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             月刊 海外ミステリ通信
          第14号 2002年10月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        バウチャーコン関連新人賞ノミネート作品レビュー
〈注目の邦訳新刊〉   『最後の審判』
〈ミステリ雑学〉    アントニイ・バウチャー
〈スタンダードな1冊〉 『ホロー荘の殺人』


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 ■特集 ―― バウチャーコン関連新人賞ノミネート作品レビュー

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 ミステリ作家、関係者、世界中のミステリファンが集う年に1度のお祭り、バウチ
ャーコンの開催が近づいてきた。
 今年のバウチャーコンは10月17日から20日までテキサス州オースティンで開かれる。
ゲスト・オブ・オナーは〈ワシントン・サーガ4部作〉のジョージ・P・ペレケーノ
スと、『神の名のもとに』などのメアリ・ウィリス・ウォーカー。トースト・ミスト
レスはカナダ人作家のスパークル・ヘイター。このほか、多数の作家が出席する。
 開催期間中には、アンソニー賞、マカヴィティ賞の受賞作が発表され、シェイマス
賞も同時期に別の会場で発表される。今月は昨年の創刊号と同じく、シェイマス賞、
アンソニー賞、マカヴィティ賞の各新人賞部門にノミネートされた作品を一挙に紹介
する。はたしてどの作品が最優秀賞を獲得するか、予想しながらお読みいただきたい。
受賞作は後日、本誌でお知らせする予定。             (影谷 陽)

▼バウチャーコン オフィシャルサイト
 http://www.bouchercon2002.org/

※各ミステリ賞の概要については本誌創刊号を参照。
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/bn/0109.txt


●ノミネート作品レビュー
 ※【】内はノミネートされた賞を表す。
  S=シェイマス賞、A=アンソニー賞、M=マカヴィティ賞
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"RAT CITY" by Curt Colbert【S】
UglyTown/2001/ISBN:0966347358

《タフな男と可愛い相棒―― 40's シアトル探偵物語》

 男が事務所に飛び込んでくるなり、散弾銃をぶっ放す。弾は朝食中だった探偵の顔
を掠め、椅子の背もたれに穴を空ける。反射的に拳銃を抜いた探偵は引き金を引き、
男は床にくずおれる。おまえは誰だ、と訊ねる探偵。グロリア、と女の名前を呟やき
絶命する男。探偵は男の上着からグロリアとおぼしき写真を見つける。警察がやって
きたとき、探偵は冷えてしまった朝食を食べ終えている。顔見知りの警官が言う。男
を一人撃ち殺しておきながら、よくゆったりと朝飯を食っていられるな――。
 この作品のファーストシーンである。そしてこの探偵がこの物語の主人公、ジェイ
ク・ロシターだ。ハメットのスペードは'30年代のサンフランシスコを、チャンドラ
ーのマーロウは、'40~'50年代のロサンジェルスを舞台に活躍した。一方、この作品
の時代設定は1947年。作者のコルバート自身がハメットやチャンドラーたちへのオマ
ージュとしてこの作品を書いたと述べているとおり、彼は私立探偵がもっとも私立探
偵らしく振る舞うことができた時代を選んだ。
 舞台になる街は作者の生まれ育ったシアトルだ。この物語で描かれる時代のシアト
ルは、鼠が駆け廻りゴミの悪臭が漂う、貧しくみすぼらしい街だ。主人公は自分の命
がなぜ狙われたのかを探るため、女の写真と自分が射殺した男“ビッグ・エド”の住
所を手掛かりに街に出る。オーバーコートに帽子を被り、ピカピカの新車、インディ
ゴ・ブルーのビュイック・ロードマスターに乗って。
 黄金時代の探偵小説の味わいがこの作品の読みどころであるのは間違いない。だが、
ロシターの秘書ミス・ジェンキンズの活躍を抜きにしてこの作品を語ることはできな
い。ボスに内緒で私立探偵を目指す彼女、後半以降大活躍するのだ。タフな探偵と可
愛い相棒。旧くて新しい探偵小説の登場である。この作品はシリーズものとして2作
目の出版が予定されているとのこと。いやぁ、まったく楽しみである。
                                (板村英樹)
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"THIRD PERSON SINGULAR" by KJ Erickson【A】
St.Martin's Press/2002.3/ISBN: 0312982135

