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             月刊 海外ミステリ通信
          第6号 2002年2月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉        シャロンとディライラ、ふたりの女性探偵
〈翻訳家インタビュー〉 宮内もと子さん
〈注目の邦訳新刊〉   『どんづまり』『ロージー・ドーンの誘拐』
〈ミステリ雑学〉    米国の「保釈金保証」のしくみ
〈スタンダードな1冊〉 『マルタの鷹』


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 ■特集 ―― シャロンとディライラ、ふたりの女性探偵

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 1970年代、アメリカのミステリ界でプロフェッショナルな女性探偵のさきがけとな
る2人のキャラクターが生まれた。マーシャ・マラーの書くシャロン・マコーンと、
マクシン・オキャラハンの書くディライラ・ウェストである。ともにシリーズ・キャ
ラクターとして長く活躍しながら、日本での紹介が止まっていることで共通している。
今月はこの2シリーズを、最新作のレビューとともに紹介する。

●シャロン・マコーン~仕事に厳しく、人にやさしく

 マーシャ・マラーは、ミシガン州デトロイトで生まれた。友人から借りて読んだロ
ス・マクドナルドの小説に触発されてミステリを書き始め、1977年にシャロン・マコ
ーン・シリーズの1作目『人形の夜』を発表した。だがその後出版社が方針転換しミ
ステリの出版をやめたことから、マラーは作品を発表する場を失ってしまう。その結
果2作目の『タロットは死の匂い』は、5年後の1982年まで日の目を見なかった。偶
然にもこの年1982年に、スー・グラフトンがキンジー・ミルホーンを、サラ・パレツ
キーがV・I・ウォーショースキーを世に送り出している。この現象は、女性の社会
進出が本格化し始めたことと関係があるとも言われているが、確証はない。ともかく
この年を境に、多くの女性探偵たちが小説の中で活躍することになった。そしていち
早く、自立した女性が主人公の長篇ミステリを書いたマラーは、今では「現代女性私
立探偵小説の母」と呼ばれている。マコーンのシリーズは、本国アメリカでは長篇21
冊、短篇集2冊が出版され、2000年のアンソニー賞では「20世紀の最も優れたシリー
ズ」にノミネートされた。また1993年には、PWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)
からその功績をたたえられ、功労賞にあたる巨匠賞「ジ・アイ」を女性として初めて
受賞した。現在のところ、この賞を受賞した女性作家はマラーとマクシン・オキャラ
ハンの2人だけである。
 アメリカではかなり人気があり、女性探偵が活躍するミステリの先駆者として認め
られているマラーだが、残念ながら日本ではグラフトンやパレツキーほどには知られ
ていない。現在までに翻訳された長篇は、長年のパートナーであるビル・プロンジー
ニとの共作『ダブル』を含めても8冊にすぎず、今ではそのどれもが新刊書店で手に
入らない。とりわけ80年に翻訳された1作目の『人形の夜』は、古書店でもめったに
見かけなくなってしまった。それでも短篇がたまに雑誌に載ったり、アンソロジーに
収録されたりしているので、シャロンの活躍を目にする機会が全くなくなったわけで
はない。だがグラフトンやパレツキーの長篇がコンスタントに翻訳され続けているこ
とを考えると、決して恵まれているとはいえない。
 だが翻訳が止まってしまったのが惜しいほど、物語は面白いしシャロンは魅力的だ。
シャロン・マコーンはサンディエゴ出身。髪は黒く、肌は褐色である。ハード・ボイ
ルドの探偵らしく、頑固で強い信念と義憤とプロ意識を持つ。調査を引き受けると最
後まで追及の手を緩めず、どんな脅しにも屈しない。反面、情に流されるほど甘くは
ないが、弱者に対しては優しさと思いやりをもって接する。ハーシーの板チョコを1
枚食べただけ、と仕事に熱中しだすと食事も忘れてしまう日もある。納得して終わら
せた恋を、なかなか吹っ切れずにいることもある。70年代の後半に登場した人物にも
かかわらず、シャロンはバリバリと仕事をこなして、キャリアを積んでいこうとした
80年代タイプの女性ではない。仕事も恋も両立させて、自分らしく肩肘張らずに生き
ていく90年代タイプのように見える。彼女の仕事のやり方は、事件の関係者に会って
話を聞くことを繰り返し、真相に近づいていくというものだ。だから拳銃を携帯する
ことはほとんどないし、派手なアクションシーンもない。事件は深刻なのに、登場人
物のほとんどが善人で、物語全体に古きよき時代のアメリカの匂いがする。90年代に
入ってハード・ボイルドとコージーの狭間にあるミステリが生まれてきたが、シャロ
ンの物語もその中にあるのではないか。となると、マラーは女性探偵のさきがけだけ
ではなく、新しい形のミステリを誰よりも早く提示したのかもしれない。
『人形の夜』当時のシャロンは29歳で、友人の弁護士が創設者の1人となっている、
サンフランシスコのオール・ソウルズ法律家協同組合で、調査員として働いていた。
この中でシャロンは生まれて初めて、殺人事件の調査をすることになる。その後、多
くの殺人事件と係わりあうようになるのだが、前述したとおりシリーズは8作しか訳
されていない。原書で読もうとしない限り、1989年に出版され1995年に翻訳された11
作目の『奇妙な相続人』以降のシャロンの活躍は、短篇で断片的に知るほかはない。
しかし90年代に入って、シャロンにさまざまな変化が訪れている。80年代にはいずれ
も長続きしなかった異性関係は、90年代に入ってからハイ・リピンスキーというパイ
ロットに落ちついている。仕事面では、長年勤めていたオール・ソウルズ法律家協同
組合を辞め、自分の探偵事務所を構えた。事務所のスタッフとしては、一番弟子のレ
イ・ケルハーや甥のミック・サヴェッジなどがいる。そしてたまにひょっこりと昔の
恋人たちの名前が出たり、その当の本人が登場したりするのも、シリーズ・ファンに
は見逃せないところだ。また2000年に出版され、アンソニー賞とシェイマス賞にノミ
ネートされた最新作の "LISTEN TO THE SILENCE" で、シャロンは大きな転機を迎え
た。この体験は彼女を変えたのかそれとも変えなかったのか、次回以降の作品が楽し
みである。シャロン・マコーン・シリーズの次の作品タイトルは "DEAD MIDNIGHT"
で、今年6月の発売予定になっている。            (かげやまみほ)

