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             月刊 海外ミステリ通信
          第4号 2001年12月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈特集〉       「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第1弾
            『祟り』『モンキーズ・レインコート』『偽りの街』
〈翻訳家インタビュー〉 樋口真理さん
〈注目の邦訳新刊〉   『探偵ムーディー、営業中』『アフター・ダーク』
〈ミステリ雑学〉    フェルメールを巡る旅(後編)
〈スタンダードな1冊〉 『死の蔵書』
〈速報〉        CWA賞受賞作決定


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 ■特集 ――「復刊してほしいミステリ」シリーズ 第1弾

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 毎年数え切れない翻訳ミステリが出版されるなかで、派手で人目を引く作品が何十
年にもわたって繰り返し再版される一方、地味だがきらりと光る印象的な作品があっ
という間に絶版になる。新刊書店では手に入らない数多くの佳作の中から、今回は3
作品を紹介する。

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●『祟り』~伝統の社会に生きるナヴァホ族警察シリーズ、幻の第1作

 1970年発表のトニイ・ヒラーマンのデビュー作 "THE BLESSING WAY" は、翌1971年
に『祟り』というタイトルで角川文庫から出版された。しかし30年後の現在『祟り』
は新刊書店の書棚になく、古書店でもめったに目にすることができない稀覯本となっ
ている。ミステリアス・プレス文庫から出版された作品も、2作目の『死者の舞踏場』
以外の6冊はすでに店頭から姿を消し、1998年にDHCから出た『転落者』も絶版だ。
ミステリとしても面白く、ネイティブ・アメリカンの文化や儀式などの知識も得られ、
西部劇の撮影によく使われたアリゾナの砂漠やメサの雄大な風景が感じられる、そん
な一石三鳥の作品が簡単に手に入らないのは残念でならない。
 ナヴァホ族警察シリーズの主な舞台は、ナヴァホ・ネイションと呼ばれるユタ、ア
リゾナ、ニュー・メキシコにまたがる砂漠地帯だ。そこでネイティブ・アメリカンの
文化や儀式などに絡む事件が起こり、ジョー・リープホーン警部補とジム・チー巡査
の2人が登場して解決するのがシリーズのパターンになっている。最初リープホーン
とチーはそれぞれ単独で活躍していたが、7作目の『魔力』からは競演するようにな
った。競演当初は、警察本部にいるリープホーンと支署にいるチーが別々に追ってい
た事件が、クロスオーバーしていった。その後チーはリープホーン直属の部下になり、
現在は、引退したリープホーンがチーの捜査に協力している。性格はリープホーンが
静でチーが動。部族に対する思いは正反対で、リープホーンは儀式や伝統に嫌悪感を
持っているが、チーは伝統を重んじ儀式を執り行う〈歌い手〉になりたいと考えてい
る。相手の能力を認め合いながらも、いまひとつうまくつきあえない緊張関係のある
2人が競演したことで、作品の世界が広がり、厚みを増していった。
 アメリカでも2人が別々に活躍していた間はそれほど人気はなかったものの、アン
ソニー賞受賞作の『魔力』のヒットがきっかけで、ヒラーマンはベストセラー作家の
仲間入りを果たした。当初、彼はリープホーンものを3冊、チーものを3冊、2人が
競演するものが3作と決めていたようだが、すでにシリーズは14作目まで発表されて
いる。さて日本での人気はどうだろうか。14作品中9作が翻訳されていることからみ
て、全く人気がないわけではなさそうだ。しかし1作目から2作目が翻訳されるまで
に10年以上かかり、原作の順番どおりに翻訳されず、途中訳されていない作品がある
など、紹介のされ方に問題があったのではないか。さまざまな事情があるだろうが、
これでは作者にとっても読者にとっても不幸だ。どういう順番で読もうと支障のない
シリーズとはいえ、人間関係がよく分からないのは困るし、なによりシリーズの象徴
ともいえる1作目が読めないのは気持ちが悪い。
 舞台や文化的な背景が日本人になじみがない? そうだろうか? 最近日本では、
ネイティブ・アメリカンの生き方や知恵を書いた本や、アクセサリーが売れている。
彼らへの関心が高まっているいまなら、ネイティブ・アメリカンが活躍するミステリ
も売れるはずだ。