《美少女殺人に隠された意外な動機とは? 刑事マーズ・バー・シリーズ登場》

 ミネアポリス市警に勤めるマーズ・バーは勤続12年のベテラン刑事。最近、特別捜
査官の任務に抜擢されたばかりだ。離婚で別居中の息子とは週末にしか逢えないが、
毎週必ず朝食をともにし、ガレージセール巡りにくりだすのを楽しみにしている。
 肌寒い4月の朝、事件は起きた。郊外のミシシッピ河岸でティーンエイジャーの少
女が殺されたのだ。ブラウスがはだけ、ズボンのジッパーがおろされた無惨な姿で。
被害者は地元の高校でも評判の美少女。なぜか性的暴行のあとはなく、所持品も残さ
れていた。これといった手がかりなし。目撃者もなし。少女のBFをはじめ容疑者の
アリバイも完璧だ。ゆきずりの変質者の犯行か? 犯人の動機は一体何なのか? マ
ーズの懸命の捜査もむなしく、事件は暗礁にのりあげる。
 一方、休暇で英国の友人の家を訪れた少女の兄ボビーは、滞在客の1人の女性から
思いがけない話を聞かされる。数か月前、事件の現場から遠く離れたボストンで、彼
女の姉がまったく同じ手口で殺されたというのだ――。
 アンソニー賞候補作。よくあるサイコパスものかと思いきや、意外な犯人と動機が
犯行の陰に隠されていて、あっと驚く。サスペンスとしてもじゅうぶん愉しめるが、
なんといってもマーズが仕事のパートナーでコンピュータの達人ネッティに支えられ
ながら犯人を追いつめてゆく姿が読みどころだ。仕事にかける彼の情熱とプロフェッ
ショナリズムがすがすがしい。また、8歳の息子クリスとの心あたたまる関係も読ま
せる。父親業と仕事のはざまで奮闘するマーズの姿には思わず共感してしまうだろう。
 プロットにもうひとひねりほしい感もあるが、昨今のサスペンスには珍しく爽やか
な読後感が残る作品。作者はミネアポリス在住だけあり、舞台のミシシッピ川と河岸
周辺の描写もうまい。すでに米国では第2作も出版中、今後のシリーズ化が楽しみだ。
 物語後半、有力な容疑者が現れ、目撃者の女性にマーズが何枚かの顔写真を見せる
場面がある。1枚、また1枚と写真を見つめる目撃者。背後で息をつめて見守るマー
ズ。ついに彼女が犯人の写真をさしたとき、こみあげる涙を必死でこらえるマーズの
姿に胸が熱くなった。さりげない、だが、本書で最も心に残るワンシーンだ。
                               (山田亜樹子)
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"CHASING THE DEVIL'S TAIL" by David Fulmer【S】
Poisoned Pen Press/2001.11/ISBN:1890208841

