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             月刊 海外ミステリ通信
          第10号 2002年6月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        ワールドカップ開催記念 世界のミステリ
〈インタビュー〉    ヴィレッジブックス編集者にきく
〈注目の邦訳新刊〉   『囁く谺(こだま)』
〈ミステリ雑学〉    信仰の聖なる誓い、堅信式
〈スタンダードな1冊〉 『笑う警官』


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 ■特集 ―― ワールドカップ開催記念 世界のミステリ

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 5月31日のフランス-セネガル戦で幕をあけた日韓共催ワールドカップも、すでに
日程の半分を消化し、きょうからは決勝トーナメントがはじまる。198の国と地域の
頂点に立つのはどのチームか。サッカー・ファンならずとも、今後の展開がひじょう
に気になるところだ。
 今月は、世界の強豪が一堂に会するワールドカップ開催にちなみ、英米以外のミス
テリに目を向けてみた。本選出場を果たした32か国のうち、共催のパートナーである
韓国、前回優勝のフランス、ダークホースのスウェーデンなど6か国のサポーターに、
自慢のミステリについて熱く語ってもらおう。

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●韓国 ―― 決勝トーナメント進出、イギョレ(勝て)韓国チーム!

 初戦のポーランド戦でW杯初勝利を果たした韓国だが、つづく米国戦を引き分け、
14日のポルトガル戦も勝って、決勝トーナメントへの進出を果たしている。前評判な
ど当てはまらぬ勢いで、果たしてどこまで勝ち進むのか。イギョレ、韓国!
 これまでの韓国ミステリ、娯楽小説の出版状況は日本に比べるとまだまだ多様性、
独自性に欠け、世界に翻訳されて紹介されるという状況には至っていなかった。だが
最近になって、韓国の娯楽映画のヒット作品が日本で公開されたのをきっかけに、原
作小説が魅力ある娯楽小説として日本に翻訳紹介されはじめた。
 朴商延の『JSA――共同警備区域』(金重明訳/文春文庫)を原作にした映画は、
やはり韓国で先に公開されヒット作となった娯楽大作『シュリ』を追い抜く大ヒット
となった。作者の朴は1972年生まれ、韓国の中央大学英語学科卒の若手新進作家であ
る。謎解きの要素を盛り込みながらも、朝鮮の南北分断をテーマに極めて意欲的な問
題提起を試みている。ただ、欧米の洗練されたエンタテインメントを読み慣れた読者
のなかには、小説技法上のつたなさを指摘する向きもあるだろう。だが、お題目と化
した「南北統一」を刷り込まれて育った作者の強い抵抗の意志が、それを補ってあま
りあるパワーとなって読む者を物語に引き込む。
 郭【キョン】澤(キョンは日へんに景)の『友へ チング』(金重明訳/文春文庫)
もまた、作者自らが監督し、昨年韓国で大ヒットした映画の原作小説だ。郭は1966年
生まれ、ニューヨーク大学の映画科を卒業している。この作品は郭の自伝的要素を含
む、「友情」をテーマにした小説だ。港町釜山を舞台に1970年代から現在までの韓国
激動の時代を背景にして、教育者の息子で優等生の相沢(サンテク)、釜山の有力や
くざの息子で、番長格の俊錫(チュンソク)、葬儀屋の息子で俊錫につぐNO.2の東秀
(トンス)、密輸商の息子の重豪(チュンホ)ら、4人の幼なじみが成長してゆく過
程を数々のエピソードで綴る。
 ことに俊錫と東秀がやくざの世界に足を踏み入れ、激しい派閥抗争へとなだれ込ん
でゆくあたりからは『JSA』と同様に粗削りな部分もあるが、語るべきものを持つ
者の力強さで最後までひと息に読ませる。
「僕は本を通じて韓国との過去のことを知った。でも、サッカーを通じて韓国の人々
を知った。これからサッカーを通じて韓国の友との友情を一層深めたい」これはW杯
日本代表、小野伸二選手の言葉だ。まず、この2冊の本を読んで韓国を知ることから
はじめてみてはいかがだろうか。
                                (板村英樹)
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●スウェーデン ―― 持ち前の粘り強さで“死のグループ”を突破!

