステリについて語る掲示板です。読み終えた本の感想や、大好きな作家の話
などはこちらへどうぞ。会員による新刊情報もあります。8月からは「ミステリ賞読
書マラソン」も始まりました。

●掲示板「原書50冊マラソン」
 http://www.litrans.net/whodunit/bbs/wdlight03/light.cgi
 会員の有志が、1年間でミステリの原書を50冊読もうという企画にチャレンジ中で
す。こちらはその進行状況や読了の報告を書き込む掲示板。見学は自由です。

 フーダニット翻訳倶楽部では、会員を常時募集しています。ミステリの翻訳を学習
中の方はもちろん、原書、訳書にかかわらず海外ミステリを読むのが好きな方、おす
すめの海外ミステリを知りたい方など、どなたでも歓迎です。
 入会金は無料で、会員になると読書マラソンなどの倶楽部の企画に参加することが
できます。「海外ミステリ通信」の記事を執筆したり、取材に参加したりもできます。
 興味がわいたら、まずは掲示板へどうぞ。ご参加をお待ちしています。
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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html


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■編集後記■
 ご自分の著書に付箋をいっぱい貼って、「書き足したいところがこんなにあるんだ
よ」とおっしゃっていた小林宏明さん。その真摯な姿勢に思わず頭がさがりました。
記事以外にもためになるお話をいろいろとうかがい、充実したひとときとなりました。
来月の特集では、これからの英国ミステリをささえるいきのいい作家をご紹介します。
インタビューには、イアン・ランキンの翻訳を手がけていらっしゃる延原泰子さんが
登場する予定です。お楽しみに。                    (や)


*****************************************************************
 海外ミステリ通信 第12号 2002年8月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     清野 泉、小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、
     山田亜樹子、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: mwmag@litrans.net
 http://www.litrans.net/whodunit/
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/index.htm

 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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             月刊 海外ミステリ通信
          第11号 2002年7月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        クラシック・ミステリへの誘い
〈インタビュー〉    藤原編集室の藤原義也さんに聞く
〈注目の邦訳新刊〉   『第四の扉』『被告の女性に関しては』
            『煙の中の肖像』
〈ミステリ雑学〉    ノックスの探偵小説十戒
〈スタンダードな1冊〉 『毒入りチョコレート事件』


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■特集 ―― クラシック・ミステリへの誘い

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●クラシック・ミステリの復興

『ミステリマガジン』2002年3月号(早川書房)によれば、2001年に新刊として出版
された翻訳ミステリは287冊。ジャンルも、本格ミステリ、ハードボイルド、警察小
説をはじめ、ノワール、コージー、ホラーなど多様化している。そんな翻訳ミステリ
出版が隆盛をきわめるなか、1960年代より以前に書かれたクラシック・ミステリの出
版点数が着実に増えているという、本格ミステリファンにとってはうれしい現象がお
きている。
 クラシック・ミステリは、1994年にはじまった国書刊行会〈世界探偵小説全集〉を
はじめ、翔泳社〈翔泳社ミステリー〉、新樹社〈新樹社ミステリ〉などのシリーズか
ら毎年何点か出版されていたが、2001年にはハヤカワ・ミステリからヘイク・タルボ
ット『魔の淵』、ジョセフィン・テイ『ロウソクのために一シリングを』、マージェ
リー・アリンガム『霧の中の虎』が、創元推理文庫からはドロシー・L・セイヤーズ
『学寮祭の夜』『顔のない男』、ニコラス・ブレイク『死の殻』が刊行された。また
今年になってハヤカワ・ミステリからセイヤーズ『箱の中の書類』、エリザベス・デ
イリイ『予期せぬ夜』がでており、6月には晶文社〈晶文社ミステリ〉という新シリ
ーズもはじまった。
 なぜ今、クラシック・ミステリが注目され、その翻訳が増加しているのだろう?