《ジャズ・ファン必読! 伝説のミュージシャンの正体は……》

 1907年のニューオーリンズ38番街、通称“ストーリーヴィル”。当時ここは赤線地
帯で、何軒もの娼家がひしめき、路上には売春婦があふれ、アヘンやコカインが堂々
と取り引きされていた。バーやダンスホールでは黒人やクレオールによるラグタイム
・バンドが人気を博していた。
 そんなストーリーヴィルで、売春婦ばかりをねらった連続殺人事件が起こる。枕を
押しつけての窒息死、キモノの帯による絞殺、ナイフによる刺殺など、凶器も殺害方
法もまちまちながら、どの現場にも1輪の黒薔薇が残されていることから、警察は同
一犯人のしわざと考える。クレオールの私立探偵、ヴァレンティン・セイント・サイ
アは、ストーリーヴィルを牛耳る権力者トム・アンダースンの命により、警察とは別
に独自の捜査を開始する。そして、ヴァレンティンの親友で人気コルネット奏者のバ
ディ・ボールデンを犯人と決めつける警察とことごとく対立することに。やがて、犯
人の魔の手がヴァレンティンの恋人ジャスティンに伸びるにおよび……。
 うまい、じつにうまい。赤線地帯の猥雑さ、あやしげな雰囲気、にぎにぎしい街の
喧噪が活字を追うだけで生き生きと伝わってくる。謎解きにやや難があるのと、私立
探偵もののわりには主人公の個性が弱い点が気になるが、設定の妙と語りのうまさで
一気に読ませるものを持っている。
 謎の鍵を握る人物として描かれるバディ・ボールデンは実在の人物だ。“キング・
オブ・ジャズ”の異名をとるこのミュージシャンは、女性にたいへんもて、娼婦たち
は金も取らずに彼の相手をしたという。そんな彼も、人気絶頂のさなかに精神に異常
をきたして精神病院に収容され、やがてひっそりと死んでいく。このあたりのエピソ
ードがうまくストーリーに盛りこまれ、音楽ファンをにやりとさせる。聞けば、作者
のフルマーは、雑誌に音楽関係の記事を書いているのだとか。ニューオーリンズの独
特の雰囲気や黎明期のジャズに関心のある方には、こたえられない1冊といえよう。
                               (山本さやか)
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"AUSTIN CITY BLUE" by Jan Grape【A】
Five Star/2001.10/ISBN:0786230142

《新しいヒロインの誕生か? シリーズ化が期待される一作》

 人質をとって発砲してくる犯人を警官が射殺したとしても、それは警官としての職
務を遂行したにすぎない。その犯人がすでにふたりの人間を撃っており、度重なる警
告も無視して引き金を引こうとしたとなればなおさらだ。テキサス州オースティン市
警の警官、ゾウ・バロウが犯人を射殺したのはまさにそういう状況であり、彼女の行
動は合法的なもののはずだった。だが、犯人の身元が明らかになったとき、事態は一
変する。犯人は、8か月前にゾウの夫のバイロンを撃って逃亡した人物だったのだ。
頭部を撃たれたバイロンは、それ以降植物状態となり、回復の可能性がないまま療養
所のベッドで虚空を見つめている。市警のなかにはゾウが犯人の正体を承知のうえで
復讐したのではないかと疑う者があらわれ、内部調査が行なわれることになる。そし
て、調査が終了するまでゾウはデスクワークにまわされることになった。
 そんなとき、バイロンの友人のエイブリーが、妻が愛人と共謀して自分を殺そうと
しているので助けてほしいと相談をもちかけてくる。市警の不当な処遇に怒りと失望
を感じていたゾウは、妄想とも思えるエイブリーの主張を真剣に受けとめることがで
きずにいた。だが、まもなくゾウの情報提供者だった娼婦が何者かに殺害されたこと
をきっかけに、すべては新たな局面を見せはじめる……。
 短編小説ですでに定評のある著者だが、はじめて上梓した長編本書でもストーリー
テリングの能力はいかんなく発揮され、無関係と思われる事実と錯綜する情報が複雑
にからみあいながら、いつのまにか謎が解けていく過程が読みどころになっている。
いまだ女性差別が残る南部の警察が持つ体質と、愛する夫を永遠に失ってしまったと
いう辛い現実と戦いつづけるゾウは、これからどんな活躍を見せてくれるのだろうか。
今後の彼女を描いた続編を是非読んでみたいと思わせる作品だ。
                                (中西和美)
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"PERHAPS SHE'LL DIE" by M. K. Preston【M】
Worldwide Mystery/2001/ISBN: 0373264305

