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 フーダニット翻訳倶楽部のブログです。倶楽部からのお知らせ、新刊情報などを紹介します。  トラックバックとコメントは今のところできません。ご了承ください。  ご連絡は trans_whod☆yahoo(メール送信の際に☆の部分を@に変更してください)まで。お返事遅くなるかもしれませんが、あしからずご了承ください。お急ぎの方はTwitter @usagido まで。
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              月刊 海外ミステリ通信 
           創刊号 2001年9月号(毎月15日配信)
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★今月号の内容★
〈創刊のご挨拶〉
〈特集〉        バウチャーコンのミステリ新人賞
〈翻訳家インタビュー〉 島村浩子さん
〈注目の邦訳新刊〉   『ビッグ・トラブル』
〈ミステリ雑学〉    ペカンパイ
〈スタンダードな一冊〉 『時の娘』


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 ●創刊のご挨拶

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 はじめまして。フーダニット翻訳倶楽部と申します。この倶楽部はミステリの翻訳
家を目指す学習者を中心に、現在120名ほどのメンバーが参加しています。@nifty内
の文芸翻訳フォーラムの会議室で情報交換を行っているほかに、オンラインの自主勉
強会なども開催しています。そして今回、新たな勉強の場としてメールマガジンを発
行することになりました。それでは今後ともよろしくお願いします。
                  (フーダニット翻訳倶楽部会長 うさぎ堂)

 そのフーダニット翻訳倶楽部内から、既存のどの雑誌よりも速く海外ミステリの情
報をお届けするメルマガをつくりたいという声があがりました。編集部員は全員がメ
ルマガ制作の素人ですが、海外ミステリへの情熱が、今回の創刊につながりました。
メルマガらしい即時性と自由な発想で、号を重ねていきたいと思っています。どうぞ
ご購読ください。
                 (『海外ミステリ通信』編集人 片山奈緒美)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■特集 ―― バウチャーコンのミステリ新人賞

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 毎年秋になると、海外ミステリ好きならば1度は参加してみたい大会が開催される。
故アンソニー・バウチャーにちなんで命名されたバウチャーコンだ。今年で32回を数
えるこの大会は、各国からミステリ作家やファンが集まって親睦を深める世界一の規
模を誇るミステリ大会である。注目はここで発表されるミステリ賞の行方。大会規模
にふさわしく、アンソニー、マカヴィティ、シェイマス、バリーと、それぞれ特徴の
ことなる4つもの賞の受賞作発表と授賞式がおこなわれ、幅広いジャンルの作品を知
ることができる。今回の特集では、各賞の簡単な概要と併せ、これからの期待をせお
う新人賞部門の作品紹介と、その全未訳作品のレビューを掲載した。
                                (三角和代)

●アンソニー賞

 ミステリ界で著しい活躍をした者に授与される。その年のバウチャーコン参加登録
者によりまず各賞の候補作が選ばれ、会期中の投票で最優秀作が決定・発表される。
 今年の新人賞候補作は6作品。"Black Dog"(レビュー参照)を書いた Stephen
Booth が25年間の記者生活から執筆に専念するようになったきっかけは、コンテスト
入賞だった("The Only Dead Thing" というこの受賞作品は未出版)。シリーズ2作
目の "Dancing with the Virgins" も5月に出版された。MWAの最優秀新人賞も獲
った『紙の迷宮』(松下祥子訳)は18世紀のロンドンを舞台に、南海バブル事件を題
材にした歴史ミステリ。作者のデイヴィッド・リスは、博士課程の研究中に本作品の
想を得た。犯罪組織の法律顧問となった弁護士のクリスマスの一夜を描いた『氷の収
穫』(細美遙子訳)は、ほのぼのとしたクリスマス物語とは大違い。この救いのない
人生観やら皮肉な結末、独特の文体は、作者スコット・フィリップスがフランス小説
を翻訳していた影響かもしれない。作品は、ハメット賞の候補にもあがった。1990年
の上海を舞台に、趣味と実益をかね英米のミステリを翻訳する異色の中国人警部を主
人公にした『紅いヘロイン』(田中昌太郎訳)。作者のジョー・シャーロンは、作家・
詩人で、ワシントン大学で教えてもいる。"Street Level"(レビュー参照)を書いた
Bob Truluck は、セント・マーチンズ社とPWAが新人発掘のために行うコンテスト
で、この作品にて賞を獲得、2000年に出版された。彼は、ビル建築の請負業を営んで
いたという。『撃て、そして叫べ』(金子浩訳)はワシントンDCとヴァージニア州
郊外を舞台に、銃の密売人が組織に復讐するハードボイルド・アクション。作者のダ
グラス・E・ウィンターは、ワシントンの法廷弁護士だが、ホラー小説の研究家とし
ても有名。法廷戦からの鬱状態から脱け出すセラピーとしてこの小説を書いたという。
                              (小佐田 愛子)

