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             月刊 海外ミステリ通信
          第15号 2002年11月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第2弾
〈インタビュー〉    鎌田三平さん
〈注目の邦訳新刊〉   『家蠅とカナリア』『サイレント・ジョー』
〈ミステリ雑学〉    ハードボイルドを生んだパルプ・マガジン
〈スタンダードな1冊〉 『薔薇の名前』


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 ■特集 ――「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第2弾

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 何か面白い本はないかと探すときに、新刊書の中から見つけだすよりも既刊書の中
から探すほうががはるかに簡単だ。時代を超えて読み継がれるにふさわしい作品の評
価は、時間とともに確立していくもの。だが、そんな作品のなかにも品切れなどで入
手困難なものが多くある。今月の特集は当編集部が復刊を望む3作品をご紹介する。

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●『ごみ溜めの犬』~古きよき時代を彷彿とさせるハードボイルド

 ロバート・キャンベルの小説のほとんどは新刊書店で買えない。ためしに、アマゾ
ンなどのオンライン書店で検索してみてほしい。1998年に出版された『贖い』(東江
一紀訳/原書房)しかヒットしないはずだ。大傑作の『鮫とジュース』(東江一紀訳
/文春文庫)にしても絶版扱いとはなっていないが、見つけるのがかなり困難という
状況だ。そんなわけだから、全部まとめて復刊してほしいというのが本音だが、まず
は『ごみ溜めの犬』からお願いしたい。本国アメリカで1986年に発表され、1987年の
MWA賞とアンソニー賞で最優秀ペーパーバック賞を受賞したハードボイルドの佳作
である。

『ごみ溜めの犬』 "THE JUNKYARD DOG"
 ロバート・キャンベル/東江一紀訳
 二見文庫/1988.04.25発行
 ISBN: 4576880373

 主人公のジミー・フラナリーはシカゴの下水道部で検針係として働くかたわら、民
主党シカゴ27区の地区班長をつとめている。公職の選挙で民主党候補に投票してもら
えるよう、日頃から担当区域の住民にいろいろ便宜をはかってやるのが仕事だ。たと
えば、本来ならもらえる資格のない金を、うまく根回しして受け取れるようにしてや
ったりするわけだ。だから、地区の住民が勤める堕胎診療所が中絶反対運動家にいや
がらせをされていると聞けば、当然ひと肌脱ぐことになる。ましてや、診療所が爆破
され、その住民が死んだとなればなおさらだ。というわけで、思いがけず探偵業に足
を突っ込んでしまうフラナリーだが、真相に近づくにつれ、手を引くようにと圧力を
かけられる。さらに恋人の命がねらわれ、フラナリー自身も廃品置き場でドーベルマ
ンの夕食にされかかる。
 とまあ、あらすじだけでも、ハードボイルドの王道を行く作品であることがおわか
りいただけると思う。じっさい読んでみると、これがまた涙が出るほどかっこいい。
全編を1人称の現在形でとおした文体はクールだけれど乾いてはおらず、会話はテン
ポよく進んで小気味良い。主人公はいまどきの探偵のように、過去にとらわれて悩ん
だりしない。あくまで前向きなのがすがすがしい。結末もきっちりしていて後味さわ
やか。ちょっぴりテイストが古くさいかもしれないが、かっこよさのエッセンスがぎ
ゅっと詰まった良質のエンタテインメント小説であることは保証する。
 ジミー・フラナリーのシリーズはこの後も『六百ポンドのゴリラ』、『鰐のひと噛
み』(いずれも東江一紀訳/二見文庫)と続き、また、日本未紹介ではあるが、
"THINNING THE TURKEY HERD" (1988)、"THE CAT'S MEOW" (1988) と順調に続編が書
かれ、もっとも新しいものでは "PIGEON PIE" (1998) がある。お気づきだろうが、
タイトルに必ず動物の名が使われている。もちろん、どの動物も作品に登場する。ゴ
リラや鰐がいったいどうかかわってくるのか? それは読んでのお楽しみなのだが、
こちらも残念ながら絶版状態。こまめに古本屋をのぞいて捜していただくしかない。