●翻訳権10年留保

 1960年代以前の海外作品は未訳のものが少なくない。当時今ほど原書が一般的に読
まれる状況ではなく、一部の作家や編集者を通してしか海外作品が国内に紹介されな
かったというのが主な理由だ。しかし近年、洋書や洋古書が比較的簡単に入手できる
ようになり、以前に比べミステリファンが原書を手にとる機会が増えてくると、国内
では軽視されているが海外で評価の高い作品や、昔とは評価が変わった作家の作品な
ど、未訳作品の翻訳を読者側から強くのぞむようになってきている。
 また、クラシック・ミステリの翻訳出版が増えているもうひとつの理由として、
〈翻訳権10年留保〉の存在もあげられる。
 ご存知のように、海外の作品を翻訳出版する際は、翻訳権を取得しなければならな
い。著作権法により、海外著作物は作者の死後50年まではその権利が保護され、翻訳
するときは契約をむすんで翻訳権を取得しなければならないのだ。また日本について
は、〈戦時加算〉も適用されて、1941年以前の旧連合国の出版物に関しては第2次大
戦中、日本が連合国と交戦していた期間を保護期間の50年に加える必要もある。
 ところがここに旧著作権法第7条という条項がある。この条項には「刊行後10年以
内に日本で正式に契約されて翻訳出版されなければ、翻訳権が自由使用となる。そし
てその10年以内に翻訳出版されれば、一般の著作権の保護期間、翻訳権もその保護を
受ける」とあり、これが〈翻訳権10年留保〉と呼ばれているものだ。1971年の著作権
法改正でこの条項は廃止され、著者の死後50年(該当する場合はプラス戦時加算分)
まで権利が保護されることになった。ただ、ここで経過措置として附則が施行され、
附則第8条により、「新著作権法が施行された1971年1月1日以降に刊行された著作
物に関しては、〈10年留保〉の適用がなく、1970年12月31日までに刊行された作品に
ついては〈10年留保〉が適用され、刊行後10年間(該当する場合はプラス戦時加算分)
翻訳出版されていなければ翻訳権を取得する必要はない」となったのだ。この法律の
おかげで、多くのクラシック・ミステリは翻訳権を取得せずに出版できている。
 ただ翻訳権を取得する必要がなかったばかりに落とし穴もあって、同じ作品が別々
の出版社からでる可能性がある。それが、6月にビル・バリンジャー『煙の中の肖像』
(仁賀克雄訳/小学館)が出版され、そして同じくバリンジャー『煙で描いた肖像画』
(矢口誠訳/創元推理文庫)が今月刊行予定であるというケースだ。同じ作品をほと
んど同時に2冊出す労力があるなら別の作品を翻訳して欲しかったという声も聞かれ
るが、ミステリ・ファンとしては2冊を読みくらべるという楽しみもあるだろう。

 なお、翻訳権については宮田昇『翻訳出版の実務・第三版』(日本エディタースク
ール出版部)を参考にした。

●クラシック・ミステリの原書を読むために

 クラシック・ミステリの翻訳を待てない方は、原書を探して読んでみてはいかがだ
ろう。 
 クラシック・ミステリのタイトルに詳しいのは、森英俊『世界ミステリ作家事典』
(国書刊行会)である。この本では、作家やその作品(未訳作品も含む)の簡単なあ
らすじが紹介されていて、自分の好みに合うおもしろそうな本を探すのに大変役に立
つ。
 また、クラシック・ミステリを新刊として出版したり復刊したりしている海外の出
版社の情報をチェックするのもよいだろう。主な出版社としては、最近 "Lost
Classics" というクラシック・ミステリの短編集シリーズをスタートした Clippen &
Landru 社(米国)や、英国古典ミステリを復刊している House of Strasus 社(英
国)がある。