●マカヴィティ賞

 世界最大規模のミステリ・ファン団体である「国際ミステリ愛好家クラブ」が主催
する賞。作家やファンなどからなる会員の投票によって各部門の最優秀賞が決定され
る。賞の名はT・S・エリオットの詩集 "Old Possum's Book of Practical Cats"
中の一編 "Macavity: The Mystery Cats" の主人公である猫から採られた。
 この賞は特定のジャンルを授賞対象とせず、幅広く目配りするのが特徴だが、女性
作家の受賞比率が目立って高い。これまでの顔ぶれをみると過去14回中、長篇賞で11
人、新人賞では12人(同時受賞を含む)が女性である。ただし、コージー作品を対象
とするアガサ賞と比べると、作品の色合いは軽妙なものから重厚なものまでバラエテ
ィに富む。今年の長篇賞もノミネートされた5人中4人が女性だが、唯一の男性作家
がアクの強さで知られるジョー・R・ランズデールであるというのがおもしろい。
 新人賞に目を向けると、ノミネートされた4作はすべてほかのミステリ賞にも顔を
出している。デイヴィッド・リス『紙の迷宮』はMWA最優秀新人賞を獲得し、さら
にアンソニー賞にもノミネートされた。MWA最優秀新人賞ノミネート作のマーシャ・
シンプスン『盗まれた色』(仮題、近刊)は、夫を失った悲しみを忘れようとアラス
カ州北部へ移住して事業を始めたリザが、殺人事件に巻き込まれながらも住民の少年
と交流を深めてゆくという作品。Kate Grilley "Death Dances to a Reggae Beat" と
Julie Wray Herman "Three Dirty Women and the Garden of Death"(レビュー参照)
の2作はアガサ賞にもノミネートされた。ここでも4人中3人を女性が占めており、
今回も女性作家の躍進となるか、注目されるところだ。
                                (影谷 陽)

●シェイマス賞

 シェイマス(shamus)という言葉がしめすように、広義の私立探偵が活躍する小説
を対象にした賞。選出するのはアメリカ私立探偵作家クラブ(PWA)で、選考結果
をバウチャーコンの場をかりて発表することがほぼ恒例となっている。
 新人賞以外の部門を見ると、同じ顔ぶれがくり返し候補にあがることからわかるよ
うに、ジャンルを限定した賞の性格上、優秀な先達を超えることは容易でないようだ。
ベテランの健在ぶりを頼もしく思うと同時に、優れた作品を発表し続けるだけの力量
をもった新しい才能をとくに歓迎したい分野であり、新人賞部門に名をつらねる作家
への期待は大きい。
 近年、リチャード・バリー、デニス・レヘイン、スティーヴ・ハミルトンなどが受
賞している新人賞部門。2001年度の候補はつぎの5作品となっている。ホラー仕立て
のリーガル・サスペンス、アンドリュー・パイパー『ロスト・ガールズ』(堀内静子
訳)、John Gates "Brigham's Day"、Chris Larsgaard "The Heir Hunter"、William
Mize "Resurrection Angel"、Bob Truluck "Street Level"(ここまでレビュー参照の
こと)。探偵がからむ小説といっても、その内容はさまざま。いわゆる伝統的な探偵
像と一致するのは、"Street Level" の主人公ぐらいだろう。探偵業のなかでも特殊な
分野を取りあげたり、プラスアルファの部分で個性を出そうと試みたり、現代の探偵
たちは事務所でじっと依頼人を待ってばかりもいられない。