《父の復讐に燃える娘が故郷で見いだしたものとは》

 父母と娘の3人で暮らすある家族は、父親がレイプの嫌疑で裁判にかけられたこと
で苦しんでいた。その家族に悪夢のような事件が起きる。深夜、覆面姿の4人が忍び
込んで父親に襲いかかり、自殺にみせかけて殺したのだ。襲撃者たちの目を盗んで逃
げ出した母親は幼い娘を隣人にあずけて去り、二度と姿を現すことはなかった。
 それから12年後、成長した娘のシャンタリーンは、父の容疑は無実だったというシ
ョッキングな知らせを知人から受けとり、故郷にもどってきた。父を手にかけた4人
は誰なのか。シャンタリーンは町民すべてを敵にまわしても、犯人を明らかにするこ
とを誓う。その彼女のもとに「真実を知りたければ、あす訪ねてこい」と電話をかけ
てきた男がいた。翌日訪れてみると、男は額を撃ちぬかれて死んでおり、第一発見者
であるシャンタリーンは殺害犯ではないかと疑われる。
 町民たちに公然と敵対し、ときに育ての親すらも恐れさせる激しい気性と、周囲を
頼らず、みずから危険のなかに飛び込んでゆく独立心。24歳という若さながら、シャ
ンタリーンはなんとも強烈な個性の持ち主だ。この性格は両親を失い、毎夜悪夢にう
なされてきたという過酷な生い立ちのせいか。物語の舞台となるオクラホマ州の町は
周辺から隔絶した小社会で、住民はすべて顔見知り。当然、いまわしい過去を掘り起
こそうとする行為は歓迎されない。この特殊な状況下で過去と現在の両方に隠された
事実、姿を消した母親の消息など、プロット面で幾重にも興味をひく工夫が凝らされ
ているのが読みどころだ。愛馬と愛犬だけを友としていたシャンタリーンが協力者と
なる男性に対して少しずつ心を開いていくあたりには、ロマンスの香りも感じられる。
本作はバリー賞、メアリ・ヒギンズ・クラーク賞にもノミネートされた。
                                (影谷 陽)
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"EPITAPH" by James Siegel【S】
Mysterious Press/2001.06/ISBN:0892967129

《「カバーで中身を判断しないように」本にも人にも当てはまる言葉だ》

 70歳をとうにこえたウィリアム・ラスキンは、ニューヨークのクイーンズ地区で暮
らしている。探偵だった彼が早くに引退したのは、仕事中に流れ弾で死なせてしまっ
た少女への贖罪の気持ちからだった。ある日、ウィリアムはかつての同僚ジャンの死
亡記事を見つける。ナチス占領下のフランスでユダヤ人を逃がしていたジャンは戦下
の英雄で、探偵事務所の看板だった。ウィリアムは彼の葬式に出向き、ジャンの隣人
から、ジャンいわく「人生最大の事件」のファイルを託される。80歳にもなるジャン
が現役だったとは。ウィリアムはかすかに嫉妬とあせりを感じ、事件を引き継ごうと
決め、ファイルにある名前と住所を追ってマイアミへ飛ぶ。自分の葬式用の貯金を引
き出し、10年前に失効している免許証で、つんのめりそうな運転をしながら。
 ゆったりしたペースで、高齢者の生活が描かれる前半。中ほどまできても、ジャン
が何の事件を追っていたのかさえ明らかにならない。だが、ジャンがこの事件に執着
した理由を解き明かそうと、彼の過去に狙いを絞って探求をはじめる後半から、急展
開を見せる。やがてウィリアムは50年以上前、フランスであった大量殺人事件を掘り
起こす。その犯人は行方知れず。今姿を現しはじめた失踪事件に奇妙に一致する点が
ある。戦慄すべき殺人鬼の姿が浮かびあがったとき、ウィリアムの身に危険が迫る。
 前半と後半のギャップがすごい。ウィリアムに感情移入して読んできた人は、クラ
イマックスで手に汗握る思いをするだろう。そして最後の最後まで、息の抜けない展
開。著者のジェイムス・シーガルはニューヨークのやりての広告マンらしい。すでに
2作目を執筆中とか。次作が楽しみだ。
                               (小佐田愛子)
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"BLINDSIGHTED" by Karin Slaughter【M】
William Morrow & Company/2001.09/ISBN:0688174574