●作家アントニイ・バークリーについて

 6月にはじまった〈晶文社ミステリ〉シリーズの第1弾『被告の女性に関しては』
の作者フランシス・アイルズは、アントニイ・バークリーの別名義である。
 昨年翻訳されたバークリー作品『ジャンピング・ジェニイ』(狩野一郎訳/国書刊
行会)は『このミステリーがすごい! 2002年版』(宝島社)で海外編4位、『最上
階の殺人』(大沢晶訳/新樹社)は19位にはいっている。また今後も国書刊行会〈世
界探偵小説全集〉から1点、〈晶文社ミステリ〉から4点翻訳が予定されていて、バ
ークリーは、クラシック・ミステリ界で今一番注目されている作家といえるだろう。
 ユーモア誌『パンチ』のライターとして執筆活動を開始したバークリーは、その後
探偵小説を書き始め、本格ミステリの黄金時代といわれる1920年~1930年代に活躍し
た。彼の作品は、ユーモア作家P・G・ウッドハウスの影響を強く受けていて、本格
ミステリの要素を十分に備えながらも、遊び心にあふれたものを多数残している。
 バークリー名義の作品では、先にあげた2作や『第二の銃声』『地下室の殺人』な
どロジャー・シェリンガムが活躍するシリーズがよく知られている。迷探偵シェリン
ガムが試行錯誤、悪戦苦闘しながら事件の謎を解き、最後には必ず、読者をあっと言
わせるドンデン返しが用意されていて楽しませてくれる。
 一方、フランシス・アイルズ名義で書かれた作品は、がらりと雰囲気が変わる。犯
罪者もしくは被害者の視点から描かれた犯罪小説で、登場人物の造形がすばらしく、
ブラック・ユーモア的な要素もある。
 バークリー作品は、ユニークな着想からうまれる斬新なテーマと、読者に驚きを与
えてくれる巧みな構成で、今読んでも決して古くさくなく、また現代ミステリでは少
なくなってきている明るさも備えているのだ。

●最後に──社会思想社の倒産

 このクラシック・ミステリ特集の準備をしている最中、6月28日に残念なニュース
が飛び込んできた。現代教養文庫をだしている社会思想社が債務超過で任意整理され
ることになったのだ。事実上の倒産である。
 現代教養文庫は、エリス・ピーターズの「修道士カドフェルシリーズ」が有名だが、
国書刊行会が〈世界探偵小説全集〉を刊行する前から、D・M・ディヴァイン、ヘン
リー・ウエイド、レオ・ブルースなどのクラシックな作品を紹介していて、本格ファ
ンを楽しませてくれていた。
 今、クラシック・ミステリ復興のきざしがあるなかで、現代教養文庫がなくなって
しまうというのは本当に惜しい気がする。
                                (清野 泉)

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/feature.html

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 ■インタビュー ―― 藤原編集室の藤原義也さんに聞く

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 今月は、埋もれていた海外の優れたクラシック・ミステリを数多く発掘し、紹介し
ていらっしゃる藤原編集室の藤原義也さんにお話を伺いました。

――《藤原編集室》について教えてください。
「《藤原編集室》と名乗っていますが、実質的には個人営業です。国書刊行会から5
年前に独立し、フリーランスの編集者として活動を続けています」

――国書刊行会から〈世界探偵小説全集〉が発売された時、クラシック・ミステリ・
ファンとしてうれしく思いました。出版の経緯を教えてください。
「シリーズがスタートした1994年当時、クラシック・ミステリの紹介はほとんど皆無
でした。クイーン、カー、クリスティーなどを読んで育ってきた海外本格ミステリ・
ファンには読むべき新刊がない、という状況が続いていたのです。ぼく自身、そうい
う読者の一人でしたから、ほかで出ないのなら自分で、というのが出発点です」