 スウェーデン・ミステリといえば、警察小説の傑作マルティン・ベックのシリーズ
が有名だが、その後継者とも呼ばれるシリーズの1作目が、ヘニング・マンケルの
『殺人者の顔』(柳沢由実子訳/創元推理文庫)である。本シリーズは本国で9作目
まで出版されており、5作目 "SIDETRACKED"(原題 "VILLOSPAR" *1)が2001年にC
WAゴールドダガー賞を受賞している。
 スウェーデン南部の過疎の村で、老夫婦が拷問されたうえに夫は惨殺され、瀕死の
妻は病院で息を引き取るというショッキングな事件が起こった。捜査を指揮する刑事
ヴァランダーは、冷酷な犯人の逮捕を心に誓うが、一方で私生活に問題が山積みだ。
突然妻に去られ、家を出ている娘や老いた父親との仲もうまくいかない。おのずと酒
の量も増え、あげくに酔っ払って女性検事にセクハラまがいのことをしたり、飲酒運
転を部下に見つかったりする体たらくだ。自己嫌悪のあまり消えてしまいたいと落ち
込んだりもする。しかし、それでも捜査の手を休めることはなく、どんなに行き詰ま
っても決してあきらめない。そのしぶとさ、実直さに、人間臭い魅力を感じずにはい
られない。
 グループリーグで優勝候補のアルゼンチンに、ナイジェリア、そしてイングランド
と強豪揃いの“死のグループ”F組に入ってしまったスウェーデン。しかし欧州予選
を無敗で勝ち抜いてきた代表チームは、イングランドやアルゼンチンの猛攻にも、ヴ
ァランダーのような不屈の精神力で耐え、ついに決勝トーナメント進出という快挙を
なしとげた。決勝トーナメントもこの調子でしぶとく勝ち抜いて欲しい。

*1:"A"の上に小さい丸がつく
                                (松本依子)
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●ドイツ ―― 宝はまだ眠っている?

 8-0。こんな試合結果になるなんて、いったい誰が予想しただろう? ワールド
カップ優勝3回とはいえ、ドイツはここ数年、成績は低迷していた。しかしそんなド
イツに救世主が現れた。24歳の若きFW、クローゼだ。ワールドカップのデビュー戦
をハットトリックで飾り、チームの初戦勝利に貢献した。アイルランドとは引き分け
たものの、カメルーンにも快勝。E組1位で決勝トーナメント進出を決めた。