 さて、最後にロバート・キャンベルについて簡単にご紹介しておこう。キャンベル
は1927年にニュージャージー州で生まれた。1950年代から映画やテレビドラマの脚本
を書き、アカデミー賞脚本賞にノミネートされたこともある。会話のうまさや人物造
型のたくみさはこのあたりに起因するのかもしれない。その後、脚本業界から足を洗
い、R・ライト・キャンベル名義で小説を書きはじめた。ブレイクするのはロバート
・キャンベル名義で書くようになってから。『ごみ溜めの犬』を皮切りに書いて書い
て書きまくるようになる。1988年には5作も発表している。なにしろこの時期、ジミ
ー・フラナリーのシリーズの他、ロスの探偵ホイスラーのシリーズとオマハを舞台に
した鉄道探偵ハッチのシリーズまで書いていたのだから恐れ入る。しかもそれぞれが
まったくべつの味わいを持った高水準の作品で、キャンベルという作家の多才さをつ
くづく思い知らされる。
 そして『贖い』で新境地を切り開き、今後の活躍を楽しみにしていたのだが、2000
年9月、キャンベルは他界した。もう新しい作品が発表されることはない。ならばせ
めて、これからミステリファンになる人たちにも、キャンベルの作品に触れるチャン
スを与えてほしいと切に思う。
                               (山本さやか)
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●『反逆者に死を』~現代史に翻弄された警察小説の佳品

 スチュアート・カミンスキーといえば、ハリウッドを舞台に実在の俳優や女優が登
場する探偵もののトビー・ピータース・シリーズや、シカゴの老刑事エイブ・リーバ
ーマンを主人公としたシリーズを思い出す読者が多いことだろう。それでは、カミン
スキーによる旧ソ連時代の警察小説、ロストニコフ・シリーズを覚えている人はどれ
くらいいるのだろうか。10年ほど前に3冊が刊行されたきりで店頭から姿を消したも
のだから、知られていないかもしれない。なんとももったいない話だ。

『反逆者に死を』 "DEATH OF A DISSIDENT"
 スチュアート・M・カミンスキー/田村義進訳
 新潮文庫/1990.07.25発行
 ISBN: 4102310029