《盲目の女性を無惨に殺した犯人。その本当の狙いとは?》

 アメリカ南部のジョージア州ハーツデールは、主な収入源といえば大学のみという
小さな町だった。小児科医のサラは、ある昼下がりにダイナーのトイレで、腹部を切
り裂かれて瀕死の状態にある盲目の女性シビルを発見する。シビルはすでに手の施し
ようがなく、サラの腕のなかで息絶えた。郡の検死官を兼務するサラが解剖を行った
結果、シビルは薬物を飲まされ、また、レイプされていたことが判明。事件は、誰も
がお互いの顔を知っている小さな町の住民たちを疑心暗鬼に陥れ、次第に人々が普段
押し隠している人種偏見という闇の部分を浮き彫りにしてゆく。
 シビルの双子の姉妹である刑事のレナや、サラの元夫である警察署長のジェフリー
らの懸命の捜索にもかかわらず、解決の糸口もつかめないまま、2日後、今度は女子
大生が行方不明になる。そんななか、ジェフリーは何者かに撃たれ、サラは自分の車
のボンネットに行方不明の女子大生が裸で置き去りにされているのを発見する。
 サイコ・キラーと対決する女性検死官というと、パトリシア・コーンウェルと比較
されることは避けられず、また、勘のいい読者なら割と早くから犯人がわかってしま
うという謎解き面での弱点もあるが、サスペンスフルで力強い筆致は新人とは思えな
いほど。本作がマカヴィティ賞のみならず、バリー賞、CWA賞の最優秀処女長篇賞
にもノミネートされたのは、この点が評価されたからに違いない。
 本書はシリーズ化を念頭に書き始められ、シリーズ2作目の "KISSCUT" は先月発
表されている。1作目である本作でそれぞれ心身ともに負った傷を、主要人物らがど
のように乗り越えていくのか、今後を見守っていきたいと思わせる作品だ。
                                (松本依子)
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"A WITNESS ABOVE" by Andy Straka【S・A】
Signet/2001.05.08/ISBN: 0451202945

《鷹は舞い、探偵は走る……娘のために》

 ニューヨーク市警殺人課の刑事だったフランクは、武器を持っていなかった少年を
捜査中に射殺した一件で、その場にいた2人の同僚と共に辞職した。13年後の現在、
彼は私立探偵としてバージニア州のシャーロッツビルで暮らし、仕事の合間に小型の
猛禽類アカオノスリを使って鷹狩りをしている。事件のことは別の時間の別世界での
出来事と割り切っているつもりではあったが、釈然としない気持ちも残っていた。
 そんなフランクがある日鷹狩りの最中に見つけたものは、獲物の兎ではなく少年の
射殺死体だった。少年は麻薬の売人として警察から目をつけられていた。数日後、フ
ランクの娘ニコルが麻薬所持で逮捕される。彼女は1か月ほど前、殺された少年と言
い争っていた。警察の考えは明らかだ。麻薬に手を出したことはないと訴えるニコル
だが、少年との口論に関しての答えはあいまいだった。娘を信じて独自の捜査をはじ
めたフランク。やがて今回の事件の背後に13年前の事件が浮かび上がってくる。
 舞台をニューヨークなどの都会ではなく、バージニア州の小さな田舎町にしたこと
が新鮮である。主人公が私立探偵なので死体発見から捜査開始までの過程に無理がな
く、想像の範囲内ではあったが、最後の犯人との対決も鷹匠であることが生かされて
いた。本筋とは関係のない鷹狩りなどのシーンや伏線なども適度に配置され、よくま
とまった佳作といえる。ただストーリー自体は平凡だし、登場人物もステレオタイプ
で魅力に欠ける。今年4月に続編の "A KILLING SKY" が出版されたそうだが、登場
人物にもう少し個性があれば、期待の持てるシリーズになるかもしれない。
 なおこの作品はシェイマス賞とアンソニー賞にノミネートされた他、5月に結果が
発表されたアガサ賞にもノミネートされていた。
                              (かげやまみほ)
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"PILIKIA IS MY BUSINESS" by Mark Troy【S】
LTDBooks/2001/ISBN:1553165330