 英米仏に比べて、これまであまり日本では知られていなかったドイツのミステリ。
だが最近少しずつではあるが、紹介されるようになってきた。猫好きのミステリファ
ンなら、ドイツのミステリと言われてアキフ・ピリンチの『猫たちの聖夜』や『猫た
ちの夜』(ともに池田香代子訳/早川書房)を思い浮かべるかもしれない。そして2
年前に発売された短篇集『ベルリン・ノワール』(小津薫訳/扶桑社)を読んで、興
味を覚えた人もいるのではないだろうか。この本には、統一後のベルリンを舞台にし
た犯罪小説が5篇収録されている。その中の1篇テア・ドルンの「犬を連れたヴィー
ナス」は、ある日突然いなくなった飼い犬を求めて、ベルリンじゅうを探し回る女の
話だ。話の途中で不自然に思える描写がいくつか出てくるのだが、最後まで読めばそ
の描写の意味が理解できる。犯罪小説としては異色かもしれないが、印象に残る作品
だ。そして去年、ドルン3作目の長篇ミステリ『殺戮の女神』(小津薫訳/扶桑社)
が発売された。ちょっと珍しい、女サイコ・キラーの話だ。ベルリンで、初老の男性
が殺され頭を持ち去られる事件が続く。捜査線上に若い女性が浮かんでくるが、警察
は手をこまねくばかり。そんな警察を尻目に、新聞記者のキュラは、強引な取材を通
じて真犯人に迫っていく。凄惨な殺人シーンなど気分が悪くなるような場面が官能的
で美しいなど、ドルンの力量が感じられる構成とストーリー展開で、2段組み300ペ
ージの長篇ということを意識させない作品である。
 ドイツのミステリとしては、他にも2年前に『朗読者』が話題になった、ベルンハ
ルト・シュリンクのミステリ処女作『ゼルプの裁き』が、今年の5月に小学館の海外
ミステリー・シリーズから発売になった。またドイツ語圏のミステリとしては、水声
社から「現代ウィーン・ミステリー・シリーズ」が刊行されている。タイトルどおり
現代のウィーンを舞台にした全9巻のシリーズだ。ドイツ語圏ですでに一定の評価を
得ているヴォルフ・ハースの作品をはじめ、これまでに6冊が発売になっている。
 ドイツおよびドイツ語圏には、面白いミステリがまだまだ埋まっているはずだ。そ
んな作品が日本で紹介されないのは、ミステリ好きの人間にとって、あまりにも悔し
い。少しでも多くの作品が翻訳されることを期待したい。
                              (かげやまみほ)
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●ブラジル ―― 世界最強のカナリア軍団、復活なるか

 W杯2002。われわれブラジルサポーターは雪辱に燃えている。4年前、われわれは
希望の星ロナウドの故障のため決勝戦でフランスに敗れた。今大会は代表選手たちが
夜の生活も我慢して調整に励んだ成果が出たのか、無事決勝トーナメント進出を決め
た(噂によると休日いちゃいちゃするのはOKらしい)。
 最近の投票によると歴代ベストプレイはマラドーナの5人抜きが1位だそうだが、
ふざけるなと言いたい。われらがペレが3位とは。17歳からW杯に出場していたペレ
は、ブラジル人にとってもサッカー界にとってもいまだ「神様」なのだ。
 実は、そのペレは10年ほど前に架空のワールドカップを題材にしてちょっとしたミ
ステリを書いている。題して『ワールドカップ殺人事件』(安藤由紀子訳/創元推理
文庫)。舞台がブラジルでないのが残念だが、紹介してみよう。
 W杯アメリカ大会。決勝戦はアメリカ対東独(実際のアメリカ大会は94年で、決勝
戦はイタリア対ブラジルだった)。悪質なファウルを受け怪我をしたFW3人が欠場
となり、アメリカの優勝が危ぶまれる中、ペレとそっくりなブラジル人グリリョが監
督をしているクラブチームのオーナーが頭を蹴られて殺される。スポーツ記者マーク
の恋人ダーリアが容疑者にされ、ダーリア釈放と引き換えにマークは決勝終了までに
犯人を挙げる約束をする羽目に。容疑者も動機も多数なのにどうやって? ご心配な
く、ペレは神様なのだから。すべてうまく行くに決まってます。
                                (大越博子)
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●アルゼンチン ―― 天才を生んだ国