●バリー賞

 アメリカの季刊ミステリ専門誌『デッドリー・プレジャー』のスタッフと購読者が
選ぶ賞である。1997年に創設されたこの賞はファン志向の同誌の性格を反映し、熱心
なミステリ・ファンであり書評家であった故バリー・ガードナーにちなんで名づけら
れた。新人賞はこれまでにチャールズ・トッド、リー・チャイルド、ドナ・アンドリ
ューズなどが受賞しており、特定のジャンルにかたよらず広く愛された作品が選ばれ
ている。2001年度の新人賞候補はつぎの5作品である。Bob Truluck "Street Level"、
ワシントンDCを舞台にしたリーガル・サスペンスのスティーヴン・ホーン『確信犯』
(遠藤宏昭訳)、デイヴィッド・リス『紙の迷宮』、スコット・フィリップス『氷の
収穫』、ジョー・シャーロン『紅いヘロイン』(近刊)。

 今年のバウチャーコンは11月1日から4日にかけてワシントンDCで開催される予
定。各賞の受賞結果については、後日お知らせします。
                                (三角和代)

●未訳ノミネート作レビュー

"BLACK DOG" by Stephen Booth
Scribner/2000.10/ISBN: 068487301X
(originally published in Great Britain by HarperCollins)

 主人公のベン・クーパーは、イングランドのピーク地方にある小さな町の刑事。殉
職して地元では英雄扱いされている父親と同じ道を歩むクーパーだが、母親の過度の
期待や、なにかにつけ父と比較する周囲の目を負担に感ずることもしばしばだ。8月
のある日、地元に住む少女ローラ・ヴァーノンの行方がわからなくなり、やがて惨殺
死体となって発見される。クーパーも捜査チームの一員に任命され、大都会の警察か
ら着任したばかりの女性刑事フライとコンビを組んで捜査にあたる。第一容疑者とし
て、ローラにつきまとっていたヴァーノン家の庭師の青年が捜査線上に浮かぶものの、
これといった決めてはない。なにかを隠しているらしい第一発見者の老人、裕福だが
崩壊しきっているヴァーノン家、被害者ローラの隠された一面などが事件をいっそう
複雑にしていく。そんな中、クーパーは独自の視点から事件を追っていくが……。
 イギリス的という表現がぴったりの作品だ。警察による地道な聞きこみ、事件に関
わった人たちの日常や心の機微、現場周辺の風景などが、ひとつひとつ丹念に描かれ
ている。全体に暗い雰囲気をただよわせながら、物語は静かに進んでいく。ジェット
コースター的な展開とも、常識でははかりしれない狂気とも無縁な世界がここにある。
はやく犯人を知りたいと思いつつ、いつまでもこのゆったりした流れに身をまかせて
いたい。そんな気にさせる1冊だ。
                               (山本さやか)
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"BRIGHAM'S DAY" by John Gates
Walker/2000.06/ISBN: 0802733441