◆マーシャ・マラー 関連サイト
 http://www.twbookmark.com/authors/67/463/

                   ●

"LISTEN TO THE SILENCE" by Marcia Muller
Mysterious Press/2000.07/ISBN: 0892966890

《父の死であきらかにされた、シャロン出生の秘密とは》

 シャロンは父の突然の訃報を受け、急遽サンディエゴの実家に戻った。両親は数年
前に離婚して、母は他の男性と暮らしており、他の兄妹たちはそれぞれ事情で戻れな
いため、長兄のジョンとふたりきりで父を弔う。その夜、兄から、父が自分の死後ガ
レージの片付けはシャロンにやって欲しいと言い残していたことを聞かされる。父の
がらくたが詰まったガレージを片付けはじめたところ、ある箱のなかから、彼女の出
生について衝撃的な事実が記載された1枚の証明書を発見する。母のもとに駆けつけ
てことの真相を問いただすが、母はシャロンがそれを見つけるように仕向けた元夫を
罵り、頑として何も語ろうとしない。手がかりを求めて叔父を訪ねてみれば、母から
何も話さないようにと電話があったことを聞かされて、ますます母に対する怒りをつ
のらせるシャロン。母がそこまでひた隠しにする理由はなんなのか。不安を抱えつつ
も真実を求めてモンタナ、そしてアイダホに飛び、自らのルーツを調べていくと、1
人の女性が浮かび上がってくるが――。
 本作でシャロンは41歳の誕生日を迎える。独立後のビジネスは順調で、ことあるご
とに「あんたみたいな女の子が私立探偵?」といぶかしがられていた若い女性の姿は
もうここにはない。肩肘を張らず、一歩一歩道を切り開いて成功した、自信に満ちた
大人の女性、それが今のシャロンである。そんなシャロンに降りかかった今回の事件
は、彼女を取り巻く世界を一変させるものだったが、意志の強さや、ねばり強い聞き
込みで真実を突き止めていく姿勢は変わらない。シリーズ21作目となる本作は、マラ
ーの作品に共通するプロットの秀逸さがさらに冴えを見せ、最後まで気が抜けないど
んでん返しが隠されている。転機を迎えたというにふさわしい作品である。
                                (松本依子)