 バティストゥータ、クレスポ、ベロンなど、世界屈指のプレーヤーをそろえた今回
のアルゼンチン代表。“攻撃は最大の防御”を持論とするビエルサ監督の采配のもと、
破壊的な攻撃力で南米予選を余裕で通過。本選ではフランスとともに優勝候補の一角
と目されながら、相手チームの堅い守りに苦しめられ、決勝トーナメントに駒を進め
ることはできなかった。だが、これまで数々の名場面を演出してきた強国アルゼンチ
ンのことだ、4年後にはさらにパワーアップした姿を見せてくれるにちがいない。
 アルゼンチンは、あのディエゴ・マラドーナを生んだ国だ。メキシコ大会で見せた
“神の手”ゴールとドラッグ問題で、ダーティなイメージばかりが先行しがちだが、
彼が20世紀を代表する選手であることは、数々の記録を見れば一目瞭然。“天才”と
いう言葉はマラドーナのためにあるといっても過言ではない。
 アルゼンチンは文学の世界でも20世紀を代表する天才を生んだ。ホルヘ・ルイス・
ボルヘス。詩、幻想小説、エッセイ、映画の脚本などさまざまな分野で活躍し、現代
文学に多大な影響をおよぼしたボルヘスはまた、ミステリの熱心な愛好家でもあり、
ミステリのアンソロジーなども編んでいる。その彼が親友の作家アドルフォ・ビオイ
=カサーレスと共同で書いたミステリが、『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事
件』(木村榮一訳/岩波書店)である。
 主人公のドン・イシドロ・パロディはブエノスアイレスで理髪店を営んでいたが、
身に覚えのない殺人の罪を着せられ服役中。その彼のもとをさまざまな人が謎を解い
てもらおうと訪れる。自分のミスから人が死んでしまったと思いつめる青年、殺人と
窃盗の容疑者にされた俳優、ホテルでおこった殺人事件の犯人探しを依頼する男……。
つるつるに剃りあげた頭に脂肪太りした身体のドン・イシドロ・パロディが、その謎
のひとつひとつを深い洞察力で解決していく。原著の刊行からすでに60年の歳月がた
っているが、金銭欲、名誉欲、恨み、嫉妬など、時代を経ても変わることのない人間
の醜い部分に焦点をあてているため、古くささはまったく感じない。入れ替わり立ち
替わり訪れる面会者たちの民族や階級がいろいろで、そんなところに多民族国家アル
ゼンチンの一端がうかがえるのもおもしろい。
                               (山本さやか)
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●フランス――まさかの番狂わせ。復活を信じてます!

 12日韓国・仁川でのデンマーク戦に最後の望みを託したフランスだったが、結局、
1得点もならないままに、グループリーグ敗退となった。まさかの前回覇者の敗退に
サポーターも選手もショックの色が隠せないようすだった。だが、伝統と実力のある
チーム、再起しての復活を信じている。
 フレンチミステリのほうはそれぞれ個性的な面々が新しい作品を出しており、目が
離せない。ぜひお薦めしたいのが、ダニエル・ペナックの『散文売りの少女』(平岡
敦訳/白水社)。生まれついて備わった〈身代わりの山羊〉の資質を仕事に生かし、
出版社の苦情係を務めるマロセーヌが主人公。どこへ転がるのか予測不能なストーリ
ー展開と、個性的で変わり者揃いの脇役たち。残酷な場面も多いのだが、童話のよう
に読ませてしまう語り口。これがシリーズ3作目なので、前作『人喰い鬼のお愉しみ』
『カービン銃の妖精』と合わせてお楽しみを。
 ノワールの鬼才ジャン・ヴォートランの『グルーム』(高野優訳/文春文庫)は、
孤独な主人公の狂気と、それを取り巻く病んだ社会を圧倒的な筆力で描いている。
 邦訳も多いブリジット・オベールだが、『雪の死神』(香川由利子訳/ハヤカワ文
庫)では、同じ全身麻痺に陥った主人公を使いながらも前作『森の死神』とは一味違
うオベールの世界を展開している。ラストに向かうにつれ、オベール節が勢いを増す。
 ジャン=ピエール・ガッテーニョの『青い夢の女』(松本百合子訳/扶桑社)は映
画化もされている。主人公が精神分析医という設定は英米ミステリでは常道だが、そ
の主人公が死体を抱えておろおろするばかりなのが情けなく、ブラックな味がフラン
スらしい。『赤の文書』(篠田勝英訳/白水社)を書いたユベール・ド・マクシミー
はドキュメンタリー映画のシナリオライター・監督で、これがデビュー作。百年戦争
時代のパリを舞台に謎の代書家が活躍する歴史ミステリだ。他に、トニーノ・ベナキ
スタの『夜を喰らう』(藤田真利子訳/ハヤカワ文庫)やミシェル・リオの『踏みは
ずし』(堀江敏幸訳/白水Uブックス)は、短い作品ながらも独特の世界を作ってお
り、心地よい読後感が得られるはず。
 パリを舞台に女性探偵エメのシリーズを書くアメリカ人新進作家がいる。『パリ、
殺人区』(奥村章子訳/ハヤカワ文庫)のカーラ・ブラックだ。逆に、ディクスン・
カーに心酔し、彼の世界を再現しようとするフランス人作家もいる。ポール・アルテ
の『第四の扉』(平岡敦訳/ハヤカワ・ミステリ)はイギリスの村を舞台に、フェル
博士を彷彿させる犯罪学者ツイスト博士が探偵をつとめる怪奇・密室を扱う本格物だ。
ミステリ界もインターナショナルになってきた。
                               (小佐田愛子)