『祟り』 "THE BLESSING WAY"
 トニー・ヒラーマン/菊池光訳
 角川文庫/昭和46年1月30日発行

 逃亡中のナバホ族の男の他殺体が、高速道路近くの道端で発見された。保留地には、
死体が永久に発見されないだろう場所がいくらでもあるのに、犯人は何故すぐに見つ
かるような場所に死体を置いたのだろうか? 殺人事件の捜査に乗り出したナバホ族
警察のリープホーンは、犯人の不可解な行動に注目した。一方、発掘のために保留地
でキャンプ中の考古学者キャンフィールドが、謎の手紙を残して消えた。同行してい
た人類学者マキーは、彼の身に何かが起こったと直感する。しかしマキーもまた、キ
ャンプを訪ねてきた女性エレンとともに、ナバホ族らしき男と仲間に捕らえられる。
男たちはいったい何者なのか、何の目的でマキーとエレンを捕まえたのか。2人は、
男たちの手から逃れられるのだろうか?
 まったく別件に見える複数の事件が、すべて繋がっていき最後に一つにまとまって
解決されるところは見事だ。しかも丁寧にエピソードを重ねていっているので、無理
矢理に結びつけた感じはなく、自然で納得できる。
 シリーズ化を意識していなかったということで、他のシリーズ作品と比べるとサス
ペンス色の強い作品になっている。そのため、シリーズキャラクターのリープホーン
が脇役に回ってしまったことと、妻エンマとのエピソードが全くなかったのが残念。
もしエンマがいくつかの場面で登場していたら、リープホーンの人間味のある部分が
もう少し描き出せたのではないだろうか。しかし逆に私生活を描かなかったことで、
若くしてナバホ族警察の伝説的存在となったリープホーンの、感情を抑えた客観的で
冷静な人間性が確立できたのかもしれない。

(注:記事中の表記はミステリアス・プレス文庫、レビュー中の表記は角川文庫に準
拠した。)
                              (かげやまみほ)

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●『モンキーズ・レインコート』~エルヴィス・コール登場の記念すべき第1作

『モンキーズ・レインコート』 "THE MONKEY'S RAINCOAT"
 ロバート・クレイス/田村義進訳
 新潮文庫/1989.02.25発行
 ISBN: 4-10-228201-7

「たしかにわたしはLAのしがない探偵だ。たった8冊の本にしか出てこないんだか
ら。そりゃあ、大先輩のスペンサーに比べたら量は負けるよ。でも、肝心なのは質だ
ろ、質。探偵としては、これでけっこう評判はいいはず――なんだが、そうじゃない
のかい(弱気)。邦訳は2冊が絶版だって? こいつはまた嘆かわしいな。なんとか
ならないもんだろうか」

 そんな主役のぼやきが聞こえてきそうな状況が続いている。だって、あのエルヴィ
ス・コールのシリーズよ? 昨年5冊目、6冊目の邦訳が出版された、れっきとした
現役のシリーズだというのに。

 プレスリーのコンサートに感動した母親が改名の手続きをして、6歳からこんな名
前になった探偵は、ふざけたジョークをいって初対面の依頼人をあぜんとさせること
もしばしばだが、じつは18歳でヴェトナムを経験している苦労人。よくある探偵像じ
ゃん。と、いわれたらそのとおりだが、突き抜けるような青空を思わせる独特のすが
すがしさは一読の価値あり。当編集部の近辺では、「ノワールで疲れた心にエルヴィ
スを」と、なかば癒しのツールがわりに愛でられているシリーズでもある。こう書く
と、ヴェトナム云々は箔をつけるためのお飾りだと考えるむきもあるかもしれないが、
彼の場合、明るさはけっして浅さと同義語ではない。力の抜きかげんを心得ているだ
けのことだ。「わたしはヴェトナムで気楽に生きることを学びました。それが生きの
びる秘訣です」(本書本文より)苦難を乗り越えたうえでの明るさとその根底にある
力強さと信念が、コールの言葉の端々に顔をだす。こうしたポジティヴな人物造形と
作風は、何度読み返しても、西海岸のからっとした風が吹き抜けていくような気分に
させてくれる。重いミステリもいいが、こうしたものも、なくてはこまる。