●ディライラ・ウェスト~亡き夫の思い出を胸に、ひとり歩み続ける

 シャロン・マコーンのデビューに先立つ1974年に、短篇 "A CHANGE OF CLIENTS"
で登場したのが、マクシン・オキャラハンの手になる女性探偵ディライラ・ウェスト
である。訳書は2冊のみで日本ではあまり知られていない存在だが、米国ではこれま
で長篇6作が刊行されているシリーズだ。
 主人公のディライラについてざっと紹介すると、こんなふうになる。私立探偵、カ
リフォルニア州サンタ・アナ在住。容姿は本人によれば「どれをとっても平均点」で、
シナモンのような茶色の髪に、ハイネケンのビール瓶のような緑の瞳。幼いころに母
親を、大学生のときに警官だった父親をなくし、自身も一度は警官となり、のちに退
職――。だが、こうしたプロフィール以上にディライラという人物を特徴づけている
のは、愛する人との死別によって受けた深い喪失感である。

 ディライラには、目の前で何者かに夫のジャックを射殺されたという過去がある。
ともに〈ウェスト&ウェスト探偵社〉を開き、よきパートナーであった夫が命を奪わ
れたことから、絶望と無力感に襲われたディライラは、仕事が手につかないほどの状
態に陥ったまま半年が経つ。そんななかで、わずかな手がかりをもとに夫を殺した犯
人を追い、かたきを取るまでが、長篇第1作である『永遠に別れを』(成川裕子訳/
創元推理文庫/原著1980)で描かれる。
 だが、それでディライラの絶望が消えたわけではない。第2作である "RUN FROM
NIGHTMARE"(1982)でも依然として悪夢に悩まされ、職業として探偵を続けていける
のかという疑問を抱いている。友人の依頼で失踪した女を捜し続けながらも、心中に
は捜す相手はもう生きていないのではないかという思いがつねにある。ふたたび死を
目にすることへの恐れを、無意識のうちに持ってしまっている。だが、その感情が事
件解決への妨げになっているのではないか、そう気づくところでこの物語は終わる。
 2作には共通して、深い絶望感が漂っている。自分の半身といってもよいほど愛し、
信頼していた夫の死を乗り越えるのは彼女にとってたやすいことではない。というよ
り、乗り越えようとすらしておらず、ともすれば悲嘆しながら一日中自室に閉じこも
っていたいと考える。その嘆きはさっそうとした仕事ぶりや精神的な自立といった、
現代的な探偵小説の主人公に期待されるものからはかなりかけ離れているが、ひとり
の人間として見ると強い印象を残す。
 その後、続編を書く機会に恵まれなかったオキャラハンは、ホラーなどを書きつづ
けたあと、出版社を変えてシリーズ第3作『ヒット&ラン』(成川裕子訳/創元推理
文庫/原著1989)を発表した。7年のブランクを経て前作までの暗さは一掃され、活
動的な探偵ディライラが姿を見せる。ただし、仕事が減り、食堂でアルバイトをしな
ければ食べていけないという困窮ぶりで、お世辞にも格好よいとはいいがたい。自宅
か事務所のどちらかを手放さなければならなくなったディライラは、自宅を手放すほ
うを選び、事務所の床に寝袋を敷いて寝る生活に入る。この選択にはプロとしてのた
くましさを感じるが、それだけではなく、夫と開いた事務所を閉じたくないという強
いこだわりでもある。また、この作品で出会った不動産会社オーナーのエリックや弁
護士のマットなどの男性とは親密な関係になるが、最良の相手とする気にはなかなか
なれない。ディライラの中では折にふれ、パートナーであった夫と暮らした思い出が
去来する。嘆き悲しむ段階を過ぎたあとも夫は過去の人とはならず、存在しつづけて
いる。ディライラの場合、有能な探偵でもあった亡き夫に恥ずかしくないよう生きる
ことが、プロとして働いていく理由のひとつなのかもしれない。