 ユタ州南端の町、カナブ。文中にあるとおり、地図で見るとなるほど小さな黒点で
しかないが、西部劇のロケ地として有名で訪れる者は多い。ここにはもうひとつ特色
がある。教会中心の生活だ。ユタ州では人口の多くがモルモン教徒で、この町の人々
も例外ではない。ここへ、教会相手に正義を求める戦いをいどみ、やぶれ、信仰を捨
て家族に捨てられた過去をもつ弁護士、ブリガムが訪れたところから物語が始まる。
 ブリガムがカナブに来たのは、殺人容疑で逮捕された流れ者の公選弁護人を務める
ためだ。しかし、負け犬に対する扱いは厳しく、長いキャリアをもちながら、駆けだ
し弁護士の補佐に甘んじることになる。ブリガムは最近信仰をとりもどしたという、
被害者の身内である美しい女性とのふれ合いになぐさめを見いだすが、事件に教会が
関与していると知ったとき、そのなぐさめを捨てても、ふたたび勝ち目のない戦いを
いどむべきか苦悩するのだった。
 エルパソ在住の弁護士である著者はカナブで生まれ育った。そのため、描かれる自
然と文化は説得力にあふれており、どこかで信仰にすがりたい気持ちを捨てきれず苦
しむブリガムの人物像にもフィクション以上のものを感じた。プロットに甘い部分が
散在する点が惜しいが、モルモン教徒が西へ向かう120人もの移民の虐殺に関わったと
いう19世紀のマウンテン・メドウズ事件をいかした雰囲気づくりはうまい。今後の展
開だが、すでにシリーズ2作目の "Sister Wife" がこの7月に発表されている。
                                (三角和代)
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"DEATH DANCES TO A REGGAE BEAT" by Kate Grilley
Berkley Prime Crime Books/2000.06.12/ISBN: 0425175065

 セントクリス島のラジオ局でDJ兼ジェネラル・マネージャーを務めるケリーは、
ある夜、海岸で他殺死体を見つける。それは彼女が長を任された「イザベヤ生誕パレ
ード委員会」委員の一人で、島に長期滞在中のゼナのものだった。確かにゼナはトラ
ブル・メーカーで、行く先々で揉め事を起こしていた。だが島に来て間もない彼女を、
殺したいほど憎んでいた人間がいたのだろうか? 以前にもちょっとした事件を解決
していたことから、ケリーは島の住人の数人から今回の事件を調査するよう依頼され
る。しかしそんな彼女に次々と災難が降りかかり、命の危険にもさらされる。その上、
委員会は正常に機能せず、パレードの準備も遅々として進まない。はたしてケリーは
事件の真相をつかみ、パレードを無事に迎えることができるのだろうか?
 西インド諸島の小さな島が舞台のコージー・ミステリ。スチールバンドの演奏が、
どこからともなく聞こえてくる南の島での殺人事件は、どこか牧歌的だ。犯人や真相
はある程度読むと予想がつくし、本筋とは関係ないエピソードで中途半端なところも
見られるが、全体としてはうまくまとめられている。島の様子や歴史に現実感があり、
親友のマーゴや島の生き字引的存在のミス・モードなどの脇役陣も多彩なので、今後
のシリーズ化に期待が持てそうな作品でもあった。
                              (かげやまみほ)
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"RESURRECTION ANGEL" by William Mize
Writers Club Press/2000.08/ISBN: 0595131700

 ある夜、電話からすすり泣きとともに少女の声が聞こえた。「お願い、ここからわ
たしを出して。頼れるのはあなただけなの」そのことばを聞いたデントンは恋人のモ
ンティとともに、電話の主であるリサのいる病院へ向かう。が、リサは記憶を失って
おり、主治医は退院させることには強硬に反対した。父親の了解を取りつけてリサの
身柄を引き取ったデントンとモンティは、記憶喪失の原因をつきとめるために催眠術
を用いる。リサの口から語られた過去は、エイリアンにさらわれたという信じがたい
ものだった。その謎をさらに探るため、デントンは自分の〈能力〉を使おうとする。
 デントンは他人やその持ち物に触れることでその人物の思念を読み取るという特殊
な能力の持ち主である。そのため、幼少時から病院に隔離され、孤独のうちに育って
きた。一方のモンティはかつて街娼をするほどに荒れていたがそこから立ち直り、現
在はプロの私立探偵として働く女性で、たくましさと繊細さを併せ持っている。そん
な二人が、誰からもほんとうに愛されることのないリサの訴えに自らを重ね、なんと
かしてリサの人生を取り戻してやりたいと手をつくすうちに、家族のような信頼関係
を築いていく。だが、その生活も長くは続かない。
 随所にバランスの悪さが顔を出すのが惜しまれるが、デントンとモンティという二
人の清新さと人物描写、そして生きのいい会話がこの作品の最大の魅力だ。
                                (影谷 陽)
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"STREET LEVEL" by Bob Truluck
Thomas Dunne Books/2000.09/ISBN: 031226626X