 1981年、アメリカでシリーズ第1作『反逆者に死を』が発表された。このなかでお
目見えした主人公は、ポルフィーリ・ペトロヴィッチ・ロストニコフ、モスクワ検事
局に勤めるベテラン捜査官である。10代で第二次大戦に従軍したさいの負傷がもとで、
歩くときには片脚をひきずらなければならないが、それを補うために重量挙げで日々
体を鍛えているので体格はがっしりとしており、腕力も人並み以上。ユダヤ人の妻と
のあいだに成人した息子がひとりいる。このロストニコフが、信頼を置く部下のカル
ポやトカッチらとともに事件にのぞむというのが、シリーズに共通した設定だ。
『反逆者に死を』は、冬のモスクワの一室で、反体制派の元教授が謎の訪問者に鎌で
殺される場面からはじまる。捜査を命じられたロストニコフたちは被害者の知人から
証言を得ようとするが、いずれも口は堅い。そのあいまにタクシー運転手殺し、ウォ
ッカの窃盗団の出没、サーカス団員あがりの詐欺犯の逃亡などがつぎつぎに起きる。
どの局面でもロストニコフたちは法に定められた手順にのっとって捜査をすすめる。
短い台詞のやりとりを通して上司や部下との人間模様も描かれる。警察小説の定石を
踏まえた構成は、このジャンルの定番であるエド・マクベインの〈87分署シリーズ〉
を思わせる。実はロストニコフには闇で買い求めた〈87分署〉のペーパーバックをひ
そかに読むのが趣味という変わった一面もあるのだが、これは著者の遊び心であると
同時に、先輩シリーズへの敬意も込められているのだろう。
 といってもロストニコフ・シリーズは、たんに舞台をアイソラからモスクワへ移し
ただけの〈87分署〉のコピーというわけではない。シリーズに大きな影を落としてい
るのが、KGBの存在だ。「国家の要請は殺人事件に優先する」というロストニコフ
の上司の言葉がすべてを象徴するように、KGBの圧力をうけると検事局の捜査方針
はしばしばあっけなくひっくりかえる。まして軍隊に勤務している息子が危険な戦地
アフガニスタンへ送られ、その生殺与奪の権が握られていることを暗に告げられては、
一介の捜査官であるロストニコフに抗弁の余地はない。職務遂行への忠実さと正義感
を持ち合わせたひとりの警官が国家の意志の前に妥協をせまられたとき、組織のなか
に身を置く者としてなにを思うのか――社会主義体制が絶大な権力を振るっていた80
年代当時のソビエト連邦を舞台にしたことで、このシリーズは警察小説として他に類
をみない葛藤を描くことになった。ここからKGBとの確執がはじまったようで、後
年MWA賞を受賞した第5作『ツンドラの殺意』では、ロストニコフに対するKGB
の目がそうとうに冷たくなっているらしいことがうかがえる。
 だが、第1作から10年後、ソビエト連邦が崩壊し、共産党による一党支配体制も崩
れたことで、現実のモスクワの社会情勢は一変した。時々刻々と移りかわる現実を目
の当たりにしている読者にしてみれば、10年も前の社会主義体制時代を描いた小説は
いかにも古くさく、遅れてみえるものだ。おそらくそのせいもあったのだろう、92年
に『血塗られた映画祭』が刊行されたのを最後に、ロストニコフ・シリーズの日本で
の紹介は途絶えてしまった。
 ではいま読み返してみるとどうか。これが古いなりにも発見がある。モスクワの街
に生きる老若男女の庶民の描き方はとても生き生きとしていて味わいがあるし、なに
よりも反骨の魂と鋭い人間観察眼をもち、部下にも犯罪者にも温かみを失わずに接す
るロストニコフの魅力は大きい。こういう渋さのあるシリーズが読めないのは、くり
かえすが、実にもったいないと思うのだ。なんとか読めるようにならないものか。
 ちなみにカミンスキーはこのシリーズを現在でも書きつづけていて、2001年には14
作目となる "MURDER ON THE TRANS-SIBERIAN EXPRESS" が出版されている。
                                (影谷 陽)
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●『顔を返せ』~この作品を読まずして、ハイアセンは語れない