 このシリーズは、失踪者捜しや護衛といった依頼をきっかけにして、関係者の隠さ
れたつながりを徐々に明らかにしていくというパターンが多い。また、調査活動の中
で危険な場面がしばしば登場する。"RUN FROM NIGHTMARE" では事件関係者宅を訪れ
たディライラがいきなり狙撃される。第4作 "SET-UP"(1991)では、依頼人の脅迫
犯と殺人事件の真相を追う過程で、自分の事務所を爆弾で破壊されて大けがを負うと
いったぐあいに、どの作品でも満身創痍といってもよいくらいに負傷する。ディライ
ラは特に銃の腕が立つわけでも、武道に秀でているわけでもなく、現在華々しく活躍
する個性派の女性探偵たちとくらべると、いかにも地味だ。そんな彼女が危険にもひ
るまずに立ち向かっていくところが、シリーズの読みどころのひとつでもある。
 第5作 "TRADE-OFF"(1994)のあと、第6作 "DOWN FOR THE COUNT" を1997年に発
表したオキャラハンは、1999年にPWAの功労賞「ジ・アイ」を受賞した。その後、
続編は発表されていないが、2000年に行われたインタビューでは、執筆する気持ちは
あると語っている。誕生から28年をすぎてディライラ・シリーズの新作が書かれると
したら、今度はどんな姿で読者の前に現れるのだろうか。      (影谷 陽)

◆マクシン・オキャラハン オフィシャルサイト
 http://users.aol.com/maxineoc/max1.htm

                    ●

"DOWN FOR THE COUNT" by Maxine O'Callaghan
St. Martin's/1997.11/ISBN: 0312168209

《拉致されたディライラは、大切な人の娘の命を救えるか》

 クリスマス間近の休日、にぎわうショッピングモールへ知人の娘とともに買い物に
やってきたディライラ。そこで突然、銃の乱射事件が起きる。たまたまそばにいて助
けだした少年ブライアンは、ディライラが私立探偵だと知ると、行方不明になった父
親を捜し出してほしいと頼みにくる。
 一方、交際中の男性エリックを訪ねていった別荘で、ディライラは18歳になるエリ
ックの娘、ニッキとはじめて顔を合わせる。両親の離婚により父親と暮らしているニ
ッキはディライラをあからさまに嫌うが、エリックはなんとかふたりを近づけようと
ランチの席をもうける。しかし、レストランへドライブしていく途中、ディライラと
ニッキは何者かに襲われ、拉致されてしまう。
 これまで何度も危ない場面に遭遇してきたディライラだが、今回は自分自身だけで
なく周囲の人々までも事件に遭遇してしまったことで、最大の窮地を迎えた。拉致犯
の目的は裕福なエリックの金か、あるいはディライラへの復讐なのか。エリックの娘
を守ろうと、苦しみながらもおのれの判断で事態を切り開こうとするディライラの行
動ぶりには成熟がうかがえる。ありったけの所持金をはたいて10ドルを差し出したブ
ライアンの依頼を快く受けるところや、わがままにふるまうニッキを厳しく諭すとこ
ろなど、細かなエピソードにもディライラの魅力のひとつである優しさが表れている。
また、事態がさらに緊迫の度を増していく中で、ディライラとエリックの関係も変化
していかざるを得ない。スリリングな展開と人間関係の進展が絡み合い、密度の高い
ドラマが描き出される。1998年シェイマス賞長篇部門ノミネート作。 (影谷 陽)