◇特集記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/feature.html

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 ■インタビュー ―― ヴィレッジブックス編集者にきく

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 昨年11月、〈ヴィレッジブックス〉という名の新しい文庫レーベルが誕生した。出
版元はソニー・グループをバックに持つソニー・マガジンズ。フィクション、ノンフ
ィクション、映画ノベライズなどを中心に展開するこのレーベルは、ミステリの分野
でもソニーらしい自由な発想で選んだ、魅力あふれる作品を次々と発表している。編
集部の藤井久美子さんに、新レーベルにかける思いをうかがった。

――まず、文庫レーベルをお出しになった経緯についてお聞かせください。
「出版不況の昨今、あらたに文庫を出すことについては、ずいぶんご批判もいただき
ましたが、すべてはノリと勢いなんです(笑)。もともと、単行本で出していたもの
が文庫化の時期に入っていまして、どうせなら文庫オリジナルも出してみよう、くら
いの気持ちでした。めざすは楽しく読めるエンタテインメント。本屋にカップルで出
かけて、男性と女性がそれぞれ1冊ずつ〈ヴィレッジブックス〉の新刊を買っていく。
そんな品揃えにしたいと思っています」

――表紙のデザインなど、本の作りにとてもこだわっていらっしゃいますね。
「デザインは鈴木成一デザイン室というところにまとめてお願いしています。新刊は
毎月5~6冊出ますが、書店で平積みになったときのバランスまで考えてデザインさ
れているんです。カバーをかけずに読んでもらえる本というのがコンセプトです。ま
た、内装も単行本なみにおしゃれな感じに作っているのも、当文庫の特徴です。じっ
さいに本を手にとって開いていただくとわかりますが、タイトルや目次のページなど、
細部にまでこだわっています」

――翻訳する本はどうやって決めるのですか?
「ニューヨークとロンドンにスカウトと呼ばれる人がいて、そこから常に新しい情報
が入ってきます。もちろん、エージェントから紹介される本もあります。本の形で来
るものだけで月に10冊くらい。そのほか、タイプ原稿のものや単なる情報まで含めれ
ば、かなりの数になります。その中からこれはと思うものをリーディングしてもらっ
て決めています」

――これまで出されたミステリ作品でいちばん売れた作品は?
「『雨の牙』(バリー・アイスラー/池田真紀子訳)でしょうか。まったく新しい作
家を紹介したいと考えていたところに、エージェントから紹介されました。リーディ
ングしてくださった方の感触もよかったですし、新人であること、東京が舞台である
ことなどから、はじめてのオリジナル作品にふさわしいと思いました。この作家とと
もに、わたしたちも成長していければという気持ちです」

――わたしどもの編集部では、『さらば、愛しき鉤爪』(エリック・ガルシア/酒井
昭伸訳)が大好評でした。
「はい、これもあちこちでご好評をいただいています。エージェントから紹介され、
『これはうちでなければ出せない』と編集長の即断で翻訳が決まりました。やっぱり
ノリと勢いですね。酒井昭伸さんに訳をお願いしたのも、『恐竜ものなら酒井さん』
とすぐに決まりました」*注:酒井昭伸氏は『ジュラシック・パーク』(マイクル・
クライトン/ハヤカワ文庫NV)の訳者。