 なのにそのシリーズの1作目が一般書店で手に入らないとは。本書と次の2作目が
新潮社で出版されたのち、3作目以降は扶桑社から出版のはこびとなった。そしてな
んたることか、いつのまにか新潮社からの初期の2冊は、まぼろしとなってしまった
のだった――

 と、締めくくってどうする。では作者について軽くふれておこう。エルヴィス・コ
ールの生みの親はロバート・クレイス、1953年生まれ。作家を夢みた若きクレイスは、
ほぼ裸一貫で故郷ルイジアナをあとにしてハリウッドに乗り込んだ。かならずしも現
実と一致しないであろう、絵に描いたような乾いた理想の西海岸は、湿気が多い南部
で暮らしてきたクレイスの夢だったのかもしれない。クレイスはTVドラマの脚本家
として10年ちかく文筆の修業を積む。その間に『LAロー』、『マイアミ・バイス』
等の人気ドラマの脚本をてがけ、売れっ子に。そして1987年にこの『モンキーズ・レ
インコート』で本格的に作家としてデビューを果たす。

 アンソニー賞とマカヴィティ賞に輝いた本書のタイトルは、芭蕉の「初しぐれ猿も
小蓑をほしげなり」の英訳からとっている。コールのオフィスに芸能プロダクション
社長夫人のエレンがやってきた。依頼内容は息子を連れて姿を消した夫の捜索。とこ
ろが彼女は極端に自信がもてない女性で、依頼を本決めするにもかなりの時間がかか
るありさまだった。本筋の事件と平行し、エレンがどうやって強い意志をもつに至る
かがこの作品の大きな読みどころとなる。夫に頼りきり、そしておそらくは都会にな
じめず、物怖じばかりしているうちにエレンはすっかり弱くなってしまった。そんな
エレンを見下すことなく、同じ目線の高さから励ましていくコールの姿がなんとも印
象に残る。明るさと強さと温かさと。コールの人生哲学めいたものが現れており、シ
リーズ導入の書としてふさわしいものだ。

 このシリーズで忘れちゃいけない人物がもうひとりいる。コールと人気を二分する
相棒、ジョー・パイクだ。ヴェトナムには海兵隊で参加した元警官で、腕に物言わせ
る仕事はまかせろというキャラクターは、ロバート・B・パーカーのスペンサーに対
するホーク的な存在だ。寡黙でけっしてサングラスを取らないパイクには、彼自身の
過去のストーリーがあり、それが現段階でのシリーズ最新作 "L.A. REQUIEM" に描か
れている。もうひとつ未訳の "INDIGO SLAM" は筆者の意見ではシリーズナンバー1
の作品で(どちらも、各ミステリ賞の候補になっている)、この2冊の邦訳が出版さ
れたら、最初から通して読みたいという声がさらに大きくなること必至だ。『モンキ
ーズ・レインコート』以上に、2作目の『追いつめられた天使』に古書店で巡り会え
ないという説もあり、ここはぜひとも、2冊セットで復刊をお願いしたい。
                                (三角和代)

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●『偽りの街』~ベルリン3部作は、オリンピック準備に余念のない街で始まる

 ヒトラーが総統になって3年、全体主義や軍事色が濃くなっていくベルリンの街で、
ベルンハルト・グンターは私立探偵をしている。斜に構え、減らず口も忘れてはいな
いが、有能な美人秘書の結婚退職にちょっとへこんでいる。そこへ鉄鋼王ジグスから
の依頼が来た。ジグスの娘夫婦が強盗殺人・放火の犠牲になり、娘グレーテが所有し
ていた高価な首飾りが盗まれた。警察よりも先に犯人を見つけ、国庫に没収される前
に、首飾りを取り戻してもらいたいのだという。娘夫婦の周囲を探るうち、グレーテ
の夫パウルがゲシュタポで腐敗を暴く任務についていたこと、金庫にはその証拠とな
る資料も入っていたことがわかる。いっぽうで、ジグスの秘書が宝石の処分をめぐり
怪しい動きをしていた。事件は宝石盗難と機密書類盗難の二重の様相を帯びてくる。
もと新聞記者インゲの助けを得て調査を進めるグンターの身辺には、刑事警察だけで
なく、ゲシュタポ内の勢力争いにかかわるゲーリングの影もちらつきはじめる。そし
て二転三転する真相。終盤、グンターは盗まれた書類のありかを探るべく悲惨な強制
収容所〈ダッハウ〉への潜入を余儀なくされる。