《ワイキキビーチ版ステファニー・プラム登場?!》

 ハワイのミステリには〈ハワイ5-O〉や〈私立探偵マグナム〉、チャーリー・チ
ャン登場の作品があるが、ここにセクシーな女探偵がその仲間入りを果たした。ピリ
キア(ハワイ語でトラブルの意)こそわが職業だと語るヴァル・ライアンだ。
 ヴァルの経歴は変わっている。サンフランシスコ出身で、得意のバスケのおかげで
大学の奨学金を手にし、イタリアの女子プロリーグでプレイもした。しかし、現地で
離婚した傷心のヴァルは故郷にもどって、市警に10年間勤務。ところが無実の罪で服
役することに。のちにえん罪だと証明されたのだが、経歴に疵がついたヴァルにでき
る仕事は限られている。そこで市警時代にひそかに尊敬していた私立探偵レオに、自
分を脚として使ってくれと売り込んだ。ハワイへの引っ越しを考えていたレオはヴァ
ルの話を承諾。ヒロインにはこうした事情があった。
 現在手がける仕事は、親権をめぐるいざこざで公判中の女性の警護。裁判にホノル
ル中の注目が集まったために、弁護士が念のために手配した警護だったが、事態は予
想をはるかに超える危険なレベルへ進展していく。ヴァルは怒ると無意識にでてくる
イタリア語で悪態をつきながら、行く手に立ちはだかる強大な力に臆せず突き進む。
 ユーモアあり、アクションあり、ロマンスありで、なるほど“ステファニー・プラ
ムのファンにおすすめ”との評がでていることにもうなずける。フェミニズムを始め
とするさまざまな社会問題を取りあげており、そのあたりはステファニーだけでなく、
女性探偵の先達たちの影響が色濃く現れた意欲作となっている。興味深いのは、作者
が男性である点だ。著者マーク・トロイはセントルイス生まれ。タイの平和部隊で英
語を教え、ハワイ大学で大学院過程を修めたのち、移り住んだテキサスで転機が訪れ
た。創作ワークショップで作家ランズデールに出会い、創作を続けるよう強く勧めら
れたのだ。もともと e-book として世にでたこの作品だが、版元の紙媒体への新規参
入でめでたくシェイマス候補となった。
                                (三角和代)

※以下の2作品はMWA賞にもノミネートされた。レビューは今年4月号に掲載。
 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/whodunit/magazine/bn/0204.txt

"OPEN SEASON" by C. J. Box【A・M】
Putnam/2001.07.05/ISBN: 0399147489

"THE JASMINE TRADE" by Denise Hamilton【A・M】
Scribner/2001/ISBN: 074321269X

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/feature.html

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ―― 『最後の審判』

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『最後の審判』 "THE FINAL JUDGMENT"
 リチャード・ノース・パタースン/東江一紀訳
 新潮社/2002.09.25発行 2500円(税別)
 ISBN: 4105316036