――これから出版が予定されているミステリについて教えてください。
「秋には『さらば、愛しき鉤爪』の続編が出ます。お楽しみに。また、《海外ミステ
リ通信》の第7号でご紹介いただいたジョアン・フルークも当文庫から翻訳が出ます」

――今後はどんな作品を出していきたいですか?
「新しいものはもちろんですが、古いものにも目を向けていくつもりです。他の出版
社の目にとまらなかったものや、翻訳が途中でとまっているシリーズにもおもしろい
作品はいっぱいあると思うんです。また、日本で根強い人気のある本格ミステリも手
がけたいですね。わたし自身、エラリー・クイーンやヴァン・ダインなどからミステ
リの世界に入ったものですから。紹介されないまま埋もれていた本格ミステリを発掘
すると同時に、版権が切れた古い作品を新訳で出すことも考えています。〈ヴィレッ
ジブックス〉はトータルで採算を見ているので、作品ごとの売り上げにはこだわって
いません。その分、遊びや冒険ができます。いままでミステリを敬遠してきた読者に
も手にとってもらえるような、そんなおもしろい本を出していきたいです」
                     (取材・文/山本さやか・中西和美)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『囁く谺(こだま)』

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『囁く谺(こだま)』 "THE ECHO"
 ミネット・ウォルターズ/成川裕子訳
 創元推理文庫/2002.04.26発行 1,100円(税別)
 ISBN: 4488187056

 《死んだホームレスの正体は? そして謎の失踪事件の真相とは?》

 いいミステリ――それはわたしにとって、プロットや謎解きの妙に加え、何度でも
読み返したくなる魅力をもつ作品かどうか、だ。久しぶりにそんな本に出逢った。

 6月の暖かな晩、テムズ河畔の高級住宅地のガレージで、ひっそりと1人の男が死
んでいた。死因は餓死。傍らには食品がつまった冷凍庫があったのに、なぜ、手をつ
けようともせず、死んでいったのか? またなぜ、この家を死に場所に選んだのか?
〈ストリート〉紙の記者、ディーコンは、取材で家主のアマンダ・パウエルを訪ねる。
死んだ男の名はビリー・ブレイク。河岸沿いの倉庫がねぐらのホームレスだった。ア
マンダは男の身元を捜し歩き、葬儀の費用まで出してやったという。なぜ、そこまで
関心をもつのだろう? ディーコンは興味を募らせる。やがてある事実が判明した。
彼女の夫、ジェームズは5年前、会社の金を横領した疑いをうけたまま、失踪してい
たのだ。ビリーはジェームズのなれの果てなのだろうか? ビリーの身元を調べ始め
たディーコンは、彼が生前、息子のように可愛がっていた浮浪児テリーと出逢い、ビ
リーがかつて殺人を犯し、過去をひた隠しにしながら悔悛の人生を送っていたことを
知る。ビリーはいったい何者なのか? そしてアマンダとのつながりは? 彼の謎の
生涯を追うディーコンの前に、やがて7年前の別の失踪事件が浮かびあがった……。

 愛はときとして残酷だ。もし、愛する人を不意に失い、思ってもみないかなしみを
ひとり背負って生きねばならないとしたら、その人間の人生はいったいどんなものに
なるのだろう。本書は、そんな男の痛ましくも哀しい物語である。そして愛するがゆ
えに傷つけあってしまう、家族のきずなの複雑さについてもふかく考えさせられる。
 謎が幾重にも絡みあう複雑で緻密なプロット、卓越した人物造形が、いい。とりわ
け、離婚歴2回で、情にもろい中年のディーコンと、彼の孤独な人生に飛びこんでき
た、したたかで、はしこくて、でも天真爛漫な少年テリーとのからみの場面は愉しく、
テリーが吐く人生の真実をついた数々の名言は傑作だ。なかでも、次の言葉は心にし
みる。「自分が本当にしたいことをするんだよ。だってさ、鎖につながれて死ぬやつ
は、たぶん、そんな生き方しかしてこなかったからなんだ」
                               (山田亜樹子)