『偽りの街』はフィリップ・カーの処女作だ。第二次大戦直前のベルリンを舞台に私
立探偵が活躍するという設定が目新しい。タフで頭が切れ、反骨精神旺盛、女には弱
く、情にももろくて、軽口を叩くのが大好きという一匹狼という探偵像が、病に侵さ
れ腐って行くベルリンの街に妙にはまっている。カーはベルリンの街を克明に描写し、
当時の出来事をストーリーに巧くからめている。たとえば冒頭部分、反ユダヤ主義の
雑誌『シュトゥルメル』の掲示箱を突撃隊員が取り外している。ベルリン・オリンピ
ックの開催を控えて外国人客の目をはばかり、あまりにも煽動的な掲示を取り払って
体裁を繕おうとしているのだ。そして調査を進める中でも、オリンピックを迎える街
の様子、オーエンスの活躍などが刻々とはさまれる。もちろんゲシュタポや治安警察
や刑事警察の傍若無人な捜査ぶり、市民の脅えや諦め、煽動にのる若者たちのようす
も描かれている。圧巻は強制収容所の描写だろうか。グンターは言う。――わたしが
第一に思いを馳せたのは、同じように重い病に侵されているわが祖国のことだった。
ダッハウに来て初めて、衰弱したドイツの諸器官が壊死状態に移行しつつあることに
気づかされた――

 この作品が好評をはくし、グンターを主人公に〈ベルリン3部作〉と呼ばれる作品
が次々と出版された(1990年『砕かれた夜』、1991年『べルリン・レクイエム』)。
カーはシリーズものではなく、同じ主人公を使って違うタイプの作品が書きたかった
ようで、1作ごとに違ったスタイルが採用されている。『偽りの街』は私立探偵小説。
『砕かれた夜』では、金髪碧眼の少女ばかりを狙う連続殺人が起こり、速やかな解決
を望む上層部からの要請で、グンターが古巣の刑事警察に戻る警察小説となっている。
1作目の冒頭に出てきた雑誌『シュトゥルメル』がここでも登場する。連続殺人の手
口が、この雑誌が書きたてるユダヤ人による〈儀式殺人〉にあまりに似ているので、
かえってグンターは疑念を持つ。雑誌主宰者のシュトライヒャーがなにか企んでいる
のか? 1作目で行方が唐突に途切れた助手のインゲの消息もこの作品で明らかにな
り、作者が最初から3部作として構想を練っていたことがうかがえる。3作目の『ベ
ルリン・レクイエム』はスパイ小説。敗戦後の荒廃したベルリンで話が始まる。出征
したグンターは、終戦時ソ連で捕虜となっていたが、収容所へ送られる途中で脱走し
帰国、細々と探偵稼業を営んでいる。帰ってからは妻との仲もしっくりいっていない。
そこへウィーンでアメリカ兵殺害容疑をかけられた警察時代の部下から、助けを求め
る依頼が舞い込む。舞台はウィーンに移り、アメリカ、ソ連、そしてナチスの残党が
入り乱れるスパイ合戦となる。そしてグンターは外からベルリン封鎖の知らせを聞く
ことになる。3作全体を通して大きな歴史のうねりに翻弄されるベルリンの街が浮か
び上がるしくみである。

 カーはこの後も、趣向を変えながら次々と作品を書き続け、最近ではハリウッドで
の映画化の話が巨額でまとまるなど、ビッグネームの仲間入りを果たしており、『殺
人探究』『屍肉』『殺人摩天楼』『密葬航路』『エサウ』『セカンド・エンジェル』
と邦訳も出ている。残念ながら、ミステリの世界からは離れてしまった模様で、フィ
リップ・カー=ミステリ作家という図式が弱いためか、ベルリン3部作を始めとする
初期の作品は新刊書店では手に入らない。ミステリファンとしては作者の多才さを恨
みたくなるのである。ちなみに原書で読みたいかたには、ベルリン3部作をひとつに
まとめた "BERLIN NOIR" が出ている。

『偽りの街』(MARCH VIOLET)    ISBN:4-10-238001-9
『砕かれた夜』(THE PALE CRIMINAL)  ISBN:4-10-238002-7
『ベルリン・レクイエム』(A GERMAN REQUIEM) ISBN:4-10-238004-3
                (いずれも東江一紀訳/新潮文庫)
                               (小佐田愛子)