《キャリア・ウーマン、キャロラインの秘められた過去》

 リチャード・ノース・パタースンの最新作『最後の審判』は、過去に紹介された6
作とはややおもむきを異にしており、読者によって評価のわかれる作品かもしれない。
本作の主役はキャロライン・マスターズ。そう、『罪の段階』(東江一紀訳/新潮文
庫)ではキャレリ事件の判事として名をあげ、『子供の眼』(東江一紀訳/新潮社)
では、主役であるクリス・パジェットの被告側弁護人として活躍した、あのキャロラ
イン・マスターズである。
 キャロライン・マスターズは長年の夢を実現させようとしていた。連邦最高裁判所
判事の指名を受けたのだ。あとは議会の承認を得るだけだ。そんなおり、故郷の父か
ら連絡が入る。姉夫婦の22歳になる娘、すなわちキャロラインの姪ブレットに恋人殺
害の容疑がかかっているというのだ。知らせを聞いたキャロラインは、ロースクール
入学以来23年間、一度として足を踏み入れることのなかった故郷、ニュー・ハンプシ
ャー州リザルヴの町に駆けつける。ブレットは無実を訴えるが逮捕され、予審がひら
かれることに。身内の弁護はお互いのためにならないと及び腰だったキャロラインは、
長年の夢をあきらめる覚悟で裁判にのぞむ。
 なんだ、だったら、ここからいつものパタースン節全開じゃないかと思われるかも
しれない。もちろん、予備審問とはいえ、キャロラインが検察側の証人を追いつめて
いくシーンは迫力満点で、読み手をぐいぐい惹きつける。だが、本作の主題は、姪の
事件の真相を暴くことだけではない。キャロラインに故郷を捨てさせたものはなんだ
ったのか、将来を誓い合った恋人の前から姿を消したのはなぜなのか、父や姉との確
執の原因はなんなのか。それらがキャロラインの追想という形で、しだいに明らかに
されていく。そしてそれがまた、姪の事件と密接に結びついていくのである。野心の
塊のようなキャロラインの意外な一面を描いたこの作品、どうかじっくりと味わって
いただきたい。
                               (山本さやか)

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 ■ミステリ雑学 ―― シャーロキアン、アントニイ・バウチャー

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 ミステリ・SF作家バウチャーは書評家としても活躍し、的確でしかも温かみのあ
る批評は作家そして読者に高く評価されていた。56歳の若さで亡くなった彼をしのぶ
ためにひらかれたのが、バウチャーコンだ。
 またバウチャーは、名探偵シャーロック・ホームズを愛する筋金入りのシャーロキ
アンで、1934年に米国で発足した、シャーロキアン団体の草分け的存在〈ベイカー・
ストリート・イレギュラーズ〉に所属していた。この団体名はロンドンのベイカー・
ストリート221Bに住むホームズが、助手として使っていた浮浪児の集団の名称に由
来する。とにかく〈ベイカー・ストリート・イレギュラーズ〉のメンバーがすごいの
だ。クリストファー・モーリー、ハワード・ヘイクラフト、アイザック・アシモフ、
レックス・スタウト、フランクリン・D・ルーズベルトなど、当時の知識人がその名
を連ねていた。ホームズ研究も盛んで「ホームズ、ワトソン、モリアーティなどすべ
ての登場人物は実在していたものとし、ワトソンが記した聖典(ホームズ物語)を研
究する」ことが行われ、バウチャーも「後期のホームズは替え玉か?」というエッセ
イを機関紙に書いている。
 そんなバウチャーが、ホームズのパロディや、シャーロキアン達を登場させた作品
を残しているので、ここでいくつか紹介する。
 まずは、バウチャーの作品の中でもっとも有名な『シャーロキアン殺人事件』(仁
賀克雄訳/現代教養文庫)である。「まだらの紐」を映画化するにあたり、脚本家と
して大のホームズ嫌いで知られる男を採用したため、〈ベイカー・ストリート・イレ
ギュラーズ〉のメンバーたちから抗議が殺到する。映画会社はホームズファンの彼ら
を映画のアドバイザーとして招くが、その歓迎パーティーの夜、会場に現れた脚本家
がメンバーの面前で殺され死体が消えてしまうという事件が発生する。実在するシャ
ーロキアン団体を登場させて、全編ホームズ物語からの引用にあふれ、ダイイング・
メッセージ、暗号解読、死体消失など本格ミステリの要素も盛りだくさんの作品だ。
シャーロキアンはもちろん、そうでない人も十分楽しめる。
 ホームズ物のパロディでは、短編集『シャーロック・ホームズの災難』(エラリイ
・クイーン編/中川裕朗・乾信一郎訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)の中に、「高名な
ペテン師の冒険」が収められている。探偵業を引退後、イングランド南部サセックス
で養蜂場を営んでいるホームズとワトソンの会話で物語はすすむ。ホームズが新聞の
記事だけをもとに推理を働かせ、英国に来たナチスの副総統ルドルフ・ヘスが実は影
武者であることを見抜き、戦争の長期化を憂える姿が描かれている。
 同じくパロディ『ホームズ贋作展覧会』(各務三郎編/講談社文庫)の「テルト最
大の偉人」はSFだ。テルト(地球)を征服した種族が、テルト内で崇拝されていた
人物(ホームズ)について考察するというもの。
 どの作品も名探偵への愛情と遊び心にあふれ、シャーロキアンならではの豊富な知
識に基づく描写が楽しい。
                                (清野 泉)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 女王の隠れた名作