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 ■ミステリ雑学 ―― 信仰の聖なる誓い、堅信式

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 週の後半に入り、牧師館の執務室でひらかれた堅信式のための勉強会の席で、誰か
がオーティスに地獄のことをきいた。
         (『死神の戯れ』ピーター・ラヴゼイ/山本やよい訳/
                       ハヤカワ・ミステリ文庫 p.83)
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 のどかな田舎町と、1軒の教会。『死神の戯れ』は英国の町を舞台にしたサスペン
スであると同時に、教会を中心とした人々の日常が綿密につづられている小説でもあ
る。手作りのケーキを売る園遊会、奇抜な工夫が凝らされた葬儀、子供たちも出席す
るクリスマスの礼拝など、教会にまつわる行事がつぎつぎに登場し、教会がとけこん
だ生活とはこんなふうなのかと実感することができる。
 さて、その中で冒頭の引用のように、住人たちが「堅信式のための勉強会」に出席
しているシーンが出てくる。この堅信式というもの、キリスト教徒でない筆者には聞
き慣れない名称だった。
 堅信式(confirmation)とは、簡単にいうとキリストへの信仰がたしかなものであ
ると告白し、聖霊と強く結ばれることで信徒になることを宣言する儀式のことだ。信
徒になるための儀式というと、まっさきに思い浮かぶのは「洗礼」(baptism)だろ
う。これは入信に際して水に体をひたすか、あるいは教会で聖水を頭にかけ、洗礼名
を与えられて正式にキリスト教徒となること。キリスト教のなかでもっとも重要な儀
式のひとつとされ、数ある教派のほとんどで行われている。だが、生まれたばかりの
赤ん坊の場合は、洗礼を受けることを教派によって認めないところもある。赤ん坊は
自分の意思で入信するわけではないためだ。また、赤ん坊の洗礼を認めていても、成
長してからあらためて入信の意思を明らかにすることが必要と考える教派もある。そ
ういった場合に、成長してから信仰を自覚したうえで信仰の道に入ろうとする人が堅
信を受ける。また、大人になってから正式な信徒になりたいと願う場合に、洗礼や堅
信を受けることもある。
 それでは、堅信式のための勉強会では、なにを学ぶのだろう。英国王室にその起源
をもつ英国教会(日本での正式名称は聖公会)の場合を例に取ってみると、教会問答
(Catechism)を中心に勉強する。これは、信徒の信ずべき神の教え、信徒の果たす
べき義務などが記されている問答集。信徒になるにはまずこの問答集を使って、信仰
の中心となる教えや心構えを正しく学ばなければならないというわけだ。教会問答の
日本語訳は『日本聖公会祈祷書』におさめられており、これを開いてみると「十戒は
何を教えていますか」「神に対する義務とは何ですか」「隣人に対する義務とは何で
すか」など、全部で34の問答が並んでいる。「天にまします我らが父よ」で始まる
「主の祈り」の冒頭を唱えよという項目もある。
 この勉強会を終えると、堅信式に出席することになる。式を進行するのは教会の牧
師ではなく、教区を管轄する地位にある主教だ。信徒は主教の前で信仰を守る約束を
かためる文章を祈祷書から読み上げる。そのあと、英国教会では主教が信徒の頭に手
を置く按手をおこなう。式の内容には教派によって違いがあり、カトリックではさら
に聖香油を塗るし、プロテスタントでは特別な行為を行わないところも多い。この堅
信式を終えることで聖餐(ミサ)に出席できるようになると定めている教派もある。
 というわけで、信徒にとってはたいへんに重要なものなのだが、『死神の戯れ』で
はこの堅信式の場でとんでもないことが起きてしまう。信仰や教会という言葉から思
い浮かべる厳粛なイメージをとことん笑い飛ばすような物語なだけに、堅信式もクラ
イマックスを盛り上げる役どころにすぎないというわけだろう。
                                (影谷 陽)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 警察小説の金字塔