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 ■翻訳家インタビュー ―― 樋口真理さん

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 今月は、編集プロダクションに勤務されながら翻訳家としてご活躍中の樋口真理さ
んにお話をうかがいます。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|《樋口真理さん》1964年生まれ。学習院大学英米文学科卒業。商社勤務、中学校|
|国語教師などさまざまな経歴を持つ。デビュー作は児童書「モンスター図鑑」シ|
|リーズ(ほるぷ出版)。訳書に『迷い猫』(角川書店)のほか、『エディスの真|
|実』(講談社)、共訳書に『赤ずきんの手には拳銃』(原書房)など。    |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
【Q】さまざまなお仕事に就かれていますが、翻訳を意識されたきっかけは?
【A】本好きの母の影響で、本には自然に親しんでいました。小学生の頃は学校や近
所の図書室の本を片っ端から手に取り、読みあさっていました。
 大学卒業後に大手商社に就職しましたが、典型的なお茶くみOL生活に幻滅し、翻
訳学校に通いはじめたんです。ところが自分の英語力のなさを実感。貯金と退職金を
はたいてイギリスに語学留学しました。留学先では本当によく勉強しましたよ。普通
のペーパーバックなら1日で読める自信がついたのもこの頃です。

【Q】でも帰国後は、国語の教師になられましたね。
【A】ええ。考えに考えた末、日本語のほうが好きだと思ったんですね。それで教員
免許もないのに国語教師になろうと決めたんです。通信教育で免許を取り、猛勉強し
て採用試験を突破、教職に就きました。教師の仕事はおもしろかったです。でも今思
えば、軽い気持ちでまた翻訳学校に通ったのが大きな転機だったでしょうか。すっか
り翻訳にのめりこみ、結局教職も2年で辞めました。通学した7年間はとにかく必死
でしたね。本を読んでお金がもらえる、こんなありがたい話はないとリーディングは
200冊以上やりました。ものすごいエログロ小説の下訳をしたことも、苦手なコンピ
ューターの翻訳を泣きながらやったこともあります。今は会社勤めと翻訳の二重生活
ですが、体力には自信があるので風邪もひかず、大好きなお酒もしっかり飲んで毎日
元気いっぱいです。

【Q】児童書から一般書まで幅広く訳されていますが。
【A】通学3年目に、元中学校教師の実績を買われていただいた仕事が「モンスター
図鑑」シリーズです。また、翻訳学校の研究生共有の「神保睦」というペンネームで
も共訳書を出しました。3年前に出た『エディスの真実』は初めて訳した一般書です
が、ナチ迫害を生き延びた少女の実話で、98年にイギリスでブック・オブ・ザ・イヤ
ーを受賞したすばらしい作品です。また先月出たヴィッキー・アランの『迷い猫』は、
恋愛小説のように始まり、ホラー小説のように展開し、愛すること、生きることのせ
つなさ、辛さについて考えさせられる作品です。山本文緒や篠田節子の作品が好きな
方には、気に入っていただけるでしょう。

【Q】『赤ずきん~』などグリム童話をミステリ風にアレンジした作品なども訳され
ていますが、お好きなジャンルは?
【A】恋愛小説です。といっても範囲は広くて、カズオ・イシグロの『日の名残り』
やイーヴリン・ウォーの『ブライヅヘッドふたたび』などの文芸作品はもちろん、も
っとエンタテインメント色の強い作品も大好きです。ミステリを読むときも、トリッ
クより人間関係などのディテールを楽しんでいるかも。それから歴史ノンフィクショ
ンも好きです。過去の歴史をきちんと綴った作品に惹かれます。

【Q】今後のご予定についてお聞かせください。
【A】来年には、雑誌『エスクァイア日本版』で連載していたロバート・オレン・バ
トラーの『タブロイド・ドリームズ』が出ると思います。アメリカ各地が舞台の幻想
的な短編集で、奇妙で不気味な物語満載です。今後もやはり小説を訳したいですね。
それも思い切り哀しくて切ない小説を訳したい。「恋愛小説ならあの人」といわれる
ような翻訳家になるのが夢なんです。飛ぶように売れなくてもいいから、長く人の心
に残るような作品を丁寧に訳していきたいと思っています。
                         (取材・構成 宇野百合枝)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『探偵ムーディー、営業中』『アフター・ダーク』