 ダンカン・スローンは、フロリダに住む無免許の私立探偵。頑固で不器用な性格ゆ
え、金にはとんと縁がない。おまけに女にだらしがないときてる。そんな彼のもとに、
ある富豪から依頼が舞い込んだ。尻に眼球の刺青をした若い妊婦をさがしてほしいと
いう。パイクと名のるその依頼主は、大物実業家の跡取り息子だが、ゲイなので子ど
もをもうけることができない。家系を絶やさぬため、精子をクリニックに預け、ふさ
わしい代理母を探していたところ、その精子が盗まれてしまった。盗んだ男は何者か
に殺され、パイクのもとに脅迫状が送られてくる――盗んだ精子で女を妊娠させた。
金を出さなければ堕胎させる。なんとしても、その女性を無事に出産させたいという
パイクの願いを聞き入れ、さっそく調査を進めるダンカンだが、行く先々で人が殺さ
れ、彼自身も命を狙われ……。
 代理母、ゲイのカップル、ストリップバーで踊る10代の少女と、素材は現代ふうな
がら、探偵のキャラクターと物語の展開のさせかたは、典型的な古きよき私立探偵小
説の手法を踏襲している。軽妙な会話とエネルギッシュなスローンの行動で、物語は
テンポよく進んでいく。過去に取り憑かれ、不倫関係に悩み、弱さをまぎらすために
たばこや酒に手を出す探偵が多い昨今にはめずらしいほど、ダンカン・スローンは精
神的にも肉体的にもタフだ。どんな相手にも媚びず、なにがあってもけっしてへこた
れない。探偵小説につきもののワイズクラックもきいている。まさにハードボイルド
の王道をいく作品といえる。
                               (山本さやか)
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"THE HEIR HUNTER" by Chris Larsgaard
Delacorte Press/2000.02.15/ISBN: 0385333633

 身よりのない資産家が、遺言書を遺さずに他界したとき、相続すべき血縁者を探し
だし、その人物から遺産の一定の割合を報酬として受け取る――これが本書のタイト
ルにある相続人ハンターの仕事だ。
 だとすれば、2200万ドルもの資産を持っていた老人ジェイコブズの急死の報は、相
続人ハンター、ニック・マーチャントにとって大チャンスだった。ニックは、多額の
報酬を手に入れるため、相棒でもと恋人のアレックスとともに、謎めいた孤独な老人
の血縁者探しにのりだす。
 しかし、老人の素性が明るみに出るのを望まないひとびとがいた。FBIがひた隠
しにする老人の過去とは? はたして、ニックは報酬を手にすることができるのか?
 著者自身が10年来の相続人ハンターだという。新人らしく、ときに説明過多な部分
があるものの、全般にスピード感のあるノン・ストップ・アクションだ。なによりも、
経験者が語る相続人ハンターの世界が真に迫っている。著者曰く、現実の相続人ハン
ターも危険な思いをすることがあるというから、実体験が作品づくりに生かされてい
るのだろう。またひとり、次作が楽しみな作家が登場した。
                               (片山奈緒美)
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"THREE DIRTY WOMEN AND THE GARDEN OF DEATH" by Julie Wray Herman
Silver Dagger Mystery/2000.04/ISBN: 1570721106