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 ■翻訳家インタビュー ―― 宮内もと子さん

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 今月はハヤカワ文庫より昨年12月に『成り上がりの掟』を出された宮内もと子さん
にお話をうかがいます。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《宮内もと子さん》 1961年山口県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科|
|卒。初めての訳書は、『リユニオンズ――死者との再会』(レイモンド・ムーデ|
|ィ、ポール・ペリー/同朋舎出版)。その他の訳書に『パリに眠れ』(シャーロ|
|ット・カーター/ミステリアス・プレス)、『シャドウ・ファイル/潜む』(ケ|
|イ・フーパー/ハヤカワ文庫NV)など。                 |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――+
――翻訳に携わるようになったきっかけをお聞かせください。
「大学卒業後、特許事務所に数年勤めて退職したあと、語学学校や翻訳学校で日本語
教授法や翻訳など、“ことば”に関わる分野の勉強をいくつか並行して進めました。
どれも刺激的でおもしろかったし、相互に参考になるところがありましたが、いちば
ん性に合っていると感じたのが翻訳で、気がついたらそれにのめりこんでいました。
近所に買い物に出かけたときに、しっくりこない訳語のことをあれこれ考えはじめて、
気がついたら寄るはずの店の前を通り過ぎていた、ということがありましたね」

――翻訳修業時代とデビューのきっかけはどのようなものでしたか?
「翻訳学校で学んでいたときに、数人の先生のもとで下訳をさせていただきました。
作品のタイプも違えば、先生方の加筆のしかたもさまざまで、そうした下訳経験がい
ちばんの勉強になったような気がします。調べもののしかたなども実践で身につけて
いきました。インターネットが使えるいまは夢のようですが、当時は飛び込みで銃砲
店に話を聞きにいったり、参考にした本の著者に手紙を書いたりと、できることを必
死でやっていました。上級クラスで勉強しつつ、実務系の小さな翻訳の仕事などを学
校の紹介でやっているうちに、担当の先生に認めていただき、出版社への紹介を受け
たのがデビューのきっかけです」

――ミステリで、お好きな作家や分野がありますか?
「いまいちばん好きなのはキャロル・オコンネル。独特な人物造形と幻想的な作風に
ひかれます。フィクション全般についていえば、スプラッタではなく人の心理の描き
方でしみじみ怖いと思わせるような物語が好きです。亡くなった作家ですが、シャー
リイ・ジャクスンなど。ところでガイ・バートという英国の若手作家の『体験のあと』
という作品が集英社から出ていまして、それが映画化にあたって、アーティストハウ
スから『穴』というタイトルで今春刊行されることになりました。これは私が訳のお
手伝いをさせていだいたのですが、不穏な空気を充満させておいて最後にあっといわ
せる手口と、深読みしたくなる凝った作りで読ませる作品です。今後はチャンスがあ
れば、このようなホラー系の話や奇妙な味の話をやってみたいと思っています」

――昨年末に出た『成り上がりの掟』はボクシング界やら賭け屋やらが舞台でした。
用語やスラングでのご苦労があったのではないかと思いますが。
「ボクシングは書籍資料や用語集のサイトが結構あるのでまだいいのですが、ギャン
ブル、というか違法賭博の方は大変でした。ハンデのつけ方や電話での賭けの受け付
けなどは、システムがわからないと話にならないけれど、その手の“まじめな”解説
書があるとは思えない……日本でいえば野球賭博が近いだろうとあたりをつけ、それ
を題材にした小説をあさって、同様のシステムを描いたものを見つけたときには小躍
りしました。安部譲二さんのエッセイなどもありがたく参考にさせてもらい、その筋
の(?)語彙収集に努めました」

――次の訳書のご予定は?
「前作は男たちの友情と闘いを描いた明るいクライムノベルでしたが、今度はうって
かわって、娘を癌で亡くした女性の手記になります("Hannah's Gift" アーティスト
ハウスから秋ごろ刊行予定)。ただのお涙頂戴の話ではなく、ユーモアや明るさを交
えながら、つらい体験から得たことを飾らない文章で綴ったチャーミングな本です」

―― "Hannah's Gift" と『穴』、本屋さんで手にするのを楽しみにしています。
                         (取材・構成 小佐田愛子)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『どんづまり』『ロージー・ドーンの誘拐』

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『どんづまり』"THE DEAD HEART"
 ダグラス・ケネディ/玉木亨訳
 講談社文庫/2001.12.15発行 1200円(税別)
 ISBN:4-06-273320-X