――国書刊行会や翔泳社から出ているクラシック・ミステリのシリーズに続いて、晶
文社から新たにシリーズを出すきっかけはなんだったのでしょう?
「国書刊行会の〈世界探偵小説全集〉は、クラシック・ミステリの中でも〈本格〉物
を中心に構成していますが、「クラシック=本格」という固定観念には、ちょっと疑
問を感じています。本格物を軸にしながらも、クラシック・ミステリの幅を広げてい
きたい、と思って始めたのが翔泳社のシリーズで、今回の〈晶文社ミステリ〉も基本
的にはその延長線上にあります。それと〈全集〉のほうで力を入れてきたアントニ
イ・バークリーの未訳作品を、一気に出してしまいたい、という思いもありました」

――作家や作品の選定基準はなんでしょう? 出版社ごとに傾向などはあるのでしょ
うか? また古い本はどのように探していらっしゃいますか?
「先ほど述べたように、〈世界探偵小説全集〉ではオーソドックスな本格をベースに、
翔泳社や晶文社のシリーズでは、より幅広くミステリというジャンルをとらえていま
す。そのなかで、いままで不当に紹介が遅れていた作家を積極的に取り上げていきた
いと思っています。とくにイギリスの作家は、翻訳紹介史の上で大きな空白があるよ
うです。もちろん、日本ではまったく知られていない作家、作品の発掘にも力を入れ
ています。翻訳底本は、〈全集〉刊行開始当初からご協力いただいている方々にお借
りしたり、自分で探したりしています」

――〈世界探偵小説全集〉は作品自体もすばらしいのですが、あとがきや月報もとて
も楽しいものでした。本を作る際の思い入れなどがありましたら教えてください。
「推薦や感想、あらすじをなぞっただけの〈解説〉なら、付ける必要があるとは思え
ません。〈世界探偵小説全集〉の解説では、それ自体、独立した作家論、作品論とし
て通用するものを目指しています。もちろん、初紹介の作家、あまり知られていない
作家に関しては、作家の全体像を伝えることも必要ですね」

――本格ミステリの魅力はなんでしょうか?
「難しい質問ですね。大雑把な言い方になってしまいますが、本格ミステリの大きな
目的は、読者に驚きを与えることではないかと思っています。優れた本格ミステリは、
私たちの固定された考え方、物の見方をものの見事に覆し、突き崩してくれます。そ
の新鮮な驚きが、本格ミステリの大きな魅力ではないでしょうか」

――子どもの頃に夢中になったミステリ作品あるいは作家はいらっしゃいますか?
「ミステリというジャンルを意識して読み始めたのは、エラリー・クイーンの〈国名
シリーズ〉ですね。なかでも印象に残っているのは『エジプト十字架の謎』『オラン
ダ靴の謎』あたり。次に夢中になったのがジョン・ディクスン・カーです」

――上記の質問と重なるかもしれませんが、邦訳された本格ミステリで藤原さんのお
勧めの作品を教えてください。
「月並な選択ですが、いわゆる黄金時代の巨匠の、いろいろな意味であっと驚かされ
た作品を少しだけあげておきます。アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事
件』(創元推理文庫)。アガサ・クリスティー『三幕の悲劇』(創元推理文庫他)。
ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』(ハヤカワ文庫)。エラリイ・クイーン『十
日間の不思議』(ハヤカワ文庫)です」

――今後力を入れていきたい作家はいらっしゃいますか?
「本格ミステリからは離れますが、1950~60年代の短篇ミステリには注目しています。
今度、晶文社で出るジェラルド・カーシュのような所謂〈異色作家〉系列のものに、
まだまだ埋もれた作家や作品がたくさんあります」
                        (取材・構成 かげやまみほ)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 本格ミステリ3作品

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『第四の扉』 "LA QUATRIEME PORTE" (最初のEにアクサン・グラーヴ付)
 ポール・アルテ/平岡敦訳
 ハヤカワ・ミステリ/2002.05.31発行 1100円(税別)
 ISBN: 4150017166