 園芸好きが集まって女性3人だけの会社を作ったアミルー、コリーン、ジェイニー。
この日の仕事はコリーンの甥からの依頼で、翌日に控えたガーデン・ウェディングの
準備だった。会場である花嫁宅の庭でアザレアを掘り返していると、そこにはなんと、
アミルーの夫、グレッグの死体が。グレッグは一月前から若い秘書と失踪しており、
アミルーとは離婚寸前だった。さらに死者の手に「殺してやる」と書かれた妻の手紙
が握られていたことから、アミルーが容疑者にされてしまう。無実を信じるコリーン
とジェイニーだが、本人の非協力的な態度や、次々と明らかになる嘘に困惑する。そ
こに第二の殺人事件が起こって……。
 ユーモアを湛えた筆遣いに、一見ドタバタコメディーかと思いきや、そのじつ、友
情について考えさせられる作品だ。親友を信じたい気持ちと次第にわきおこる疑念の
板ばさみになるコリーンとジェイニー。もともと浮気性のグレッグとの結婚を心配し
ていたふたりだったが、彼女たち自身の生活もそれぞれ問題を抱えていた。コリーン
は夫を亡くした喪失感に苛まれ、今は警察署長のJ・Jと幸せな結婚生活を送ってい
るジェイニーも、過去の結婚で受けた家庭内暴力のトラウマに今なお苦しめられてい
るのだ。しかし、悲しみや苦しみを知っているからこそ、窮地に陥った大切な友人を
守り抜こうと決心する、その姿が心に残る。
                                (松本依子)

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 ■若手翻訳家インタビュー ―― 島村浩子さん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 1回目の今月は、ハヤカワ・ミステリ文庫の話題作『庭に孔雀、裏には死体』を訳
された島村浩子さんにお話をうかがいます。

+――――――――――――――――――――――――――――――――――+
《島村浩子さん》1965年生まれ。東京都出身。津田塾大学学芸学部英文学科卒業後、
(財)日本GIF研究財団に勤務。
 デビュー作は98年『ダイアナ&ドディ 愛の日々』(日本文芸社)。
+――――――――――――――――――――――――――――――――――+
【Q】翻訳に興味をもたれたのは、どういったことがきっかけですか?
【A】子供の頃からC・S・ルイスの『ナルニア国ものがたり』が大好きでした。大
学にはルイスの他作品を訳している講師がいらして、その方の翻訳演習の授業があっ
たんです。その頃は翻訳者になりたいとはまったく思っていませんでしたが、「もし
かしたらルイスの話が聞けるのではないか」という気持で受講しました。結局その機
会には恵まれませんでしたけれど、翻訳演習の授業そのものは楽しかった。翻訳しよ
うと思って原文を読むと、こんなにも作品のなかに入っていけるんだ、と感動したの
をおぼえています。社会人になってしばらくすると、やっぱり翻訳を仕事にできたら
いいなと思いはじめました。それで翻訳学校に通ったり、翻訳奨励賞に応募したりし
て勉強していたんです。その後ある翻訳家の方の勉強会に入れていただくことができ、
リーディングなどを通して仕事への道筋をつけていただきました。

【Q】『ダイアナ&ドディ 愛の日々』はそのタイトルが記憶に残っている読者も多
いと思いますが、あれは島村さんのデビュー作だったのですね。
【A】はい。残念ながら絶版ですが、ダイアナ元英国皇太子妃と一緒に亡くなったド
ディ・アルファイド氏の執事が、ふたりのロマンスについて語った本です。緊急出版
だったので、納期がきつかったです。

【Q】『庭に孔雀、裏には死体』(原題 "Murder with Peacocks"、ドナ・アンドリュ
ーズ著、ハヤカワ・ミステリ文庫)はマリス・ドメスティック・コンテスト最優秀作、
アガサ賞、アンソニー賞などを受賞した傑作ですね。「21世紀のクレイグ・ライス」
とも評される、この実力派新人の作品を訳されていかがでしたか?
【A】この本はミステリ初仕事だったので、実をいうと最初は肩に力がはいってしま
いました。でもとにかく笑える作品で、原文を読んでいると自然に顔がにやけていた
りするんですね。ですから楽しみながら訳せましたが、それと同時に悪ノリはしない
よう気をつけました。ただ欧米の作品にはありがちなことのようですが、日付や数字、
細かい設定が前後で食い違っているところがあって、そこは編集の方と相談して目立
たないよう工夫しました。本書は謎解きあり、ユーモアあり、ロマンスありの1冊で
何度もおいしい傑作です。とくに一度に3つの結婚式のお膳立てを引き受けることに
なった主人公、メグの奮闘ぶりがおかしくて読ませます。読者の方にも自分と同じよ
うに、ぜひ楽しんで読んでいただけたらなあと思います。