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 ワールドカップが始まり、はや2週間。一流のプレイを披露する選手たちと惜しみ
ない声援をおくるサポーターの姿は、毎日見ても飽きない。しかし、つい華やかな面
ばかりに目がいくが、裏方さんたちの尽力あっての大イベントであることも心にとめ
ておきたい。今月のスタンダードは、警備担当で裏方を務める警察官にちなんだ話。
『笑う警官』、“スウェーデン10年史”のマルティン・ベック・シリーズの代表作だ。
 マルティン・ベックはストックホルム警察殺人課の主任警視。1967年の11月、街が
ベトナム反戦デモで荒れるどしゃ降りの夜に、その凶悪犯罪は発生した。乗客乗員あ
わせて9名を乗せた路線バスで何者かが銃を乱射、ひとりをのぞいた全員が即死した
のだ。犯人は逃走、目撃者はなく、ようとして手がかりはつかめない。ベックと部下
たちは意識不明となっている乗客の回復に一縷の望みをつなぐが、どうやらその望み
もはかなく消えそうだ。殺人課は重苦しい雰囲気に包まれるが、この事件を迷宮入り
させるわけにはいかない。被害者のひとりはベック直属の部下、殺人課の若き刑事だ
ったのだから。
 定番の警察小説といわれて、わたしがまっさきに思いだす作品がこれ。アクション・
シーンは少なくけっして派手ではないのだが、地道に捜査を積みかさねて真相をみち
びきだす過程こそ、警察小説と呼ぶにふさわしいからだ。そんな雰囲気から、国はち
がえど、プロフェッショナル・ドラマの先駆けとなったといわれる名作刑事ドラマ
《ホミサイド》にもっとも近い活字の作品といった印象を抱いている。三者三様の個
性をもつ刑事たちの人間くさい姿に国境を超えて通じる普遍性があり、反対に、スト
ックホルムというミステリの舞台としてはあまり登場してこなかった風景に、エキゾ
チックな魅力がある。MWAの歴代最優秀長編賞受賞作の49作品中で、唯一オリジナ
ルが英語以外の言語という気を吐いた作品でもあるのだ。
 本書は1965年から1975年にかけて発表された全10巻シリーズの4作目にあたる。現
在でも邦訳は10作とも入手可能。共作者のシューヴァルとヴァールーは、マクベイン
の87分署シリーズのスウェーデン語訳を手がけていたという夫婦だ。ベック・シリー
ズ完結直後に夫のヴァールーが他界しているが、「十年間にわたるスウェーデン社会
の変遷を、マルティン・ベックの生活や、彼が追う事件によって描きあげてみたい」
(あとがきより)との願いはみごと達成され、このシリーズは世界で27か国語に訳さ
れるベストセラーとなった。

【今月のスタンダードな1冊】
『笑う警官』マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー著/高見浩訳/角川文庫
"THE LAUGHING POLICEMAN" by Maj Sjowall and Per Wahloo("o" にウムラウト)
※原題は "DEN SKRATTANDE POLISEN"
※映像も各種出ているが、ヨースタ・エックマン主演のドラマシリーズがお薦め。
                                (三角和代)

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◇連載記事で取りあげた本の一覧はこちらで
http://www15.u-page.so-net.ne.jp/ya2/y-kage/mag/regular.html

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■編集後記■
 今月はW杯にちなんだ特集を組んでみました。非英語圏の作品も、もっと翻訳され
ることを期待します。来月号では、近ごろ邦訳の刊行が目立つ本格ミステリを特集し
ます。  (片)


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 海外ミステリ通信 第10号 2002年6月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、
     小佐田愛子、中西和美、松本依子、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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