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『探偵ムーディー、営業中』 "MOODY GETS THE BLUES"
 スティーヴ・オリヴァー/真崎義博訳
 ハヤカワ文庫/2001.10.31発行 680円(税別)
 ISBN: 4-15-173001-X

《見よ! これが噂のスコット・ムーディーだ》

 1978年4月、ワシントン州スポーカン。精神病院から出てきて2か月のタクシー運
転手が、届いたばかりの私立探偵の免許証を手に、にんまりと悦に入っていた。身長
6フィート、体重180ポンド、あいだの離れたグレーの目、角張った顎に白髪混じり
の口髭、その上には何度となく殴られたような歪んだ鼻がのっている。身なりはみす
ぼらしいが、なぜか女には魅力的に映るらしい。スコット・ムーディー、35歳。今日
から晴れて私立探偵だ。ただし、向精神薬ソラジンがまだ手放せない。
 ムーディーが常連客で弁護士のナット・グッディーから紹介された仕事は、失踪し
た不動産会社経営者のウェンデル・マーサーを探し出すことだった。依頼人は、共同
経営者で妻のデルドレーだ。時給20ドルプラス諸経費に、うまく見つけだせばボーナ
スもでる。会社の関係者らから聞き込んだ情報をもとに、どうにかウェンデルを見つ
け、デルドレーの元に連れもどした。初仕事をみごとやりおおせたかに見えたムーデ
ィーだが、あるときタクシーで夜勤をこなし、朝になってアパートに戻ると部屋が戦
場のように荒らされていた。そして、またしてもウェンデルが行方不明になる。
 登場人物のひとり、ガルシア警部補をして――「なぜ私立探偵を始めたかは知らな
いが、ムーディー、辞めた方がいいな。おまえにはむいていない」――といわしめ、
作品中、殴られること5回、投げ飛ばされること1回、そして感極まって泣くこと5
回。さらに2週間に一度は精神科医に通うという、世界一探偵らしくない探偵がこの
小説の主人公、スコット・ムーディーだ。初めのうちは突然襲う激しい感情の波に翻
弄され、現実と非現実とのあいだをさまようムーディーだったが、探偵として人々と
かかわっていくうちに次第に人間らしい感情を取り戻して行く。その姿に作者スティ
ーヴ・オリヴァーは、ベトナム戦争のトラウマから立ち直ろうとあがく当時のアメリ
カをなぞらえたかったのかもしれない。最後にエピソードをひとつ。枯れてしまって
もなお大切にしている観葉植物の鉢植えに、ムーディーがつけた名前が“アーヴィン
グ”。これはあのJ・アーヴィングのこと? ねえ、そうなの? オリヴァーさん。
                                (板村英樹)

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『アフター・ダーク』 "AFTER DARK, MY SWEET"
 ジム・トンプスン/三川基好訳
 扶桑社/2001.10.30発行 1429円(税別)
 ISBN: 4-594-03302-4

 ビル・コリンズ、リング名キッド・コリンズは施設から逃げた。これでいくつめの
施設だったろう。医者たちにはビルは単なる症例だった。人間ではなかった。プロボ
クサーだったころ人に大怪我をさせてから、彼の人生はコントロールが効かなくなっ
ていた。
 彼の診断名はコルサコフ症候群。健忘精神病とも言われ、「錯乱および重篤な記憶
障害、特に記銘力の障害をもち、患者がそれを作語で補おうとすることが特徴となる
アルコール健忘症候群」と医学書には定義してある。作品中では、アルコールとの関
連は言及されていないが、環境や食べ物に気をつけないと、些細なことから危険人物
になりかねない。
 そんな彼が、逃げてきて最初に入ったバーで運命の女《ファム・ファタル》と知り
合った。女の名はフェイ。夫をなくしてから酒浸りの毎日を過ごしている。いつもの
彼女は天使のようだが、酒が入るとビルを罵倒し、皮肉を言い、混乱させる。彼はフ
ェイの家を立ち去るしかなかった。
 しかし、逃れられないものを感じ、ビルはまたそこへ戻ってしまう。1ガロンのワ
インを持って。フェイの元へ。破滅の元へ。
 トンプスンの著作は29冊、最近評価がされ始めて邦訳はこれで6冊目である。筆者
は、病んだ米国を見てしまったような居心地の悪さを感じた。今では一般の人が精神
科に気軽に行くと言われる米国だが、50年代の精神科重症患者が感じていたことが垣
間見られる。アルコール中毒、精神科治療の実態など、現在の日本でも問題になって
いる話題が盛り込まれている。
 ジム・トンプスンの作品には、病んだ人々が多く登場すると言う。筆者の知る限り、
精神科の患者が1人称で語る小説としては、きわめて語りにリアリティがある。また、
ノワールには珍しく主人公のキャラクターに共感しやすい。ジェフリー・オブライエ
ンによる巻頭のトンプスン論も興味深い。
                                (吉田博子)