《呪われた密室殺人の謎は? 犯罪学者ツイスト博士登場》

 今どき、こんな本格ものを書く作家がいたのか!と嬉しくなってしまう作品が登場
した。ポール・アルテの『第四の扉』だ。「フランスのディクスン・カー」と呼ばれ
るアルテは、ロマン・ノワールやサスペンスが主流の現代フランスミステリ界で、ひ
とり本格不可能犯罪ものにこだわり続ける異色の作家である。

 第2次大戦後の1948年。オックスフォード近郊の村にあるダーンリー氏の屋敷には、
数年前に密室の屋根裏部屋で怪死した夫人の幽霊が出ると噂されていた。誰もいない
はずの屋根裏に光が見え、不審な物音が聞こえるというのだ……。そんななか、屋敷
に新しい間借り人、霊媒師のラティマー夫婦が越してきた。以来、次々と奇怪な事件
が起こり始める。さらに隣人の作家の妻が事故死、作家本人も何者かに襲われ、息子
ヘンリーは行方不明になってしまった。
 3年後、ダーンリー家では、夫人の霊を呼びよせる実験が行われていた。ラティマ
ー夫婦は、夫人は何者かに殺されたのだ、と言う。交霊実験のさなか、厳重に扉が封
印された屋根裏部屋で殺人が起きた。被害者は失踪していたヘンリーだった。一体、
誰が、なぜ、どうやって彼を殺したのか? まさか夫人の幽霊が?
 ところが、数日後、なんと死んだはずのヘンリーが現れたのだ……!

 イギリス郊外の小村を舞台に、密室殺人や怪奇現象、交霊術がくりひろげられ、背
景はクリスティ、作風はどこかカーを思わせる本書は、1987年度コニャック・ミステ
リ大賞を受賞したアルテの代表作である。意表をつく密室殺人のトリック、途中から
なんとも意外な展開を見せるプロットが面白い。とりわけ、あっと驚くひねりのきい
たラストは、本格ファンにはたまらないだろう。カーのフェル博士を彷彿とさせるツ
イスト博士や、有名なミステリ作家を連想させる人物が登場するのも、クラシックフ
ァンには嬉しいお楽しみだ。カーの作品を愛し、クリスティの小説のような古き良き
時代の英国風背景に魅せられると語る(*)アルテは、1930~1940年代のイギリスを舞
台に怪奇趣味あふれる密室本格ものを書き続けているらしい。日本では本書が初の翻
訳長編だが、まだまだ未紹介の逸品がありそうだ。今後の翻訳が楽しみである。
                               (山田亜樹子)

(文中(*)部分は、フランスのWebサイト "Le Coin Du Polar" のインタビュー記事
を参考にしました)http://polar.nnx.com/articles/paulhalter/paulhalter.htm
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『被告の女性に関しては』 "AS FOR THE WOMAN"
 フランシス・アイルズ/白須清美訳
 晶文社/2002.06.10発行 2000円(税別)
 ISBN: 4794927312

《許されぬ恋の行き先はどこへ?――モラトリアム青年の苦悩》

 これは一見よくありそうに見えて、どこにもないような三角関係の物語だ。

 アランはオックスフォード大の学生。自分より更にエリートである家族に囲まれ、
自分に自信が持てない。寮にいる間はいいのだ。友人には架空の体験話ばかりして女
性については権威だと思われているから。検査で肺に影が見つかったアランは、婚約
者キャスリーンの計らいにより医師フレッドの家で一夏療養することになった。キャ
スリーンも近くに滞在し、楽しい夏休みになるはずだった。
 医師のフレッドはどうも人を落ち着かなくさせる人物だったが、妻のイヴリンは美
しく才気があり、今までアランをこんなに理解してくれた人物はいなかった。アラン
はイヴリンに好意を抱き、家族に傷つけられた自尊心を回復させる。他方キャスリー
ンの子供っぽさにアランは幻滅を感じるようになる。そして、フレッドが留守の晩、
ついにアランとイヴリンは一線を超えてしまう。