《旅先でのナンパが一転、恐怖のバカンスの幕開けに! ダグラス・ケネディ第1作》

 ニック・ホーソンは、アメリカの地方の二流新聞社ばかりを転々としているジャー
ナリスト。独身、38歳、特定のパートナーなし。家族なし。ある日、ふとしたきっか
けでオーストラリアの写真を目にしたニックは、ぜひ西部の未開地域に行ってみたい
ものだと思い立ち、やめときゃいいのに行き当たりばったりの旅行を始める。道端で
彼は、アンジーという若い娘を引っかける。というか、娘に引っかけられる。よくあ
る行きずりの恋が始まる。砂漠やビーチ、酒、タバコ、セックス、ドライブ。なぜだ
かプロレスを思わせる、ちょっとコミカルな濡れ場。
 ニックは当然、アメリカに帰るとき二人の関係も終わるものだと思っていた。だか
ら、その場しのぎの言葉でやりすごしてきた。が、ありがちなことに、アンジーは彼
が本気で自分に恋しているものだと思ってしまう。実は、アンジーはただのたくまし
い体をした田舎出のお姉ちゃんではなかった。彼女の故郷は、炭坑事故のため地図か
ら消えたことになっているコミュニティで、常識外れの掟が色々あった。アンジーの
逆ナンパにも意味があったのだ。そして、ニックが無理やりアンジーの故郷に連れて
行かれたとき、そこには悪夢が待っていた。
 著者の出世作は『仕事くれ。』だ。日本では出版が前後したが、本書が実はフィク
ション第1作である。本書では、以前旅行記を書いた知識を駆使して、のどかそうな
オーストラリアに架空の恐ろしい村を作り上げることに成功した。例えばこの村に生
きたカンガルーは登場しない。あるのは工場やトラックに積まれた死体ばかりだ。カ
ンガルーのさばき方まで登場する。しかし、怖さは著者のユーモアでかなり和らげら
れており、読後感は重くない。元はといえばスケベ心を出したせいで自業自得なのだ
が、涙ぐましい努力をするニックの様子に、読者は思わず声援を送りたくなるだろう。
私事ながら、新婚旅行を考えている身としては、候補の1つを断念するきっかけにな
りそうだ。だって、オージーがみんなアンジーやアンジーのダディに見えちゃったら
どうしよう、と。実際、著者が次のオーストラリア入国を許可してもらえるのだろう
かと、フィリップ・カーも茶化しているそうだ。
                                (吉田博子)
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『ロージー・ドーンの誘拐』"THE KIDNAPPING OF ROSIE DAWN"
 エリック・ライト/佐藤耕士訳
 ハヤカワ文庫/2001.12.31発行 680円(税別)
 ISBN: 4-15-075605-8

《ロージー・ドーンを捜せ! 大学講師兼パートタイム探偵ジョー・バーリー登場》

「ユーモア体質の探偵とお色気波長でまくりの女たちのキュートでエッチなミステ
リ!」本屋でたまたま目にした本にこんな紹介文があったら、アナタは買います?
思わず、買う!と答えた、ちょっとエッチなアナタ(実はワタシもその一人)、とび
きりキュートで、ちょっぴりエッチな上質ミステリを楽しめること請けあいます。
 舞台はカナダのトロント。私ことジョー・バーリーは大学の英文科非常勤講師。科
目契約ゆえ実入りは少なく、時間だけはやたらとある。小遣い稼ぎにやってるのはパ
ートタイムの探偵仕事。但し、張り込みだけ。読書中毒の恋人キャロルと同棲中。
 ある日、通いの掃除婦へレナから、別の雇い主の若い女性がアパートから姿を消し
た、行方を捜してほしいと頼まれる。女の名は、ロージー・ドーン。アパートの借り
主で会社オーナー、ハイドの愛人らしい。彼女のポルノ写真を入手し、盗聴テープを
発見した私はロージー捜しにハマってゆく。が、一方、恋人キャロルの様子がなんだ
か変なのだ。じっと観察してるかと思えば、ベッドでいきなり『千夜一夜物語』仕込
みの超刺激的な体位で迫ってきて私を仰天させるではないか。おまけに職場では同僚
リチャードがクビの危機に瀕して……。さてさて、この行方、一体どうなるの?