【Q】今後はどのような本を訳されたいですか?
【A】『庭に孔雀~』を訳してみて、あらためてユーモア・ミステリの面白さがわか
った気がするので、今後もこのジャンルは続けていきたいですね。あとポーラ・ゴズ
リングやフェイ・ケラーマンなども好きです。登場人物の心の動きや人間関係が丹念
に描き込まれていて、ロマンスもたんなるミステリの添えもので終わっていない――
そんな所がたまらなく好きなんです。ですからこういうタイプのものも訳してみたい
と思います。来年前半には『庭に孔雀~』の続編、メグ・ラングスロー・シリーズの
2作目が出ます。今度はメイン州沖の孤島でメグがまた殺人事件に遭遇するというも
の。彼女の奇人変人一家も再度登場します。1作目を気に入ってくださった方は、き
っと楽しんでいただけると思いますよ。
                        (取材・構成 宇野百合枝)

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 ■注目の邦訳新刊レビュー ――『ビッグ・トラブル』

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『ビッグ・トラブル』 "BIG TROUBLE" 
 デイヴ・バリー/東江一紀訳
 新潮文庫/2001.08.01発行 629円(税別)
 ISBN: 4-10-222321-5

 ホームレスのパギーはフロリダが気に入っていた。気候がいいのはもちろん、たま
にちょっとした力仕事を手伝うだけでいつでもビールを飲ませてくれるバーもある。
そのうえ、とある豪邸の庭にある木の上に、気持ちのいいねぐらまで見つけたのだ。
 ところがある日、パギーがいつものように樹上のねぐらにいると、その豪邸に銃を
持ったふたりの男が忍び込んできた。しかもその直後にもうひと組、やはり銃を持っ
たふたりの男が忍び込んでくるではないか! はたして男たちの目的は? 食欲の塊
のような犬や図太いヒキガエル、果ては核爆弾まで登場して、事件はとほうもない方
向へ進んでいく。
 著者のデイヴ・バリーは有名なユーモア・コラムニスト。彼のコラムは、一見事実
に即しているようで徐々に脱線し、どこまでが事実でどこからフィクションかわから
ない世界で読者を煙に巻いてしまう。そんな著者が初めて挑戦した100パーセントフィ
クションである本書では、「即する事実」がないぶん果てしなく脱線が続き、次々に
現れる人物を巻き込んで壮大なおおぶろしきが広がっていく。野放図に広がったスト
ーリーは最後できっちり辻褄が合っているのだが、それすら著者一流の手に乗って煙
に巻かれたのではないかと思ってしまう。冒頭の“謝辞と警告”から、笑いのスイッ
チがオンになること請け合いの痛快爆笑ノヴェル。
                                (中西和美)

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 ■ミステリ雑学 ―― ペカンパイ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ペカン・パイは何といっても私の大好物で、冬場は思う存分食べることにしている
が――からだの線を隠してくれるバルキーセーターは何のためにあると思う?――ス
ーの店のパイはおいしいとはいっても、叔母のゼルのに比べたら、足元にもおよばな
い。それに、私は誰かほかの人間が作ったパイで、五百カロリーを余分に摂取したり
はしない。」
  (『密造人の娘』マーガレット・マロン著/高瀬素子訳
                   /ミステリアス・プレス文庫 p.40より)
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 海外ミステリ愛読者のみなさんなら、こんなふうに登場するペカンパイにお気づき
でしょう。ペカン(pecan、ピーカンとも)は北米原産のクルミ科の木で、おもに米中
部・南部からメキシコに見られます。クルミを細長くしたような赤茶色のペカンナッ
ツを使ったパイは、パンプキンパイなどと並ぶアメリカの母の味。ただし、日本人に
はかなり甘め。この甘さに挑戦したい方のために、レシピをご紹介しましょう。

《ペカンパイの材料》直径18cmのパイ皿用
 パイ生地
 (薄力粉 120g/無塩バター 85g/塩 2g/冷水 40cc)
 フィリング
 (卵 1個半/グラニュー糖 3分の1カップ/バニラビーンズ 少々/塩 少々
  溶かしバター 40g/ペカンナッツ 1カップ/水飴 100g/ラム酒 少々)