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 今回取りあげるのはミステリの女王、クリスティーだ。海外小説の読者ならば、一
度はその作品を手にした経験があるだろう有名作家。わたしもかつて読みふけったこ
とがある。ただいま活躍中の作家にお気に入りは何人もいるが、ひとり選べといわれ
たら無人島のお供にはクリスティー。冊数が多いからだろう? たしかにそれはある。
けれどもそれは再読でも色褪せない魅力があるゆえの選択だ。同様の想いを共有する
仲間はどうやら少なくないらしい。2000年のアンソニー賞では特別に〈20世紀を代表
するミステリ作家〉、〈20世紀を代表するミステリ・シリーズ〉という賞が設けられ
たが、受賞の栄誉に輝いたのがクリスティー、そして私立探偵ポワロのシリーズだっ
た。『オリエント急行の殺人』や『アクロイド殺し』などが代表作に挙げられること
が多いが、個人的にはこれ、心理トリックの傑作『ホロー荘の殺人』がおすすめだ。
 イングランド南西部にある美しい屋敷ホロー荘に客人たちがやってくる。親戚や友
人が集い週末を過ごすことが目的だが、誰もが一様に悩みごとを抱えていた。自分の
愚鈍な性格を気に病む女、そんな妻にいらだつ医師、作品のインスピレーションに取
り憑かれた彫刻家、上流の出自ながら身を粉にして働く女、経済的な悩みはないが恋
に悩む男と、立場はさまざまだ。こうした登場人物たちの間には、つかみどころがな
く、それでいてたしかに存在する不穏ななにかがあった。「なにか」が一気に形とな
った時が、屋敷の主人に招待を受けたポワロの訪問と重なった。プールサイドで血を
流す死体があり、近くでは虚ろな目をした人物が銃を握りしめていたのだ。いっしゅ
ん自分のための演出かとポワロが勘違いしたほどの、絵に描いたような殺害現場。だ
が死体は本物だった。犯人逮捕はごく簡単だと考えられたが、捜査は思いがけない方
向へ。
 人情の機微を描き、ひいてはそれが謎解きにも絡んでくる展開はクリスティーが得
意としたところ。その特徴がいかんなく発揮されている。久々に読み返したが泣けて
くるほどうまい! また、登場人物のカラーがはっきり異なるためにわかりやすく、
雰囲気と謎解きに没頭することができた。物語の純粋な楽しみかたを思い出させてく
れる1冊。描かれる季節もちょうど秋だ。ひんやりする夜に暖かくしてページを繰り、
イングランドの風景に想いを馳せるのもいい。ホロー(hollow)が意味するほろ苦い
後味をかみしめながら。

今月のスタンダードな1冊
『ホロー荘の殺人』アガサ・クリスティー/中村能三訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
"THE HOLLOW" by Agatha Christie 1946
                                (三角和代)


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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www002.upp.so-net.ne.jp/bookswhodunit/mag/regular.html

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■編集後記■
 今年もバウチャーコン関連の新人賞ノミネート作品を特集しました。老探偵、鷹狩
りをする探偵、セクシー女性探偵……どの主人公が気になりますか? 11月号では、
「復刊してほしいミステリ特集」第2弾をお届けします。         (片)


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 海外ミステリ通信 第14号 2002年10月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、清野 泉、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
 本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com
 フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp
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