『顔を返せ』上・下 "SKIN TIGHT"
 カール・ハイアセン/汀一弘訳
 角川文庫/1992.11.25発行
 ISBN: 4042655017,4042655025
・………………………………………………………………………………………・
: フロリダには驚くべきことがいくつもあるが、そのなかのひとつは――ルディ
:・グレイヴラインはジャンボ・シュリンプをしゃぶりつつ、考えた――買収行為
:が恥ずべきものではないという風土だ。金さえあれば、逃れられないトラブルな
:どただのひとつもない。(上巻 p.171)
・………………………………………………………………………………………・
 フロリダを舞台につぎつぎと奇想天外な物語を紡ぎ出すカール・ハイアセン。本メ
ルマガ読者なら、よもや名前を聞いたことがない人はいないだろう。だが、いざ読ん
でみようと思っても旧作に品切れが多くて図書館や古書店のお世話になるほかないと
いう状況は、ハイアセンマニアとしてはいささか無念ではある。
 初めてハイアセンを読んだときの印象は“ハイアセンはフロリダの筒井康隆だ”で
あった。ハイアセンは読者の頭の中に「よくもまあこんなことを考えつくな」という、
超現実的な映像を浮かび上がらせる。これはもうブラックユーモアなどというレベル
を遙かに超えている。そしてこれがある種の人間を中毒症状に陥れる。
 たとえばこの作品の冒頭、主人公の自室に飾ってあったアオマカジキの剥製のとん
がった上顎で、差し向けられた殺し屋を刺し殺すシーン。続けて送り込まれた別の殺
し屋の手首から先を、今度は全長5フィートの猛魚グレート・バラクーダに食いちぎ
らせたりするあたり。さらに手首を食いちぎられたこのケモという殺し屋は、なんと
義手代わりにバッテリー駆動の雑草刈り取り機を取りつけてしつこく主人公を追いか
け回す――とシュールなネタを駆使して笑わせてくれる。
 こんな調子なので、ものごとを真面目に考える傾向のある人や、結果に対してきち
んとした理由を求めるタイプの人々にハイアセンはあまりおすすめできない。ハイア
センの面白さは理屈では説明できないのだ。じゃあ、おまえはハイアセンの作品でど
れが一番面白いんだと訊かれると、それはそれで困ってしまう。掛け値なくどれも面
白いから。ただ、一番好きなものはと言われればこの作品が一番である。では、どこ
がそんなにいいのか。ひとことでいえば、この作品の主人公がタフで非常に頭が切れ
る魅力的な男だということにつきる。少々いかれた主人公の多いハイアセンのほかの
作品とは若干、毛色が違うといえるかもしれない。
 ハイアセンの作品では、“自然への冒涜的行為”に対して徹底的にハイアセン式の
“イジメ”技の数々が披露される。この作品でのハイアセンの標的は「美容整形術」
だ。冒頭の引用のごとく、いかさま美容外科医ルディ・グレイヴラインの拝金主義的
なところが、ハイアセン得意のブラックな笑いの餌食となりズタズタにされる。
 一方、主人公は元フロリダ州検察局の捜査官ミック・ストラナハン。長身で軽い身
のこなし。スティング(http://www.sting.com/photogallery/fans/off25.html)の
目と、ニック・ノルティ(http://ww4.tiki.ne.jp/~s-ishii/nicknolte.html)の鼻
を持ち、さまざまな事情で5回の殺人と5回の離婚経験を有している。いまは海の上、
ケープ・フロリダの先端からおよそ1マイル、ビスケーン湾内に建つ古い舟屋式の家
(http://www.stiltsville.org/pages/baychat.html)で一人、悠々自適の隠遁生活
を送っているが、これは捜査中に受けた怪我でたっぷりと障害年金がもらえる身分だ
からだ。
 こうして誰にも邪魔されずに静かに暮らしているのに、捜査官時代に扱った未解決
の女子大生失踪事件をテレビ局が取り上げることになり、レポーターを送り込んでく
るわ、殺し屋はやってくるわでまったく落ち着かないことはなはだしい。ええい、う
っとうしいとばかりに、しぶしぶ腰をあげるストラナハンの機略に富んだ反撃策の数
々が読みどころになっている。ぜひご賞味あれ。
 ちなみにハイアセンの顔(http://www.janmag.com/profiles/hiaasen.html)って
ご存じだろうか? 男盛りの48歳。なかなかハンサムなのだが、妙に整っているのが
なんだかTV番組の司会者風ではある。このサイトでは最新作や近況について語った
インタビューも読めるので、興味のあるむきはどうぞ。
                                (板村英樹)

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 ■インタビュー ―― 鎌田三平さん

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 先月、ボストンの私立探偵パトリックとアンジーのシリーズ最新作『雨に祈りを』
(デニス・レヘイン著/角川文庫)が出版された。しかしファンにとって残念なこと
に、作者はこのあとしばらくシリーズの休止を宣言したという。訳者の鎌田三平さん
に、最新作についてお話をうかがった。