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 ■ミステリ雑学 ―― フェルメールを巡る旅(後編)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 前編で、ヨーロッパにあるフェルメールをすべて見ることができた。残る13枚のフ
ェルメールは、アメリカ合衆国東部にある。19世紀後半から第一次世界大戦勃発まで
の時代にカーネギーやロックフェラーのような大富豪があらわれて、巨万の富をヨー
ロッパの美術品の購入につぎ込み、邸宅を飾った。現在アメリカにあるフェルメール
は、このころから持ち込まれるようになったものだ。
●ワシントンDC
 ヒースロー空港からおよそ8時間30分のフライトで、ワシントンにつく。ワシント
ン記念塔からモールを東へ行くと、スミソニアンの博物館群がある。その一画を占め
るナショナル・ギャラリーは、収蔵品の質と量においてルーブル美術館にも匹敵する
といわれるが、入場は無料。存分に鑑賞しよう。メインフロアの西翼に《天秤を持つ
女》など、4点のフェルメールが展示されている部屋がある。
●ニューヨーク
 マンハッタンだけで十指にあまる美術館・博物館のあるこの街では、8点のフェル
メールを見ることができる。まず、セントラル・パークのメトロポリタン美術館へ。
なにしろ広いので、館内案内図を確保しておくことをおすすめする。2階のオランダ・
ギャラリーに《水差しを持つ女》など珠玉の5点が展示されている。
 次に、フィフス・アベニューを1キロほど南下したところにあるフリック・コレク
ションを見に行こう。ピッツバーグの鉄鋼王ヘンリー・クレイ・フリック(1849~
1919)の邸宅に、居室の装飾を残したまま《女と召使い》など3点が飾られており、
美術館の無機的な展示とはまた違った趣きを感じることができるだろう。
《聖女プラクセデス》を所有するバーバラ・ピアセッカ・ジョンソン基金は、ニュー
ヨークから電車で1時間ほどのプリンストンに本拠がある。
●ボストン――盗まれたフェルメール
 実は、この街にフェルメールはない。ボストン美術館に程近いイザベラ・ステュワ
ート・ガードナー美術館は、15世紀ベネチアの宮殿を模した美しい邸宅美術館である。
ここの2階のオランダ室に展示されていた《合奏》は、1990年に他の12点の美術品と
共に盗まれ、いまだに行方がしれない。絵のあった場所には、空の額縁だけがかけら
れている。
 FBIではホームページ上で事件の経過や作品リストを載せ、情報を集めている。
http://www.fbi.gov/hq/cid/arttheft/isabella/isabella.htm
全作品が無事に戻ってくる情報を提供した人には500万ドルの報奨金が出る。
《合奏》のほか、1971年に《恋文》、1974年に《ギターを弾く女》、1974年と1986年
に《手紙を書く女と召使い》が盗難にあっているが、これらは運良く戻ってきた。フ
ェルメールの神秘的ともいえる魅力は、犯罪者も含め、見るものを惹きつけるようだ。
《恋文》は盗難の際に非常に大きな損傷を受け、現在見られるのは修復された姿であ
る。《合奏》が無事な姿で発見されることを祈りたい。
*作品の邦題は『週刊美術館8 フェルメール』(小学館)に拠った。
                         (水島和美、かげやまみほ)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 蘊蓄たっぷりの古書ミステリ