 ここまではよくある不倫関係だが、これが後半で急展開する。フレッドの侮辱的な
言葉にかっとなって文鎮で頭を殴りつけたアランは、思わぬ逃避行をする羽目になる。
大学の演劇祭では絶賛された変装姿で。しかしそれが何ともブラックなのである。

 後書きによると、人妻と若い男が共謀して夫を殺したトンプソン事件裁判での裁判
官の発言からタイトルが引用されているそうだ。しかし、この物語は実際の事件の通
り運ぶわけではない。アイルズ=アントニイ・バークリーの作品を一度でも読んだこ
とがある人ならお分かりかもしれないが、人の心を操ることにかけてアイルズは天才
的だ。登場人物の性格描写が緻密で、あちこちに心理的な罠が張り巡らされており、
気がついたらすっかり罠にはまっている、というのがこの作家の持ち味だろう。あっ
と驚く事実が終盤にかけてこれでもかと出てきて、読んだ後はしばらく人の心の不思
議さに驚き、余韻に浸ってしまうこと間違いなし。
 この作品は今回再評価されて発掘されることになったのだが、その辺の経緯も含め
て後書きはじっくり味わっていただきたい。今まで埋もれていた名作が再評価を受け
たのは嬉しい限りだ。バークリーについては特集を参照していただきたい。
                                (大越博子)
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『煙の中の肖像』"PORTRAIT IN SMOKE"
 ビル・S・バリンジャー/仁賀克雄訳
 小学館/2002.6.20発行 1700円(税別)
 ISBN: 4093563411

《バリンジャー幻の出世作が満を持して登場》

 ビル・サンボーン・バリンジャー(1912-80)は米国アイオワ州オスカルーサ生ま
れ。ウィスコンシン大学を卒業後、シカゴの広告代理店に勤務しながらラジオ台本を
書きはじめ、1950年代には『ヒッチコック劇場』や『鬼警部アイアンサイド』などの
テレビ映画や劇場映画の脚本家として活躍した。
 バリンジャーの小説家としてのデビューは1948年。シカゴを舞台にした私立探偵小
説を2作品上梓したが、とりたてて注目を浴びることはなかった。だが50年、3作目
の本書が彼の小説家としての出世作となる。この作品で彼は“カットバック”という
映画の手法を用いて、小説に緊張感を持たせることに成功、55年『歯と爪』(創元推
理文庫)、57年『消された時間』(ハヤカワ・ミステリ文庫)では、さらにトリッキ
ーな構成で読者を欺き、評判をとった。
 とまあ、作者の経歴はこれぐらいにして、作品の紹介のほうを。主人公のクラッシ
ー・アルモニスキーはシカゴの貧しい家庭の生まれなのだが、これがたいへんな美貌
の持ち主。口うるさい両親と貧乏な生活からいつか抜け出したい、と考えていたとこ
ろ、17歳のときに地元の新聞社主催の高校生美人コンテストに応募して優勝する。そ
して、家出して持ち前の美貌と才気で次から次へと男を乗り換えてのし上がって行く。
 一方、もうひとりの主役が未収金回収業の“おれ”こと、ダニー・エイプリルだ。
クラッシーが町をでて10年後、たまたま彼女が美人コンテストで優勝したときの新聞
記事を手にした彼は、その写真の少女が15歳のときに町で見かけてひとめ惚れした少
女だと気づく。ここから物語は、なんとかひとめ会いたいとクラッシーの足跡をたど
るダニーの視点、巨富を求めて次々と名前や経歴を偽りながら男を遍歴するクラッシ
ーの視点と、交互にカットバックで描かれる。
 残された手がかりをもとにダニーが思い描く彼女の暮らしぶりと、そのときのクラ
ッシーの実生活。それぞれのシーンが交互に切り替わり、しだいにお互いが接近して
いく様子は、推理→タネ明かしの愉しみもある。しかし、なんと言っても読み終わっ
たあと、一番に感じたことは、男ってほんまにアホやね――これにつきる。
                                (板村英樹)