+―――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《鎌田三平さん》1947年生まれ。千葉県出身。明治大学卒。『愛しき者はすべて
|去りゆく』(デニス・レヘイン著/角川文庫)、『人にはススメられない仕事』
|(ジョー・R・ランズデール著/角川文庫)など、翻訳書多数。著書には『影の
|艦隊』『テロリストの遺産』(学研)などがある。
+―――――――――――――――――――――――――――――――――+

――『雨に祈りを』についてお聞かせください。
「編集者によると、当初レヘインはこの作品でシリーズを終わりにすると言っていた
そうですが、最近のインタビューでは『ミスティック・リバー』(加賀山卓朗訳/早
川書房)と、もう1作単独作品を書いたあと、またこのシリーズを1、2作は書くつ
もりだと答えています。もう少し書きたいことがあるのでしょう。ただ、パトリック
とアンジーはもう探偵という仕事を辞めたがっているようですよね。この作品では誰
かに雇われたわけではなく、自分たちの意志で無報酬で調査している。その意味では、
ふたりはもはやプロの探偵ではないでしょう。あの解決法もプロのものじゃないし。
こうしたことから、探偵としてのふたりが終焉に向かっていることは推測できます。
ただし、最後に主人公が死ぬとか、そういうハリウッド的な終わり方はしないでしょ
う。レヘインはシリーズ全体の起承転結というイメージは持っていないと思うので。
こういう人物を描きたいという気持ちがまずあって、その人物を描き終わったとき、
シリーズも終わるという考え方じゃないかな」

――シリーズでこれまでに一番印象に残っているシーンは?
「このシリーズは、小説でありながら映画を観たように、すべてのシーンがはっきり
とした映像となって頭に残っています。レヘインが、そのまま絵コンテになるような
描写をする作家だからかもしれませんね。強いて挙げれば、映像としてだけなら『穢
れしものに祝福を』の自動車が落下するシーンです。車がすうっと落ちていくところ
は、自分も一緒に引き込まれていくような気分になりました。小説としては『愛しき
者はすべて去りゆく』で、ある刑事が組立工場の屋上で死ぬところです」

――銃についてお詳しいとのことですが、パトリックとアンジーの所持している銃の
特徴など教えていただけますか。
「パトリックの銃は45口径のコルト・コマンダー。普通の人間にはかえって使いづら
い部類の大きな銃です。装弾数も少ないし。パトリックは射撃が下手だとからかわれ
ることもあるくらいなので、実際に使うためというよりも見せて威嚇するだけのため
のものでしょう。アンジーは38口径のリボルバーで、いわゆる普通の銃。ふたりとも
銃が好きなわけでも特別な思い入れがあるわけでもなく、護身用にやむを得ず持って
いるんじゃないですか」

――ランズデールのハップ&レナード・シリーズの翻訳もされていますが、両極端と
も言える2つのシリーズを手がけられることになったいきさつは?
「どちらが先だったかは覚えていませんが、ほぼ同時期に角川から話がきました。ど
ちらも映画化が予定されているということでしたが、いまだにされません(笑)。レ
ヘインを続けて翻訳すると暗い気分になってしまうので、ランズデールと交互にやる
のはちょうどいいですね。この2つのシリーズは相似点があるんですよ。主人公は常
識人で、つねに逡巡している。その横には極端かもしれないけど明快な思考の人物が
いて、強い友情で結ばれています。主人公は事件に深く関わる傾向があり、暴力的に
ならざるをえない状況がありますが、主人公にすべてをさせてしまうとスーパーマン
かただの暴れん坊になってしまうので、その要素を具現する脇役が必要なのかもしれ
ませんね」

――今後のご予定をお聞かせください。
「ランズデールのハップ&レナード・シリーズの新作が近々出版されます。このシリ
ーズは最低でもあと1作は書かれる予定だそうです。そのほかに翻訳で軍事もののシ
リーズなどがあります」
                      (取材・文/松本依子、中西和美)