 著者エリック・ライトはカナダ在住の実力派。「実に楽しい作品だ!」とレジナル
ド・ヒルもベタぼめの本書、いや、とにかく面白い。さすがミステリファンの読者投
票で選ばれる2001年度バリー賞に輝いただけある。登場人物のユニークなキャラがい
い。30代後半にして未だモラトリアム人間、大学講師なのに研究は苦手、少々頼りな
いけど友情に厚くて心やさしい主人公、本に夢中で料理嫌いでちょっとエッチなキャ
ロル、反骨精神旺盛な問題児(教師?)リチャード、悪徳実業家のくせに恐妻家のハ
イド、フロイト心理学に心酔してる精神科医のキャロルの姉夫婦と、実に個性的な面
々だ。随所にちりばめられた英文学や心理学の愉快なウンチクも美味しいし、大学組
織や人種差別への皮肉もピリッときいている。抱腹絶倒するような笑いではないけれ
ど、ページをめくるたびに思わずニヤリとしてしまう小粋なユーモアとウィットが満
載の本書、これから日本のファンが増えること間違いなしの赤丸つき注目作品だ。
                               (山田亜樹子)

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 ■ミステリ雑学 ―― 米国の「保釈金保証」のしくみ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「保釈制度」の起源は13世紀、英国の慣習法にさかのぼる。被疑者の権利保護を目的
に定められた制度で、逮捕後裁判所に出頭するまでの間、被疑者が勾留を免除される
という法律だ。ただし、裁判所は被疑者の再犯や逃亡、証拠隠滅などのおそれがない
かどうかを判断した上で、保釈金の預託を要求する。この保釈金は被疑者が期日まで
に裁判所に出頭しないと全額没収される。一般的に保釈金額は、前科の有無や犯罪の
軽重を考慮して決定されるが、傷害で1~2千ドル、殺人などで3万ドルといったと
ころが相場だ。保釈金の支払い方法は、全額を被疑者が裁判所に預託する以外に、第
三者が立て替える方法、さらに保釈金の一部だけを預託する方法などいくつかあるが、
いずれも裁判が終了すれば返還される。
 勾留はいやだが、保釈金はない――こんな被疑者のために存在するのが保釈金保証
業者、通称“ボンズマン”である。ロサンゼルスのダウンタウン、ロス市警本部近く
には「BAIL BOND」の看板を掲げた保釈金保証業者が軒を連ねている。ボンズマンは
州からライセンスを得て初めて被疑者に対して保釈金を立て替え、手数料収入(通常
10%)を得ることができる。だが、保釈金を用立てた被疑者が期日までに裁判所に出
頭しない場合は、この保釈金は没収される。なんとしても逃亡保釈人を出頭させなけ
ればならないわけだ。裁判所も当初の出頭期日に猶予を与え、逃亡保釈人の出頭に協
力することもある。
 そこで登場するのがバウンティ・ハンターである。保釈金の10%程度、海外逃亡の
場合は最高75%に及ぶこともある手数料を目当てに、逃亡保釈人を捕まえるのが彼ら
の仕事だ。ジャネット・イヴァノヴィッチの人気シリーズのヒロイン、ステファニー
・プラムの活躍で、日本でもこの職業の存在がよく知られるようになった。ただ、ス
テファニーがそうであるように、ほとんどの州でこの職業に就くのに、公的な認定は
不要だ。そのため、ハンターの活動が問題視されることもある。
 1997年8月31日、アリゾナ州フェニックスの民家にバウンティ・ハンターを名乗る
5人組が押し入り、寝室で寝ていた男女2人を射殺し、逮捕された。実際は後の取り
調べで、バウンティ・ハンターに見せかけた強盗であったことが判明したが、事件発
生当時は、保釈保証業者が雇うハンターの行き過ぎた活動だとして全米で報道された。
[1999年8月26日付《Arizona Daily Sun》より]
 このように、ハンターが逃亡保釈人を捕まえるために他人の住居に侵入したり、警
官のように人の身柄を拘束できるという法的根拠はあるのだろうか? ハンターの活
動を直接規定する法律はないようだが、彼らの中で根拠の一つになっているものに、
以下の1872年の米連邦最高裁判決がある。『保釈された者は保釈保証人の元で保護さ
れる。保証人は保釈人を、新たな手続きなしに逮捕して刑務所などに引き渡すことが
出来る』というものだ。今から130年も前の判例だが、どうやら現在も有効のようで
ある。いまだに西部劇の“賞金稼ぎ”の伝統を保っている国、それがアメリカなのだ。