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 学生時代から古本屋が苦手だ。冷やかしに入ってはいけないような、通の人でなけ
れば相手にしてくれないような、そんな雰囲気に圧倒されてしまうせいだろう。だが、
いったん店内に入ってしまえば、新刊書店にはない独特の雰囲気につつまれ、飽きる
ことなく棚の本に見入ってしまう。ずっと探していた絶版本がきれいな状態で見つか
ったりすると、お店の人に頭をさげてお礼を言いたくなる。今月はそんな古書業界を
描いた本をご紹介する。1992年に出版され、その年のネロ・ウルフ賞を受賞した、ジ
ョン・ダニングの『死の蔵書』である。日本では1996年に翻訳され、同年の〈このミ
ステリーがすごい!〉の海外部門で堂々1位に輝いた傑作だ。

 コロラド州デンヴァーで、古本の掘り出し屋が殺された。掘り出し屋とは、その名
のとおり、二束三文で売られている本の山から売り物になる本を“掘り出す”商売だ。
いい売り物を掘り出せれば一攫千金も夢ではない。被害者がかなり腕のたつ掘り出し
屋だったことから、デンヴァー警察殺人課のクリフォード・ジェーンウェイ刑事は、
事件の背景には古書売買にからんだトラブルがあるとにらむ。だが、捜査はいっこう
に進展しない。そして、ジェーンウェイの身に一大転機が訪れる。
 主人公のジェーンウェイは刑事でありながら古書にも造詣が深い。自宅は「まるで
デンヴァー市立図書館の別館」というほど本であふれかえっている。単なる本好きで
なく、商品としての古書に対する知識も豊富。そんなジェーンウェイの口をとおして、
著者ダニングは古書に関する蘊蓄をこれでもかとかたむける。といっても、語られる
のはだれもが知っている作家や作品であり、しろうとにはちんぷんかんぷんという話
ではないのでご安心を。かの有名な大作家に対する痛烈な批判や、昨今の出版業界を
憂慮する発言など、ダニングのこだわりが感じられるのもおもしろい。

【今月のスタンダードな1冊】
『死の蔵書』ジョン・ダニング著/宮脇孝雄訳/ハヤカワ文庫
"BOOKED TO DIE" by John Dunning

【関連情報】
『死の蔵書』の続編『幻の特装本』を1995年に発表後、長らく沈黙を続けていたダニ
ングだが、今年になって待望の新作『深夜特別放送』(三川基好訳/ハヤカワ文庫)
が出版された。
                               (山本さやか)

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 ■速報 ―― CWA賞受賞作決定

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 英国推理作家協会(CWA)選考による、2001年のCWA賞受賞作が発表された。
おもな部門の受賞作は以下のとおり。

▼ゴールド・ダガー/シルヴァー・ダガー(最優秀長篇および次点)受賞作

 ・ゴールド・ダガー "SIDETRACKED" ヘニング・マンケル
  スウェーデン人作家による警察小説シリーズ。本国ではすでに10作を数える。英、
  独、仏など多数の国で翻訳されており、日本でも今年1月に第1作『殺人者の顔』
  (柳沢由実子訳)が創元推理文庫から刊行された。

 ・シルヴァー・ダガー "FORTY WORDS FOR SORROW" ジャイルズ・ブラント
  こちらはカナダ人作家の長篇2作目となるサスペンス作品。前作は『凍りつく眼』
  (岡田葉子訳/扶桑社ミステリー)として邦訳されている。

▼ジョン・クリーシー記念賞(最優秀新人賞)受賞作
  "THE EARTHQUAKE BIRD" by Susanna Jones
  殺人容疑で取り調べを受ける女性の一人称の語りが印象的な作品。邦訳『アース
  クエイク・バード』(阿尾正子訳/早川書房)は今月刊行された。

 その他の受賞作およびノミネート作については下記を参照のこと。
  http://www.thecwa.co.uk/cgi-bin/frame.pl?awards.html
                                (影谷 陽)


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■編集後記■
 新シリーズ「復刊してほしいミステリ」を立ち上げました。優れたミステリが復刊
されるよう、出版業界に向けて小さな声をあげていきたいと思っています。来月号で
はフーダニット翻訳倶楽部が選んだ今年のベスト・ミステリを発表します。 (片)


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 海外ミステリ通信 第4号 2001年12月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:板村英樹、宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、
     中西和美、松本依子、水島和美、三角和代、山本さやか、
     吉田博子
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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