◇インタビューのロングバージョンがこちらで読めます
http://litrans.net/whodunit/int/kama2.htm

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『家蠅とカナリア』『サイレント・ジョー』

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『家蠅とカナリア』 "CUE FOR MURDER"
 ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳
 創元推理文庫/2002.09.27発行 780円(税別)
 ISBN: 4488168043

《冒頭の一文から読者を引きつける巧みな描写、マクロイ初期の傑作》

 翻訳された作品にサスペンス物が多かったため日本では「サスペンスの女王」とし
て知られているマクロイだが、謎解きミステリも多数残している。1942年に発表した
本作は、本格ミステリの王道をいく作品だ。
 第二次世界大戦下のニューヨークの劇場で、公演中の舞台上で死体役のエキストラ
が殺害された。ところが死んだ男が何者なのか、共演者も、舞台関係者も知らないと
いう。容疑者は、死体役の被害者と同時に一緒の舞台に立っていた俳優3人。ニュー
ヨーク地区検事事務所の捜査官で、精神分析学者のベイジル・ウィリング博士は、た
またま殺人が行われたその舞台を客席で観ていた。舞台の進行を妨げることなく、絶
妙のタイミングで行われた殺人、その謎を解く鍵となるのは、家蠅とカナリア。「被
害者、凶器、犯罪の心理学──犯罪のあとに残される微妙なキャラクターの痕跡」を
捜査の出発点として、ベイジルは犯人にせまっていく。
 巧い。描写に無駄がないのだ。綿密にはりめぐらされた伏線、巧みに造形された個
性豊かな登場人物たち、物語がすすむにつれて少しずつ明らかにされる彼らの隠され
た人間関係。そして各人の心理状況がベイジルによって分析され、そこから事件につ
いてのさまざまな推理を彼が披露し、少しずつ真相に近づいていく。
 物語の冒頭の一文、事件の鍵となる家蠅とカナリアについての記述から、読者は物
語にひきこまれる。また物語ラストにある、夜中の劇場内での犯人追跡の場面は、マ
クロイ中期のサスペンスの雰囲気もうかがえる。
 今月国書刊行会から『割れたひづめ』が、来年早々には晶文社から短編集『歌うダ
イアモンド』が出版される予定。引き続きマクロイ作品を読めるというのは本格ミス
テリファンにとっては至福である。
                                (清野 泉)
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『サイレント・ジョー』 "SILENT JOE"
 T・ジェファーソン・パーカー/七搦理美子訳
 早川書房/2002.10.15発行 1900円(税別)
 ISBN: 4152084472

《本年度MWA賞最優秀長篇賞受賞作は、「物静かな」ジョーの静かな物語》

 施設で育ったジョーは5歳のときに裕福なトロナ夫妻に引き取られ、その後はふた
りから惜しみない愛情を注がれて成長した。養父のウィルは正義感が強く慈愛に満ち
た人物で、ジョーにとって深い敬愛と憧れの対象となっている。現在ジョーは保安官
補をするかたわら、非番の時にはカリフォルニア州オレンジ郡で郡政委員をしている
ウィルに同行して運転手兼ボディガードを務めるという多忙な日々を送っているが、
養父と一緒に過ごし、彼の期待に応えることはジョーの大きな喜びだった。
 ところがある晩、彼の目の前でウィルが何者かに射殺される。誰よりも大切に思っ
ていた人間を助けられなかった無念から、ジョーは真相究明に突き進んでいく――。