《パイ生地の作り方》
(1)台の上に薄力粉と塩をふるう。
(2)この上に、よく冷やしておいたバターをサイコロ状に切って散らし、全体をよ
   く切り混ぜる。さらさらになったら、台の中央に集め、少しずつ冷水を加えて
   混ぜる。
(3)全体がしっとりしたら、ラップで包み、冷蔵庫で1時間ほどねかす。
(4)生地を打ち粉をした台の上で型よりも大きめにめん棒で伸ばしたあと、型に敷
   き、はみ出た分は切り落とす。底面にフォークで空気穴を開けておく。

《フィリングの作り方と仕上げ》
(1)卵、グラニュー糖、バニラビーンズ、塩、バター、水飴をよく混ぜる。
(2)ピカンナッツを加えて混ぜてから、お好みでラム酒をたらし、パイ皿に流し入
   れる。
(3)180度のオーヴンで40分程度焼く。途中で焦げてきたら、温度を低くするか、パ
イの上にアルミホイルをかぶせよう。
(4)きつね色に焼けたら、オーヴンから出す。よく冷ましてできあがり。
                               (片山奈緒美)

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 ■スタンダードな一冊 ――『時の娘』

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 このコーナーでは、過去に出版された翻訳ミステリの中から、ぜひ読んで欲しい定
番の作品を紹介します。
 今回取り上げる作品は……。
"THE DAUGHTER OF TIME" by Josephine Tey
『時の娘』ジョセフィン・テイ著 小泉喜美子訳 ハヤカワ文庫

 出版から半世紀たった今も、日本や英米で読みつがれている『時の娘』を、故アン
ソニー・バウチャーは「全探偵小説におけるベストのひとつ」と評した。しかし半世
紀前の作品のため差別的な表現が見られるし、日本人に馴染みの薄いイギリス史を扱
っているので、とっつきにくいかもしれない。また翻訳も30年前のものなので、表現
の古さも否めない。だがそれを差し引いたとしても、お勧めしたい作品である。面白
さの秘密は2つ。1つめは主人公の設定。主人公のグラント警部が事故で足を骨折し、
ベッドから動くことができない究極の安楽椅子探偵として登場することだ。2つめは
シェークスピアが戯曲化し、日本人でさえ知っている歴史的事実に疑問を呈したこと
だ。リチャード3世といえば、兄王の2人の王子をロンドン塔に幽閉して殺害し、王
位を奪った悪名高き人物である。だがグラントはそれに疑問を抱く。
 グラントは顔を見れば、その人物が悪人かどうかすぐに区別がつくという才能の持
ち主だった。暇つぶしに肖像画を見ていた彼の目には、リチャード3世が悪人には映
らなかった。そして疑問が膨らんだ彼は入院中の退屈しのぎに、ロンドン塔の事件の
調査をしようと考える。彼は助手となったキャラダイン青年に当時の資料を探すよう
依頼し、それを元に事件を洗いなおす。はたしてグラントが出した結論は? それは
実際、本を手にとって確かめてもらいたい。

【ミニ情報】
 埋もれた古典ミステリを翻訳する最近のブームの中で、ジョセフィン・テイの初期
作品『ロウソクのために一シリングを』が、今夏ハヤカワ・ミステリから発売された。

                              (かげやまみほ)

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■編集後記■
 創刊号はいかがでしたか。編集部では、今年のバウチャーコン新人賞ノミネート作
家のうち、Bob Truluck や Chris Larsgaard が有力株と予想しています。受賞作の発
表をお楽しみに! 来月号ではデニス・レヘインを特集します。  (片)


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 海外ミステリ通信 創刊号 2001年9月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:片山奈緒美
 企 画:宇野百合枝、影谷 陽、かげやまみほ、小佐田愛子、中西和美、
     松本依子、水島和美、三角和代、山本さやか
 協 力:@nifty 文芸翻訳フォーラム
     小野仙内
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