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 ■ミステリ雑学 ―― ノックスの探偵小説十戒

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「一つ以上の密室、或いは秘密の通路など用いてはならんと、ノックス先生が『探偵
小説十戒』の第3項に記しておるのを知らぬかな」
          (『虚無への供物』中井英夫/講談社文庫/p.102から)
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 引用したせりふは、氷沼家の次男、紅司の死の謎をめぐり素人探偵たちが議論に熱
中する中、推理マニアを自認する藤木田老が知識を披露するくだりだ。現実の殺人事
件に探偵小説の規則をあてはめようとするのは、無理がある気もするのだが……。
〈ノックスの十戒〉は、1929年に英国で出されたアンソロジー "BEST DETECTIVE
STORIES OF THE YEAR 1928" の序文で編者のロナルド・ノックスが発表したものだ。
1920年代、30年代に、英米探偵小説界は本格長編の黄金期を迎え、数々の傑作が発表
されたが、人気に便乗する煽情的小説もたくさん出版され、そういう風潮に釘をさす
とともに、推理小説を作者と読者の知的ゲームに位置づけ、その〈フェアプレー〉を
守るためのルールを提唱したのである。同じ考えからだろうか、前年の1928年に、ア
メリカでもヴァン・ダインが〈20則〉を発表している。十戒の内容を見てみよう。

1.犯人は物語の書記の段階から登場している人物であらねばならぬ。しかしまた、
  その心の動きが読者に読みとれていた者であってはならぬ。
2.推理小説に超自然的な魔力を導入すべきでない。
3.秘密の部屋や秘密の通路は、せいぜい一つにとどめておかねばならぬ。
4.現時点までに発見されていない毒物、あるいは科学上の長々しい説明を必要とす
  る装置などを使用すべきでない。
5.中国人を主要な人物にすべきでない。
6.探偵が偶然に助けられるとか、根拠不明の直感が正しかったと判明するなどは避
  けるべきである。
7.推理小説にあっては、探偵自身が犯行をおかすべきでない。
8.探偵が手掛かりを発見したときは、ただちにこれを読者の検討に付さねばならぬ。
9.ワトソン役の男は、その心に浮かんだ考えを読者に隠してはならぬ。そして彼の
  知能は、一般読者のそれよりもほんの少し下まわっているべきである。
10.双生児その他、瓜二つといえるほど酷似した人間を登場させるのは、その存在が
  読者に予知可能の場合を除いて、避けるべきである。
(『探偵小説十戒』/ロナルド・ノックス編/宇野利泰・深町眞理子訳/晶文社から)

 5番目の規則については当時唐突に中国人を登場させる三文小説が多かったからだ
ろう。江戸川乱歩は『幻影城』の中でこの十戒とヴァン・ダインの20則を紹介し、と
もに初等文法であり、力量のある作家はとらわれずに優れた作品を書いていると評し
ている。規則は破るためにある? どの小説家がどの戒を破り傑作をものしているか
探すのも一興かもしれない。
 ロナルド・ノックスは1888年生まれ。司祭としての仕事のかたわら、1925年に『陸
橋殺人事件』を発表し、その後5つの長編を書いた。十戒(デカローグ)というのは、
ノックス流のユーモアだったのかと納得。前述のアンソロジーを訳した『探偵小説十
戒』には序文ごと載っている。『幻影城』(江戸川乱歩著/講談社推理文庫)にも掲
載されているが、こちらは入手が困難らしく残念だ。さらに『ノックス師に捧げる10
の犯罪』(ヨゼフ・シュクヴォレツキー/宮脇孝雄・宮脇裕子訳/ミステリアス・プ
レス)では、巻頭に十戒を掲げ、どの短編でどの戒が破られているかもあわせて推理
するように読者にゲームを挑んでいる。藤木田老なら跳びつきそうな一冊だ。
                               (小佐田愛子)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 6人の素人探偵が繰り広げる推理合戦