 ここまで読んで、愛する養父の復讐に燃える息子が悪事をあばいてめでたしめでた
し、という単なるヒーロー・ストーリーを思い描いてはいけない。もちろん殺人事件
の謎が解けていく過程もじゅうぶん読みごたえがあるが、本書の最大の読みどころは、
捜査を進めながら成長していく主人公の姿にある。最愛の養父の死の謎が明らかにな
っていくうちに、数々の予想もしなかった真実が浮上し、それを苦しみながら消化し
乗り越えていく主人公の人物造形がすばらしい。
 ジョーの顔には、赤ん坊のときに実の父親に硫酸をかけられてできた醜い傷痕があ
る。その後実の母親にも見捨てられて施設に預けられた彼は、自分が愛したものはい
つか自分を裏切って去っていくのではないかという不安を消し切れずにいる。内に秘
めたその不安と見る人をおびえさせる傷痕のせいで、人並み以上に礼儀正しい態度を
取る主人公の穏やかで物静かなキャラクターは、《静》でありながら強烈な存在感が
あり、殺人事件やそれにからむ毒々しい要素を中和して作品全体に淡々とした独特な
雰囲気を与えている。本書はスピード感あふれるアクション・シーンに満ちたミステ
リではない。信頼と裏切り、真実と嘘、愛と赦しのストーリーを秋の夜長にじっくり
堪能してもらいたい。
                                (中西和美)

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 ■ミステリ雑学 ―― ハードボイルドを生んだパルプ・マガジン

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「昔のパルプ・マガジンですよ」
「けばけばしいやつだろ。マンガ本みたいな」
「マンガじゃない。短編探偵小説だ」
         (『迷路』B・プロンジーニ/小鷹信光訳/徳間文庫 p.204)
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 パルプ・マガジンとは、粗悪な紙に印刷された安価な通俗小説専門雑誌の総称であ
る。誕生したのは19世紀末で、1940年代ペーパーバックとコミック雑誌にその地位を
譲るまでのほぼ半世紀、一般大衆の読み物としてアメリカで広く親しまれた。反面、
文章や内容が粗く表紙もけばけばしい扇情的なものも多かったため、インテリ層など
からは蔑視されていた。最盛期は1920年代から1930年代で、その間にアメリカ国内で
流通していたパルプ・マガジンは200種類もあったという。
 初期のパルプ・マガジンは、様々なジャンルの小説をひとつの雑誌に掲載した総合
小説誌だった。しかし人気が出るにしたがって細分化し、ウエスタン、冒険、ロマン
スといったジャンルごとの専門誌が出版されるようになっていく。また現在日本でも
人気のあるSF、ホラー、ハードボイルドといったジャンルは、『アメージング・ス
トーリーズ』、『ウィアード・テイルズ』、『ブラック・マスク』のようなパルプ・
マガジンによって確立されたのである。
 ジャンルごとに枝分かれしていく中で、探偵小説専門のパルプ・マガジンも誕生し
た。初の探偵小説専門誌として登場したのは、大手パルプ・マガジン出版社のストリ
ート&スミス社が1915年に創刊した『ディテクティブ・ストーリー・マガジン』だっ
た。だがミステリ小説史上もっとも重要なパルプ・マガジンといえば、前述した『ブ
ラック・マスク』(創刊当時は『ザ・ブラック・マスク』)である。1920年の創刊か
ら1951年の廃刊にいたるまでの約30年間に、ダシール・ハメット、レイモンド・チャ
ンドラー、E・S・ガードナーなどの作家を輩出した。
『ブラック・マスク』は、探偵小説に新風を巻き起こそうと創刊されたわけではない。
偶然2人の新人作家が、1923年に新しい形の探偵小説を同誌に発表したのだ。1人は
ハードボイルド型私立探偵第1号のレイス・ウィリアムズを登場させたキャロル・ジ
ョン・デイリー、もう1人はその後の私立探偵小説のモデルとなるコンチネンタル・
オプを送り出したダシール・ハメットだ。この2人に編集長として1926年に就任した
ジョゼフ・T・ショーが加わり、ハードボイルドの歴史が動き出す。文章を簡潔な文
体で表現することを執筆者に求めたショーは、その後10年間編集長の椅子に座り、2
人の作家も1930年代初頭まで寄稿する。デイリーはドル箱作家として名をはせた時期
もあったが、文章や人物造形が粗かったためにその後忘れ去られた。一方ハメットは
『マルタの鷹』などの名作を残し、ハードボイルドの始祖としていまだに多くのファ
ンを魅了している。3人が同じ時期に同じ雑誌で活躍していたのは単なる偶然だが、
その偶然が探偵小説に新しいジャンルを誕生させることになったのは確かである。
                              (かげやまみほ)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 夢の迷宮に魅せられて