【アメリカの「保釈制度」参考サイト】
◆保釈制度の歴史なら――
"bail.com" http://www.bail.com/history.htm
◆保釈保証のしくみなら――
"CAPITAL RECOVERY"
http://capitalrecovery.bizland.com/capitalrecovery/index.html
◆バウンティ・ハンターのことなら――
"National Institute of Bail Enforcement"
http://www.bounty-hunter.net/home.htm
           (文/板村英樹 協力/中西和美 松本依子 山本さやか)

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 ■スタンダードな一冊 ―― スペードのプロフェッショナリズム

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『マルタの鷹』ダシール・ハメット著/小鷹信光訳/ハヤカワ文庫
"THE MALTESE FALCON" by Dashiell Hammet

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          ┃  ON APPROXIMATELY THIS SPOT ┃
          ┃     MILES ARCHER,        ┃
          ┃   PARTNER OF SAM SPADE,    ┃
          ┃     WAS DONE IN BY       ┃
          ┃    ****** *************.     ┃
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 これは、スペードの相棒であるマイルズ・アーチャーの殺害現場――サンフランシ
スコのブッシュ通りからバーリット小路へ入ったあたりのビルの壁に実在する看板だ。
“WAS DONE IN BY”は“誰それに殺された”の意味。* の連なりの伏せ字には人名が
入る。マニアの間では有名なネタばらしだが、むろん答えは本書のなかにある。
                  ◇
『マルタの鷹』は1930年の刊行と同時に絶賛を浴びた。感情表現を排し、徹底した客
観描写でサム・スペードという新しいヒーローを確立したという功績は、70年を越え
る年月を経てもなお色あせる事なく語り継がれてきている。いや、むしろこの間に娯
楽小説の範疇をこえ、文学上の功績としての評価が定着してきたと言ったほうがいい
だろう。
 このようにハメットは、頭の中で描いたシナリオに従って、読み手の頭の中にねら
った通りの映像を再生させる方法を編み出した。その効果は、本書を通じてみられる
視覚的な描写やいきいきとした会話になってみごとに結実している。しかし、これは
あくまで小説作法上の技術であり、それを使ってハメットが描こうとしたことの方が、
この作品では重要に思える。
 とかくハードボイルド小説というと、女とカネに目がなく、腕力にものを言わせて
事件を解決に導くヒーローが活躍する小説だと思われがちだが、本書は違う。確かに
主人公のサム・スペードは相棒であるマイルズ・アーチャーの妻アイヴァと関係をも
ち、今回の事件の依頼人、ブリジッド・オショーネシーともベッドを共にする。また、
必要とあれば暴力も辞さない男ではある。だが、そこには生き延びるため、勝つため
にコントロールされた理性が存在するのだ。
『マルタの鷹』のストーリーは美しい女性依頼人の登場と、スペードの相棒マイル
ズ・アーチャーの殺害で幕を開ける。そして、この依頼人の女とともに16世紀に作ら
れた“宝石類で飾り立てられた鷹の彫像”をめぐる争奪戦に、スペードが巻き込まれ
るというものだ。しかし本書の本当の魅力は、目まぐるしく変化する状況に素早く適
応するスペードの行動力であり、そこにかいまみえるプロフェッショナリズムだ。こ
の作品が時代を越えて支持されてきた理由の一つはここにある。ぜひそのことを頭の
片隅において、この不朽の名作をお楽しみいただきたい。
                                (板村英樹)

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■編集後記■
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意見・ご感想を e-mail: whodmag@office-ono.com にてお待ちしております。(片)


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 海外ミステリ通信 第6号 2002年2月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、
     中西和美、松本依子、水島和美、三角和代、山田亜樹子、
     山本さやか、吉田博子
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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