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『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー/高橋泰邦訳/創元推理文庫
"THE POISONED CHOCOLATE CASE" by Anthony Berkeley

 アントニイ・バークリーは実に奇抜で大胆なアイデアの持ち主だ。なかでもここに
ご紹介する『毒入りチョコレート事件』は、着想といい犯人の意外性といい、その斬
新さがいかんなく発揮された作品である。
 ユーステス・ペンファーザー卿のもとに、大手チョコレート・メーカーのチョコレ
ート・ボンボンが送られてくる。ふとした偶然から、そのボンボンを譲り受けたグレ
アム・ベンディックス卿が自宅で夫人とともに食べたところ、7個食べた夫人は苦し
んだ末に死亡、2個しか食べなかったベンディックス卿は幸いにも一命をとりとめる。
ボンボンのリキュールから毒物のニトロベンゼンが検出され、スコットランド・ヤー
ドが殺人事件として捜査を開始する。しかし、犯人に結びつく手がかりは見つからず、
捜査は暗礁に乗りあげてしまう。
 そこにわれらがロジャー・シェリンガムが颯爽と登場し、見事な推理力を働かせて
難事件を解決する……というのでは、「スタンダードな1冊」で紹介するほどの作品
にはなりえない。バークリーはここで、シェリンガムを会長とする〈犯罪研究会〉の
メンバー6人に、各人の推理を競わせるという手法をとる。事件そのものについては
最初のほうでわずかに触れられるだけで、あとは6人の推理が次々と開陳されていく。
ひとりの推理を次のメンバーが完膚無きまでに論破し、そしてそれをまた次のメンバ
ーが……と、全編これ推理という展開なのだ。といっても、登場人物がみな、いかに
も英国人らしい、もってまわった言い方をするものだから、現代風の丁々発止のやり
とりとはほど遠く、もたついた印象は否めない。それでも、ていねいな物言いの裏に
ひそむ痛烈な皮肉には思わずくすっとさせられる。
 また、本格ならずとも推理小説であれば、主役の探偵が最後に正解を提示するとい
うのがひとつの約束事であるが、本書はそういう期待をも見事に裏切ってくれる。誰
が犯人かだけでなく、誰が犯人をいいあてるかもこの作品の大きな読みどころなので
ある。意外な犯人をいいあてた意外な人物とは? このあたりにもバークリーらしい
シニカルさが感じられておもしろい。
 ところで、本書に登場する〈犯罪研究会〉のメンバー6人のうち、会長のロジャー
・シェリンガムが他の作品にも主役として登場し大活躍(?)することはよく知られ
ているが、「まったくの無名で、温厚小柄な、風采にも特徴のない男」で、「本人す
ら入会を許されたことを驚いている」というチタウィック氏が活躍する作品もある。
『ピカデリーの殺人』(真野明裕訳/創元推理文庫)や『試行錯誤(旧題:トライア
ル&エラー)』(鮎川信夫訳/創元推理文庫)での名探偵ぶりもあわせてお楽しみい
ただきたい。
                               (山本さやか)
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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html


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■編集後記■
 夏がやってくるたびに、なぜかディープ・サウスを舞台にしたミステリを読みたく
なります。エアコンをとめて、まとわりつくような暑さを感じながら、じっくりとミ
ステリを読む……そんな願望を持ちつつも、つい涼風を求めてしまうのですが。8月
号では、翻訳家の小林宏明さんの特別インタビューをお届けします。    (片)


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 海外ミステリ通信 第11号 2002年7月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     清野 泉、小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、
     山田亜樹子、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
 http://www.litrans.net/whodunit/ (URLがかわりました)
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
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 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2002 Whodunit Honyaku Club
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