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 印刷技術が発達する以前、書物は手書きで複写するしかなかった。数時間もすれば
手はけいれんを起こす過酷な作業である。現存する写本を見ると、人間業とは思えな
いほどの細かな字が並んでいる。このような苦労を顧みず書物を残したいと、人々を
突き動かしたものはなんだったのだろう。その答えは『薔薇の名前』(ウンベルト・
エーコ/河島英昭訳/東京創元社)にある。

「わたしたちは書物のために生きているのです」(上巻 p.178)

 これは日々写本にいそしむ修道士の言葉だが、誇張でもなんでもない。本書は知へ
の渇きから書物に魅了され、そのために生きる人々の物語である。
 時は1327年。皇帝と教皇は対立し、教会内部も清貧の定義をめぐる論争で荒れてい
た。ここに登場するのは本書の語り手である若き見習修道士アドソだ。アドソの師匠
は叡智の人として誉れ高いフランチェスコ会のウィリアム。皇帝じきじきの特命を帯
び、ふたりはイタリアの大修道院へ赴く。そこにはキリスト教世界で随一と謳われる
文書館が存在した。現在の図書館と印刷所と翻訳工房の役割をあわせもち、古今東西
の文献を収めた研究者たち垂涎の的である。だが、一般の修道士が使用できるのは写
本室のみ。文書庫は館長と補佐役しか足を踏みいれることを許されない砦であった。
 ここで悲劇が起きた。修道士の身投げらしき死体発見を皮切りに、次々と事件が続
く。真相を調査することになったウィリアムらは、事件の謎を解く鍵が文書庫にある
と考え、禁断の書庫へ侵入しなければと計略をめぐらすことになる。ようやく内部に
足を踏みいれたふたりの目の前に広がるのは、噂に違わぬまさに文書の迷宮だった。
 圧倒的な感動を呼び起こし、縦横無尽に語られる著者の博識、書物への愛情に奥行
きの深さを感じさせる書である。ショーン・コネリー主演の映画でおなじみの方もあ
るだろうが、原作はさすがに才人エーコの手によるもので複雑、一筋縄ではいかない。
でも、だいじょうぶ。今回(こわごわ)読み返してみたが、与しやすい部分も多い。
中世修道院の特殊な日課、薬草類や当時めずらしかった眼鏡などのエピソードに好奇
心を刺激され、文書庫のしかけや見立て殺人の真相と謎解き部分ではおおいに盛りあ
がり、主役のまじめな師弟に滑稽な面があることに気づいて笑みがもれる。なにより、
修道士たちの書物に対する情熱に共感でき、現実も時間も忘れることができる。なぜ
本はここまで人を魅了するのか。その問いにウィリアムが答えてくれている。

「一場の夢は一巻の書物なのだ。そして書物の多くは夢にほかならない」
                         (下巻 p.289)
                                (三角和代)

◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html

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■編集後記■
 優れた作品が必ずしも書店に並び続けるとは限らず、そのうちに買おうと思ってい
た本なのに、気づいたときには新刊書店ではもう手に入らないことも少なくありませ
ん。「復刊してほしいミステリ」シリーズはそんな本の中から、ぜひ多くのかたに読
んでいただきたい作品を紹介する企画です。このシリーズで取りあげてほしい作品が
ありましたら、whodmag@office-ono.comまでお知らせください。12月号では、ジャネ
ット・イヴァノヴィッチのステファニー・プラム・シリーズを特集します。 (片)


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 海外ミステリ通信 第15号 2002年11月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、清野 泉、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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